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2006年03月31日

『NANA FM707』中島美嘉、宮崎あおい(TBS(レントラックジャパン))
『NANA 特別版』大谷健太郎(セディックインタ−ナショナル(東宝))

NANA FM707 NANA 特別版
→bookwebで購入 →bookwebで購入

BGM1(NANA starring MIKA NAKASHIMA/GLAMOROUS SKY (2005))
BGM2(REIRA starring YUNA ITO/ENDLESS STORY (2005))

「私は吹雪の中を走った
 コートの下に赤い色を隠して
 ・・・いらない・・・
 強がる自分にサヨウナラ」

目の奥にかげりが見える時、人は運命と争い
目の奥にひかりが見える時、人は運命に従う

運命、destiny
それぞれの「幸せ」はどこにあるのか?

「でも、ハチは不思議、普通の女で、こうやってハチを見ると、このクソ女と思うじゃん、ねえ、だけどそれが・・・」と中島美嘉は正直に言う
気づいた人はハチだけだと思う、レンは気づいてるんだろうけど、こうやって思ってくれた人はハチだけなんじゃないかな・・・

少しも大人になんかなれないのに・・・

・・・いらない・・・
「夢」と「愛」との決別の時
ハチの目からこぼれる「願い」という涙
ナナの頬に溢れる「愛しい」という涙
ライブに立つレイラ、あらゆる意味を込めて「悔しくて」と中島美嘉は言う

NANAを見ていると、他愛のない、しょうもない話にうんざりする。だいたい最近の少女漫画っていうのは全く縁がなくて(ちばてつや時代のは見てたけど)でも職業柄どんな映画も要チェックなので(どんな職業柄だか?)何言ってん だこいつら、ヒマだね〜とか斜に構えて(と見ている自分もヒマで)足を組ん で座席に深くふんぞり返って見始めて、ところが、しばらく経つと、座り直し て、背中を座席から離して前に乗り出して、そうかな、そうだったかな、あれ?そうだったなあ、と自分の記憶の不確かな部分に不安気に、他愛のない世界に何故か引き込まれていく自分がいたりして、ハチはクソ女だったはずなのに、それが、えっ?どうして?ごめん、これが映画の、音楽の、そしてライブ の「魔力」。

そして、そこには胸が締め付けられるほど、ただの少女漫画だけではない何か確かに切ない物語が描かれていて、そして、何でうんざりしていたんだろうと逆に自己分析を始めたりして。
これっていつのことだろう、自分の時代にこういう青か白か黒かの時代があったような、かすかな記憶を頼りにごくわずかの空白の時間を探して。
たまたま最近、靖国通りの神保町側から靖国神社に沈む夕日を観た時、そして 九段坂を昇って、左にツタのからまる古い洋館を観た時、いつだったか、この風景を「後から」見た時って、その空白の時間だったかもしれない、と。

運命に従うとは、真面目に人知れず努力と苦労を重ねることで、決して安易な 道ではない。
実は、安易な道ほど運命と争うことになる。
運命に従うとは、真っ当な人生、真面目な人生、普通の人生、そしてその品格。
しかし真っ当な真面目な普通の人生ほど修行僧のようなもので、運命に従う者は常に苦しみ、それでも運命は、必要な時に喜びを用意していてくれる。
苦しみから逃れる者は運命と争い、必要な時に取り返しのつかないことにな り、どこか人知れず堕ちて行く。

3450万部
300万人動員
紅白
今日(昨日)3/30から韓国で公開
4/5からTVアニメ化
続編決定

本当に他愛のない話だけど、と強がる自分から少し離れると、何か何故こんなに受け入れられるのかが少しずつ見えてくるし、映画を作る側の立場に立っている感じで、のめり込む自分の肩からも力が抜ける。
ただ一つだけ、良く出来た複雑な微妙なストーリーの卓越性もだけど、ただ一つだけ、どうも中島美嘉だけが、いやに気になる。何かその押し殺した中から湧き出るものが気になる。何なんだろう。もしかして中島美嘉自身の音楽に取り組むバックグランドに触れる何かがあるに違いない。ハスの花に、そしてライブに、何かライブのプロデュースの側の立場に立っている感じで、ステージの袖からのぞいていたら、思わずのめり込んで感動してしまったかのように引き込まれる。

