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2012年04月30日

『書店ガール』碧野圭(PHP研究所)

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「書店でアルバイトしよう」と、本気で考えたのは、前の会社を辞めた時でした。すぐさま知人に止められました。「自分の本の売れ行きをリアルタイムで見られる職場なんかやめとけ」というのです。冷静に考えればそのとおり。作家に面とむかって「あなたの本、売れませんね」などと言う人はいません。しかし書店に勤めていたらそうはいきません。データを見れば実売数がわかってしまいます。自分の本が平台から棚へ移され、誰にも買ってもらえず返本される、そんな光景を目の当たりにすることもあるでしょう。あっという間にノイローゼになりそうです。現役の作家が職場にいたら同僚だってやりにくいと思います。とにかくあまりいいことはなさそうです。色々考えた結果、書店でアルバイトするのはあきらめてしまいました。

 そんな私にとって、今日ご紹介する「書店ガール」は、タイトルからして非常に魅力的な一冊です。書店ではたらく女性たちの物語。それだけでも面白そうなのに、主人公が「若くて美人で新婚ほやほや書店員」と「アラフォー独身ベテラン書店員」だなんて。このふたりの属性を見てハラハラドキドキしない女性がいるでしょうか。絶対になんらかの軋轢が起きるに決まっています! 

 物語は、北村亜紀(二十七歳)の結婚披露パーティのシーンから始まります。同じ職場の恋人を捨て、エリート編集者とスピード結婚を決めた「乗り換えの早い」彼女。一方、彼女の花嫁姿を見つめているのは、恋人に捨てられたばかりの西岡理子(四十歳)。何もかもが対照的なふたりは、些細なことをきっかけに会場の控え室で大喧嘩してしまいます。その衝突は尾をひき、ふたりは職場でも対立を深めていくことになるのです。

 私が面白いと思ったのは、ふたりの「違い」を際立たせる描写です。BL(ボーイズ・ラブ)小説が好きなアルバイト店員から積極的に意見を聞こうとする亜紀。一方、ベテラン書店員の理子は「あんまり思い込みの強い子には、自分の好きなものを担当させない方がいい」と彼女を別の売り場に配属させます。若い層の顧客を獲得しようと新しい企画を提案する亜紀。しかし理子は「うちが老舗だからあえて足を運んでくださるお客様というのは、高年齢、高所得、どちらかといえば保守的な方々なのよ」と反対します。

 何もかもが違うふたり。著者はその「違い」をくっきりと書き分けています。私がもっとも「えぐい」と思ったのはこのふたりが、それぞれの家に帰って食事をつくるシーンの描写です。

「西岡のオバサンのせいで、一日台無しよ」  亜紀は料理をしながらぼやいていた。伸光はキッチンと対面するカウンターテーブルに座ってビールを呑んでいる。テーブルにはサラミと作り置きしてあるピクルス、それに帰宅途中で買ったカマンベールを並べていた。
 玄関左手の台所へ入る。コンロの上のアルミ鍋を覗く。朝作り置きしておいたじゃが芋と手羽肉の煮物が残っている。真夏は食べ物がいたみやすいから、余ったら冷蔵庫に入れておいてくれって言ってるのに。理子は鍋に顔を近づけて匂いを嗅いだ。まだ大丈夫そうだ。父は鶏肉があまり好きではない。ほとんで手をつけていない。でも手羽肉は安いから、家計的には助かる。父の好みばかり聞いてもいられない。(後略)

 どうでしょう。これを読んだだけでも「わかりあえなそう」な空気が伝わってきませんか。だって、一方の夕食がサラミとピクルスとカマンベールで一杯、からはじまるのに、もう一方は冷蔵庫に入れ忘れたじゃが芋と手羽肉の煮物ですよ? 仕事のやり方だけでなく、抱えている家庭事情もライフスタイルも違うふたりの対立はどこまでいっても終わらなそうです。

 しかし、このふたりが結束しなければならない事態がやってきます。「共通の敵」が現れるのです。物語の中盤から少しずつ忍びよってくる「敵」との戦いは、亜紀と理子を結びつけるだけではありません。職場の書店員たち、出版社、作家、読者・・・。本に関わるすべての人々を巻きこんで、クライマックスへと昇りつめていきます。ふたりの「共通の敵」とは何なのか。それはぜひ、ご自分で読んで確かめてみてください。

