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2014年01月11日

『Reporting Vietnam : American Journalism』Library of America(Library of America)

Reporting Vietnam : American Journalism →紀伊國屋ウェブストアで購入

「 ジャーナリストたちが見たベトナム戦争」

アメリカのジャーナリズムを語るのに欠かせないものがある。それはベトナム戦争。60年代から70年代という時代もあったが、戦地に赴いたリポーターたちはそれまでの「アメリカがおこなう戦争は常に正しいものだ」という考え方から離れ、戦争やアメリカ政府を懐疑的に見ていた。

戦地に赴いたジャーナリストは、デイヴィッド・ハルバースタム、スタンリー・カーノウ、ニール.シーハン、ピーター・アーネット、マイケル・キンズレイそれにホーマー・ビガート(ビガードは少し上の世代だが)などエルビス・プレスリー、ビートルズを聞いた世代。叩き上げというよりハーバード大学などの名門大学を卒業し、ストリートの「スマート」さからのジャーナリズムではなくアメリカ社会、政府、そしてこの戦争をどうみるかの見識を交えてリポーティングをおこなった。

彼らの書いた記事はニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、タイム誌、ライフ誌、ニューヨーカー誌などに掲載され、それがアメリカ社会の「声」となっていった。

これらの記事を一同に集めたのが『Reporting Vietnam: American Journalism』。2巻に編集され、第1巻がアメリカがベトナムで最初の戦死者を出した1957年から69年。第2巻が69年からサイゴン陥落、アメリカ大使館撤退の75年となっている。第1巻と第2巻を合わせると1600ページにもなる。

内容は一本の記事が長く、書き手の真剣さがうかがえる。例えば、68年3月に起こったアメリカ兵による「ソンミ村虐殺事件」のレポートがある。

虐殺をおこなった兵士にインタビューをし、その残虐な殺し方や、殺した村人のほとんどが女性、子供、老人だったことを伝えている。記事は、何故その兵士が虐殺に加わったのか、そのときどのように感じたかなどの兵士の心理面にも及んでいる。

そのほか、67年から73年まで、捕虜となった兵士の体験談、カンボジアの首都であったプノンペンが反政府軍に占領された日の記録。またアメリカ国内からは学生と州兵との争いで、州兵側の発砲により4人の死者を出したケント・ステート大学でのデモの模様など、どれも読みごたえのある記事ばかりだ。ノーマン・メイラーのペンタゴン(米国国防総省本部庁舎)への向けてのデモのリポートも含まれている。

記事の質の高さと、その取材の緻密さ、それにそれらの記事を掲載したアメリカの新聞や雑誌のことを考え合わせると、ジャーナリズムに関わる人々の熱い思いが伝わってくる。

この本にはベトナム戦争を時系列で追った年表、戦争が行われた場所の地図、ジャーナリストたちのプロフィール、軍事用語の解説なども含まれている。

60年代、70年代を生きた人々(特に若者)に大きな影響を与えたベトナム戦争。そして戦地、あるいはアメリカ国内で何が起こっているかを伝えたジャーナリストたち。一読をお勧めします。



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2013年08月17日

『Cults in Our Midst』Margaret T. Singer(Jossey-Bass Inc)

Cults in Our Midst →紀伊國屋ウェブストアで購入

「アメリカのカルト集団についての本」

最近、たて続けにアメリカの「カルト」に関わる本を読んだ。アメリカのカルト集団というと、1997年3月26日、宇宙人が自分たちを迎えにきたと告げ集団自殺をしたヘブンズ・ゲイトや、テキサス州ウエイコでFBIと対立し、最後には教会に火をつけ信者たちを殺し、自分も死んだコレッシュ率いるブランチ・デイビアンなどがある。

今回読んだ1冊目はセント・マーティン・プレスより97年に発刊されたジェス・ブレイヴィン著「Squeaky:The Life and Times of Lynette Alice Fromme」。これは、69年にカリフォルニアでシャロン・テイトなどを殺害した、チャールズ・マンソン・ファミリーのメンバーだったリネット・フロムの伝記だ。

サンタ・モニカの郊外で生まれたリンが、チャールズ・マンソンに出会い、まだマンソン・ファミリーと呼ばれる以前のマンソンのグループに入っていく。マンソンが殺人で逮捕された数年後、リンは足に拳銃を巻き付けスカートで隠し、サクラメントで当時の大統領だったジェラルド・フォードの暗殺を試みる。暗殺は失敗しリンは捕えられ、刑務所に送られる。

興味深かったのは、普通の女の子だったリンがマンソンに惹かれていった過程や、マンソン・ファミリーがいかに機能していかたなどの、詳細な記述の部分だった。マンソンはほかのカルト集団のリーダーのように、メンバーの性生活、食生活、行動などを全てコントロールしていた。

もう1冊はJossey-Bass Publisherから発行された「Cults In Our Midst」。

著者であるマーガレット・T・シンガーは、五十年間にわたりカルト集団を研究し、3000人に上るカルト・メンバーや、メンバーたちの親戚や家族、数百人にインタビューした。著者はカルト集団のリクルートの方法や、マインド・コントロールのテクニック、集団の中の生活などについて詳しく述べている。

ひとつひとつの項目の中で、カルト集団のもとメンバーからのインタビューやケース・スタディも交えてあるので、読み物としても臨場感がある。


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2013年05月29日

『After Visiting Friends』Michael Hainey(Scribner)

After Visiting Friends →紀伊國屋ウェブストアで購入

「父の死の謎を追ったメモワール」

僕の父は49歳で死んだ。僕がまだ18歳のときだった。僕はときどき自分が大人になってから父と話すのはどんなふうなのだろうかと考える。特に20代後半や30代と社会と真っ正面から戦っていたときに父と話すことで自分の人生はいまとは変わったものになったのだろうかと考える。
例えば、父の口利きで日本に仕事がみつかり、アメリカから日本に戻っていたかもしれない。アメリカでもう先が見えない時期も確かにあった。そんな時の父の存在が人生の別の転機に繋がったかもしれない。

しかし、考えても分からない。

今回読んだのは6歳の時に父を無くしたマイケル・ヘイニーの父の死の謎を追うメモワール/ノンフィクション。

1970年4月のある朝、突然叔父、叔母、祖父、祖母が家にやってくる。叔父らは、マイケルの父が死んだことをマイケルの母に告げる。

マイケルの父であるボブはシカゴ・サンタイムズ紙に務める記者だった。父の兄にあたる叔父のディックがシカゴ・トリビューン紙に務めていたので、ボブはディックを通じてシカゴ・トリビューン紙に入り、数年後にサンタイムズに移っていった。

母バーバラもシカゴ・トリビューン紙で働いていて、マイケルの父と出会っている。マイケルの家族は出版業界と強い繋がりがあると言っていいだろう。マイケル自身も現在『GQ』誌の副編集長だ。

ボブは35歳で死んだのだが、その死には謎が多い。マイケルはずっと父の死にしっくりこないものを感じていた。18歳の時にマイケルは学校の図書館で父の死亡記事を探す。シカゴ・サンタイムズ紙では脳溢血で死亡したと記されていた。しかし、叔父の務めるシカゴ・トリビューン紙ではそれが、友人の家を出た直後の心臓麻痺となっている。さらにシカゴ・デイリーニュース紙では、友人たちの家を訪問しているあいだに心臓麻痺を起こしたとなっている。

そして、父が死亡した場所は仕事場から5マイル(約8キロ)も離れた所だった。何故、父はそんな遠くにいたのか。そして、父と最後に会ったとされる「友人」あるい「友人たち」とは誰なのか。どうして、その「友人」あるいは「友人たち」は一切連絡を取ってこないのか。それに何故、父の死の知らせは、警察ではなく叔父によって告げられたのか。

