« 2006年05月 | メイン | 2006年07月 »

2006年06月30日

『気の力』船井幸雄・岡崎久彦(海竜社)

気の力 気は挑戦する
→bookwebで購入 →bookwebで購入
BGV(Nickel Back/Live at Home(2002))

「「世の中の構造」と「人間のあり方」
 「個の時代」への警鐘
  love is not enough
  you can't change anything」

疲れ過ぎて眠れない夜が続く
夕方になると歩く気持ちもままならず
電車の中で立っていることも苦痛で修行で
車を運転する気にもなれず
そんな時は、とにかく、まともに考えること、が第一で
グズグズと同じ思考に留まる時間もなく
ややもすると、右脳と左脳とで辻褄の合わない考えが巡る
そんなこんなで、W杯の延長戦を見て、PK戦を見て
そんなこんなの自分が甘いことがよく分かる
それまでの死闘で、思考以前の精神で、体力以前の気力で
まともに考えること、まともにプレーすること
それもケセラセラで、気持ちで、気力で
そして「気」で「自分」と戦う

赤がスイスで、白が韓国という、何か皮肉な組み合わせで試合は始まった。
窓を閉めていても聞こえる歓声に起こされて、私は空が明るくなりかけたホテルの前に出る。ソウルの中心、市庁舎前のパブリックビューは17万人、乙支路通りまでが真っ赤に染まっていた。
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/TKY200606240130.html

そして、170万人に及ぶパブリックビューは悲鳴とため息で終る。

しかし、最後まであきらめないやつらがいた。
その最後まで「気」を抜かないやつらがピッチに立っていた。
ロスタイムまでもあきらめない。
2点差でも勝ちを信じてあきらめない。
そのピッチに立つ選手の、その赤い「魂」、目から体から発する赤い「気」に奮い起こされる。

パブリックビューは最近の■■同様、中途半端に賢くあきらめていた。
現実にはありえない確率を信じて、でもnothingではない確率を信じて、そんな考えを■■は「馬鹿じゃないの?」とか言うだろうが、そんな考えは放っておく。
私は最後まで信じる。
その「気」を信じる。

そのホテルで私は日本−ブラジル戦を見た。

世の中、勘違いしてもらっちゃ困る。
そこの■■のことですよ。
そんな私のことですよ。
そんなんでいいんですか?
因果応報は確かにあって、現在にも未来にもサティスファイしない■■は、気持ち愚痴気味で、それより自分以外のものに批判的で、それは■■が、それは私がいけないんです。見え見えじゃないですか。自分以外のものがいけないのは=自分がいけないのであって、ウダウダ言わず、自分の責任で地獄に堕ちましょう。
「気」のないやつらは本当は■■■■。

日本はどの業界でも、体力とプロ意識に欠ける。
世界のレベルとは全く違う。
さらにタチが悪いことに、そのレベルの違いを実感していない日本人、そして国際化の大きな勘違いをしている日本人、実は今の所は中々救いようがない。他国に比べて、安全な社会ということが唯一救いのようだが、それも平和ボケの気がないわけでもない。海外に行ったからって、何の足しになる?
それ以前の、海外に行ったからって以前のやつらは、もう少し時間が経ってから・・・いや、海外と日本、世界と自分の違いを知らないやつらとつきあうのは本当は■■■■。
この年になって知らないこと自体がもう手遅れかもしれないから、やりたいんだったら、その時間差を取り返す気があればいいけど、業界を、毎日の生活を、そして世の中を、勘違いしてもらっちゃ困る。

それ以前に、私は、誰も指摘しない(でもない)敗因を気にしている。そこまで言えない、おごりと勘違い、その全くのおごりと勘違いを■■にしてはいけない。つまり、自分の外側に問題があるのは自分の責任で、自分の外側の問題を指摘することは■■の骨頂であることに気がつかなければいけない。

日本は、アジアは、自分の責任を意識した「和」の浪花節でなきゃ万が一も勝てない。WBCは浪花節だったじゃないか。いつもの大リーグモードから、日本の、アジアの、浪花節WBCモードだったじゃないか。本当に戦う者の直感がそうさせた、これは業界を超えた、一つの「気」の「和」のモード。

