« 2013年10月 | メイン | 2013年12月 »

2013年11月18日

『Eminent Hipsters』Donald Fagen(Viking)

Eminent Hipsters →紀伊國屋ウェブストアで購入

「ドナルド・フェイゲンの作家デビューとなる本」

1980年、僕はその4年前にアメリカでのビザ無し不法労働で米国移民局に捕まり、その後のややこしい裁判を経て、何故か移民局がくれるというアメリカの永住権をもらうために日本に帰っていた。
書類や医者の診断書などを提出し、アメリカ大使館からの呼び出しを待つのだが、それが一体いつになるか分からない状態だった。お金がないので友人の紹介で舞台の大道具の仕事をした。

その仕事をやって分かったのは、公演の当日まだまだ早い時間に会場の裏口から「おはようございます」と言って入っていけば、今はどうか分からないが、当時は多くの場合チェックなしに会場内に入れるということだった。

僕はこの手を使って一度だけギタリスト、ラリー・カールトンの公演会場に忍び込んだことがある。

今回読んだ、ドナルド・フェイゲンの作家デビューとなる本『Eminent Hipsters』を読んでその記憶が甦った。ドナルド・フェイゲンは「カリフォルニア・ジャズ」と呼ぶのにぴったりな曲を発表してきたバンド、スティーリー・ダンのキーボード奏者/ボーカリストでありバンドのフロントマンだ。スティーリー・ダンの多くのレコーディングにはラリー・カールトンも参加していて、これが僕が日本でのことを思い出した理由だ。

スティーリー・ダンのレコーディングに関わったミュージシャンたちの話は、それはそれでとても面白く、題材も豊富だが、これは書評ということで本の話。

この本は前半と後半に分かれていて、前半はニュージャージー州の郊外で育ったフェイゲンの心に残った音楽にかかわる人物や、人生の方向を決めた50年代、60年代当時の時代の流れの中で起こったことを書いている。

残念ながら、スティーリー・ダンとしての話は語られておらず、彼がこの本の中で「that’s another story」と言っているように、他の本でそれを語るつもりなのだろう。それをフェイゲンが書いてくれたら、真っ先に買うつもりだ。スティーリー・ダンのもうひとりのメンバー、ウォールター・ベッカーもメモワールを出さんかな。

後半は2012年にマイケル・マクドナルド、ボズ・スキャッグスと共に「デュークス・オブ・セプテンバー・リズム・レビュー」の一員として全米を回った際の日付入りジャーナルとなっている。

フェイゲンの言葉を借りると、年取ったヒッピーで溢れる小屋で、全米ロードをやり続ける日々を追ったものだ。彼の視線は、皮肉で、辛辣で、時にはユーモアに溢れ、人生に対する怒りも感じられる。

フェイゲンは1948年生まれ。会計士の父と歌手の母の元で生まれ、この本は母から教えられた歌手コニー・ボズウェルとボズウェル・シスターズのことから始まっている。僕はコニー・ボズウェルが誰か知らなかったが、この本でこの女性ジャズシンガーのことを知った。

また、フェイゲンはSFファンだったようで、夜中にラジオのジャズステーションを聞きSFを読む痩せた少年というのが学校でどんな社会的な地位にいるかは押して知るべきだろう。

そして、彼は12、13歳で年上の従兄弟に連れられニューヨークのグリニッチ・ビレッジのジャズクラブや、ブリーカー通りとマクドゥーガル通りの角にあったフィガロカフェなどに出かけている。

そのニューヨークの思い出は「In the club」という章で語られている。

後半は「デュークス・オブ・セプテンバー」のツアーのジャーナルだ。スティーリー・ダンとしてツアーをするときは、演奏会場がある近くの大きな都市のいいホテルをハブとして使い、そこから複数の演奏会場に行くようだが、「セプテンバー」ではその経済的余裕はなく、バスで会場の近くまで行きその近くのホテルに泊まることになる。

