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2013年05月04日

『The Power of Habit 』Charles Duhigg(Random House)

The Power of Habit →紀伊國屋ウェブストアで購入

「習慣の力を語った本」


まず初めに人間の自制心についての質問をひとつ。 自制心というのは生まれながら遺伝的に各人それぞれ違うレベルで備わっているものだろうか。それとも、技術のように訓練を積めば習得できるものだろうか。

今回読んだ「The Power of Habit」にはこの質問の答えが載っていた。

ある実験で食事を抜いた学生をふたつのグループに分け、大根とチョコレート・クッキーが並んだ部屋に入れ、ひとつのグループにはクッキーを食べて大根は食べるなと指示し、ほかのグループにはクッキーを無視して大根を食べろと指示をしておく。

マジックミラー越しにグループの行動を観察すると、大根だけを食べろと言われたグループの数人はクッキーの匂いを嗅いだり、手にしたクッキーから溶け指についたチョコレートを舐めたりするが、自制心を働かせクッキーを食べることはなかった。

一方、クッキーを食べろと言われたグループは喜んでクッキーを食べた。こちらのグループは自制心をほとんど働かせていない。

その後、このふたつのグループに絶対に解くことができないパズルに挑戦させ、諦めた時点で手を上げさせた。

結果はクッキーを食べて自制心を浪費していないグループは平均19分で諦め、クッキーを食べずに自制心を使ったグループは平均8分で諦めた。そればかりか、自制心を使ったグループは「この実験は時間の無駄だ」「この馬鹿げた実験に嫌気がさした」などの文句を言い始めた。

もし、自制心が遺伝的なものならグループによって生まれるこの大きな差は説明できない。自制心が生まれつき備わった能力ならふたつのグループはどちらも平均的なものとなるはずだ。一方、自制心が技術というなら、例えば自転車に乗るように、いつでも変わりなく発揮出来るはずで、やはりこの差は説明できない。

研究者たちが出した結論は自制心は筋肉のようなもので、使えば疲労をきすというものだった。

自制心については、その他にも興味深い実験がある。あるグループに自分の使ったお金の帳簿をつけさせ、レストランでの食事や映画といった贅沢な行為は控えるように指示する。こうして自制心を発揮させると、驚いたことに彼らは酒を飲むことを控え、タバコの本数なども少なくなり、学校や職場での生産性が上がった。

これは別な見方をすると、自制心を発揮する習慣を作り上げると、本人も知らないうちに他の行動にも大きな影響を与え、ひいてはその人の人生さえ変えることができるということだろう。

とここまで自制心の話をしたが、「The Power of Habit」はタイトルのとおり人の習慣について語られた本だ。ただ、習慣を語る際に自制心のことも検証していたので面白いと思った。

この本の内容は、人の自制心にも焦点を当てているが、どうやって習慣が作りあげられるかを探っており、習慣を変えることで人が変わる例を多く示している。

著者は習慣には3つの要素があるという。ひとつはその行動を起こすきっかけとなる「キュー(合図)」。そしてその習慣の行為となる「ルティーン(決まりごと)」。最後にその習慣から得られる「リワード(報酬)」。習慣はこの3つのサイクルを繰り返す行為だとしている。

習慣を変えようとするとき重要なのは「キュー」と「リワード」部分は変えずに「ルティーン」を変えることだという。例えば、ストレスを感じると爪を噛む習慣がある人の場合「キュー」はストレスで、「ルティーン」は爪を噛むことで、「リワード」は軽いストレスの解消だ。

この習慣を変えるには、「キュー」と「リワード」部分は変えずに「ルティーン」の爪を噛む行為を、軽く体を動かすなどの別な行動に変えることで、爪を噛む習慣がなくなるという。

また、新たな習慣を作りあげることで、様々な状況が変わっていくという。著者はそのよい例として、アメリカのアルミシートやアルミカバーを作る企業アルコアのことを紹介している。

後に米国財務長官となったポール・オニールがアルコアの最高経営責任者に就任した際に、彼は経営の話などはせずに従業員の安全について語り、アルコアを全米一従業員にとって安全な企業とするという抱負を述べた。

投資家たちは新しい経営責任者はヒッピーのようだとびっくりしたという。彼は、アルコア内で事故などが起こったら、担当の部長は24時間内に自分のところに連絡を取るようにという規則を作った。

この新たな習慣の「キュー」は事故で「ルティーン」は上司への連絡で「リワード」は従業員の安全だ。

この習慣ができると、アルコア組織のコミュニケーションがよくなり、安全のために導入した機械により効率化が図られ、会社をよくするための意見も現場から多く上がってくることになった。

彼が就任しているあいだにアルコアの売上げは15億ドルから230億ドルに上がり、世界最大のアルミニウム企業へと変身を遂げた。

習慣がいかに作られ、いかに変えることができるかのメカニズムをこの本は検証しており、ひとつの習慣が人生だけではなく企業利益にまで影響を与えることを実例として挙げている。

この本は科学に基づいた自己啓発本、あるいは人間行動学のフィールドスタディと言える。自分の生活や企業作りの助けとなる実例が多く載せられているところが興味深い。


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2013年01月21日

『Wasted : A Memoir of Anorexia and Bulimia 』Marya Hornbacher(Perennial)

