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2012年11月26日

『孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生』 前野 ウルド 浩太郎(東海大学出版会)

孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 →bookwebで購入

 バッタ。バッタに興味ありませんか?

 あまりない。ほとんどない。まったくない。むしろ苦手だ。見るのも嫌だ…。そんなあなたにとって、この本は、ぱらりと開いたその日からバッタが、いやバッタ博士が頭から離れなくなってしまう悪魔の書となるでしょう。まずは「はじめに」と題された書き出しを読んでみてください。
 あれは、小学生の頃に読んだ子ども向けの科学雑誌の記事だった。外国でバッタが大発生し、それを見学するために観光ツアーが組まれたそうだ。女性がそのツアーに参加したところ、その人は緑色の服を着ていたため、バッタに群がられ、服を食べられてしまったそうだ。私はこのとき、緑色というだけでみさかいなく群れで襲ってくるバッタの貪欲さに恐怖を覚えたとともに、ある感情が芽生えた。
「自分もバッタに食べられたい」
 その日以来、緑色の服を着てバッタの群れの中に飛び込むのが夢となった。

 最後の2行、読み間違いじゃないかと思ったあなた、バッタ博士の異常な愛情の世界へようこそ。

『孤独なバッタが群れるとき』の著者、バッタ博士こと前野氏は、サバクトビバッタを研究する秋田県出身の青年です。サバクトビバッタは、「サハラ砂漠などの砂漠や半砂漠地帯に生息しているバッタ」で、「しばしば大発生して、大移動しながら次々と農作物に壊滅的な被害を及ぼす害虫として世界的に知られて」います。この黒い悪魔の襲来から逃れる術は有史以来見つかっておらず、周辺国は彼らのもたらす貧困や食糧危機に絶えず悩まされ続けているのです。

(前略)群れの大きさは、大小あるが巨大な一つの群れは五〇〇メートル途切れることなく空を覆うことがあるそうだ。桁は決して間違っていない。ゆうに東京全域を覆い尽くす大きさだ。バッタの群れに巻き込まれると三メートル先が見えなくなってしまうらしい。羨ましい限りだ。私は映像でしか見たことがないので、とにかく想像を絶する規模で大発生するそうだ。(後略)

 引用部分、後ろから2行目におかしな一言がはさみこまれていますが、もう少しこらえて先をお読みください。

 幼少期にファーブル昆虫記を読んで「自分自身で虫の謎を解き明かす」面白さを知った前野氏。本書には、そんな前野氏が尊敬する師匠のもとで、バッタ大量飼育という重労働に耐えながら地道な観察や工夫をこらした実験を行うという、地味だけれどときめきに満ちた成長譚が綴られています。東北人らしい朴訥な文章。ひたむきな研究者生活。解き明かされていくサバクトビバッタの神秘。これまでバッタに1ミクロンの関心もなかったあなたも少しずつ、その愛らしさ、その生態の不思議さに惹かれていくはずです。

 2011年、前野氏はついに、サバクトビバッタの生息地であるアフリカのモーリタニアへ単身乗りこむことを決意します。研究者人生を賭けて挑むこの渡航計画が本書のクライマックスです。しかし、そんな前野氏を衝撃的な結末が待っていました。この年、モーリタニアは建国以来の大干ばつに見舞われ、なんと「バッタが忽然と姿を消してしまった」のです。

(前略)まったく運命のイタズラとは恐ろしい。恐ろしすぎる。人生をかけた一大勝負にまさかこのような落とし穴があるとは誰が予測できただろうか。そして、あの夢をいまだに叶えられていない。そう、バッタの群れに緑色の衣装を身にまとって突撃し、バッタに食べられる夢だ。せっかくパンツまで緑色のものを準備したというのになんということだ。何百万人もの人がバッタの被害に合わずに喜んでいる中、一人いたたまれないバッタ博士がいることを、どうか忘れないでほしい。

 断っておきますが、この本は非常に真面目な本です。バッタの観察、仮説構築、実験方法の考案と実施、結果分析、論文執筆。そのプロセスを緻密に、素人にも理解しやすいよう丁寧に解説しています。巻末にはお世話になった人への謝辞が長々と述べられ、前野氏の誠実な人柄をうかがい知ることもできます。

 しかしどうしても制御がきかなかったもの。それは博士がバッタに抱く異常な愛情。文章のあちこち、言葉のはしばしにジュワッと滲み出ているそれは、制御がきいていないというより、むしろ露出狂のようにわざと滲ませて読者の反応を楽しんでいるようにも見えます。そこがまた変態的なのです。しかしこの変態性こそが本書の魅力であり、ほとばしる情熱の源泉でもあるので、読者はあえてこの変態世界に身をゆだねるしかありません。ゆだねちゃいましょう。本を読み終わる頃にはあなたも、バッタのことしか、いや、バッタ博士のことしか考えられなくなっているはずです。