大学生になったマイケルは父の死亡証明書を入手する。そこから、父の運ばれた病院が父のいた場所から5マイルも離れた病院だったことを発見する。もっと近い病院が少なくとも3つはあるが、わざわざ遠い病院を選んだことになる。

そして死亡時刻は午前5時7分。しかし、叔父は朝の7時にはマイケルの家を訪れている。ずいぶん素早く行動したことになる。

自分が父の死んだ35歳となり、マイケルはずっと心に引っかかっていた父の死の真相を突き止める決心をする。一体父はどうやって死んだのか。父の最後はどんな風だったのか。自分もジャーナリズムの世界に身を置いているので、調査はできる。

こうして、マイケルの父の死の謎の追跡が始まる。

彼の調査はシカゴの昔気質の新聞記者たちやジャーナリズムの世界を巡り、マイケルの母、祖母、祖父の辿ってきた道をひもとき、父の在りし日の姿を映し出し、遂にはある種の暗さを持った秘密に辿りつく。

家族愛、忠誠心、失意、人の歴史、人間関係などが描き出される読み応えのある本だった。


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2013年03月05日

『The Bookseller of Kabul 』Asne Seierstad(Back Bay Books )

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「アフガニスタン社会の女性の地位が分かるノンフィクション」


 もともと2003年にノルウェーで出版された『The Bookseller of Kabul』はアフガニスタン・カブールにある本屋の主人と彼の家族の暮らしを追ったノンフィクションだ。発刊されるやいなや大きな反響を呼び、ノルウェーはもちろんスェーデンやデンマークでもベストセラーとなった。アメリカでも同じ年に訳本が出版された。

 著者のアスネ・セイエルスタッドは、コソボやアフガニスタンの戦況をテレビや新聞に伝えるリポーターとして活躍した30歳代の女性ジャーナリストだ。

 セイエルスタッドは9・11ののちのアフガニスタンに赴き、北部同盟の部隊とともにタリバン政権が倒れたカブールに入った。そこで英語を話す本屋と出会い興味を抱く。彼は首都カブールで、1万冊近くの本をあちらこちらの地下室に隠し、本の保存に力を尽くした男だった。そのために牢獄に入れられ、拷問も受けた。

 02年の2月、彼女は本屋やその家族たちのことについての本を書きたいと申し出て、本屋からの承諾を得た。それから4カ月間、セイエルスタッドは本屋の家に住み込み、家族やアフガニスタン社会について観察をはじめた。

 その結果がこの本だが、内容はヨーロッパ女性の視点から描かれたアフガニスタンの社会についての報告だ。小説のように人の心の動きまでを捕えているが、全体に流れるものはアフガニスタンの男性優先社会への憤りだ。

 物語の中心となるスルタン(本屋の男の偽名)は、16年間の結婚生活のあと16歳の少女を第2の妻として迎え、それまでの妻と同居をさせる。家のなかではスルタンの意見は絶対で、娘や息子たちは結婚相手から職業の選択、また家庭での役割まで彼の意志に従わなければならない。

 このほかにも、アフガニスタンの男性社会を象徴するようなエピソードも収められている。スルタンの第1の妻の姪が、自分の部屋に男を引き入れたために、家族会議の結果、兄弟に殺されてしまうというものだ。若い女性はひとりで外を歩くだけで、不徳な女性という評判をたてられる危険があり、家族の男の連れが必要となる。そのため女性は男の同意がなければ外出もままならない。不徳という烙印を押された女性の恥は、家族の恥であり、その女性はもう結婚もできず家で奴隷のように働き続けるか、ときには命を奪われてしまう。

 この本の成功は、イスラム社会を内側から見せてくれたことだろう。スルタンは、もちろんイスラム原理主義者ではなく、書籍を愛するインテリに属する。それでも、僕たちとはずいぶんと価値観が違う。

 まだ戦争が続いているアフガニスタン。他人の生き方をとやかく言うことはしたくないが、読み終わったあとに怒りとともに状況を変えることができない自分に 無力感を感じる本だった。


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2013年02月20日

『Behind the Beautiful Forevers』Katherine Boo(Random House)

Behind the Beautiful Forevers →bookwebで購入

「インドの経済成長の外にいる人々」

 インド、ムンバイ空港に続く道路。その道路に沿ってコンクリートの壁が伸びている。壁には「Beautiful」という文字と「Forever」という文字が交互に続けて描かれている。この道路はインドの経済成長の証であり、道路沿いには豪華なホテルも立ち並んでいる。
 「Beautiful」と「Forever」の文字が並ぶ壁の後ろに、335軒の掘建て小屋が建ち、約3000の人が暮らすスラム街がある。これがアンナワンディ地区だ。

 ワシントンポストの記事でピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト、キャサリン・ブーは、アンナワンディに暮らす人々の生活を3年半かけて1冊の本にまとめた。

 彼女の最初の本となるこの「Behind the Beautiful Forevers」は昨年の全米図書賞を受賞し、ニューヨーク・タイムズやワシントンポストなど多くのメディアから2012年のベストブックの1冊に選ばれた。

 登場するのは学校に通うよりもコーラの缶や金持ちの捨てたリサイクル品を拾い集めるほうに未来があると信じているアブダル。アブダルの家族はヒンドゥー教徒の多いインドのなかで少数派であるイスラム教徒だ。

 そのほかには、アンナワンディで起こる住人間のトラブルを解決し、そこから得た力を使い腐敗した政治を通して豊かな生活に向かおうとするアシャ。

 アシャの娘でこの地区の女性として初の大学卒業を控えているマンジュ。片足の娼婦ファタミ。アブダルの友人でごみ拾いのスニル。

 物語はこれらの登場人物の家族やその生活を描いているが、中心となる事件はアブダルの家族が台所の改築工事を始めることからで起こる。アブダルは優秀なリサイクル品回収者で、ほかの家では得られない収入があった。台所の改築は近所のねたみを買った。特に隣に住むファタミは壁を隣り合わせにしているので大声で文句をつけた。言い争いは激しくなり、最後にファタミが自らに灯油をかけ火をつけてしまう。

 ファタミは病院に運ばれる(この病院もかなり酷い病院だ)。ここからアンナワンディを取り巻く状況が浮き彫りになってくる。まず、アシャがファタミとその家族を黙らせてやると言ってきて金を要求する。この事件は警察沙汰にもなるが、調査を任された巡査が、不利な報告をされたくなければ金をよこせと言ってくる。巡査とアシャは、問題を解決させないためにファタミに自分が火をつけたのは、アブダルたちに暴力をふるわれたせいだという証言をさせる。問題が大きくなればそれだけ自分のところに入ってくる金が増える可能性があるからだ。

 警察はアブダル、父親のカラム、姉ケーカシャンを捕まえる。アブダルの母親はアブダルが未成年(実際には何歳かは分からない)であることを証明するためにお金を払い学校に証明書を発行してもらい、警官のひとりに賄賂をつかませる。

 母親は限られたお金を誰に使うかを判断しなくてはならない。アシャか巡査か、それとも弁護士か。この事件は裁判で争われるが、裁判長はもちろん、証人、弁護士、検察官のすべてが腐敗し機能を果さない司法制度のなかで展開される。

 そして、インドの経済成長に乗り遅れたアンナワンディの住人たちの処遇や運命を気遣う人々はいない。全てが狭い世界での話しだが、この不条理のなかでの生活も現実だ。

 社会の一部を虫眼鏡を使って見せてくれたような優れたノンフィクションだった。


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2012年11月26日

『The Great Inversion and the Future of the American City』Alan Ehrenhalt(Alfred Knopf)

