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2012年08月28日

『Havana Bay 』Martin Cruz Smith(Ballantine Books)

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「キューバを舞台として読み応えのあるスリラー」


 今回読んだ「Havana Bay」は「Gorky Park」」や「Polar Star」などに続きロシア人調査官、アルカディ・レンコが登場するマーティン・クルーズ・スミスの作品。旧ソ連の影響力が弱くなったキューバが舞台となっている。

 著者のマーティン・クルーズ・スミスは1942年にペンシルバニア州で生まれた。父親はジャズ・ミュージシャンで母親はアメリカ・インディアンの血をひくジャズ・シンガーだった。

 64年にペンシルバニア大学を卒業してジャーナリストになったが収入は少なく、雑誌の編集者になった時などは、偽名で記事を書き、その記事を自分で買い上げることなどもしていたという。

また、ジャック・ローガン、ニック・カーター、マーティン・クインなどの名前を使い小説を書いていた。

 70年代初めから本名で小説を書きだし、81年に出版した「Gorky Park」がベストセラーとなり、映画にもなりこの映画もヒット作となった。

 今回の作品を仕上げるにあたり、著者は五回ほどキューバへ取材旅行に出かけ、書き初めから完成までに3年の時を費やしたという。

 内容の方だが、モスクワに住む主人公が、ハバナ・ベイで死体で発見された友人の身元確認のためにキューバを訪れる。しかし、死体は腐敗がひどく、主人公はそれが本当に友人であるか分からず確認を拒否する。そして、その友人が移っていた一枚の写真が原因で、正当防衛の殺人を犯してしまう。主人公は、ハバナの街で自ら友人の形跡を追い、さらに大きな陰謀に巻き込まれていく。

 物語には、キューバに大きなカジノを作ろうとするごろつきアメリカ人や、キューバからの脱出を願うダンサー、魅力的な女性捜査官などが登場する。

 最後までどんな陰謀が待ち構えているのか分からず、大きなどんでん返しも用意されているスリラー作品は読み応えのあるものだった。


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2012年08月14日

『A Farewell to Arms : The Hemingway Library Edition』Ernest Hemingway, Patrick Hemingway(前書き), Sean Hemingway (インロダクション)(Scribner)

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「ヘミングウェイが考えた違ったエンディングが読めるエディション」


出版社スクリブナーの編集者チャールズ・スクリブナー3世にヘミングウェイについて話を聞いたことがある。

チャールズ・スクリブナー3世は名前の通りはスクリブナー社を創設したチャールズ・スクリブナーの子孫である(スクリブナー家は男子に代々同じ名前をつけている)。スクリブナー社はスコット・フィッツジェラルドの作品も出版してきた出版社なので、チャールズ・スクリブナー3世の話はとても興味深かった。

そのインタビューの収録された電子書籍はここから(http://binb-store.com/ss/abj/)。

そして数日前、ヘミングウェイの「A Farewell to Arms(武器よさらば)」の新たな版(エディション)「ザ・ヘミングウェイ・ライブラリー・エディション」が出版されたニュースを読んだ。

1958年、ヘミングウェイはパリ・レビュー誌のインタビューに答え「武器よさらば」のエンディングを39本書いたと答えている。

このライブラリー・エディションにはヘミングウェイの息子であるパトリック・ヘミングウェイが前書きを書き、孫でニューヨークMOMAのキューレターであるショーン・ヘミングウェイがイントロダクションを書いている。

ヘミングウェイの「武器よさらば」の原稿はボストンのジョン・F・ケネディ・プレジデンシャル図書館に保管されているが、ショーン・ヘミングウェイは祖父が言う39本よりももっと多い47本のエンディングを見つけた。

その全てのエンディグがこのライブラリー・エディションには収められている。

ヘミングウェイがおこなった本文の推敲原稿も収められているが、興味深かったのはやはり47本の違ったエンディング原稿だった。

The Nada Ending(なにも無いエンディング)と呼ばれるエンディングは:

「That is all there is to the story. Catherine died and you will die and I will die and that is all I can promise you.」と身も蓋もないようなものになっている。

また、フィッツジェラルドが勧めたと言われるThe Fitzgerald Ending(フィッツジェラルド・エンディング)では:

「You learn a few things as you go along and one of that the world breaks everyone and afterward many are strong at the broken places. Those it does not break it kills. It kills the very good and very gentle and the very brave impartially. If you are none of those you can be sure it will kill you too but there will be no special hurry.」となっている。

最終的にヘミングウェイが選んだエンディングは感情を抑えたクールなエンディングだったが、彼は希望を持たせるような終わり方も考えていた。

The Morning-After Ending(一夜明けたエンディング)では:

「 When I woke the sun was coming in the open window and I smelled the spring morning after the rain and there was a moment, probably it was only a second, before I realized what it was that had happened.」となっている。このエンディグは作品の印象さえも変えてしまうようなエンディングだ。

このライブラリー・エディションには「A Farewell to Arms」の他に考えられた43個の違ったタイトル候補も収められている。

その中にはThe Italian Journal、Thing that had been、As Other Areなど、よいと思われるものもあった。

1929年に出版されたオリジナルの表紙がつけられ、消し込みや推敲の跡が分かるたこの「武器よさらば」のライブラリー・エディションはヘミングウェイを身近に感じられる一冊だ。


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2012年08月04日

『Bitch』Elizabeth Wurtzel(Anchor Books)

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「バッドガールの作り方」


 ニューヨークを捨ててサンフランシスコに帰ってしまったカメラマンが、僕にこう言ったことがある。

 「新しい社会への反抗の仕方を考え付いた奴は、すごい金持ちになるよ」

 そのカメラマンはバロウズやギンズバーグなどのビートニクたちを撮ってきた男で、パンク(つまりイギリスのセックス・ピストルズ)以降、社会に「反抗」にする新しいスタイルが生まれていないというのだ。

 なるほど、と僕は思った。確かに、「反抗」の新たなスタイルを築き上げた者はお金が流れ込んでいくだろう。

 しかし、考えてみればビートニク、ロスト・ジェネレーション、パンクなどは男の「反抗」の仕方で、女性の「反抗」の形態は六〇年代の中で現れたフェミニズムくらいしかないといっても間違いではなさそうだ。「Ms」を創刊させたグロリア・スタイナムだってもうだいぶ歳をとっているし、女性からの新しい声が上がっても不思議はない。

 しかし、90年代のポッ・カルチャーの落とし子ともいえるエリザベス・ウォーツェルの 「Bitch」を読んで、女性の新たな「反抗」のスタイルはまだ誕生していないと思った。

 同書の大きなテーマは「女性として、この世のばかばかしさの中で犬死にしないためにはどうしたらよいか」というものだ。

 ウォーツェルはポップ・カルチャーの住人やアメリカを騒がしたニュースなどから題材を取り上げ彼女なりに分析し、先ほどのテーマに答えを出していく。

 しかしウォーツェルの出す答えは「何をしたらよいか」というものより「何を避けるべきか」に焦点が当てられている。例えば、交際していた男の妻を銃で撃ったロング・アイランドの少女、エイミー・フィッシャーの例をあげ「女はセックスだけを武器にするべきではない」といい、ヘミングウェイの孫娘、マーゴ・ヘミングウェイの自殺を取り上げ「美しさだけに頼るべきではない」と語る。

 その他、富、権力、名声、暴力などとどう自分を関わらせていくか、というよりどう関わるべきではないかを述べている。そして、女性を取り巻く社会的状況は決していいものではないことも様々な事象を取り上げ語っている。

 自由を得たいならビッチ、つまり悪い女、言いなりにならない女、生意気な女、になるしか方法がないというのがウォーツェルのひとつの答えだが、同書はその選択の難しさ、落とし穴の多さを知らせてくれる。

 しかし、具体的にビッチになるにはどうしたらよいか、という問の答えははっきりとは示されていない。というより、その選択の難しさにウォーツェル自身も答えを探しているようだ。


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