 書店に限らず、職場という場所には、色々な人がいるものです。それぞれに「正しい」と思うやり方が違う。それがリアルな職場です。「一丸となって」仕事に取り組むなんてこと、そうはありません。でも「違う」からこそ面白いのかもしれない。そこに、チームとして仕事をする醍醐味があるのかもしれない。「書店ガール」はそんなことを感じさせてくれる小説でした。

 そして、読み終わった私の感想はやっぱり「いつか書店で働きたいなあ」でした。アルバイトでいいんです。重労働だと聞いていますが、何歳までなら雇ってもらえるのでしょうか。作家だってことは黙っていればわからないし、求人案内でも見てみようかな・・・。かなり真剣に考えてしまいました。

 とにかく、本好きの方、書店好きの方におすすめの一冊です!


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2012年04月05日

『チョコレートTV』水野宗徳(徳間書店 )

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 大学時代の先輩がひとり、テレビ局に就職しています。夕方のニュース番組に配属された彼は「何がつらいって、被害者の家のチャイムを押すのがつらい」と言っていました。それはそうでしょう。被害者にとっては迷惑以外の何ものでもありません。それでもコメントを取ってくるのがテレビマン。しかしそんなことが人間の心を持ったままできるのでしょうか。テレビという世界で働く人々は、やっぱり普通の人とは違うのでしょうか?

 そんな私の長年の疑問に応えるように現れたのが、今日ご紹介する小説『チョコレートTV』です。著者は、初の著作『おっぱいバレー』がベストセラーになったことで有名な水野宗徳さん。放送作家、脚本家としても活躍しておられます。芸人としての経歴もお持ちのようで、まさに「テレビの裏側」を知る人の小説、といえるでしょう。

 登場人物は「映像制作会社・チョコレートTV」で働く社員たち。ドキュメンタリー、ドラマ、バラエティー、心霊番組から、息子の運動会でのビデオ撮影まで、様々な現場で葛藤する社員たちの「テレビの裏側」の物語が、一話完結形式で進んで行きます。「テレビの裏側」といっても、衝撃的な何かが明かされるわけではありません。一般人が「こんな風だろうな」と想像する範疇のエピソードばかりです。しかし登場人物たちの何気ない言葉や行動になんとも言えないリアリティがあって、気づけば、一話、二話、とページをめくる手が早くなってしまうのです。

 なぜリアリティを感じるのでしょう。それは登場人物たちがみな、普通の人だからではないでしょうか。孤独死間近の老人にマイクを向けるディレクターも、熱湯風呂を用意する新人ADも、心霊番組でヤラセを強制されるチーフADも、心の中ではみんな「これ違うんじゃない?」という違和感を持っています。次第にふくらんでいくストレス。テレビの中で繰り広げられるのは虚構かもしれないけれど、それを見る人と、それを作る人とは、やっぱり同じ側にいるのだと感じさせられます。では作る側の人は、その違和感をどうやって乗り越えているのか。それがこの物語の面白いところだと思います。

 しかし! そんなハートウォーミングな物語を貫く、まったく異質な登場人物がひとりいます。「映像制作会社・チョコレートTV」の社長、荒巻源次郎。社員たちがつむぐ物語に毎回少しだけ顔を出し、強烈で理不尽な命令だけを残して去っていくこの人物。視聴者からの質問に答えるQ&Aコーナー(各話の間に箸休め的なコーナーとして挿入されている)にも登場しているのですが、ここでの回答がこれまた適当なのか真剣なのかわからない。とにかく熱いエネルギーだけがほとばしるキャラクター、といえるでしょう。私には彼が何を考えているのか、最後までわかりませんでした。

 しかし……物語を振り返ってみると、登場人物たちが問題を乗り越えていく、そのきっかけはいつもこの人の強烈な命令だったような……。そう思うと、もう一度最初からこの小説を読み返して、この社長の言動の意図をはかりたくなります。口当たりがふわりと甘くて、ついつい読み飛ばしてしまいそうな軽やかな舌触り。それでいて最後に残るのは荒巻源次郎が放つ強烈な苦み。まさにチョコレートのような小説だと、私は思いました。


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