The Great Inversion and the Future of the American City →bookwebで購入

「21世紀に入っての米国の新たな人口の動き」


この間、用があって久しぶりにニューヨークのロワー・イーストサイドを歩いたらあまりに綺麗になっていたのでびっくりした。

おしゃれなレストランやブティックが並び、通りの様子は数年前とは全く違っていた。

そういえば家の近くのワシントン・スクエアも大幅な改装工事が終わり、随分変わった。工事が終わったばかりの頃は昔のようにドラッグ売る人間も出ていたが、子供だとか家族連れとかファミリー・オリエンテッドの明るい公園に変わってしまったので最近では姿を見ない。

僕が初めてニューヨークに来た70年代は、マンハッタン中が荒み、ミッドタウンの大通りにもゴミが溜まっていた。クラックが蔓延した80年代は、ロワー・イーストサイドなどを歩くとすぐにも強盗に遭いそうな雰囲気だった。

裕福な人々はニューヨークを捨て郊外に逃げ出した。

21世紀になりニューヨークは犯罪が少なくなり、裕福な人々が戻ってきている。しかし、都市部に裕福な人々が戻ってきているのはニューヨークに限ったことではないらしい。この現象は全米レベルで起こっているという。その動きを伝えているのが今回読んだ「The Great Inversion」だ。

アラン・エーレンハルトは政治学者。20世紀の終わりは貧困層が都市に住み富裕層は郊外に住む時代だったが、21世紀は富裕層が都市の中心部に住み、移民などがその周辺に住む形が生まれつつあるという。

この本でアランは長くオフィス街だったウォール街にお金持ちたちが住み始めたことを伝えている。これは、ウォール街の西に位置する場所に市が計画的に作り上げた新たな住居地区となるバッテリー・パークシティが出来上がった影響もあるという。

2000年の国勢調査によるとバッテリー・パークシティ地区の住人の約75%が白人、約18%が東洋人、3%が黒人となっている。2007年の国勢調査によると住人のほとんどが中産階級かその上の階級に属し、54%の家庭が10万ドルを上回る収入があるという。そうしていま、先ほど言ったようにウォール街に暮らす裕福な人々が増えつつある。

アレンの見る21世紀初めのこの人口の移り方は、富裕層が大挙して都会に戻ってくるというものではない。統計的にはいまだに郊外に出て行く富裕層の数が多い、しかし都会のある地区に富裕層が戻り、その地区が高級住宅地域に変化していることに彼は注目している。

その典型的な例としてアランはシカゴのダウンタウンから少しはなれたシェフィールドの街の変化を語っている。1970年代、ギャンググループのラテン・キングがシェフィールドに本部を置き、同じ地域にライバルギャングのヤング・ローズが徘徊しドラッグを売り、殺人事件も多く起きた。

この地区の変化にはミシガン湖が綺麗になり、多くのハイライズビルがミシガン湖の付近に建てられたことが関係している。富裕層の住む地域はミシガン湖周辺から広がり始め、ミシガン湖に近く電車の交通の便がよいシェフィールドに人気が集まり出した。そして、スター・スポーツ選手やアメリカでも有名な金持ちがシェフィールドに大きな家を建て、このコミュニティは一変する。

移り住んだ金持ちたちはコミュニティ活動などには顔を出さず自分たちのプライバシーを守っていたが、自分たちの子供が通う地域の学校に大きな影響を及ぼした。幼稚園児童から中学生までが通うコミュニティの学校は白人の学生の割合が高くなり、教育レベルも上がった。高い教育をおこなう学校があるコミュニティはさらに富裕層の白人家族を呼び込み、家の値段が上がり、その地域が高級住宅地域に変化する。

こうして2012年の今、シェフィールドは家の平均価格が100万ドルを超える一角がある街へと変化を遂げた。

しかし、全ての街が高級化に成功している訳ではない。

アリゾナ州のフェニックスは政府から巨額の支援を受け街の中心となる地域を作ろうとしたが、多くのコンドミニアムの空き部屋を作っただけの結果に終わった。同じようにノースカロライナ州のシャーロットも街を高級住宅地にすることに失敗している。

何が富裕層を都会に呼び寄せるレシピなのかは、この本を読んでもはっきりとは分からない。しかし、職場に近く、良い学校があり、カフェやレストラン、劇場、映画館など快適な都市の生活がある場所に人々は戻りつつあるようだ。

アメリカでは都市型の暮らしが再び見直されている。




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2012年04月29日

『Coming Apart : The State of White America, 1960-2010』 Charles Murray(Crown )

Coming Apart : The State of White America, 1960-2010 →bookwebで購入

「1960年から現在までにアメリカ白人社会に起こったこと:保守派からの声。」


アメリカの保守系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」の研究員であるチャールズ・マレーの新刊。

 マレーは「ベル・カーブ」という著作(リチャード・ハーンシュタインと共著)で人種によりIQの差があるという論理を展開し全米に議論を巻き起こした。テレビで多くのリベラル派論客たちがマレーの説は馬鹿げていると息巻いた。

 そのマレーの新刊は、1960年から2010年までにアメリカ白人社会に起きた二極化を検証した本となっている。

 マレーはこの間に生まれた「ニュー・アッパークラス」(富裕層のトップ5%を占める25歳以上の成人)は、国民のなかでも最も高いIQと収入を得て、特定の地域に住み、お互いに結婚をし、子供たちをトップクラスの大学に送り込んでいるという。

 マレーは社会の動きをみるために「勤勉さ」「正直」「結婚」「信仰」という分野から「ニュー・アッパークラス」「ニュー・ロワークラス」の比較をしていく。

 例えば「結婚」の項ではこのふたつの違ったクラスに属する30歳から49歳の人口を比べ、アッパークラスの方が結婚をする率が高く、離婚をする率も低く、幸せな結婚をしていると感じている人々が多いことをデータによって示している。

 また、結婚と子育てを結びつけ最も優れた子供を育てるのは、統計的にふたりの産みの親が揃っている家庭で、次に離婚した親たちの家庭としている。結婚せずに子供を生んだ女性の家庭はその順位が最も低くなっている。

 この統計をもとに、結婚外で生まれた子供の60年から2010年の数を調べ、婚外子と母親の教育が大きな関係があることを示している。大学以上の教育を受けた女性が結婚をせずに子供を産む比率は極端に低くなっている。

 マレーはまた、特定のジップコード(郵便番号)にニュー・アッパークラスが集中して住んでいることに注目し、ハーバード大学やエール大学などのエリート大学の卒業生の多くがこのジップコードからの学生であることを示している。

 ニュー・アッパークラスはこのジップコード内で暮すことにより、外部との接触が限られ、自分たちの世界だけに留まっているとしている。

 最も頭の良い人々が最も良い教育を受け、最もよい仕事に就き、お互いに結婚をし、さらに頭の良い子供を作り出す。一方で、ロワークラスの人々は学校を中退し、低賃金の仕事に就き、彼ら/彼女らの子供はシングル・ピアレントの家庭で育つ確立が高く、子供たちIQも上がることがないとしている。

 このような統計を見せて彼は何を訴えたかったのだろうか。

 そうれは社会にはもっと保守的になるべきだということだろう。

 結婚にしてもレベラルな考えの持ち主は、ゲイ同士の結婚や他の形の結婚があってもよいと考える。しかし、結果的に最もよいのは伝統的な結婚で、それ以外の形の結婚を認めるのはよい社会を作り出さないと彼はこの本の統計を通して言っている。

 この50年間、白人社会では労働者階級と接触がなくなった富裕層が増え、彼らが自分たちの「現実」だけのなかで暮す一方、低所得層も増え続けている。

 著者はこの現状を伝え、今のアメリカに必要なものは、伝統的な結婚、伝統的な勤勉さ、信仰の重要性を伝える保守的なムーブメントだと主張し、 白人富裕層は培った自分たちのモラルを主張するのに躊躇すべきではないと語っている。



