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2013年02月20日

『Behind the Beautiful Forevers』Katherine Boo(Random House)

Behind the Beautiful Forevers →bookwebで購入

「インドの経済成長の外にいる人々」

 インド、ムンバイ空港に続く道路。その道路に沿ってコンクリートの壁が伸びている。壁には「Beautiful」という文字と「Forever」という文字が交互に続けて描かれている。この道路はインドの経済成長の証であり、道路沿いには豪華なホテルも立ち並んでいる。
 「Beautiful」と「Forever」の文字が並ぶ壁の後ろに、335軒の掘建て小屋が建ち、約3000の人が暮らすスラム街がある。これがアンナワンディ地区だ。

 ワシントンポストの記事でピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト、キャサリン・ブーは、アンナワンディに暮らす人々の生活を3年半かけて1冊の本にまとめた。

 彼女の最初の本となるこの「Behind the Beautiful Forevers」は昨年の全米図書賞を受賞し、ニューヨーク・タイムズやワシントンポストなど多くのメディアから2012年のベストブックの1冊に選ばれた。

 登場するのは学校に通うよりもコーラの缶や金持ちの捨てたリサイクル品を拾い集めるほうに未来があると信じているアブダル。アブダルの家族はヒンドゥー教徒の多いインドのなかで少数派であるイスラム教徒だ。

 そのほかには、アンナワンディで起こる住人間のトラブルを解決し、そこから得た力を使い腐敗した政治を通して豊かな生活に向かおうとするアシャ。

 アシャの娘でこの地区の女性として初の大学卒業を控えているマンジュ。片足の娼婦ファタミ。アブダルの友人でごみ拾いのスニル。

 物語はこれらの登場人物の家族やその生活を描いているが、中心となる事件はアブダルの家族が台所の改築工事を始めることからで起こる。アブダルは優秀なリサイクル品回収者で、ほかの家では得られない収入があった。台所の改築は近所のねたみを買った。特に隣に住むファタミは壁を隣り合わせにしているので大声で文句をつけた。言い争いは激しくなり、最後にファタミが自らに灯油をかけ火をつけてしまう。

 ファタミは病院に運ばれる(この病院もかなり酷い病院だ)。ここからアンナワンディを取り巻く状況が浮き彫りになってくる。まず、アシャがファタミとその家族を黙らせてやると言ってきて金を要求する。この事件は警察沙汰にもなるが、調査を任された巡査が、不利な報告をされたくなければ金をよこせと言ってくる。巡査とアシャは、問題を解決させないためにファタミに自分が火をつけたのは、アブダルたちに暴力をふるわれたせいだという証言をさせる。問題が大きくなればそれだけ自分のところに入ってくる金が増える可能性があるからだ。

 警察はアブダル、父親のカラム、姉ケーカシャンを捕まえる。アブダルの母親はアブダルが未成年(実際には何歳かは分からない)であることを証明するためにお金を払い学校に証明書を発行してもらい、警官のひとりに賄賂をつかませる。

 母親は限られたお金を誰に使うかを判断しなくてはならない。アシャか巡査か、それとも弁護士か。この事件は裁判で争われるが、裁判長はもちろん、証人、弁護士、検察官のすべてが腐敗し機能を果さない司法制度のなかで展開される。

 そして、インドの経済成長に乗り遅れたアンナワンディの住人たちの処遇や運命を気遣う人々はいない。全てが狭い世界での話しだが、この不条理のなかでの生活も現実だ。

 社会の一部を虫眼鏡を使って見せてくれたような優れたノンフィクションだった。


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2013年02月10日

『The Body Artist 』Don DeLillo(Scribner)

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「シュールで幻想的な作品」


 現代のアメリカ文学を代表する作家のひとりドン・デリーロ。彼の著作には『White Noise』や『Underworld』など有名な作品があるが、今回読んだのは『The Body Artist』。

 『The Body Artist』はシュール・リアリスティックで幻想的、文章は美しいが甘さはない作品だ。

 物語はローレンというボディ・アーティストと夫のレイの日常の場面から始まる。ふたりの交わす会話は少しちぐはぐな感じだ。

 第一章の終わりにきて、レイがいきなり前の妻の家で自殺をしてしまう。その事実があまりに突然書かれているので、僕はあわててそれまでの25ページを読み直した。どこかにレイの自殺を匂わす文章が読み取れないか、もう一度読まずにはいられなかったのだ。

 そいえば以前にも同じように、あわてて読み返した物語があった。それはヘミングウエイの『The Snows of Kilimanjaro』。『The Snows of Kilimanjaro』の最後の数ページは、本当に美しかった。

