« 『星のかけらを採りにいく―宇宙塵と小惑星探査』矢野 創(岩波書店) | メイン | 『THE BOOKS -365人の本屋さんがどうしても届けたい「この一冊」』ミシマ社(編)(ミシマ社) »

2012年08月08日

『この世界の片隅に 〈前編〉』こうの史代(双葉社)

この世界の片隅に 〈前編〉 →bookwebで購入

 こうの史代(以下敬称略)を知っていますか? ご存知ないのなら、この機会に、ぜひ知っていただきたいと思います。

 こうの史代は、広島で被爆したある女性とその家族を描いた『夕凪の街 桜の国』で2004年度文化庁メディア芸術祭大賞を受賞し、一躍有名になりました。原爆、という凄まじいテーマ。主人公の皆実が背負う、被爆という運命。作品に流れる空気が伸びやかであればあるほど、皆実が平凡な女性であればあるほど、その恐ろしさは読む者の心を深く侵します。

 しかし当のこうの史代は、この作品が「戦争もの」と呼ばれることに違和感があるようで、エッセイ集『平凡倶楽部』の中で、「出版後、反響が大きいのに驚いて、時として『戦争もの』さらに『反戦もの』として捉えられたことにもっと驚いた」と綴っています。彼女の違和感は作品に貼られたレッテルだけではありません。いわゆる「戦争もの」のお約束にも及んでいます。

 「昔の女」は子供の頃から勉強もさせて貰えず家の手伝いばかり。知らない相手と結婚し、実家にも滅多に帰れず、婚家で奴隷のように使われ、子供を作り、年を取れば姑として嫁を教育し…、という印象がある。両親や祖父母から伝え聞く誰かは、大抵そんな人生を歩んでいた。
 ところが、戦争ものに出てくるヒロイン達は、女学生さんのうちに凛々しい兵隊さんと一世一代の恋をしたり、愛する夫や子供を亡くして泣いたりするのだ。
「昔の女」は戦争が始まった途端、どうやってそんな才色兼備な愛し愛される「薄幸のヒロイン」に変身するのだろう?
(『平凡倶楽部』より)

 いわゆる「戦争もの」は、戦争を、お涙頂戴の物語や反戦イデオロギーを語るための舞台装置として使うことが多いように思います。戦争を「非日常」として扱うからこそ、そこには「女学生さんのうちに凛々しい兵隊さんと一世一代の恋をしたり、愛する夫や子供を亡くして泣いたりする」薄幸のヒロインが絶対不可欠なのではないでしょうか。

 しかし、こうの史代の漫画に薄幸のヒロインは登場しません。彼女がデビュー以来、一貫して見つめてきたのは、目を凝らさなければ見つけることのできないような平凡な「日常」であり、そこに埋没して生きる人々です。彼女は戦争を「日常」として描きます。『夕凪の街 桜の国』の平野皆実も例外ではありません。皆実にとっては原爆スラムこそが「日常」なのです。ここに、こうの作品が、いわゆる「戦争もの」と一線を画す点があると私は思うのです。

 前置きが長くなりました。

『この世界の片隅で』の主人公、北条すずは、広島の江波から呉市に嫁いだどこか冴えない、「よく人からぼうっとしていると言われる」女の子です。隣組、配給、代用品、闇市、竹槍訓練。そんな言葉が飛び交う、戦時中の日本という世界で、遠くに戦艦大和を眺めながら、家事に明け暮れることが彼女の「日常」です。姑の言うことを聞き、出戻ってきた小姑のいびりに耐え、決して自我を出さず、彼女は「世界の片隅」に据えられた自分の平凡な「日常」を生きていきます。

 いわゆる「戦争もの」を期待した読者は肩透かしを暮らすでしょう。北条すずのその姿は、私たちが学校で教師に嫌というほど植えつけられた、戦時中の悲惨な、被害者としての国民のイメージからは、およそかけ離れているからです。物語の後半、呉市を激しい空襲が襲います。そして故郷の広島市にもあの悲劇が訪れます。親しい人を失ってなお、彼女は涙を流しません。アメリカの戦闘機に「そんとな暴力に屈するもんかね」とつぶやきます。それが彼女が生きる「日常」の当たり前だからです。

 そんな主人公・北条すずが初めて感情をあらわにするのは終戦の日のシーン。自分の生きる「日常」が正義ではなくなったと知った、その瞬間です。玉音放送を聞いて激昂した彼女は、地に体を投げ出し慟哭します。彼女と「日常」を共にしてきた読者はその姿に激しく心を揺さぶられずにいられません。戦争とは何だったのか。私たちの祖父母はどんな思いを抱えて戦争という「日常」を生きていたのかと、思いをめぐらせずにはいられないのです。

 漫画家・こうの史代。彼女が描きたかったものとは何でしょう。それは、いわゆる「戦争もの」が本来描こうとしていたものと、実は、同じなのかもしれません。しかし、こうの史代は、読者を、戦争という「日常」の中にひきずりこみます。戦争は決して「非日常」ではないのだと、私たちの「日常」と地続きになっているのだと教えてくれるのです。

 最後に、読んでみよう、と思ったあなたに。

 北条すずが慟哭するシーン。そのページをよく見てください。彼女の頭にそっと触れるものがあります。これはいったい誰の手なのでしょうか。神の手でしょうか。作者の手でしょうか。それとも…。ぜひ読んで、この物語にこめられた、祈りに、思いをめぐらせていただければと思います。


→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/4969