 そして、彼の狂おしい愛はついに砂漠に奇跡をもたらしたようです。この本が出版される直前の先月末、国連食糧農業機関が周辺国に「数週間以内にアフリカ北西部にサバクトビバッタの大群が飛来する可能性が高い」との警告を発しました。バッタたちが帰ってくるのです。

 そこに待ち構えているのは勿論我らがバッタ博士です。孤独に耐え、金欠に怯えながら、沙漠を這いまわり、待ち続けた彼の愛は今臨界点に達しているはず。その愛が今度はどんな新発見をもたらすのでしょうか。緑の衣に身を包み歓喜にうちふるえている博士の姿を想像しながら本を閉じましょう。『孤独なバッタが群れるとき』はバッタ博士こと前野・ウルド・浩太郎氏のエピソードゼロともいえる一冊です。次のエピソードを読む日がとても待ち遠しいです。


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2012年11月23日

『ぼくらの昭和オカルト大百科―70年代オカルトブーム再考』初見健一(大空出版)

ぼくらの昭和オカルト大百科―70年代オカルトブーム再考 →bookwebで購入

 ノストラダムスの大予言。ネッシー。ツチノコ。ユリ・ゲラー。スプーン曲げ。UFO。あなたの知らない世界。心霊写真。コックリさん。口裂け女。これら実にいかがわしいトピックが日本全土を座巻した時代がありました。
 70年代です。
 70年代は「オカルトの時代」でした。エロ・グロ・ハレンチ・インチキ・ヤラセの匂いに満ちた時代の空気のなかで、さまざまな「不思議」が次から次へと現われては消えていきました。その多くは文字どおりの「子どもだまし」でしたが、どれもが夏祭りの縁日のアセチレンランプのように、ギラギラと妖しく魅力的に輝いて見えました。

 70年代キッズでなくても、漫画『ちびまる子ちゃん』を読んだことがある人なら、その空気を感じとることができるはずです。「ノストラダムスの大予言」が怖くて眠れなくなったり、毛布にくるまって心霊番組を見たり、丸尾君とツチノコ探しをしたり、まる子は高い頻度でオカルトに振り回されていました。「オカルトブーム」どっぷりでした。

 大ヒット漫画『20世紀少年』にもオカルトトピックにまみれた70年代が描かれています。主人公ケンヂがつくる「よげんのしょ」は明らかにノストラダムスに影響されていますし、新興宗教の教祖となった「ともだち」がスプーン曲げを披露するシーンも印象的です。「さまざまな『不思議』が次から次に現われては消えていく」…この漫画の主役は、そんな70年代の空気そのものだといっても過言ではありません。

 本書『ぼくらの昭和オカルト大百科-70年代オカルトブーム再考』は、この「オカルトな気分」が漂い続けた「イカレた時代」70年代にざっくりメスを入れ、なぜブームが起こったのか、ブームはどこへ行ったのかを徹底的に再考しようというわりとまじめな本です。その著者が『昭和ちびっこ未来画報-ぼくらの21世紀』の初見健一氏なのですから、これはもう読むしかありません。

 では、70年代において、この「イカレた時代」がいつはじまったのか? これはほぼ正確に特定できる。
 1973年。
 この年、その後の約10年間にわたって定番となるオカルトな大ネタたちが、なぜかまるで歩調を合わせるかのように群れをなして日本を急襲し、僕らの好奇心をワシづかみにしてしまったのだ。

 初見氏が「オカルト元年」と呼ぶ1973年。冒頭にずらりと並べたトピックのほぼ全てが、日本の少年少女の上に大量投下されます。「本当の『恐怖の大王』はこの年に空から舞い降りてきたのかもしれない」と、初見氏がふざけ半分に書いているフレーズが冗談に思えないほどの投下量。それらはまたたく間に日本全土の70年代キッズを虜にしていくのです。

 私が育った80年代、オカルトブームはほぼ終息を迎えていました。しかしその余波はまだあちこちにちぎれたクラゲの足のように漂っていました。私の妹はノストラダムスの大予言を知って「こわい」と泣いていましたし、テレビにはひっきりなしに霊能力者や超能力者が出ていました。遠足があるたびに心霊写真を探すのはもはや恒例行事のようなもので、人面犬が公園に出たという噂も飛び交っていました。

 オカルトには魔力がありました。あの時代に漂っていたそこはかとない不安、暗い時代へ一気に転落していく予感のようなものを、一時的に忘れさせてくれるドギツくてアヤシイ癒しの効力を持っていました。今でも「1999年、7の月」というセンテンスを読むだけで血中アドレナリンが体内を駆け巡ってしまうくらいに。1999年に何も起こらなかったということを知っている未来人なのにも関わらず、です。