本当は山ほど書いた文章は、またにします。
ロケ地も多摩美だし、多摩川とか鷹番とか吉祥寺だし、適当に解釈して、と投げやりに。

でも改めて、映画と音楽はすごいと思うし、私は正直、映画と音楽がないと生きていけないし、ていうか、まともに生きていけそうもないし。
結局はストーリーはNANAでも何でも良かったのかもしれなくて、その原作と製作に込められた情念が必要で、それにいつも感動してしまって、でもそれがな くなったら終りだし、それがない人は信じられない、断定的、ローリングスト ーンズ来日中。

・・・
いつになったら、この部屋から外に出られるのだろう
いつになったら、猫足のバスタブに入れるような生活が出来るんだろう
いつになったら、木漏れ日に微睡(まどろ)む平穏無事な生活がくるのだろう
original soundtrack を聴きながら、そう想う
BGM3(NANA original soundtrack (2005))

誰にでも吹雪の中を走った記憶があって
運命に従い・・・
繰り返す日々に何の意味がある?
・・・まあ判断して下さい、と投げやりに

・・・
参りました、なんだか勉強になりました(矢沢あい)
やるだけのことはやったっていうか(大谷健太郎)
久々に37回位観ました、要所要所(原 正彦)
http://www.apple.com/jp/quicktime/trailers/toho/nana-movie/

強がることに疲れた
幼すぎた
今なら言える

終らないstory
ずっと永遠に


『NANA FM707』→bookwebで購入
『NANA 特別版』→bookwebで購入

2006年03月25日

『Natural Born Killers 特別版』オリバー・ストーン(ワーナーホームビデオ)

Natural Born Killers 特別版
→bookwebで購入 BGM(Nine Inch Nails/closer to god (1994))

「you let me violate you
 you let me complicate you
 my whole existence is flawed
 help me get away from myself」

あの街には小さな公園があって、夜になるとあの木の下に女の子が見えるという。

覚えているかい?
幼い頃は大人の見えないものが見えて、家の中にも時々その女の子がいるという。
あの暗い廊下の奥だったか、あの部屋の壁側だったか…
ところが、私の背後にはいつも何人かの人がいて、声は聞こえないがいつもヒソヒソ話をしていた。とりわけあの日の夜は体がこわばり、そのまま動けなく なったが、その後、そのようなことは気にならなくなった。それでもなぜあの時だけ、特別な気配を感じたのか覚えていない。

なぜあの時だけ、あそこに行ったのか覚えていない。確かに平日の昼間、何かの目的があってあの駐車場に車を止め、何かの目的があって目をとじて呼吸を整えていたが、その目的が思い出せない。そしてしばらくして目を開け、車内のバックミラーを見ると、スローモーションのように人が落ちてくる黒い影が一瞬上下を横切った。少しデレイがかかり、ドンという音が聞こえて、自転車置き場の屋根に人が落ちた。そして私は車を出し、何ごともなかったかのようにまた仕事に戻った。その後、早朝に同じ場所で人がぶらさがっているシルエ ットを見た。その後、そのようなことはない。それでもなぜあの時、自分があそこにいたのか覚えていない。

nobody can stop fate
nobody can
MickeyはMalloryに言った
あの橋から赤い血がしたたり
あの橋から白い布が舞う
次に何が起こるか分からない、それもfateか

when you got nothing
you got nothing to lose
Bobは私に言った
風に揺れる木の陰が私を襲い、それも畏れ多く
それでも私は救われたのだろうか分からない、それもfateか

私は痴呆になってもあなたに花束を贈ります
私は■■になっても毎日毎晩イノセントなプレゼントを買って帰るから
だから、あなたは、それを笑顔で受け取って下さい
nothing can stop me now
'cause I just do not care

ベランダからオレンジ色の炎が見える。白い煙が南東になびく。
ここぞとばかりに深夜にサイレンを鳴らし、消防車が集まる。
火事はじきに鎮火し、黒い煙となり、それでも増々消防車は集まる。
こういう時はいつもブートレグを聴いている。
車がガードレールにぶつかる音も聞こえた。
ベランダからガードレールに乗り上げた車が見えた。
何のブートレグを聴いていたか覚えていないが。