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2012年03月13日

『Nickel and Dimed 』Barbara Ehrenreich(Picador)

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「アメリカの貧困生活体験談」


   一度読み始め、四十ページほどで読むのを止めてしまったこの本。     本の内容は、生物学の博士号を持ち『タイム』誌にも記事を書き、自著も出版している著者が、いまのアメリカ低所得者の現実を探るため実際に時給七ドルの職につき、ほかからの助けを借りずに生活をしてみるというもの。

 外からの観察ではなく対象となるものを実際に体験して報告するのをパティシペイティング・ジャーナリズムと呼ぶけれども、この本もそれの一種だ。

 著者はまず初めにフロリダ州に赴き、離婚をしたばかりの高卒の中年白人女性として時給二ドル四三セント(チップの収入が別にある)でレストランのウエイトレスの仕事に就く。

 この辺りまで読んで、僕は読むのを止めてしまった。理由は、一九七〇年代の終わりにアメリカに来た僕が最初にやったことがニューヨーク州ロングアイランドでのレストランの仕事だったからだ。慣れない仕事、知らない土地での安いアパート探し、レストランのなかでの人間関係とこの本に書かれてあることはすでに知った世界だった。

 読みかけのページを開いたまま、僕は辛かった最初のアメリカ生活の数年間のことを思い出していた。キッチンの匂い、いつまで経っても終わらない仕事、目の回るほど忙しかった週末。レストランの仕事は僕のやりたい仕事ではなかった。いつになったらレストランから抜け出し、夢のミュージシャンとしてアメリカで暮らせるようになるのだろうかと考えていた。

 昔の自分を思い起こさせるこの本を読み続けるのが辛くなって放り投げてしまった。

 再び読み出した時には、レストランの章をとばし、著者がメイン州で家政婦として働く章とミネソタ州でディスカウント・ストアの大型チェーン店で働く章、それに続くエンディングを読んだ。

 文章はユーモアに溢れ、ワーカーたちの間で友情や敵対心が生まれる様子や、著者の身体の具合、貧困生活を抜け出す難しさなどが書かれてありジャーナリスティックな読み物となっている。

 しかし、何故今でも売れているのだろう。本を買うのはやはり中産階級の人々が多いのだろうか。低所得者は生活が苦しく読書どころではないのかも知れない。僕も当時はアメリカ文学どころではなかった。アメリカの低所得者生活の現実を体験した僕にとって、引き込まれて読む本ではなく、「そうそう。そうなんだよな~」といくらかの息苦しさを感じつつこの本を読み終えた。


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2011年11月08日

『The Geeks Shall Inherit the Earth』 Alexandra Robbins(Hyperion Book)

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「仲間外れは成功の鍵か」

 『The Geeks Shall Inherit the Earth』。それぞれ違った学校に通う6人のアメリカの学生とひとりの教師の生活を追ったノンフィクション。この7人の共通点は、みな仲間外れになっていることだ。
 この本を読んで、初めてソロモン・アッシュという心理学者の名前や、グレゴリー・バーンズという脳科学者の名前を知った。

 1950年代、ソロモン・アッシュは被験者に一本の線を見せ、次に3本の線を見せ、最初に見た線と同じ長さの線を選ばさせた。その際、サクラの参加者数人を使い、彼らに違う長さの線を「同じ長さ」と言わせ、それを被験者に聞かせた後に選ばせると、その被験者はサクラのグループに同調し、違う長さの線を同じと答ええる場合が圧倒的に多いことを証明した。

 この実験は、同じグループの人々が例えばそれは「A」だと言う時、「B」だと言う難しさを示している。

 この本によると、脳は常にエネルギーの効率性を求める器官だという。大勢が言うことは多分合っているはずだから、考えるエネルギーを使わず、初めから大勢の言うことを合っているとすればエネルギーの節約となる。

 しかし、人との同調はこのエネルギーの節約という側面だけではなかった。2005年、脳科学者のグレゴリー・バーンズは似たような実験をおこなった。しかし、今回はMRIで脳の活動を調べた。その結果、個人がグループと対峙する時、「恐れ」のシステムが発動されたという。バーンズの研究ではその「恐れ」のシステムの発動を避けるために人はグループの意見に同調するという結果が出た。

 その後、オランダの研究者たちがさらなる実験を行った。その結果、人々と意見を異にする人間の脳には「自分が間違った」という信号が生まれるという。研究者(Vasily Klucharev)は「グループの意見との違いを脳は『懲罰』とみなす」と言っている。

 こんなにいろいろな要素があるのだから、人々と同調しないのはそれだけで大変なことなのだ。今の日本人の「空気を読めない」人に対する社会的な厳しさからして、日本人はこの「恐れ」や「懲罰」にとても弱い気がする。

 ということで、今回読んだ本。著者はアメリカの大学受験準備の激しさを描いた『The Overachievers』などを出版したアレキサンドラ・ロビンス。

 『The Geeks Shall Inherit the Earth 』は「学校で仲間外れにされる特性は、実社会で成功するための特性と一致する」という仮定から書かれている。学校で仲間外れにされる特性は、仲間たちと意見を同じにしない「オリジナリティ」「自由な考え方」「率直さ」「好奇心」「情熱」などであると著者は考える。
 対象となる学生はゲーマーのブルー、学校で「私たちはダニエルが嫌い」というクラブを作られてしまうダニエル、レズビアンであること明かし他の教師たちや学校側から追い出しをくらうリーガン先生、ポピュラーなグループに属するが、そのあり方に疑問を感じるウィットニー、ジャマイカから転校してきたニューガールのノアなどである。

 ブルーは学校でゲームのクラブを作るが、すぐに仲間に乗っ取られ、自分で作ったクラブを去らなければならなくなる。成績もあがらず卒業できない危機に晒される。

 ウィットニーはポピュラーなグループに属しているが、彼女を追ったことにより読者はアメリカの高校でのポピュラリティー(人気)がいかに確立されているかを知ることになる。アメリカの高校での人気度は人々に好かれることから生まれるのではなく、いかに目立ち、人気グループの一員の地位を保つかにある。ウィットニーはその地位を保つには親切さよりも意地悪さがより効果的だと知る。彼女の人気に憧れて集まるほかの女の子に意地悪にあたることにより、グループ内の地位を上げることができる。そしてグループには一定の規則があり、それを破ることは許されない。

 自分がレズビアンであること明かし学校内に「ゲイ・ストレート同盟(ゲイとゲイではない人々の同盟)」を組織しようとするが、学校側から様々な役職を解かれ、他の教師からも嫌がらせを受ける。読者は、仲間外れにされるのは学生だけではないことを知る。

 後半、著者は彼ら/彼女たちの生活を追うだけではなく、ひとりひとりに自分の殻を破るための「命題」を与える。著者自身が本書の中で言っているように、これはジャーナリズムの枠を越えて、ある種の社会的実験となるわけだが、著者はあえてこの手法を用いる。

 そして著者は今仲間外れにされている人間や、いじめをうけている学生に「今の状況はいつまでも続くものではない」というメッセージを送る。彼らの「オリジナリティ」「自由な考え方」「率直さ」「好奇心」「情熱」が花咲く時は来るのだろうか。

 著者はその回答を読者に与えていない。しかし、著者はその可能性は十分あると考えている。最後に著者は今仲間はずれになりいじめを受けている場合、その学生、家族、学校はなにをすべきかをリストにして提示している。

 日本ではいつまでたっても「空気を読む」ような社会的スキルがより重視されるようであり、アメリカとは文化の違いもあるが、日本人が読んでも興味深い本だと思う。


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2011年10月27日

『That Used to Be Us』Thomas L. Friedman, Michael Mandelbaum (Thorndike Press)

