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2013年05月29日

『After Visiting Friends』Michael Hainey(Scribner)

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「父の死の謎を追ったメモワール」

僕の父は49歳で死んだ。僕がまだ18歳のときだった。僕はときどき自分が大人になってから父と話すのはどんなふうなのだろうかと考える。特に20代後半や30代と社会と真っ正面から戦っていたときに父と話すことで自分の人生はいまとは変わったものになったのだろうかと考える。
例えば、父の口利きで日本に仕事がみつかり、アメリカから日本に戻っていたかもしれない。アメリカでもう先が見えない時期も確かにあった。そんな時の父の存在が人生の別の転機に繋がったかもしれない。

しかし、考えても分からない。

今回読んだのは6歳の時に父を無くしたマイケル・ヘイニーの父の死の謎を追うメモワール/ノンフィクション。

1970年4月のある朝、突然叔父、叔母、祖父、祖母が家にやってくる。叔父らは、マイケルの父が死んだことをマイケルの母に告げる。

マイケルの父であるボブはシカゴ・サンタイムズ紙に務める記者だった。父の兄にあたる叔父のディックがシカゴ・トリビューン紙に務めていたので、ボブはディックを通じてシカゴ・トリビューン紙に入り、数年後にサンタイムズに移っていった。

母バーバラもシカゴ・トリビューン紙で働いていて、マイケルの父と出会っている。マイケルの家族は出版業界と強い繋がりがあると言っていいだろう。マイケル自身も現在『GQ』誌の副編集長だ。

ボブは35歳で死んだのだが、その死には謎が多い。マイケルはずっと父の死にしっくりこないものを感じていた。18歳の時にマイケルは学校の図書館で父の死亡記事を探す。シカゴ・サンタイムズ紙では脳溢血で死亡したと記されていた。しかし、叔父の務めるシカゴ・トリビューン紙ではそれが、友人の家を出た直後の心臓麻痺となっている。さらにシカゴ・デイリーニュース紙では、友人たちの家を訪問しているあいだに心臓麻痺を起こしたとなっている。

そして、父が死亡した場所は仕事場から5マイル(約8キロ)も離れた所だった。何故、父はそんな遠くにいたのか。そして、父と最後に会ったとされる「友人」あるい「友人たち」とは誰なのか。どうして、その「友人」あるいは「友人たち」は一切連絡を取ってこないのか。それに何故、父の死の知らせは、警察ではなく叔父によって告げられたのか。

大学生になったマイケルは父の死亡証明書を入手する。そこから、父の運ばれた病院が父のいた場所から5マイルも離れた病院だったことを発見する。もっと近い病院が少なくとも3つはあるが、わざわざ遠い病院を選んだことになる。

そして死亡時刻は午前5時7分。しかし、叔父は朝の7時にはマイケルの家を訪れている。ずいぶん素早く行動したことになる。

自分が父の死んだ35歳となり、マイケルはずっと心に引っかかっていた父の死の真相を突き止める決心をする。一体父はどうやって死んだのか。父の最後はどんな風だったのか。自分もジャーナリズムの世界に身を置いているので、調査はできる。

こうして、マイケルの父の死の謎の追跡が始まる。

彼の調査はシカゴの昔気質の新聞記者たちやジャーナリズムの世界を巡り、マイケルの母、祖母、祖父の辿ってきた道をひもとき、父の在りし日の姿を映し出し、遂にはある種の暗さを持った秘密に辿りつく。

家族愛、忠誠心、失意、人の歴史、人間関係などが描き出される読み応えのある本だった。


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2013年05月14日

『The Lovely Bones』Alice Sebold,(Back Bay Books)

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「スーパーナチュラルな設定の優れた文学作品」


今回紹介するのは、2002年6月に出版され。その後わずか2カ月間で130万部を売り上げた小説『The Lovely Bones』。2009年には映画化もされている。

『The Lovely Bones』の著者はアリス・セボルド。彼女は、大学生の時にレイプに遭い、その体験を綴ったノンフィクション『Lucky』という本も出版している。

『The Lovely Bones』の内容は、レイプされ殺されてしまった14歳のスージーが天国から家族や友人の事件後の人生をみるというもの。もちろん、彼女を殺した犯人の生き方も追う。

物語が始まりすぐにスージーは殺され、天国に行く。警察が犯人を追うが、手掛かりがない。犯人はスージーの家の近くに住むハービーという中年男だ。読者は最初から犯人が誰であるかを知らされ、犯行の様子も読むことができる。

警察が事件の手掛かりを追う場面や、スージーのいる天国がどんなものかの描写も出てくるので、読み初めはスリラーあるいはファンタジーかなと思ったが、これは家族愛や人々の人生を描いた文学作品といえる。

著者は物語のなかで残された家族、特に父親の怒りや妹の成長、それに友人たちのそれぞれの人生を描いている。

天国が出てきたり、レイプや殺人事件を扱ったりしながら、スリラーにならずに質の高い文学になっているところがすごい。

題材として読者を引き込みやすい「事件」そのものを追わず、そんな「事件」に直面した人々の心の動きに注目しているのだ。著者はこの作品を書き上げるまでに5年をかけたという。意欲作といえるだろう。

この1作品に5年をかけて書くことが長いとみるか短いとみるかだが、アメリカの作家はだいたい1〜3年をかけて1本の長編を書くことが多いようだ。セボルドもこの小説を書いていた5年の間に『Lucky』を書き上げているので、とりわけ完成に時間がかかったという作品ではない。なかにはトマス・ウルフのように10年で1作品という作家もいるのだから。