ホテル代を安くあげるために、マイケル・マクドナルドとボズ・スキャッグスは会場の駐車場にバスを止めさせ、そこで寝てしまうという。つまり、演奏や食事の時以外はバスを下りないのだ。

フェイゲンもそのやり方を試したようだが「それは人間の生活というより、昆虫の生活のようだった」という。

また、ある小屋では彼らと同じくらいの年齢の客層ばかりでステージの上から「ビンゴの番号を叫びたい衝動に駆られた」という。ハハハ。

2012年の6月から8月までのツアーの間、彼がどんなことを思いっていたかが分かるのは、ファンとしては嬉しい。

僕はファンとしてスティーリー・ダンの時は、フェイゲンがもっと曲を書いてくれないかなと思ったが、今度は早く次の自伝を出してくれないかなと思っている。
 


→紀伊國屋ウェブストアで購入

2013年11月08日

『Corrections』Jonathan Franzen(Picador USA)

Corrections →紀伊國屋ウェブストアで購入

「アメリカ文学界のふたりのジョナサンの話」

 僕はこれまで多くの編集者に会ったけど、ファーラ・ストラウス・アンド・ジローのジョナサン・ガラッシとのインタビューはとても印象的だった。いま、ガラッシはファーラー・ストラウス・アンド・ジローの発行人になっているが、会った時は編集長だった。
 ガラッシはベストセラーとなったトム・ウルフの『A Man in Full』や、全米図書賞を受賞したアリス・マクダーモットの『Charming Billy』、ピューリッツァー賞を取ったマイケル・カニングハムの『The Hour』など多くの優れた本を世に送り出した。

 印象に残ったのは彼の経歴と言葉だった。ガラッシは「編集者はすでに売れている作家の本を出すばかりでなく、新たな才能に目を向けて、自分がよいと思った作品なら、名前が知られた作家でなくとも出版していくべきだ」と言った。

 このガラッシの編集者としての方針は、出版社と対立する時もある。事実、ガラッシはランダム・ハウスというアメリカ最大手の出版社をくびになっている。

 その後、ガラッシは自分の出版哲学に合ったファーラ・ストラウスに移り、先ほど紹介したような書籍を出版し、同社の編集長を務め、ついには発行人にまでなった。

 少し前置きが長くなったが、そのガラッシが編集を担当したのが今回紹介するジョナサン・フランゼンの『The Corrections』。同じショナサンという名前だ。この本は全米図書賞を受賞し、今やフランゼンは現代アメリカを代表する作家となっている。

 この本が出た時には、一般の出版に先がけ、宣伝用としてメディア関係者に送られるレビュー・コピーの全てにガラッシの手紙が付けられていた。

 手紙の内容は、この作品がファーラ・ストラウスがこれまで出版してきた本のなかでも最高の小説の仲間入りをするというもの。

 レビュー・コピーが出るとすぐに大手雑誌が取り上げた。特に『タイム』誌では書評というよりも出版自体をニュースとして捉える記事が掲載された。

 僕は約一週間をかけて568ページある『The Corrections』を読んだ。

 内容は、3人の子供がいるランバーツ家が舞台となっている。すでに定年を迎え病気を患っている夫とその夫の病気を軽く考えようと努める妻。金融業界で働く長男、レストランのシェフである長女、大学教授の次男。家族は夫と妻以外はすでに生まれた家を離れて暮らしている。

 次男は教え子とセックスをして大学を辞めさせられ、長女は経営者の妻と性的関係を持ち、長男の家庭は子供をお互いの味方につけようとする夫婦喧嘩が絶えない。この大きな設定から物語は、どんどんと複雑な人間関係に発展していく。

 長編のよさは、登場人物たちの生活が余裕を持って語られるところだろう。著者のユーモアが光り、各人物への感情移入も自然にできる。読んだあとには500ページを超える大作だった感じは残るが、読み進めている間はそんな長さを感じさせない。

 アメリカ文学界のふたりの大物ジョナサンが世に送り出したこの小説は、アメリカ文学の傑作といえる。


→紀伊國屋ウェブストアで購入