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「アメリカに未来はあるかを検証した本」


 この約10年間、アメリカは失策に継ぐ失策を続けてきた。バブルがはじけ、無理矢理始めた2つの戦争には「勝利」がなく、リーマンショックを引き起こし、経済刺激政策でお金をつぎこんでも経済は回復しない。

 道路、橋、鉄道、空港などのインフラは整備が遅れ、国の財政赤字は膨大に膨らみ、ミドルクラスの給料や所有資産価値が下がるなか、トップ1%の収入は大幅に上がり,社会の格差が広がった。そんななか政治は極右の台頭により右派、左派の対立が深まり有効な解決策を生み出せない。このアメリカに未来はあるのだろうか。

 この問題に取り組んだのが、3度のピューリッツア賞受賞経歴を持つジャーナリスト/コラムニストのトマス・フリードマンと外交と安全保障の専門家マイケル・マンデルバウム。

 この本はアメリカが立ち直るためには何が必要かを述べているが、その前に何故アメリカが今のような状況に陥ってしまったか、今アメリカはどんな問題に直面しているかを鋭い視点で語っており、僕としてはそちらの方も興味深かった。

 例えば、アメリカの発展には5つの柱が必要だという。公共の教育、インフラの整備、移民の受入れ、R&Dへの政府の援助、経済活動に対する妥当な規制の5つだ。

 アメリカでこの5つの柱がいかに立ち遅れてきたか、その発展を阻む文化がいかに生まれてきたかをこの本は見せてくれる。

 例えば今年始めに開かれた米国議会では合衆国憲法の全文が読みあげられた。歴史家によると議会で全文が読み上げられたのは史上初のことだという。極右のティーパーティたちが議会に送り込んだ議員たちの提案でおこなわれた訳だが、これは政府の支出を最小限に抑え、政府の力を封じ込めようとする彼らの考えが反映されている。

 ティーパーティのなかには合衆国憲法に立ち返り、それ以外の法律は全て無効にすべきだと叫ぶ人々がいる。政府の教育省、環境保護局などを解体し、すべて地元の人々が勝手に決める社会を目指せ、それが自由というものだという考え方だ。

 教育、インフラ整備などへの連邦政府の支出は大きな政府作るだけで、ましてや規則などで国民の生活に干渉するのは辞めろというかなりラジカルな声だ。

 これはアメリカを19世紀の社会に戻そうとする動きで、グローバルな競争が激化する現在、国際的な視野がまったく欠けている声だ。長く世界のトップ座にいたアメリカのなかには、アメリカが世界でいかなる地位にいるかを考慮しない人々がいる。

 この人々にとっては、世界の中のアメリカを語ること自体が非愛国的となる。アメリカはアメリカのやり方があり、ほかの国がなにをやってようと自分たちのやり方は変えない、それがアメリカだという訳だ。

 まあ、これは一例だが、この本に書かれてあることは、日本人としては常識で考えれば分かることだろうと感じるものが多い。本を読んでいるうちに、先ほどのティーパーティの人々のように突飛とも言える姿勢を取るアメリカ人、ひいてはアメリカという国に対し「何でこんな明白なことが分からないのだ」「なんでこんな簡単なことができないのだ」と感じてしまう。

 普通の日本人なら普通に分かるよと思うのだが、本を読み進めるうちに日本のことも考え始める。そして、アメリカに比べいまの日本が社会的、経済的に勝っていないことに気づく。アメリカの駄目さにすぐ気づく日本人が、自分の国の経済や社会を進めることができない。何故なのだろう。

 アメリカが陥った苦境を読み、その解決策を読みながら、一方で今の日本のことも考えさせられる本だった。

 「しかし、これにはハッピーエンディングがあるのだろうか・・・私たちはハッピーエンドを書くことができる。しかし、それをフィクションにするのもノンフィクションにするのもその国、つまり私たち全員にかかっている」と著者たちは括っている。

 この本は「ウォール街占拠」運動が始まる前に書かれた本で、その運動については触れられていないが、この運動を予測させる本でもある。


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2011年08月29日

『A Stolen Life : A Memoir』Jaycee Dugard(Simon & Schuster )

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「11歳で誘拐された少女のメモワール」


 数年前、自分がレイプされた真相を語った女性のインタビューをアメリカのテレビで見たことがある。インタビューの終わりにその女性は「これで、私を見る目が変わったでしょう?」と彼女は言った。

 犠牲者で、社会的弱者だって、どこか、心のどこかで、ちょっとは思ったはずよと笑いながら言った。

 自虐的な笑い顔だったが、そんな風には絶対に思わないとはっきりとは自分自身に言えなかった。

 今回読んだ本は11歳の時に誘拐され、その後の18年間、犯人の男から性的虐待を受け続けたジェイシー・リー・デユガードのメモワール。

 彼女は勇気の持ち主だが、少女を取り巻く社会的危険と、現実の残酷さを思い知らされる本だ。

 事件は1991年6月に起きた。当時小学5年生のジェイシーはスクルーバス停に向かう途中、プィリップ・ガドリーという性的異常者と彼の妻ナンシーによって、家族や友人の目の前で誘拐されてしまう。

 警察や地域の住人による捜索がすぐに始められるが、彼女の行方は分からない。彼女は、フィリップの家の裏庭にある音楽スタジオとして作られた防音の部屋に裸で手錠されたまま閉じ込められ、その後、薬を使った数日間に及ぶ性的異常行為の犠牲となる。

 フィリップは性的事件で仮釈放の身であり、定期的に保護観察官からの訪問を受けていたが、観察官の質問が裏庭に及ぶことはなかった。

 その後、ジェイシーは94年14歳でフィリップの最初の子供を産み、98年17歳でふたり目の子供を産む。どちらも病院ではなく、裏庭でフィリップとナンシーの助けのもとに産んでいる。

 誘拐されてからずっと彼女の世界の中心はフィリップとなり、人間との接触もほとんどが彼だけとなる。この環境のもと彼女はだんだんと洗脳されていく。そして、時が経つにつれフィリップ、ナンシー、ジェイシーのいびつな生活が作られて行く。

 ジェイシーは彼らが決めた「アリッサ」という名前を名乗り、産んだふたりの子供はナンシーの子供で、自分は年の離れた彼女たちの姉だと周囲に語り始める。

 何をやるにもフィリップが決め、全部彼に言う通りにする生活を続けるうちに、彼の世界のなかに自分も入り込んでしまったのだ。

 この本のなかのジェイシーの描写は時には具体的すぎ、ページを閉じて考えをまとめるのに時間が必要になるくらいだ。

 「彼は『run(ラン)』というものについて話し始める。「ラン」とは彼のファンタジーを満たす時間で、私がそれを手助けするのだ。彼は私にきつい服を着させ、おかしな場所に穴をあける」

 ランは薬を飲んだフィリップが、まだ小学生だったジェイシーを相手に時には数日間続けるセックスプレーだ。

 アメリカで大きな話題を呼んだ事件の犠牲者が書いたメモワール。発行と同時に全米ベストセラー第1位となった。



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2011年07月28日

『Self-made Man : One Woman’s Year Disguised as a Man』Norah Vincent(Penguin Group USA)

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「女性が覗いた男の世界」

 
 僕が初めてボブ・ディランの『悲しきベイブ』の歌詞を知ったとき、心のなかがふっと軽くなったことを憶えている。

 その歌詞というのは、君が正しくとも間違っていても、君を守り、いつでも強くて、呼べばいつでも来てくれる人を探していると言うけれど、それは僕じゃない。君が探してるのは僕じゃないというもの。

 いまこの歌詞を読み返せば、「君」というのはアメリカ国家のことも指しているのだと分かるけれど、初めは女の子に対するだけの歌詞だと思っていた。

 当時のポップソングの歌詞は、君のためならなんでもするよというものばかりだったので、こういう男の本心を歌ったディランは凄いと思い、本当の心を女の子にみせてもいいんだとほっとしたのだ。
  
