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2014年04月17日

『An Appetite for Wonder 』Richard Dawkins(Ecco Pr)

An Appetite for Wonder →紀伊國屋ウェブストアで購入

「リチャード・ドーキンスの「Selfish Gene」までの伝記」

イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスを知ったのは、僕がボストンにある大学に通っていた時だった。
必修科目のひとつとして取った生物学のクラスで与えられた必読書の1冊が彼の書いた「The Selfish Gene(利己的な遺伝子)」だった。

動物や生物の進化を「種」が進化するというのではなく「遺伝子」レベルの闘いとしたこの本は僕に衝撃を与えた。

「Survival of the fittest(適者生存)」の争いが人間全体というどこかぼんやりしたものではなく、親あるいは気の遠くなるような遥か昔に存在した「先祖(哺乳類動物やそれ以前)」から今の僕に受け継がれた遺伝子レベルの闘いだと語りかけられ、進化という過程が一気に皮膚感覚で感じるものとなったのを憶えている。

長い旅をする遺伝子にとって僕の身体は「乗り物」であり、僕の判断の多くは僕の中の遺伝子をいかに有利な形で次の世代(次の乗り物)に渡すかにかかわっていると読み「なるほどな〜」と納得するものがあった。

行動を起こす時はコストがかかるが、遺伝子がそのコストを支払ってもよいとした時に人は行動を起こす。この考え方は、画期的だったと同時に何故僕がある種の行動を起こし、ある種の行動を起こさなかったかの答えともなった。

少し大げさに言えば、僕の人生の見方を変えたというか、はっきりさせてくれたのがドーキンスの「The Selfish Gene」だった。

そのドーキンスの自伝「An Appetite for Wonder」が出版されたと聞き、バーンズ&ノーブルですぐに購入。サイン入りのエディションがあったので、サイン入りの1冊を買った。ドーキンスのサインが本の最初のページにあり、とても嬉しい思いをしている。

ドーキンスは1941年にケニアのナイロビで生まれた。ドーキンスの家系はアフリカのイギリス領でイギリス政府に属する職業(軍人や研究者)についてきた家系だった。

父親のジョンも軍人で第2次世界大戦ではイタリア軍と戦った。しかし43年に彼は軍を退きマラウイの農政部の職員となった。

ドーキンスはアフリカで幸せな生活を送り、イギリスのプレップ・スクールを手本にした寄宿学校に通った。そして、ドーキンスが8歳の時に家族はイギリスに戻り、ドーキンスは父親も通ったプレップ・スクールであるシャフィン・グローブに入学した。

ドーキンスのシャフィン・グローブの思い出は、イギリスの寄宿舎制プレップ・スクールでの生活の様子が分かって面白い。学生たちは毎朝、起きるとすぐに真っ裸で冷風呂に入らなければならない。また、体罰は日常的なもので、アフリカの学校では物差しで打たれたが、シャフィン・グローブでは校長が2本の杖で学生を叩いた。2本の杖の1本は「Slim Jim」という名前がつけられ、もう1本は「Big Ben」だ。罰はその悪さにより3回から6回、杖で叩かれるというもの。ドーキンスは「Slim Jim」で叩かれたことしかないが、それでも充分痛かったという。

この本を読んでイギリス人は物に名前をつけるのが好きな国民だと思った。人々は家に名前をつけ、杖に名前をつけ、車には「Grey Goose(ツーリングカー)」や「 James(スポーツカー)」などの名前をつけていることが分かる。

シャフィン・グローブではいじめもあったようだ。ドーキンスはいじめを止めようとしなかった。彼は当時の自分を振り返り、今も罪の意識を感じているが、自分に対する疑問も残っている。その疑問とは、いじめを受けていた仲間に対し同情心を持っていなかったことだ。心の中を探っても、外には出さない秘めた同情心もなかったと言う。何故そんなことが可能なのか、彼の疑問は解決されないままだ。

ドーキンスはピアプレッシャーのこともこの本で語っている。

「Peer Pressure among schoolchildren is notoriously strong. I and many of my companions were abject victims of it. Our dominant motivation for doing anything was peer pressure. We wanted to be accepted by our fellows, especially in influential natural leaders among us; and the ethos of my peer was ---unti-intellectual.」

仲間内では持ち前の能力は賛美され、努力は見下されたという。そのためドーキンスはなにをやるにも実際よりも努力をしていないように振る舞った。スポーツの評価は高く、トレーニングをせずにいきなりスポーツで優秀な成績を上げるのが最高とされた。いまドーキンスは問いかける。「持ち前の能力」と「努力」のこの評価は反対であるべきではないのか。人間のこの心理は進化心理学者にとって興味深い質問だろうと言う。

遺伝子レベルでこの現象を見てみると、遺伝子はこれからもっと優れた個体になる可能性よりも、すでに優れたものを持つ個体(それ以上優れた個体にならない可能性もある)を選んでいることになる。何故、優れた個体になろうとする性向は低くみられるのだろうか(何故、努力はダサイのだろうか)。

話をドーキンスの経歴に戻すと、ドーキンスはオルドン校を経て、オックスフォード大学のベリオールカレッジに入学した。

オックスフォード大学では動物学を専攻。オックスフォード大学で一番良かったことは、優れた教授とのチューター・セッションだったと言う。これらのセッションではテスト勉強や講義から離れ、哲学的、理論的な議論をした。

そして、ドーキンスはオックスフォード大学が購入した当時最新のコンピュータを使い、自分の研究をコンピュータ上に移す作業に熱中していく。夜を徹してコンピュータに向き合ういわゆる「Geek」となっていった。

彼が「Selfish Gene」を書くきっかけとなったのが、1973年にイギリスで起きた炭坑労働者のストライキだったという話も面白い。このストライキのため、イギリスでは電力が足りなくなり、電気を使える日が制限され、使える日でも電気が落ちた。

ドーキンスは仕方なく研究を一度休みにし、本の執筆に時間を使うことにした。これが、僕が学生の頃に手にした「Selfish Gene」誕生のきっかけとなった。

この「An Appetite for Wonder」は「Selfish Gene」出版までの自伝で、2年後には続編となる自伝が出る予定だという。

ドーキンスは、もし何も大きなことが起こらずに、人生が無事に送れればこの出版は可能だと言っている。僕の方も、ドーキンスの続編を2年後に読むことができればきちんと人生を送れた証拠となるだろう。


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