 ヘミングウエイの作品は愛する男の死が最後に用意されていたが、デリーロのこの作品は夫の死がまず最初に訪れる。

 ローレンは夫の死後、借りたばかり家のなかでひとりの男を発見する。以前からこの家のどこかに隠れていたようだ。その男は知恵遅れなのか、何を聞いてもまともな返事が戻ってこない。彼を精神病院に連れていこうかと考えているうちに、男が突然彼女と同じ声の調子で話しだす。

 そして、数日後にはレイの声とレイの口調が男の口から発せられる。しかし、レイの話し方になるのはほんの一瞬で、男は再び要領を得ない会話に戻ってしまう。ローレンはレイがこの男の意識のなかに存在しているのではなかろうかと考える。

 これは一種のゴースト・ストリーなのだろうかと僕は思った。デリーロの描きだす男は掴みどころがなく、ローレンの見ているものはレイの幽霊ではないかと思ってしまったのだ。デリーロは、何故男がレイの声で話をするのかはっきりさせないまま、さらに物語を進める。

 ローレンはテープレコーダーを常に持ち歩き、ふたりの会話を録音するようになる。

 僕は、ここでもう一度、男の出現からテープレコーダーのくだりまで読み返した。何かがおかしい。デリーロの作り上げる文章には何かが潜んでいるような気がしたのだ。読み返したがそこに何が潜んでいるかは、はっきりとは掴めなかった。

 ローレンは、ボディ・アーティストのパフォーマンスをボストンで開く。彼女のボディ・アートとは入れ墨の極端な形として、腕を銃で打ち抜いたり、女性の性器で絵画を描いたりというものだ。

 このパフォーマンスの章を境に、物語はさらに現実と意識の領域が薄くなってくる。

 ローレンの見ているものは本当の人間なのだろうか、それともレイのゴーストなのか。そのどちらでもなく、ローレンが自分の意識のかで勝手に作り上げたものなのか。ローレンの意識とレイの意識、過去と現在の時間の流れが渾沌としてくる。

 僕は最後の数ページをもう一度読みかえした。

 彼女がたどり着く場所は、彼女自身の死か狂気の世界か。日にちを置いて、もう一回読んでみたくなる作品だった。


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2013年02月01日

『 California Fire and Life』Don Winslow(Vintage Books)

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「放火調査官が活躍するサスペンス」

 アメリカの人気作家ドン・ウィンズロウのサスペンス『California Fire and Life』は、カリフォルニア州オレンジ郡を舞台とした作品だ。
 ウィンズロウは、53年にニューヨークで生まれた。ネブラスカ州の大学に入り、3年生の時に南アフリカに行き、ケープタウン大学の研究員兼フリーランスのレポーターとして暮らすが、南アフリカ最大の黒人居住区であるソウェイトで教室を運営するためにアメリカで集められた資金を運搬する役目も果した。

当時、この資金提供は南アフリカ政府により禁じられていた。つまり、彼はお金の密輸入をしたのだ。そのために逮捕されアフリカを去らなければならなかった。そしてアイダホ州で近所の人々にサラダ・ドレッシングを運ぶ仕事に就き、その後ニューヨークの映画館で働く。

 映画館では、不正を働いている上司を告発し、職場を去ることになる。次に彼は、盗難事件のおとり捜査官として雇われる。ウィンズロウはこれをきっかけに捜査官として働きだし、ロンドンやアムステルダムで仕事をした。そして大学院を卒業し、ケニアのサファリツアーを販売したり、アフリカにいるアメリカ人高校生の教育プログラムを作ったりしたが、最終的にはロサンゼルスで放火の調査官として長年働くことになる。

 『California Fire and Life』は、ウィンズロウのこの放火調査官の経験が活かされた作品となっている。主人公のジャックはカリフォルニア州にある災害保険会社の放火調査官。オレンジ郡にある家で火事が起こり、そこに住む女性パメラが焼死する。警察は、酒に酔ったパメラの火の不始末が原因と断定するが、ジャックは放火の疑いを持つ。死んだパメラが、ジャックのガールフレンドであるレティの父親の違う妹であったことから、ジャックはさらに真剣に調査を進める。

 旧ソ連出身でKGBと関係がある、パメラの夫ニッキー、カリフォルニアに暗躍するロシア人やくざとベトナム・ギャング。物語は、ギャングの殺人事件をからめながら保険会社幹部ぐるみの保険金詐欺事件となる。調査は、すべて犯人たちにつつ抜けとなり、ジャックは絶対絶命の窮地に立たされる。

 正確な描写と、凝った筋が冴える最後まではらはらどきどきのサスペンスだ。 


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