 そして、楽しげな「超・消費生活」が一気に崩壊したころ、僕らはかつて『デビルマン』などで読んだ「ハルマゲドン」を目の当たりにします。同世代の多くの人が、すっかり忘れていた「オカルトの時代」を思い出し、不思議な胸騒ぎを覚えたはずです。
 それ以来、僕らを育てた70年代オカルト文化はサブカルチャーの暗部に押し込められて、僕ら自身もなかば「なかったこと」にしてきたような気がします。

 初見氏はそう綴ってこの本を締めくくっています。「なかったこと」になったオカルト文化。さみしいですね。でも、安心してください。『ぼくらの昭和オカルト大百科-70年代オカルトブーム再考』。この本を読めばたちどころにあの頃の自分に戻れるはずです。友だちから借りたいかがわしい装丁の本を大事に胸に抱え、家に帰ってページをめくる時の痺れるようなあの快感。あなたはいつでもあの日の自分に戻ることができるのです。70年代キッズもそうでないキッズも。オカルト好きは必読の一冊です。再考しましょう、オカルトブーム。とっても面白い本です。


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2012年11月01日

『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』東村アキコ(講談社)

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 久しぶりに近所の書店をうろついていたらピカリと光る漫画が。それが『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』でした。言わずと知れた人気漫画家・東村アキコさんの最新刊です。私はデビュー作の表紙を東村アキコさんに描いていただいたことがあり、それ以来足を向けて眠れないという事情がありますので、ここからずっと「さん」付けで書かせていただきます。

 見た瞬間、震えました。私に黙って東村アキコさんの最新刊を出すなんて。講談社め。こんな面白い本が半月も前に出てたなんて。全然知りませんでした。勿論私に断る必要などあるわけないのですが、ファンなら誰しもそういう気持ちになるものではないでしょうか。そしてファンたるもの著者名を見ただけで即買いしなければなりません。

『海月姫外伝』とあるように、この漫画は、アニメにもなった大ヒット漫画『海月姫』のスピンオフ漫画です。主役は『海月姫』尼~ずのひとり、千恵子の母・千世子とその友人ふたり。「尼~ずって何?」と思った『海月姫』未読の皆さん、詳しくは『海月姫』を読んでください。簡単に言うと、筋金入りのオタクで男性とは無縁の生活を送っている無職の女子のことです。あなたの近くにもいるでしょ…?

 さて、本編の『海月姫』で、名前だけ頻繁に登場していた千世子。「韓流スターにはまって韓国にばかり行っている」ということは知っていましたが、果たしてどんな人物なのか。本編ではほとんど明かされませんでした。その千世子の韓流ライフがついにベールを脱ぐ時が来た。それがこの『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』です。

「著者によるスピンオフって、ディープなファンしか喜ばないような気の抜けたエピソード漫画が多いよね?」とか「『海月姫』を読んだ人にしかわからないんじゃない?」と思ったら大間違い。この漫画は、とにかくパワフルな中高年の奥様をひとりでも知っていれば十分楽しめる作品です。

この物語は齢五十にして韓流スターにハマッてしまった主婦達が、日本のお隣、韓国で、韓ドラロケスポットを巡りながら、更年期障害をものともせずアクティブに、ソウル旅行を楽しんでいる姿を余すところなく描いた愛と感動の記録である。

『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』はこんなモノローグで始まります。「俺、韓流に興味ないから…」というあなた。安心してください。韓流はあまり出てきません。描かれるのはあくまで「主婦達が」「更年期障害をものともせずアクティブに」「楽しんでいる姿」です。

 例えば「其の壱」はこんな台詞で幕を開けます。

「今日は明洞でお土産用のBBクリームとシートパック買いまくるわよ――ッ」
「そして自分用にかたつむりクリームも買っちゃうわよォォォォ」

 そうなのです。「其の壱」には、千世子たちがBBクリームとかたつむりクリームを買うために奮戦する姿しか出てきません。見るもの全てに興奮し、思ったことをすべて口に出し、絶叫に近い音量で喋りまくる千世子たち。情報はネットではなく雑誌から。お得な買い物が大好きなわりに数字にめっぽう弱い。普段は人目を気にしない癖に自分が年老いたことに気づくとちょっと落ち込む…。そんな恐ろしくも愛らしい中高年主婦の怒涛の青春旅行。読者も彼女たちのジェットコースターのように上がり下がりするテンションについついひきずられていきます。

 あとがきで語られている通り、韓流、そして韓国旅行にはまっているのは他でもない著者本人なのですが、旅先で見かけた中高年主婦たちのエネルギーを鋭いアンテナでキャッチし、それをリアルにコミカルにハイパワーで描きまくるところはまさに東村アキコさんの真骨頂。元気がない時に読めばたちまち、覚醒剤を打ったかのようにハイテンションになれることでしょう。私も韓国行きたくなってしまいました。焼肉食べてエステして朝4時とか5時まで営業しているソウル版109で、朝日が昇るまで買い物したいです。そういう漫画です!


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