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2006年01月31日

『仕事がもっと上手くいく
 図解 品よく見せる大人の技術』
 インプレッション・ワークス(PHP研究所)

仕事がもっと上手くいく<br> 図解 品よく見せる大人の技術
→bookwebで購入 BGM(坂本龍一/ウラBTTB (1999))

「emotional landscapes
 they puzzle me, confuse
 then the riddle gets solved
 畏敬にも似たエマージェンシー」

満月の月明かり、遠く銀色に光る碧黒い水面に
イルカのシルエットが見えた
あそこ、観える?
…ちょ、ちょっと待ってくれ、こういう時は頭を整理させてくれ
そして真夜中にホテルを出る
FMから"everyday is exactly the same"が流れ始めた
真っ暗な海岸線
あれから俺達は上手く行っているのか?
…観えなくなってから、だいぶ時間が経ったような気がする

・・・
人生は思いの他、オ−ソドックスに出来ています。
そして思いの他、大人の時間で占められています。
若い時間はすぐ過去になり、その後すぐに大人の時間が始まり、リアルタイムで死ぬまで続くことになります。なので、若い時間は貴重と言えば貴重です が、その後に来る、思いの他に長い大人の時間で上手く行く、つまりスーツを着てからの「うだつ」というのは、それまでの若い時間に上手く行く話とは全く違うと実感します。
要は何かというと、卒業して、我々の業界では大学院まで出て、中には博士号まで取って、普通よりは年が行ってからプロの大人の業界にデビューする訳ですが、早い内に若い生活から大人の生活に切り替えるに越した事はありませんし、いつまでも若い気持ちを維持するのは良いのですが、要は在学中からでも早く「うだつ」ファクターが観えるかどうかということになります。
ところが、大人の時間はかなり真面目でオーソッドックスに出来ていて、それまで学校で勉強してきたことや見聞きしてきたことが世の中の半分にも満たなかったことを実感する訳で、そして結婚すればしたで、それまで世の中の半分しか知らなかったことを実感して、子供が生まれた、家を買った、親が入院し た、と事ある毎に、それまで何も知らなかった自分を発見して行きます。要は、勉強が出来て優秀なことはその後の「うだつ」につながるのだろうかというと、ないよりは良い程度で何分の1かの基礎にはなりますけど、そこは倍々に増える「うだつ」ファクターを実感出来る人か=観える人か否かの方が重要になってきます。そんな「うだつ」ファクターを知ることもないまま人生が過ぎていってしまう人にならないように、そしてそういう人に自分の「うだつ」 を落とされることのないように、上手く見極めていかなければなりません。
私のこれからの人生は上手く行く、私のこれからの人生は幸せだ、と思っても良いのですが、それはもしかして勘違いかもしれないといつもフィードバックをかけなければいけないですし、実は上手く行っていないことにも気がつかず、実はそれはそれで良くて、なので結局は上手く行っていると思う人生で終わるかもしれないのですが、世の中それでバランスが取れてていいのですが、 かという私は、観えていない人は苦手と言いながら、自分が観えなくなってからかなりの時間が経ち、毎日模索しようにもそんな余計な事を考える寸分の時間もなく、でもそんな客観性がなくなったら終わりだと、上手く行っている人を見ては、やっぱり私はまだ上手く行っていないし時間もないし、と鏡を見ながら自分を戒めることしきり、また水ごりを繰り返すのです。
その真面目でオーソッドックスとは、努力と根性を神様は見ているということでもあります。これは本当に見ています。私には特に厳しい。よほど前世で悪い事をしたのか、厳しい試練を与えられている修行の身であることを実感します。誠意を持って対応しなければ、それ相応の、そう、だいぶそれ相応のバチが当たりますし、バチのないアンバランスなラッキーな人生なんてありえませ ん。特にスーツを着てからの「うだつ」とは正にそのままです。

ここで上手く行く場合を「正のうだつ」上手く行かない場合を「負のうだつ」 ということにします。
(理工系的〜)
私もこれまで何百人といわゆる優秀な人材を見て来て「正のうだつ」には予想外の場合がありましたが「負のうだつ」にはほとんどの場合に予想外はありませんでした。この人は上手く行くだろうと思っていると、そのまま上手く行く 場合が多いですが、そうでもない場合、時には上手く行かない場合もあります。どちらとも分からない場合もそれと同じと言えば同じです。当たり前と言えば当たり前です。
でも、上手く行かないだろうという人、つまり「負のうだつ」を感じる人は、 ほとんど例外なく上手く行かない、そんな感じです。
つまり、
「正のうだつ」を感じる→上手く行く、どちらでもない、
            か、上手く行かない、のどれか
 どちらとも分からない→同上
「負のうだつ」を感じる→上手く行かない