Wasted : A Memoir of Anorexia and Bulimia →bookwebで購入

「ブリーミアにかかった少女の話」

 昔ニューヨーク・タイムズ・マガジンでシカゴに住む16歳の女子高校生の話を読んだ。その女子高校生は金髪にグリーンの瞳そして長身。チア・リーダーでもある。
 だが、彼女には秘密があった。それは「セルフ・ミューティレーション」(リストカット)。つまり、自分の身体をナイフで傷つける一種の心の病に冒されているのだ。14歳の時に性的な噂を流され、バスルームの中でカッターで自分の足を切り裂き、流れる血を見て、心の中の苦痛が和らいでいくのを感じたという。

 アメリカで「セルフ・ミューティレーション」をおこなう若者は多い。ニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事はこの心の病と患者たちを追ったレポートとなっていた。

 この話題を追った本に、自分自身を切り刻む若者を百人近くインタビューしたマリリー・ストロング著の「A Bright Red Scream」がある。

 今回、読んだ本『WASTED』は「セルフ・ミューティレーション」の話ではないが、同様に若者、特に十代の女性がかかる異常食欲が題材となった本だった。

 ひとつは「Bulimia(ブリーミア)」と呼ばれる、食べたあとに故意に食べた物を吐き出してしまう病。そして「Anorexia(アノレキシア)」という食べること自体を拒否する病だ。

 著者であるマーヤ・ホーンバーチャーは9歳の時にブリーミアになり、15歳からはブリーミアとアノレキシアの両方を経験する。大学時代には体重が52ポンド(約23キロ600グラム)までになってしまう。

 何故、食べ物を拒否し、また食べたものを吐き出してしまうのか。著者の答えはひとつではない。家庭環境、痩せた女性を美しいとするアメリカ文化、体重を落とし新しい自分になりたいという願望、自己憎悪、狂気、コントロールを得たいという願い、などがその理由だ。

 著者は食べるという行為に対し、多くの規律を自分で作り出していく。吐いた時に最後まで吐いたことを知るため、必ず色彩の強い食べ物を最初に食べる。食事を取らなくとも毎朝5マイル(約8キロ)走る。その時、必ずドアなど決まったものに触れなくてはならない。もし、触れそこなった場合は1マイルよけいに走る。食べ物のカロリーを計算し、80カロリー(食パン1枚分のカロリー)を1ユニットとし、1日に取るカロリーを31・25ユニットにする。それが達成できたら16ユニット、10ユニットとユニット数を下げていく。著者は最後には1日4ユニットまでに食事の量を押さえてしまう。

 最後まで読み終えても、状況はよくなるものの著者の病が完全に直るわけでもない。そして、この問題はもちろん著者ひとりの問題ではない。

 読んでいてどんどん苦しくなる本だった。




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2012年01月28日

『Nothing : A Portrait of Insomnia』Blake Butler(Perennial )

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「129時間眠れなかった作家の独白」


 以前、僕は明け方4時か5時頃まで起きていて、昼頃目を覚ます生活サイクルを保っていた。机に向かっていると夜中の12時頃から明け方3時頃まで精神的にハイになり、ぐんぐん仕事が進んだ。そのはかどり方に未練があり、なかなかこの変な時間帯の生活を止めることができなかった。

 しかし、それも子供ができて彼が学校に行き出し、朝のスクールバスに乗せなくてはならなくなって変わってしまった。今は夜11時前に寝て、7時過ぎには起きる普通の生活サイクルとなっている。

 寝ることは好きなのであまり睡眠について考えたことはない。それでも、睡眠の途中で目覚めてしまい、それから数時間眠りにつけないことがある。そんな時間、泥の中から水中に浮かんでくる気泡のように、昼間とは違った次元の思考が次々と頭の中に浮かぶ。その思考は、疲れを感じている身体とは関係なく、止めようとしても止めることができない。

 今回読んだのは1979年生まれの作家ブレーク・バトラーの「Nothing」。副題は「A Portrait of Insomnia(不眠症のポートレイト)」となっている。

 バトラーは彼の世代を代表する作家として注目されているが、僕はニューヨーク・タイムズ紙に載った書評を読んでこの本に興味を持った。

 バトラー自身、不眠症に悩まされ、129時間眠れなかった経験を持つ。彼の眠りに対する考えや、眠れない時に頭のなかにどんな考えが浮かんでくるかを一人称で書いている。

 ひとつのセンテンス(と言っていいかどうかも分からないが)が数ページに及び、読んでいくうちにバトラーの精神の世界に入り込んでしまう。彼のメディテーションの中を彷徨っている感覚だ。

 しかし、この本は何のカテゴリーに入るのだろう。メモワールと言えば言えなくもないが、不眠症についての科学的な記述もある。言うなれば、意識の流れとメモワール的な要素、それに解説的なものを実験的なスタイルにまとめたスーパー・クールな文章となると思う。

「 眠れない3日目には色彩のパネルが現れ始めた・・・。そのほかの時には、僕の視覚のなかでその色彩が点や楕円の形を作る」

 バトラーの意識は止めどなく流れ、読者は彼の意識にどっぷりと浸かり,最後には全てのアングルを失い「Nothing(無)」の中に漂うことになる。




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