 僕たち男は、本心を女にみせない。何故かといと、本心をみせてしまったら女に嫌われるからだ。

 セックスについて言えば、社会的にどんなに高い地位についても、どんなにりっぱなことを成し遂げても、ある種の暗さや暴力的衝動を持った、男をセックスに追い立てる欲求は消えない。

 その欲求から出る言葉を女性に聞かせれば、一発で嫌われてしまう。いわゆるロッカールームでの男同士の会話は酷いものだが、男にとってはリクリエーションのような気軽さがある。

 しかし、それを女性が聞けばかなりショックを受けると思う。女性には、そういう話をせざるえない男の生理を理解できない。一方、男は、本心といえば本心だが、そんな会話には大した意味がないことが分からない女性を理解できない。だが、男たちは経験からそんな話を聞かれてしまったら嫌われることは知っている。そうして、もちろんそんな言葉を場所をわきまえず発した者は社会的制裁を受ける。
  
 今回読んだ本は、男に姿を変えた女性の著者が、男の世界に入り込み女の視点から、男を観察したノンフィクションだ。つまり女の視点を持って見た、男の内側を報告している。

 著者は、男だけのボーリング・クラブに入会し、ストリップ・クラブに出入りし、バーで女性をナンパし、女性とデートをし、営業の仕事をする。彼女は男の世界のなかで動く男たちを次のように記している。
「男たちは女たちが知っている姿よりずっと酷かった。しかし、ある意味ではずっとましだった。男たちがどうしてそんな行動に出るか、私にはもとの部分が分かってしたし、男たちにとってその衝動を克服するのは大変な苦労であることが分かった」

男が内なる衝動を抑え、「まとも」な素振りで行動するのは常に自制力が必要で、男は酷いが、一方でその酷さを見せないよう努力している男はそれなりに評価できるという結論だ。

これで男と女の距離が縮まる訳ではない、しかし女は結局話が分からないが、こちら側の持っているものと男の苦労を理解できる能力はあるようだと分かる本。しかし、それで男を許してくれている訳でもなさそうだが。


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2010年10月27日

『 Breaking Night 』Liz Murray(Hyperion Books )

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「ハーバード大学に入ったホームレス少女」


 1982年の夏、僕はハーバード大学のサマーコースを取った。人類学と数学のクラスを取り図書館にこもり勉強もしたが、テニスコートや室内プールなど、サマースクールに参加している夏の間だけ学校の施設を使えたのでこちらの方もめいっぱい使った。

 ボストンで大学生をやっていた僕は、同じ留学生仲間も多く、彼らを呼んでダブルスのテニスゲームをしたり、塩水になっている室内プールで泳いだりした。

 ボストンにはハーバードのほかに、MIT(マサチューセッツ工科大学)、BU(ボストン大学)、BC(ボストン・カレッジ)など生徒の頭脳や財力、家柄を誇る大学が多い。まあ、郊外に出ればスミス・カレッジ、マウント・ホリヨークなどやりは名門とされる大学がある。

 アメリカ東部で大学生をやった僕は今でも東部の文化が好きで、ファッションもアイビーが一番気に入っている。

 今回読んだ本は、ハーバード大学に入った女性のメモワールだ。ハーバードに入るだけでも大変だが、両親が麻薬中毒患者であり、15歳で家出をしてストリートで生活した女性がハーバードに入ったという話なので興味が湧いた。

 著者は1980年生まれのリズ・マレー。母親のジーンは13歳から麻薬に溺れ、ビートニクくずれの父親も麻薬をやる。

 「麻薬はレッキング・ボール(家を解体する際に使うクレーンから吊るす解体用鉄玉)のようだった」とリズは回想する。

 政府からの生活保護だけが収入の両親は、月30ドルだけを食料にあて、あとは毎日の麻薬を買ってしまう。パンと卵だけの日々が続き、子供の食べ物の定番であるピーナツバター・アンド・ジェリーなど御馳走の部類だ。

 10歳になる前に母親の知り合いから性的虐待を受ける著者だが、この年齢ではまだ母親と父親の世界の中にいる。両親がキッチンで麻薬を自分たちの腕に注射するのを見て、両親が喧嘩をするときは本の世界に逃げ込む。

 しかし、12歳頃から彼女の世界が変わっていく。両親よりも自分の友人との世界が広がり、彼女は15歳で親友のサム(女性)、ハスラーのカルロス(ボーイフレンド)の助けを借り家出をする。お金はカルロスが都合をつけるが彼は時々姿をくらましてしまう。

 そんな時リズとサムは友人の家にこっそり泊まらしてもらい、公園や地下鉄車内や駅で一晩を過ごす。もちろん学校には顔を出さない。

 辿り着いた先は、ニューヨーク郊外のモーテルの一室で車もなく、ただカルロスの帰りを待つだけの生活だった。カルロスが帰ってこなければ、モーテルから追い出される。ドラッグディーラーとなったカルロスは、ほかの女とも付き合い出すが、彼女はカルロスの機嫌を損ねることはできない。

 彼女は自分の居場所を求める。友人や友情は素晴しいが、彼らや彼女たちが部屋代を払ってくれる訳ではない。

 「This back-against-the-wall situation gave me another piece of clarity: Friends don’t pay your rent…paying rent would require something new to focus on.(このせっぱつまった状況はほかの考えを与えてくれた:友人たちは部屋代を払ってくれない・・・部屋代の支払いは全く新しい何かに力を注ぐことが必要だ)」

 また、彼女はいつか友達が自分の要求の「ノー」と言い出すはずだと考え、その状況も恐れる。自分が好きな人間たちから「ノー」と言われるのはどんな気持だろう。このままいけばそんな日が来るのも遠くないはずだと考える。

 この時、彼女は17歳になっていた。それからホームレスのまま高校に戻り、ホームレスのままハーバードに入学申請をする。

 彼女がいかにしハーバード入学までこぎつけたかのストーリーは爽やかな読後感を与えてくれる。

 社会からドロップアウトとしても、努力すれば再挑戦の道が開かれるアメリカでの話ではあるが、読む人に勇気と希望を与えてくれるだろう。




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2010年03月02日

『Portrait of a Killer : Jack the Ripper - Case Closed 』Patricia Cornwell(Berkley)

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「パトリシア・コーンウェルの力作ノンフィクション」


 取材や調査に400万ドルとも600万ドルともいわれる物凄い費用をかけたノンフィクション。

 お金を出したのはもちろん著者のパトリシア・コーンウェル自身だ。コーンウェルは、1956年フロリダ州マイアミ生まれ。バージニア州監察医局に所属し州の死体公示所で6年間勤務した経験を持つ。90年にスクリブナー社から出版された『Postmortem』(検屍官ケイ・スカーペッタ・シリーズ)がエドガー賞を含む六つの賞を取る大ヒットとなった、世界中に多くのファンを持つ人気推理小説作家だ。

ちなみに、彼女が人気作品の検屍官ケイ・スカーペッタ・シリーズで受け取るアドヴァンス(前払い出版契約料)は一冊につきだいたい900万ドルだという。しかしこの『 Portrait of a Killer: Jack the Ripper - Case Closed』はノンフィクション作品なのでアドヴァンスの金額はどのくらいなのかは定かではない。

コーンウェルが追ったのは1888年にロンドンで起こった切り裂きジャック事件。その年の4月から11月までに同一犯人により少なくとも5人から7人の女性が殺されたとされるもので、犯人は特定されていない。迷宮入りになった連続殺人事件として、いまでも有名な事件だ。コーンウェルは犯人をつきとめるべく独自の調査・分析チームを雇い入れ現地に乗り込んだ。