本来、選手が混じるスポーツは日本は不利で、コートを分けるなり、コースを分けるなり、攻守を分けるなり、個人の領域を確保しなければ、ほとんど勝ち目はない。なので、サッカーやバスケやラグビーのように選手が混じるスポーツは、日本はいつまで経っても不利。
それは、フィジカルにか?
否、勿論そういう要素は否めないが、実はその要素は比較的小さい。
実はメンタルな部分、「気」と「和」の部分で、本来、元来アジアが得意とすべき「気」と「和」の部分で、日本はフィジカルに劣っている以上に、大きな勘違いをしている。
「気が弱い」=「気」が「弱い」
「気」が「迫」らないやつらは本当は■■■■。

しかしジダンにしてもフィーゴにしても、彼らの発する「気」そして「和」は徐々にリバーブローから突然ストレートに顔面をヒットする感じだった。
ロナウドにしては確かに始めは下馬評もあり、体型の違いもあり、4年前なら得点になっていたシ−ンも素人ながらに多々見られ、何が不摂生だったのかとかミーハーの見方をしていたが、ところが、最小の動きで必要なポイントをおさえる、それこそ格闘技でも何でも、ある領域に到達したプレイヤーだけがなしうる技と言えるし、世界的には不摂生レベルでも、日本に対してはそれでも何かモハメドアリのように、いや確かに蝶のようには舞わないが、最小の動き、簡単なスウエーバックでパンチをよけて、一瞬の間に蜂のように刺す。何か武道のマイスターのような、力を込めずして相手を倒すような。体力のない相手にはそれで通用したりする。何が悔しいかと言えば、そこが悔しい。

ロナウドを一瞬だけでも目覚めさしたことも勿論だか、「気」のない「和」のない■■、おごりと勘違いの■■、それと共に生活しなければならない私の戒めに。

その一瞬に見せるつまらなそうな視線
その一瞬に頬から顔色を落とした表情
そんな視線だから、そんな表情から、そんなリズムだから
通り過ぎた後に残るその淀んだ「気」も感じないのだろう
全ては自分の責任で、全ては私の責任で

「良い気」と「悪い気」
「良い気が入ったものは良い波動に満ちている」
「自分が出した波動は自分に返る、因果応報」
「正しく楽しく生きる」

そういう意味では『気の力』は科学的にはやや致し方ない内容で、そう想う理工系には1989年に出た『気は挑戦する』別冊宝島103号(宝島社)の方が良いかもしれない。それは10年後に文庫本にもなったが、両方とも絶版で入手困難とは、未だに「気」の存在をオカルト視する人類の宿命のような気がする。

物事を批判したり、否定したりしない
全てを受け入れ、包み込み、嫌いな事がなくなる
他人を批判したり、心配させたりしない
他人の欠点、短所も気にならない
不平不満が減り、全てを肯定し、感謝する

低いレベルは体全体からにじみ出て、そんなレベルに巻き込まれてはいけない
全ての責任は、その、私の「気」の淀みにあり
ある意味「個の時代」への警鐘でもある

don't you f■cking know what you are ?
go on get back to where you belong

→『気の力』bookwebで購入
→『気は挑戦する』bookwebで購入

2006年06月20日

『江原啓之への質問状』江原啓之・丸山あかね(徳間書店)

江原啓之への質問状 →bookwebで購入

BGM(原田知世/I could be free(1997))

「たましいの幼い人、カルマの法則
 人は何のために結婚するのか
 命の価値、生きることの意味」

先日の「トーキョー・バビロン(2006)」の最後の200頁位の疾走感は週末の午後に一気呵成に読み切って正解だったと今でも余韻に浸っている。私も未だによく新横浜駅を使うので、ここが最後に彼女が振り返えらなかった改札口だと思うと、確かにここにいたスピリットの残像を感じて、しばし感慨にふけて足を止めたりする。そして、私は小久保なのか原なのか、いつもながらの難しい役まわりを任されて、いつも読むもの見るもの聞くもののキャラクターをそのままに、それらを積み重ねた多重人格を隠す努力を優先する。