強烈なストレスの毎日は、show timeだと割り切るが、また手首がしびれ、耳の調子も悪く、静かになると右の耳から自分の血液の流れる音が聴こえてくる。右の耳は思考を司る耳で、私にとっては左の耳さえ残っていれば生活に支障はない。あのコンタクト(1997)でヒトラーの映像を乗せた信号音のような、 でもこれが止まる時が私の最期の時なんだなと、今夜も睡眠薬は飲まないが、 ただし深くは眠れない。その繰り返しはもう慣れた。夜中はヘッドフォンにうつむく日々が続き、キーボードを打つ指は左脳で仕事をしているが、右脳は天井を抜けた遥か上空で夢を見る。

ヘッドフォンの音が途絶えた一瞬、遠くでサイレンの音が聞こえた。
ディスプレイから目を外すと、磨りガラスの向こうに赤く明滅する光が見え た。ヘッドフォンを外し、ベランダに出ると、界下右下にオレンジ色に燃え盛る炎が見えた。民家がオレンジ色にメラメラと燃えている。
これはまずい。
火事がまずいのではなく、このオレンジ色の炎がまずい。ドラマの初回に火事の場面は縁起が良いとされるが、私はただ、やはりオレンジ色の炎を見てはいけない。
これで何回目か定かではないが、夜空に煙が昇り、火の粉が舞うオレンジ色の炎を見ると、いつも決まって奇妙な夢と奇妙な感覚にうなされる。握り拳に腕を振るわせ、冷や汗をかいて、またここがどこか分からなく目が覚める。ただ今夜は平気かもしれない。今夜は何かやることが山ほどあったはずで、しかしながら何もやる気がおこらないこれ以上のストレスはなく、だから、オレンジ色の炎に翻弄する自分が楽で、それ以上に望むものはない。
燃え尽き症候群になる暇のない私は、全くやる気のおこらないストレス以上のストレスを自分に与えて残る余命を振り絞る。そして徹底的に自分を叩きのめす。

ナチュラルボーンキラーズ(1994)は何か私の前世からのトラウマのようなものを思い出させる。次に何が起こるか分からない、その快感と失踪感。
私の遺伝子に焼き込まれた、何か遠い昔、まだ我々の魂が暗黒の宇宙をさまよっていた頃に焼き込まれた記憶をたぐり寄せるかのように、これもfate か。 ロバートデニーロのフランケンシュタイン(1994)を見て、モノトーンに沈む気持ちに耐えられず、そのまま引き続きナチュラルボーンキラーズを観た。観ようと思って観たのではなく、数ブロック歩くとかかっていたので観た。あの頃はどんな映画でもよく、ただ何を観ても何も感じなくなってかなり時間が経っていたが、久々に心臓がえぐられるかのように流れる出る血液の音が頭の中で 聴こえる最後の映画だった。その後、不思議なことはあまり起きなくなった。 そのかわりに私の左の耳には、永遠に鳴り響くかのようにあの曲のリフが残った。

その後、私はNKベイでこの上もない至福のNine Inch Nails(2000)を体験し た。もう2度と観ることのない、これ以上のことは2度と起きることのないラ イブだった。どんな曲を聴いても、どんなステージを見ても、何も感じなくなっていた30いく年かのロックな人生に40を過ぎてようやくたどり着いた一つの 結論だった。
何百人かの少数のオーディエンスに身をあずけ、恍惚(ほれぼれ)する格好いいステージに、シンプルにのめり込む最後のライブだった。

please do not hurt me any more...
いつの間にか私は自嘲気味に笑い、2階席の手すりを握り、幻を見るかのよう にアリーナでストンプする観客から焦点を外す。そうだ、あの日の夜も、オレンジ色の炎から焦点を外し、呼吸を整え、手すりを握った。

遥か界下を流れる川に2人の血がしたたり、白いスカーフが風に舞う
それで十分ですよね?
それでは、みなさん、サヨウナラ

I hurt myself today
to see if I still feel...
if I could start again
I would keep myself
I would find a way...

PS・・・でも、これで終わると危ないので、行き当たりドッカンで、アンコー ルワットへの最短距離を狙っています、みなさん、うまく地雷を踏んだらサヨ ウナラ(1999)、にしておきます

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