切り裂きジャック事件は、被害者女性の頚部を切り、子宮や腎臓を持ち去り、警察に「その肉を食べた」という手紙を送り付けるというセンセーショナルなものだった。

コーンウェルは、100年以上前の捜査では不可能だった切手や封筒からのDNA鑑定や、コンピューターによる特殊な画像データ処理などの手法を駆使し犯人を特定している。

彼女が犯人であるとしたのは英国の印象派画家であるウォルター・シッカートという人物だ。

もちろんシッカートはすでに死亡し、被害者たちの検死をおこなった医師もこの世にはいない。全ては状況証拠であるが、シッカートの手紙と犯人が警察に送り付けた手紙に使われた紙の透かし文字が一致していることや、シッカートの行動範囲が犯人と重なるなどの証拠を積み重ね説得力のある結論を導き出している。

しかし、この本の読みどころは、謎説き部分だけではない。

事件の事実だけを追った作品ならば、謎説きが最大の読みどころだが、著者は犯人の殺人手口などもつまびやかに再現させる。このあたりは、さすが検屍官シリーズを書く作家だけあり、描写が細部におよびかなり血なまぐさい。ナイフが身体に入る角度や深さなどの描写や、犯人が闇に隠れ背後から背中を刺し、声が出ないように頚部を切るなどの説明は、時には生々しすぎて、背筋が凍るような恐怖が身体に走る。

シッカートの心理分析や生い立ちの調査も入念におこない、何故シッカートが連続殺人を犯したかの動機にも迫っている。随分暗い街として描かれているが、当時のロンドンの街の様子も分かるので、その楽しみもある。

 読み応えがあり過ぎて犯行のイメージが数日間は脳裏に残る。パワフルで面白い作品だ。




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2010年02月11日

『Bright-Sided : How the Relentless Promotion of Positive Thinking Has Undermined America』Barbara Ehrenreich(Metropolitan Books)

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「ポジティブ・シンキング万能の考え方に一石を投じる本」


 世の中には何事にも前向きという人がいる。自分の周りに起こることをポジティブに捉え、元気に進んでく。一方、多くのことを悲観的に捉え、すぐにくよくよとしてしまう人もいる。そうして、僕のように社会の大きな流れには背を向けて、何がそんなに楽しい、あるいは悲しいのだろうと、いうなれば世間を真っすぐに受け止められず、どこか斜めに見ている人間もいる。

 このなかで最もよいとされているのは、もちろんポジティブな生き方だろう。いつも前向きな考え方や態度でいれば、いいことが起きるとポジティブな人は言う。僕はそういうふうにポジティブに生きていける人がうらやましくもあるが、どこかでそんなに単純には生きていけないと感じ、このポジティブな生き方にどこかうさん臭さを感じていた。

 僕が感じるポジティブさへの、このうさん臭さはどこからくるのだろうと考えていたが、はっきりとした答えは出なかった。

 しかし、世の中には同じように考えている人もいるもので、今回読んだ『Bright-Sided』はこのうさん臭さの元をはっきりと見せてくれた。

 著者は、バーバラ・エーレンライク。『Nickel and Dimed』や『Bait and Switch』などの著作がある硬派な社会派のジャーナリストだ。

 著作の舞台はアメリカだが、アメリカでもポジティブな生き方は良いとされている。「Positive」と「Right」は同義語になっているくらいだ。しかし、このポジティブに生きようとする考え方、ポジティブ・シンキングが企業や個人、それに政府に都合よく使われている。

 例えば、企業の業績が悪くなるとアメリカはすぐに人を切り捨てる。そうして、経営陣は切り捨てた人々のところへポジティブ・シンキングを唱えるいわゆる「ポジティブ・シンキングコーチ」を送り込む。コーチは解雇された人々を前に、逆境でも前向きに生きることが唯一の道だと唱える。状況が悪くなったのは、自分のポジティブさが足りなかったため、物事がうまく行かないのも君のポジティブさが足りないからだと力説する。なにもかも自分のせい。企業や業績を悪化された経営陣は悪くなく、前向きさが足りなかったあなたたちが悪い。だから、これからはもっとポジティブに生きよう、という具合だ。

 また、宗教でもこのポジティブ・シンキングが利用されているとバーバラは報告している。神を信じれば、仕事、昇進、恋人、車、家、子供、地位など、なんでも手に入る。まだ手に入れられていないのは、あなたのポジティブな祈りが足りないからだ。神は、神にポジティブな人には、きちんとした物や場所を用意している。さあ、神に対するポジティブさを見せよう(つまり多額の寄付や奉仕労働をおこない、その宗教家の言う通りにすること)と、大金持ちの宗教リーダーは言う。

 また、今回のアメリカに端を発した金融危機にも、ポジティブ・シンキングが関わっている。リーマンショックに代表される今回の金融危機は、多くの金融機関がローンを返せない人々に住宅ローンを組ませ、その焦げ付きが問題となった。ローンを組ませた金融関係の人のなかには、いままで住宅を持つことができなかった人々に住宅を持たせることができると本気で考えた人々がいて、借りる方も今の状況では返せないが、いつか返せる状況になると物事をポジティブに捉え、住宅ローンを組んだ。結果、物事はそうはうまくはいかず、最後はローン返済が不可能になってしまった。

 ポジティブ・シンキングの欠陥は、ネガティブな考えや意見を排除するところにある。ネガティブな要素を認めたら、ポジティブな考え方には辿り着かない。そのため、ポジティブ・シンキングを実践しようとすると、的確な判断が不可能になってしまう。ジョージ・W・ブッシュはイラク戦争に突入する際、開戦を阻むネガティブな情報を排除し、開戦に反対する者の意見を排除した。会社組織においても、社員の能力ではなく、ネガティブな意見を持つ者が排除されていく。

 戦争を開始し、人々や社会に大きな不幸をもたらした、ブッシュとその政権にいた人々はいまでも元気に暮らし、金融危機を引き起こしたアメリカ金融業界のトップたちは、税金によって助けられ、また多額のボーナスや給与を受取っている。苦境に陥った人々は、誰のせいでもなく、それはみなその個人のせいであり、何故そういう状況に陥ったかの本質を考えるよりも、ポジティブなことだけを考えて生きるのが最良の道だと教えるのがポジティブ・シンキングの一面だ。

 いま社会に蔓延している、ポジティブ・シンキング万能の考え方に一石を投じる本だ。



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2009年12月02日

『Tokyo Vice : An American Reporter on the Police Beat in Japan』 Jake Adelstein(Pantheon Books )

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「アメリカ人記者が追った日本の裏側世界」

 私は夜眠る時に、ラジオを聞きながらでないと眠れない。もう20年以上続いている習慣で、最近はポッドキャストで日本の放送も聞いているが、たいていは地元ニューヨークのラジオ局WNYCのトーク番組を聞いている。
 暗闇のなかでイヤフォンから流れるインタビュアーとゲストのやりとりを聞いているとだんだんと眠りの縁に近づいていく。

 10月の半ば、そうやってうとうとし始めた私の耳に「トキョー・ヴァイス」という言葉が聞こえてきた。その時、聞いていたのはブライアン・レーラーという司会者のトーク番組で、本を出版した作家をゲストに迎えることも多い。

 このトーク番組とレナード・ロペートの「The Leonard Lopate Show」は私の好きな番組で、最近はポッドキャスでも配信されている。夜または深夜にやるこれらの番組は昼間の再放送で、ポッドキャストのおかげでいつでも聞けるようになったのは大変うれしい。

ところで、日本に長く滞在しヤクザについての本を出した作家がゲストとなっていたその夜、残念ながらレーラーはそのゲストに対しては、上っ面な質問に終始していた。しかし、レーラーに不満を感じながらも、私はその本を買うことを決めた。