そんな時でも、いつもながらの強烈な毎日に、時にダメになりそうになる。
小久保であれば1日に何回も堕ちて行く自分がいて、ところが、街行く人がノロノログダグダと歩いていると本当にイヤになって、それが逆に奮発剤になってやる気を起こすというひねくれた人格の繰り返し。世の中ノロノログダグダで構わないから、それはそれでいいんで、何も皆が皆、目を見開いて生きて行く必要はないので、せめてもの間だけ、少なくとも行く先を邪魔をしないで欲しい。
そうこうしている内に私は脳梗塞で倒れた。

時に医師からの説明を聞き、時に子供に自分の生死の責任を委ね、時に子供の将来を憂う。
そんなことを知らないで、人は何とでも言う。そこで私は苦笑する。
生きるってことは、そのものに重さがあって、結局はズルズル引きずっていかなければならない。生まれる時も苦しくて、毎日の生活も苦しくて、死ぬ時も苦しくて、手術後に集中治療室にいる私は、人工呼吸器を着け、頬はこけ、麻酔も覚めやらぬ中、ウンウンと苦しく唸りながら首をふる。時に目だけはカッと天井を見るが、遊体離脱したかのような感覚は、私が生きているのか死んでいるのかも分からず、引退する前に倒れたので、これで少しは休めるという一種の安堵感を味わうこともなく、そのまま強烈な毎日のまま今の生活が始まってしまった。つまりは私の一生では今もって休息は許されていない。

最先端医療は生かしてくれるにしても、死なない苦しさなのか、ある意味私にさらなる苦しい人生を与えるのか。今までならば何度か寿命を全うする機会があったはずだが、医学は人に苦しみを与えるかのようにも見えるやるせ無い思いが残る。そんなはずはないのだが、矛盾はどこにでもついてまわり、でも苦しんで生まれたのに、でもこれだけ苦しんで生活して来たのに、でもここで苦しんで死ぬ事はないんじゃないか?と、時に医師からの説明を聞き、医師は言わずもがな、一番辛い立場にある。

カートを押しながら、いっしょにスーパーの食品売場を見るのが嬉しくて、世界中どこに行ってもマーケットプレイスはお気に入りの場所だった。陳列された食材に、そしてそれらを売る雰囲気に、その国のカルチャーと人間が生きる息吹を感じて、「なんだ?この魚?」とか他愛の無い話をしながら時間は過ぎた。ぜひ私には食材と花の名前を聞かないでほしい。そういうことに全く無頓着で頓珍漢な自分を直そうとも思わなかった。
「他愛無い」とは「たわい無い」の当て字だそうで、本来は「戯け(たわけ)」に近そうで、他愛の無い会話だけが、時に一瞬だけでも日常の苦痛から開放させてくれた。でも結局のところ日常の苦痛は尋常ではなく、野菜売り場から目を離すと、そのままいつでもどこまでも行けそうな気がした。分からない方がいい。50年後の人達は同じような感覚になって、人類滅亡の時を待つのだと思う。

人間が生きていくには、覇気と品と自己犠牲が必要で、入院してから、しばらくしてから私の目からは覇気が無くなったと自分でも実感する。それがどうした。つまりは世の中で覇気のない人は入院しているも同然で、この病んだ社会をどうしてくれる。どうせだったら昔サッカー部だった稗田に蹴りを入れられて肋骨を折られて内蔵に突き刺さってうなされる方が楽だったりして、それでも、それがどうしたというのか。
要は、どんなパンク、どんなインダストリアルでも、何がf■ckで何がs■itで もいいので、そう叫ぶ自分に品がなくなったらいけないという微妙なところで。
何も分からない時は50年待ってもらい、それからウダウダ生活した方がいいという、そんなくだらないスピリットではなかった新横浜駅、いや、それを感じる、渋谷、新宿、池袋。
しょっぱなから品のない人は、どんなに人に失礼なことをしているかも分から ず、そんな魂の幼い人は、本当は私の生まれるとっくの大昔に消え去った遺品でしかなかったはずだ。



→bookwebで購入