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2012年02月09日

『いちばんやさしい地球変動の話』巽好幸(河出書房新社)

いちばんやさしい地球変動の話 →bookwebで購入

 去年の3月に大きな震災が起きて以来、呼吸が浅くなっている気がします。「○ヶ月以内に大地震が起きる可能性が○%と専門家が言っている」「富士山が噴火するらしい」「浜辺に鯨が打ち上げられた」「大地震の予知夢を見た」…。不穏な情報を聞くたびに酸欠状態の魚のようにハアハアと喘いでしまう。あの日以来、そんな時間ばかり過ごしてきた気がします。

 恐怖は人間を強くし、より高みへと押しやります。日々もたらされる不安は私たちにこれまでの生活を見直し備えをする契機を与えました。古代から続くこの危機感こそが、日本をして世界で最も進んだ地震対策大国とならしめたといっても過言ではありません。しかしそれでも思わずにはいられません。「どうしてこんな地震の多い国に生まれてしまったのだろう…?」

 その答えを語る、穏やかな声が流れてきたのは、震災の3ヶ月後。TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」を聴いている時でした。声の持ち主は、身長が190センチメートルもあるというマグマ学者でした。ゲストとしてスタジオによばれていたのです。「もうすぐ伊豆半島の南に新しい大陸ができます」声はそう言いました。「それはどれくらい後の話ですか?」前のめりで尋ねる安住アナに対し、声は答えました。「…あと1000万年もしたら」その時私は少しだけ、自分の呼吸が、深く、長く、なったような気がしました。明日、明後日、何ヶ月後、というニュースに追いたてられていた心の中に、一瞬だけ壮大な時間のうねりがもたらされたように感じたのです。

 マグマ学者の名前は巽好幸。独立行政法人海洋研究開発機構の研究者でした。その巽さんが出された本を今日はご紹介します。タイトルは「いちばんやさしい地球変動の話」。いちばんやさしい、と銘打つだけあって、表紙には可愛らしい地球のイラストが描かれ、帯にはまるで自分の子供のように地球を抱いた巽さんの写真が掲載されています。ページを開くと、読者に語りかけるような巽さんの文章がはじまります。

 地球の、特に地球の中の話は、とにかくタイムスケールが長いのです。地球のことを考えるときには、どうかこのことを意識しておいてください。
 私たち地球を調べている人間が「つい最近」と言った場合は、概ね1000万年くらい前の出来事を指します。1000万年なんて言うと、途方もなく遠い昔のように感じられるに違いありません。でも、46億歳と言われる地球の年齢を人間の一生に喩えると、1000万年は僅か2ヶ月前、つい最近のことですね。

 お話は、まだ誰も見たことのない地球の内部構造から始まります。初めて読む人には難しいかもしれませんが、巽さんはちゃんとわかっています。やさしく迷子にならないように導いてくれます。ややこしい話をする時には愛らしいイラストでイメージを示してくれます。巽さんの地球への愛情が伝わってくるからでしょうか、1章を読み終わる頃には、不動の大地と思いこんでいた地球が、まるでひとつの生命体としてドクンドクンと息づいている音が聴こえてきます。地面の下を巨大なプレートや高熱のマグマが血液のようにゆっくりと流れている気配さえ感じるのです。

 地球内部の構造がわかったら、次は地球誕生の歴史を振り返ります。私たちが知っている震災とは比べものにならない超巨大なインパクトが何度も地球を襲います。約6500万年前、巨大隕石によって起きた地震はなんとマグニチュード11、この前の震災の1000倍の威力です。津波の高さは300メートル。恐竜たちはどんなにか怖かったことでしょう。しかしどうすることもできなかったのです。地球はそうやって少しずつ成長してきたのです。

 そして日本列島が生まれます。地球上に十数枚しかないプレートのうち4枚が押し合いへし合いしてできた日本列島。地球表面の僅か0.1%にしか満たないこの国土には世界中の火山の約10%が密集することになりました。世界中の起こる地震の約1割が日本列島の周りで起こると言われているそうです。しかし、ここまで読み進めてきた私はもう「どうしてこんな国に生まれてしまったのだろう?」などとは思いません。地球は生きていて今も成長を続けている。その生命力が最も激しくほとばしる場所に私は生まれ、これからも生きていく。諦めとも自虐とも違う、決意のようなものさえ生まれていたのです。日本列島の上に隙間なくびっしりと書き込まれた地震発生確率を見てもゼエゼエしたりしません。日本列島は本当に元気だなあ。そんな風にさえ思ってしまいます。

 …そして、最終章、人類未踏のマントルに挑む時代がやってきます。人類がその目で見たことのある地球は海底下僅か数キロメートル。半径6400キロメートルもある球体のほんの薄皮までです。科学者たちはこれまで地球が吐き出した岩やマグマや熱水や隕石の成分を見て、地球の内部を想像することしかできませんでした。しかし、遂に2005年、日本が世界に誇る最新鋭の掘削船「ちきゅう」が完成、時代は大きく動きはじめたのです。

(前略)世界中の研究者が新しい掘削技術を待ち望んでいました。
 それを実現したのが「ちきゅう」です。
 2003年から始まった、世界20カ国以上が参加する大型の国際共同研究「IODP」(Integrated Drilling Program:統合国際深海掘削計画)に。日本は「ちきゅう」を投入しました。つまり、日本が中心となって、この計画を進めて行くことになりました。これほどのビッグプロジェクトを遂行するのは、日本科学界ではあまり経験がありません。

 地震発生のメカニズムを解き明かすというこの国の願いは高みをめざし昇り続けていくようです。この本を読む前「次の地震がいつくるのか早く教えて!早く!」とテレビのコメンテーターのようにいきりたっていたあなたも、読み終わる頃には「地球は、日本列島はどうなっていくのだろうか」という全く別の時間軸で地球変動を捉える事ができるようになっているはずです。そして、その悠久の時とともに、いつの間にか呼吸が、深く、長く、楽になっているのを感じるでしょう。あの日、マグニチュード9の衝撃を目の当たりにしたあなたに、是非お勧めしたい一冊です。


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