 それが今回紹介する「Tokyo Vice」。著者は93年から2005年まで読売新聞の記者を務めたジェーク・エーデルスタイン。

 彼はソフィア(上智大学)在学中に読売新聞社の試験を受け、正式に記者として採用され、最初は埼玉(ニュージャージー州と同じようなダサいイメージがあると著者は言っている)に配属された。しかし、その後、新宿歌舞伎町が彼の取材地域となる。
  
 本は大学時代に読売の入社試験を受けるところから始まり、読売新聞支社の様子や同僚、先輩記者の様子が時にはコミカルに描かれる。しかし、全体としては彼が事件を追うさまを描くハードボイルドな仕上がりの本となっている。

 この本の最大の面白さは、日本文化の裏側に外国人が奥深く入り込み、その様子を外国人の視点でレポートしているところだろう。法律では売春が禁止されている日本で、何故歌舞伎町のような場所が存在するのか。著者は、友人の外国人女性から話を聞き、東京でおこなわれている人身売買の調査を始める。また、六本木にたむろする外国人の世界も書いている。

 その一方で、日本の大物ヤクザが、アメリカ政府のブラックリストに載っているにもかかわらず、アメリカで肝臓移植手術を受けた。何故、そのヤクザがビザを取得でき、アメリカに渡ることができたのかを著者は調べ始める。

 「ゴトーはFBIに、山口組の組員、フロント企業、金融機関の包括的なリスト、それに北朝鮮の活動に関する情報の提供を約束した。その見返りにゴトーはアメリカのビザを要求した」

 肝臓移植手術を順番で待つ多くのアメリカ人を飛び越え、日本のヤクザが優先的に手術を受けたこの出来事はアメリカ大手テレビ局CBSのニュース・マガジン「60 Minutes」でも取り上げられ、エーデルスタイン自身も番組に登場している。

 鋭い調査と、文化の違い、そして人情や悲劇のやるせなさも味わえる本だ。




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2008年10月20日

『McMafia』Misha Glenny(Alfred a Knopf)

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「裏社会の経済グローバル化」


 ニューヨークにいる僕のところに時々おかしなメールが送られてくる。送り主はアフリカに住むという人からだ。彼あるいは彼女は、アフリカの大富豪または王の息子や妻ということだ。最近父または夫が死んでしまい莫大なお金を残した。しかし、政治的事情からそのお金を受取ることができない。莫大な財産を当局から不当に没収されてしまう前にアメリカに移したいが、自分名義の口座では送金が不可能だ。その苦境を救って欲しいという依頼だ。

 移すお金は数百万ドルで、もし名義を貸してくれたら、そのお金は僕の手助け無しには受け取れないものなので、半分ずつにしようと送り主は言う。

 これはもちろん詐欺メールだ。話に乗ると、書類の手数料だとか銀行への手数料だとかで何万ドルも取られてしまう。

 この種のメールは、なかなか格調高い英文で書かれてあり、その文を読むのはおかしな喜びがある。

 僕のところに届くものはナイジェリアから発生した詐欺「419詐欺」(ナイジェリアの刑法番号からこの名前がついた)の変形したものだと、今回読んだ『McMafia』で知った。

 アメリカでの最近のベストセラーに経済のグローバル化を語った『The World is Flat』があるが、『McMafia』は裏の経済、つまり犯罪のグローバル化を語った本だ。

 著者は『The Fall of Yugoslavia』などの優れた本を書いた英国のジャーナリスト、ミーシャ・グレニー。彼によると犯罪グローバル化の始まりは旧ソ連の崩壊にあったという。

 旧ソ連の崩壊によりそれまで社会主義経済傘下にあった国々はそれぞれ民主化の道を進むことになった。

 多くの国はそれまで政府の組織内にいた秘密警察関係者や諜報員、国境警備隊、それに警察官などの大量解雇をおこなった。それらの国々の経済状態はよくなく、解雇された人々を雇い入れる受け皿はなかった。いく道を失った諜報、密輸、殺人、脅迫、情報組織作りのプロたちがそのまま組織犯罪の道に進んだのだ。

 また、自由経済に移った新たな体制のもとでは合法と違法の境がはっきりとせず、国も犯罪を取り締まる経験や資金もなかった。

 このような環境のもとで犯罪のグローバル化が急速に進んだ。なかには国家や政治家と結びつき、マフィア組織なのか正規のビジネス組織なのか区別がつかない大規模なものまで登場するようになった。

 この本では、東ヨーロッパでの売春取引や車の窃盗、カザックスタンでのキャビア・マフィア、カナダのマリファナ組織、中国の人身売買、日本のヤクザ組織、そしてナイジェリアの詐欺のことなどが、社会的、政治的、経済的背景などとともに語られる。

 「彼らはシェル石油、ナイキ、マクドナルドなどと同じように海外のパートナーを求めた」とグレニーは述べている。

 裏の経済の世界でも新たなグローバル化の波が押し寄せているのだと分かる本だ。



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2007年11月15日

『Microtrends』Mark J. Penn(Twelve)

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「アメリカがどこに向かっているかが透けて見える本」


アメリカで最近人気の高まっているものに4年制大学を卒業したナニー(子守り)がある。これまでナニーというと、子育てを終えたあまり裕福ではない女性が多かったが、この傾向に変化が起きているのだ。

高学歴のナニーを求めるのはアメリカの有産階級。父親も母親も仕事や自分の社会的生活で忙しく、子供の面倒をあまりみられない人々だ。

この大卒のナニーの平均給料が4万3000ドル。大学を卒業したばかりの一般女性の初任給の平均が2万2000ドルなので、ナニーの給料の方が大幅に上回っている。

この給料額に応えて、大学を卒業して大学院に行くまでのお金を貯める職業としてナニーとなる女性も増えている。もうひとつの変化は、女性ばかりではなく男性の子守り、マニーのなり手も増えている。

親にしてみれば、外国語を教えてくれたり、シェークスピアのことを教えてくれたりするナニーは高いお金を払う価値があるのだろう。

また、マニーの方は、いま増えているシングルマザーがもし何らかの公的援助を受けて彼らを雇えれば、欠けている男親の存在を補うものとなるだろう。高学歴のマニーやナニーは子供の社会性を変える可能性がある。それはつまり、社会を変える可能性があるということだ。

4年制大学卒のナニーやマニーへの需要はまだ小さなものだが、その流れは確実にできている。

いまのアメリカで起こっているこんな小さな、しかし重要な流れを追ったのが今回紹介する『Microtrends』だ。

ホワイトハウスに務めた経験を持つアナリストの助けを受け、この本を著したのはマーク・J・ペン。彼は1996年の大統領選でビル・クリントンの元で働き、「サッカーマム(教育に熱心なアッパーミドル階級の母親たち)」が浮動票となっていて彼女たちを取り込むことが選挙を勝利する道と提唱し、一躍有名になった統計学者だ。

この本には、先ほどの高学歴のナニーへの需要のように、まだメディアでは大きく取り上げてられておらず、一般には知られていない小さな流れ、マイクロトレンドが70以上紹介されている。

その中のいくつかを挙げてみると:
・ いまアメリカで50歳を過ぎて子供をもうける父親が増えている。
・ 英語をうまく使えないアメリカ生まれのアメリカ人が増えている。
・ 左利きの人口が増えている。
・ 白人有産階級のあいだでは、子供の幼稚園入園を1年遅らせ6歳で入園させる傾向にある。
・ アメリカ人は数学は嫌いだが、数字は大好きだ。

 など、どれもしっかりとした統計をもとに紹介されていて、ひとつひとつの題材が興味深いコラムとなっている。

この本を読み終えたときには、アメリカが透けて見える仕掛けとなっている。

 社会学に興味のある人、統計が好きな人、ビジネスチャンスを見つけようとする人、それにこれからアメリカがどこに進もうとしているのかを知りたい人にお勧めの本だ。




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