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2006年05月31日

『トーキョー・バビロン』馳 星周(双葉社)

トーキョー・バビロン
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BGM(Ministry/The Land of Rape and Honey(1988))

「時は流れる
 絶望的なほどの速さで
 目の前を流れ去っていく」

ロウの入り方が違って、その引っ張り具合が違って、ロウから2速、2速から3速へのタイミングも、どうもタコメータの触れ方が、そのカクッというタイミングが違って、吹き上がるトルクも違うので、ディーラーのテクニカルスタッフに聞くと「えっ?今度のエンジンの設定は低速を引く感じが違う設定になってるんですよ」と言われて、時代がそうしているのか、そうしたかった人がいたのか、新しいエンジンコンセプトを知りたくなる。でも峠越えにはいいかもしれない。

週末はあっという間に過ぎた
悩みに悩んだ末に選んだのはBMWのZ3
とりあえず紀香の眼鏡にはかなったようで
嬉々として助手席に座っていた
(27章)

初夏の通り雨
初夏の蓼科に向うあの峠で、3速から2速へ吹き上がるタイミングに合わせて、一瞬やんだかのような通り雨、フロントの視界にグレーの雲の切れ間から、その奥にマリンブルーの青空が広がる。思い出したかのような間欠ワイパーを止めると、雨を降らす雲は右から左へ墨流しのように速く流れて、我々か、または雲かのどちらかがスローモーションになる感じになる。その時をねらって、神様が用意してくれた至福のタイミングで曲が変わる。そんな時は、 外の音が遮断されてクーラーの効いた車内で、少し昔の、いや、だいぶ昔のあの頃の感覚を想い出す。横を見ると紀香は静かな寝息とともに目を閉じていた。

sometimes I think I'm happy here
sometimes I still pretend
I can't remember how this all got started
but I can tell you - exactly - how it will end

I am still inside here
a little bit comes bleeding through
I wish this could have been any other way
I just don't know what else I can do

everyday is exactly the same
there is no love here and there is no pain
(from 'with teeth' (2005))

毎日が全く同じで、その人は頭の良い女性で、それで良かった。

それにしても、このエンジンのレスポンスはいいかもしれない。
「でも、よく分かりましたねえ」と半ば御世辞気味に言われても、でも、何か その業界を垣間見た感じになってその気になって
「いや、この設定、タイヤのつかみがいいですよ」
・・・とか、後で後悔する。

昔で言うと森村誠一か、最近だと桐野夏生だとか、読むまではどうしてもという感じでもないのに、読み始めるとグッとその世界に引き込まれて行く。
とにかく読ませてくれ、静かな寝息に目を閉じている間だけでもいいから。
その業界を垣間見た時の後ろめたさ、のような、または、さらには、その業界にいるかのような錯覚に溺れる。

要は、表も裏も、「うだつ感」に帰着して、30そこそこでピークと転落を経験した主人公3人の起死回生を賭けるドラマ。 前にも言ったように「うだつ感」というのは大切で、自分にそういう感覚を引き込む人でいたいもので、そういう人と付き合いたいもので、でもそこは本当は分かりやすく、でも「うだつ感」がない人は自分では気がつきにくい。自分の「うだつ感」をも引きずり下ろす人とは付き合うな、この手のドラマはいつもそう読める。

いつもの道のりは、まだかまだかと感じるのに、そんな長い道のりがあっと言う間に過ぎてしまう。
バカラに狂うサラリーマンと復活をねらうホステスが、パークハイアットで会おうが、会うまいが、そんな一つ一つのことよりも、とにかく文章を私の前で流してくれ。まったくもって、健さんの映画を観た後に映画館を出たかのように、街中を歩く気分も違う。

馳星周氏の作品は、ここで引き合いに出すのも何ですけど、何故かかつて発禁になった衛慧の「上海宝貝(2001)」とかを思い出して、というのも、それとはまた違った東洋感、というか、「上海宝貝」が東洋人が西洋から見たとしての東洋感であるのに対して(ある意味「透明に限りなく近いブルー(1976)」もこの手かとwebでも言われていたように覚えていますが)この作品は東洋人、否、日本人の歌舞伎町感をベースに、東洋人の中で閉じている存在感というか、閉鎖感というか、どこかそこに流れる裏の世界見たさ、それよりも紀香のような人にくすぐられて、そういう意味では村上龍氏からさらに内側に入ってきた感じがします。私にとっては何か林芙美子さんの「風琴と魚の町(1931)」の東京版のような、変なたとえですが。

時折見せる失踪感、映画の絵コンテを見るようなコマ撮り感、そんな感じからすると、この人物をこの俳優にして、という映画を考えたくなる作品になっていて、とにかく読まさせてくれ、私の文法がおぼつかなくてもいいから。

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2006年05月24日

『世にも美しい日本語入門』
『トマシーナ』
『ヒトは本当にネコと話せるのか?』

世にも美しい日本語入門 トマシーナ ヒトは本当にネコと話せるのか?
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BGM(Chick Corea/Expressions(1994))