ややこしいですけど、もう一つ明らかなことは「正のうだつ」は皆にうつる訳ではなくて、うつる人にだけうつるのですが、「負のうだつ」は人にうつる、 つまりそういう引きの弱い人の近くで仕事をしたり生活をしてたりすると「負のうだつ」はパートナーにうつります。
つまり、
「正のうだつ」→うつる人にだけうつる
「負のうだつ」→うつる
となります。

一般論として「負のうだつ」には共通項がいくつかあります。
例えば簡単な話、大人の挨拶が出来ない人は全くもって「負のうだつ」です。 これは明らかです。では、どこまでのどういう挨拶か、というとこれは企業秘密でもないですけど逆に「正のうだつ」に引きのある人の挨拶は違うということです。メイルとか携帯とかの文化が品を落としつつ「負のうだつ」に拍車をかけていることも事実です。本当に気をつけないと「負のうだつ」はうつるんです。吉田戦車です。
それから「負のうだつ」には潜伏期間があって、それも若い生活の間には表立 ってこないという。この人「うだつ」が上がるのか?というのは、ある意味、 大人の生活になってみなければ分からないものですが、そこは早く見極めるに越したことはありません。
いわゆる優秀でも上手く行かない、というのは、英語が出来てもコミュニケー ションが出来ない、そんな感じで、つまりは英語が出来なくてもコミュニケーション出来る人もいる、ということ。要は優秀どうのこうのは、ベースラインとしてそうであることに越したことはありませんが、要は大人の業界では2の次という。人事課の人はもっと分かるのでしょう。(本当は優秀じゃないとだ めなんだけど、それを言っちゃおしまいよ(寅さん談))

「正のうだつ」の一般論の例は、
覇気、つまりは世に言う「オーラの泉」…もとい、その「オーラ」
陽気、これは陽と陰の陽の方の気
そして、その気を惜しげなく配るgive and giveからの引き
気配りというとそのままですが、気を配るとはこの世の中に気がつく、素直に観える、ということ

この手の本は、ある意味、大人の業界の常識。
実はどの本でも良いし、どの本も含蓄がある。
何故か、上手く、出来る、頭がいい、忙しい、時間、とでも検索すれば、山程出て来る。
ちなみに、ハードカバー、新書・文庫、そして図解、の3種の神器はこの手の 本の最近の常識、というか1回で3回おいしいか1粒300mのようなコンビニにもあって、自分もそれにはまってみるかと買ってみると、同じ新書を持っていたりすることに気がついたりする。

覇気は、時にすれ違うだけでも分かります。
覇気がないとは、そのまま「負のうだつ」で、電車の中でも街中でもどこで も、ドローとした目で「負のうだつ」を発する人は勘弁して下さい。

・・・
「戦場のメリークリスマス(1983)」で、たけしの顔がスクリーンいっぱいに映り「メリークリスマス、メリークリスマス」というシーンがある。すると館内に爆笑が広がった。
え〜? 何、この人達・・・
私は腹立たしかった。こんなに恐いカットはないのに、皆が皆笑っている。
カンヌを逃して帰国した大島渚監督は、空港で「まだ早過ぎた」と言ったのを良く覚えている。「楢山節考(1983)」でも良いが、私は「全くその通りだ」 とその時思った。
その頃「観えてるか?」といつも蒼く自問自答していた。
その本当の恐さとは、畏敬にも似た恐さ、エマージェンシー。
時に、観えて、聴こえて、そして匂う。

「観自在」「観世音」の「観」
時に、精神的なバランスの為にフラッとギャラリーに寄る
中庭でお茶を飲んで、ボーと御殿山の空を見る
特設展示のBGMか、遠くからJogaが聴こえてきた
今日は久々に少し観えるような気がした
でもやっぱり自分の「うだつ」には不満だらけだ

all that no one sees, you see
what's inside of me
every nerve that hurts, you heal
deep inside of me
you don't have to speak, I feel



→bookwebで購入

2006年01月07日

『ヘーヘーホーホー40年!』昭和のいる・こいる (ポニーキャニオン)

ヘーヘーホーホー40年!
→bookwebで購入 BGM(山崎まさよし/ドミノ)


