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2012年12月18日

『Tepper Isn't Going Out』Calvin Trillin(Random House)

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「ニューヨークの駐車スポットを題材にした小説」


 ニューヨークに住んで、もう15年近く車を持たない生活をしている。しかし、最初の1年目だけ僕は車を持っていた。アメリカで車のない生活は考えられないので、その前に住んでいたロサンゼルスからわざわざ引っ張ってきた車だった。

 ニューヨークの車のある生活で一番大変だったのが駐車スポット探しだった。

 よい駐車スポットに車を止められた時など、次の苦労を考えるともう絶対に車を動かしたくない気分になる。そんな時にデートをすると、究極の選択を迫られることになる。相手の女性を車で送り届けるか、それとも地下鉄で帰ってもらうか。車で送り届けた方が心証はいいし、今後の交際の進展にも影響をおよぼすだろう。しかし、送り届けた帰りにはもう今いるよい駐車スポットを失う。それは財産を失うような気分だった。

 本当に気に入っている女性の時だけ車を駐車スポットから出し、きちんと送り届けるという結果になる。

 車を持つニューヨーカーにとって駐車スポットは自分を知るリトマス試験紙にもなる。

 駐車スポットを題材にしたカルヴィン・トリリンの小説『Tepper Isn't Going Out』は、こんな特殊な状況を知るニューヨーカーでなければ書けない小説だ。

 主人公のマレイ・テッパーはニューヨークに住む中年男。彼はメーターにコインを入れ、車のなかでニューヨーク・ポスト紙を読む。駐車スポットを探している人に車のなかから「もうすぐ出るのか?」と聞かれても、立てた人さし指を振るだけでただ新聞を読み続ける。「合法的な場所に駐車し、まだ時間も残っているので駐車する」というのが彼の言い分だ。

 声をかけた人々は「そこに住んでいるのか」「新聞などは家で読め」と怒るが、そんな奴らを無視するのもテッパーのやり方だ。

 著者のカルヴィンは、長く『ニューヨーカー』誌のスタッフ・ライターを務めている。彼は、かつて『ビューティフル・スポット:マガジン・オブ・パーキング(美しいスポット:駐車場の雑誌)』という創刊号だけが出た雑誌を発行している。ニューヨークの駐車状況を題材とした小説を書く人物だけのことはある。

 物語は、「秩序を乱す異端分子」との戦いを宣言するニューヨーク市長がテッパーを相手取り裁判を起こす。しかし、市民はテッパーが何か自分たちには図り知れない英知の持ち主と思い込み、全面的にテッパーの味方となる。裁判所の前でデモを繰り広げ、テッパーの車の前に行列を作りテッパーと話す機会を得ようとする。

 ニューヨーク流の乾いたユーモアがちらばめられたこの本は、清涼飲料のような口当たりのよさと軽快な刺激が楽しめる。213ページという短い作品なので、気軽に読める一冊だ。

 ところで、秦隆司のメールマガジン「ニューヨーク発:秦隆司のアメリカ出版界と洋書、そして英語の話」が始まりました。毎週金曜日にお届け致します。ご興味のある方はhttp://www.mag2.com/m/0001584287.htmlからどうぞ。


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2012年12月04日

『The Dogs of Babel』Carolyn Parkhurst(Back Bay Books)

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「愛する人を失った悲しみを乗り越えようようとする物語」

 アメリカに住んでいてこんな話を聞いたことがある。犬を飼っていた家族が引っ越しをすることになり、犬を連れて車で引っ越しをした。しかし、途中の休憩所で犬が他の犬と喧嘩をし、そのまま行方不明になってしまった。家族は犬を探したが結局みつからず、あきらめてその場を離れた。家族が新しい家に住みだして2年後、その犬が突然帰ってきたという。
 確か、新聞で読んだ話だったが、その記事を読んで、もしその犬が飼い主を見つけるまでの放浪記をかけたなら、きっと面白い物語になるだろうと思った。

 インタビューを申し込んで「あの時はどんなだったんだい」などと質問をしてみたい。「そう、あれは大変だったんだ。まず気がついてみたら俺は知らない町にいたんだ」なんていう話がその犬から聞ければ最高だ。
 
 今回読んだ『The Dogs of Babel』にも犬を飼ってる夫婦が登場する。キャロライン・パークハーストのデビュー作のこの小説は『ピープル』誌、『タイム』誌、『エスクァイアー』誌、『マリ・クレール』誌など数多くの雑誌で取り上げられた。

 内容を少し紹介すると、主人公は大学で言語学を教えるポールという離婚歴のある男性。彼が大学にいるあいだに妻のレキシーが裏庭に植えてあった高い林檎の木から落ちて死んでしまう。

 ポールは妻がなぜ林檎の木などに登ったのか分からない。レキシーの死は事故なのか、それとも自殺なのか。そのことを知る唯一の証人は、レキシーがポールと結婚する以前から飼っていた犬のロレリーだけだ。

 妻を失った悲しみと、真実を知りたいという思いからポールはロレリーに人の言葉を教えようと決心する。そうすれば、ロレリーから妻の最後の時間の様子を聞くことができるとポールは思う。

 ここからポールの回想という形式で、彼とレキシーの出会い、レキシーの心のなかに潜む自己への恐れ、ロレリーの子犬時代の話などが語られる。

 この物語を読みだしてすぐに読者はレキシーが仮面を作ることを職業としていたことを知る。レキシーの仮面作りは物語のなかの重要メタファーとなっていて、夫のポールにも自分の本当の気持ちを語らない彼女の姿が印象的に浮かび上がる。

 彼女は最後まで仮面を脱ぐことなく死んでいってしまったのか。それとも、彼女の最後のメッセージはポールが気を付けて探せばどこかに隠されているのだろうか。ポールのロレリーに人の言葉をしゃべらようとする脅迫観念は、犬の口の部分に手術を施す秘密結社との関係を作りだし物語は少し暗さを増していく。

 愛する人を失った悲しみと、その悲しみを乗り越えるまでの人の心の動きをテーマとした小説だ。


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