「強いて言えば
 猫はノラに限る」

リビングに「ナショナルジオグラフィック」が無造作に置かれていて、そんな生活に憧れて、夜のとばりに少しの■■■を飲みながら、その日を終らせるのにベストなBGMで、それを1頁ずつめくりながらダウンライトにくつろぐ生活に憧れて、そんな生活も演技でないところまで行っても、ところが仕事というか業(ごう)というか性(さが)というか、そんなこんなに追われてennuiな時間も無くなり、子供も学校に入り、親も病院に入り、のような切実な時間に、定期購読をやめて10年以上が経つ。でも今夜の■■■には Larry & Lee(1995)か Sanborn の Straight to the Heart(1984)か、いや Chick Corea の Expressions(1994)がいいかもしれない。
「ユダは裏切り者ではなかった?」
それもそろそろいいかもしれない。
http://nng.nikkeibp.co.jp

「塚も動け 我泣く声は 秋の風」
芭蕉が金沢の弟子を訪ねて、その死を悼んで詠んだ句だそうです。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた

風々ふくな
シャボン玉飛ばそ

これは野口雨情が子供をわずか7日で亡くした時に作った詩だそうです。
・・・

「からたちの花が咲いたよ」も北原白秋で、安野光雅さんも藤原正彦さんも、 知っていることの尊さを惜しげもなく、そして知らない人は人生半分以上を損してるね、と裏でソフトに表現する。それ以上は言わなくても、あなたの生活ですよ、と。 「きけ わだつみのこえ」は不朽の名著で、シェークスピアは4万語を駆使したとはいえ、広辞苑は23万語だそうで、森鴎外は数十万語を使ったというし、それにしても、あなたの生活が一番大切なので。

・・・
道を歩いていて誰かに見られているような気がすることがよくある。
じっとこちらを見て目を離さないネコはヒトを観察するプロで、下手するとこちらの心理まで読み取られてしまいそうで、ネコには頭があがらない、と岩合光昭氏は言います。

どんなネコが撮りたい?
岩合「抱えきれない大きなネコ」
好みの女性のタイプは?
岩合「その時に観た映画のヒロインだったりする」
生まれ変わるとしたら何になりたい?
岩合「生まれ変われない」

確かにダブッとしたネコが顔をつぶして寝ているのを見ると、この世もあながち捨てたもんじゃない、と思う。

しかしネコはヒトの暮らし方をよく見ています。
ネコとヒトの距離感というのは微妙なところがあって、これはヒトとヒトの距離感にも似ていて、イヌも可愛いのですが、その距離感に裏切られた時、例えば死んだ時の怖さを前もって感じます。ネコはある意味、初めから裏切られの距離感があって、死ぬ時は自らいなくなってくれます。そして、ああ逝ってしまったのかな、と何故か納得したりします。
私の実家では、ネコを飼ったことはないのですが、いまだに常時ネコが出入りしています。そして、ある茶トラのネコがいなくなって、しばらく経つとまた同じ模様で若返って現れました。
私の好きなパトリックマックグーハンが出た「トマシーナの3つの命 (1963)」という映画があって(当時ですと「三匹荒野をゆく」とか「フリッ パー」とか動物実写系、か「宇宙家族ロビンソン」の時代ですが)ネコは3度と言わず、9回位は生まれ変わる、いや何回だったか定かではありませんが、 とにかく子供の頃、しばらくすると全く同じ模様で生まれ変わって出てくるのを目の当たりにしてきました。チル(ネコの名前)が生まれ変わってハッピー(これもネコの名前)になったように。

納屋の屋根をめがけて子ネコがジャンプして、結果は見事失敗したらしく、岩合氏は見ていなかったふりをした、と。

うちは割と家族の写真とか、子供の写真とかを写真立てやフレームにいれて部屋にかざる方ですけど、その中に1枚だけ違う写真があって、それも何の変哲もないノラ猫の写真ですけど、私にとっては何とも、その時のことを思い出させる大切な1枚になっています。

あれはちょうど帰国の日、荷物もまとめ、あとは大家さんに挨拶して部屋を出るだけの準備を整え、でも大家さんに会うまでには30分くらい時間があって、最後の散歩のつもりで外に出た時でした。日曜日の朝は静かで、石畳の路地には路駐の車が並び、夏とはいえ、まだ風は涼しいくらいの朝、そういえば前の夜は軽く雨が降ったので、湿り気のある石畳でした。 外にはまだ誰も歩いている人もなく、日曜日もひっそりとスタートしていましたがその時、角を曲がると私の目の前に小柄なノラ猫がこちらを向いていました。
初めは私の方を見ていましたが、私に見られたことに気がついたのか、目を伏せて、それでも逃げる事もなく、逆に私の方にゆっくりゆっくりと近づいてきました。ここに引っ越して半年以上経ちますけど、確かにノラ猫は沢山横切りましたが、その間一度も見た事のないノラでした。でもどこかで見た事があったのかなあ?いや、前世かどこかで会った事があったのかもしれないなあ、と、伏せ目がちな彼女が気になります。
その猫は、私の前2メートル位のところで歩くポーズを止め、しばらくそのままじっとしていました。当時私は休みとなると銀塩のカメラを持って散歩に出たもので、いつもの癖で、その時もまたカメラを持っていまして、きっと最後の散歩の記念に何か写真でも撮ろうと思っていたのだと思います。
そのノラ猫は、私を撮って下さい、と言うかのように目を伏せたまま、そこにたたずみ、私はさっそくカメラを向けると、長いシッポをキューと空にのばして、そしてしっぽの先の方だけを少し曲げて、気持ちを込めてポーズを取りました。
ノラ猫でも一期一会ということをよく分かっています。
いや、ノラ猫だからこそ、ですね。

強いて言えば、猫はノラに限る(徳大寺有垣氏)



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