「Head like a hole
 Maybe I'm all messed up
 それでも私、格闘技の味方です」


新年早々何ですけど、正直、突然生きているのがつらかったりします。
あまりにもまともなのかまともでもないのかのような生活をしてきて、正直こんなんではなかったはずだと悔いる事しきり、何を贅沢なと思うかもしれないですけど、今朝も一人飛び降りて下のベランダの手すりにぶつかる音で目が覚めた。
そんな妙にリアルな夢を見る。顔のすぐそばの登場人物も感触もリアルだったりする。これ以上書くとマズイので書かないですけど、気をつけることは死んではいけないこと、手すりでグッとこらえること、週末の睡眠薬をまとめて飲まないこと、車で突っ込まないこと。過激な文章は山ほどあって、書いては捨て書いては捨てとはこのこと。結局はジムで汗を流して、だから毎日がshow time。
ここはどこだ?今日はこれからどこに行って何が残っているんだっけ?大体今日はいつだったっけ?と、新幹線の中でも飛行機の中でもホテルでも、そして 自宅でもこのありさま。何か朝イチにやることあったはずだとか考えて、しばらくして休日だと思い出す。たたきつぶすような音を聴いて、微睡(まどろ)むような音を聴いて、それらをシャッフルまかせで聴いて、ようやくバランスを取り戻してshow timeに備える。世の中の全てが4〜50年位前に見えて、でも 50年経っても変らないだろうし、私はどうにもならない。どうにかしてくれ。
don't you f**king know what you are ?

・・・
柔道着を脱いだ吉田、着ていたらスタンドで小川か。
吉田のかかと固め、これも確かに来ていたし、そしてグラウンドの応酬。吉田 はガードポジションから腕ひしぎ。腕をロックされていたからタップも出来な い小川に、吉田は最後まではしめなかった。後はどうでもよくて、でも橋本が 何て言うか。それでも私、格闘技の味方です。村松友視さんのファンでもあります。人間風車ビルロビンソンとカールゴッチから別冊ゴング買ってたし。

2002年12月7日(土)寒い曇
奈良教育大にて「第12回非線形反応と協同現象シンポジウム」に参加。
夜、近くの寂びれた商店街、渡る世間の幸楽を暗くしたみたいな食堂でラーメンを食べる。油っぽい棚の上にあるTVで K-1 をやっていた。オイオイなんだよこれ、サップの目が行ってるよ、と上目遣いに口をあけたままラーメンの手が止まる。
Mr. Perfect ホースト負け上がりでバンナをOK、4度目の優勝。セフォもハントもレコもそしてピーターアーツも凄かった。オイオイいいのかよ、本気だぜ こいつら。ラーメンを食べ終わっても他にお客さんもいないし最後まで見続ける。気がつくと角野卓造さんみたいなお店の人も横のテーブルでTVを見上げていた。何か体がこわばっていたのに気がつく。いや〜凄い。でも何か良かった。
K1でもPRIDEでもいいから、とにかく圧倒的に強い奴が好きだ。桜庭でも藤原でもいいからとにかく最後までしめて落としてくれ。微睡みながらたたきつぶしてくれるなら最後まで見届けるから。
will you bite the hand that feeds you
or will you stay down on your knees ?

・・・
そして、その昔も今も、生まれ変わったらコメディアンになりたい気持ちに変わりはない。でも、枝雀を見ているとつらいし、こうまともな生活をエンジョイしてるかのようにすること自体、時々無理があって、それを思い煩う自分が いて、全てが夢のまた夢。年末年始と立て続けにお笑いも見るし、変に笑いすぎて何だかで、CMで駅伝と切り替えながら涙もろくて何だかで。

「ショウガナイ、ショウガナイ」
「いや、ショウガナイじゃないんだよ」
「ああ、そうはいかねえか、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ショウガねえや、そんなもんでえ、ああそうか、なんだっていいや」
「お前なあ、自分の職業に誇りはねえのか?」
「それほどの仕事じゃねえもん」
「弱ったもんだね〜」

師匠はてんやわんやで、テンポはWけんじ、いとしこいし、か。
「お前はね、自分の主張ってのはねえのか?」
「自分の主張〜?んなもんねえな、あったってどうなるってもんでもねえしよ〜そんな偉かねえもん」

何回も見る、何回も何回も同じ落ちを繰返し見る
何か見なければいけないし、何かにかられて見る
アーティフィシャルな笑いが入るドラマにも似て
でも、何かこわばっていた体が徐々にゆるくなる
でも何か良かった

「世の中の全てが4〜50年位前に見えて、でも50年経っても変らないだろうし、私はどうにもならない。どうにかしてくれ。」
「いくら考えたってさあ〜、ダメなものはダメだよねえ〜、どうにもならねえんだから、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ショウガねえや、そんなもんでえ、ああ そうか、なんだっていいや」
真顔で戻る舞台裏。昔、ジュリールイスもビルコスビーもそうだった。

そうか・・・

・・・
いつも行くCD屋で「今かかってる曲ください!」と買ったのがドミノで、ジャケ買いじゃなくて何て言うんだ?

主張なんか、んなもんねえな、と4〜50年生き長らえる極意。
死ぬ気になれば何でも出来そうだが、何か明日も死なないですむ気がする。ありがたい。
今朝はBjorkのライブでギターを弾く事になって、全然用意が出来てなくて困って目が覚めた。それもまた意味のある時刻キッカリに。まだましだ。いや全然ましだ。Bjorkと打合せも出来たし、何か良かった。




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