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2013年06月12日

『俺はもっと本気出してないだけ』青野春秋(小学館)

俺はもっと本気出してないだけ →紀伊國屋ウェブストアで購入

 俺はまだ本気出してないだけ。

 世の中にこれほど胸をえぐるフレーズがあるでしょうか。誰もが一度は思ったことがあるはずです。「私は本気さえ出せば…」と。そして大抵の場合は、本気を出さずに、一生を終えるのです。漫画「俺はまだ本気出してないだけ」(注意:今回紹介する本ではありません)の表紙には、公園で死んだ魚のような目をして突っ立っている中年シズオの姿が描かれています。いかにも駄目そう。「俺にやさしい社会づくり」という、当時巻かれていた帯のキャッチフレーズも胸をくすぐります。3年くらい前でしょうか。私はこの漫画をつい衝動買いしてしまったのです。

 読みはじめるや否や、シズオのあまりの駄目さ加減に、私は心底安心しました。18年勤めていた会社を「自分を探す」という理由で辞め、日がな一日ゲームをする40歳のシズオ。突然「俺マンガ家になるわ」と宣言するのですが、宣言しながら膝をポンッと打ってみたり、茫然とする父と娘に対して「マンガ!」と無邪気な顔をしてみたり、ひとつひとつ、じっくりと味わいたくなる駄目さなのです。そりゃ父も泣きたくなります。アイディアが浮かばなくなって出かけた風俗店で娘と鉢合わせしてしまい、しばらく沈黙した挙句に「こんにちわ」と挨拶だけして帰るシーンは今でも忘れられません。

 なんでこんな漫画を、と思いつつ、気づけば4巻まで揃えていました。シズオには中毒性がありました。どれだけ読んでもシズオの「駄目」には底がありません。常に斜め上や、斜めうしろ、あるいはねじれの位置から、あらゆる「駄目」を投げてくるその姿に、私だけでなく、登場人物たちもついつい巻きこまれていきます。

 シズオとの別れは突然やってきました。休載したのです。尻切れトンボになったまま、シズオは長い間ぼんやりと私の心の隅にぶらさがっていました。最初は「続刊が出るのではないか」と店頭を気にしましたが、2年もたつと、「ああ、もう続刊は出ないのだな」と諦めるようになりました。本であふれる我が書棚。何度処分しようと思ったことか。しかし、なぜか捨てられないシズオ。それがシズオなのです。

 ところが! 去年の秋ごろ、書店でまたシズオを見かけました。続刊が出たのです。驚きました。2年のブランクをものともせず、マックススマイルのシズオ。シズオの父じゃありませんが「お前は世の中なめてるのか?」と言いたくなります。今更戻ってきても遅い。ストーリーだってもう覚えてないよ。若干腹立たしく思いながら、私は買わずにシズオを放置しました。

 そしてついに今年の春、「もうそろそろ読んでやるか…」という気分で5巻を購入。最初のページを開いた瞬間から、シズオはやってくれました。「著者描き下ろし 1~4巻までのあらすじ」という4ページが目に飛びこんできたのです。わかってる。シズオはちゃんとわかっていたのです。読者がストーリーを忘れた可能性が高いということを。わかってなさそうでわかってる、そこがシズオらしい。でも、あらすじ、意味ない。もともと、あらすじにするほどのストーリーがない!

 2年のブランクを感じさせないほど、シズオは飄々としてそこにいました。正直、驚きました。こんなに違和感なく戻れるなんて。画風もまったく変わっていない。そして、な、なんと、ハッピーエンドで終わるのです! しかもクライマックスで泣かせる。シズオに泣かされるなんて思ってもみませんでした。ていうか泣きたくない。シズオにだけは泣かされたくない!

 なんだかんだで目頭が熱くなり、なんともいえない多幸感に包まれて、最後のページをめくった私は「ガーン」と漫画を取り落としそうになりました。

「特報!『俺はまだ本気出してないだけ』実写映画化決定! 主演:堤真一」

……映画化! この漫画が! しかも堤真一!! 全然似てないし!!! 読者全員が突っこみを入れたであろうと思われます。さては映画のために復活したな。その調子のよさがまたシズオくさい。しかもこのページ、いつもはへらへらしているシズオが、やけにビシッとした顔つきで堤真一の写真と並んでいるのです。なんだかすごく腹が立ちます。シズオの父じゃありませんが丸めた新聞紙で頭をはたきたくなります。

 そして、ここからが本題です。さんざん文句言って、でも、「映画化か。シズオ、良かったね」と5巻を閉じ、「私もこれでシズオから卒業できる。よかったよかった」と新たな漫画を求めて書店に立ち寄った私は、そこでまた、照れくさそうに佇むシズオに出会ったのです。それが今回ご紹介するこの漫画「俺はもっと本気出してないだけ」です。買っちゃいましたよ、もう。ここまで来たら最後までつきあうしかないじゃないですか。

「俺はもっと本気出してないだけ」は、「俺はまだ本気出してないだけ」の登場人物たちによる、オムニバス短編集です。個人的には、シズオの会社員時代の話がよかったです。中年になってからのシズオは駄目だけど、十八年も続いた会社員生活だけは「頑張ってたんだな」と信じていた私に、シズオは斜め下方から新たな「駄目」を投げかけてきてくれました。さすがシズオです。でも、もう、これで終わりにして!


→紀伊國屋ウェブストアで購入

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