アリス・セボルドは、自らの体験を生かし(とても衝撃的だったに違いない)、そんな事件を題材にした小説を仕上げたのだ。事件のいまわしさよりも、人間を描いたところに成功の秘密があるように思う。

最後は、もちろんスージーは生き返らないがハッピー・エンドとなる。レイプ、殺人という暗いテーマの作品だが、読後感は爽やかだった。


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2013年05月04日

『The Power of Habit 』Charles Duhigg(Random House)

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「習慣の力を語った本」


まず初めに人間の自制心についての質問をひとつ。 自制心というのは生まれながら遺伝的に各人それぞれ違うレベルで備わっているものだろうか。それとも、技術のように訓練を積めば習得できるものだろうか。

今回読んだ「The Power of Habit」にはこの質問の答えが載っていた。

ある実験で食事を抜いた学生をふたつのグループに分け、大根とチョコレート・クッキーが並んだ部屋に入れ、ひとつのグループにはクッキーを食べて大根は食べるなと指示し、ほかのグループにはクッキーを無視して大根を食べろと指示をしておく。

マジックミラー越しにグループの行動を観察すると、大根だけを食べろと言われたグループの数人はクッキーの匂いを嗅いだり、手にしたクッキーから溶け指についたチョコレートを舐めたりするが、自制心を働かせクッキーを食べることはなかった。

一方、クッキーを食べろと言われたグループは喜んでクッキーを食べた。こちらのグループは自制心をほとんど働かせていない。

その後、このふたつのグループに絶対に解くことができないパズルに挑戦させ、諦めた時点で手を上げさせた。

結果はクッキーを食べて自制心を浪費していないグループは平均19分で諦め、クッキーを食べずに自制心を使ったグループは平均8分で諦めた。そればかりか、自制心を使ったグループは「この実験は時間の無駄だ」「この馬鹿げた実験に嫌気がさした」などの文句を言い始めた。

もし、自制心が遺伝的なものならグループによって生まれるこの大きな差は説明できない。自制心が生まれつき備わった能力ならふたつのグループはどちらも平均的なものとなるはずだ。一方、自制心が技術というなら、例えば自転車に乗るように、いつでも変わりなく発揮出来るはずで、やはりこの差は説明できない。

研究者たちが出した結論は自制心は筋肉のようなもので、使えば疲労をきすというものだった。

自制心については、その他にも興味深い実験がある。あるグループに自分の使ったお金の帳簿をつけさせ、レストランでの食事や映画といった贅沢な行為は控えるように指示する。こうして自制心を発揮させると、驚いたことに彼らは酒を飲むことを控え、タバコの本数なども少なくなり、学校や職場での生産性が上がった。

これは別な見方をすると、自制心を発揮する習慣を作り上げると、本人も知らないうちに他の行動にも大きな影響を与え、ひいてはその人の人生さえ変えることができるということだろう。

とここまで自制心の話をしたが、「The Power of Habit」はタイトルのとおり人の習慣について語られた本だ。ただ、習慣を語る際に自制心のことも検証していたので面白いと思った。

この本の内容は、人の自制心にも焦点を当てているが、どうやって習慣が作りあげられるかを探っており、習慣を変えることで人が変わる例を多く示している。

著者は習慣には3つの要素があるという。ひとつはその行動を起こすきっかけとなる「キュー(合図)」。そしてその習慣の行為となる「ルティーン(決まりごと)」。最後にその習慣から得られる「リワード(報酬)」。習慣はこの3つのサイクルを繰り返す行為だとしている。

習慣を変えようとするとき重要なのは「キュー」と「リワード」部分は変えずに「ルティーン」を変えることだという。例えば、ストレスを感じると爪を噛む習慣がある人の場合「キュー」はストレスで、「ルティーン」は爪を噛むことで、「リワード」は軽いストレスの解消だ。

この習慣を変えるには、「キュー」と「リワード」部分は変えずに「ルティーン」の爪を噛む行為を、軽く体を動かすなどの別な行動に変えることで、爪を噛む習慣がなくなるという。

また、新たな習慣を作りあげることで、様々な状況が変わっていくという。著者はそのよい例として、アメリカのアルミシートやアルミカバーを作る企業アルコアのことを紹介している。

後に米国財務長官となったポール・オニールがアルコアの最高経営責任者に就任した際に、彼は経営の話などはせずに従業員の安全について語り、アルコアを全米一従業員にとって安全な企業とするという抱負を述べた。

投資家たちは新しい経営責任者はヒッピーのようだとびっくりしたという。彼は、アルコア内で事故などが起こったら、担当の部長は24時間内に自分のところに連絡を取るようにという規則を作った。

この新たな習慣の「キュー」は事故で「ルティーン」は上司への連絡で「リワード」は従業員の安全だ。

この習慣ができると、アルコア組織のコミュニケーションがよくなり、安全のために導入した機械により効率化が図られ、会社をよくするための意見も現場から多く上がってくることになった。

彼が就任しているあいだにアルコアの売上げは15億ドルから230億ドルに上がり、世界最大のアルミニウム企業へと変身を遂げた。

習慣がいかに作られ、いかに変えることができるかのメカニズムをこの本は検証しており、ひとつの習慣が人生だけではなく企業利益にまで影響を与えることを実例として挙げている。

この本は科学に基づいた自己啓発本、あるいは人間行動学のフィールドスタディと言える。自分の生活や企業作りの助けとなる実例が多く載せられているところが興味深い。


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