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2012年07月26日

『True Prep 』Lisa Birnbach(Alfred A. Knopf)

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「新たなプレッピーのハンドブック」

1980年。ニューヨークでプレッピー・ファッションが流行しだした頃、僕はマサチューセッツ州ボストンで大学生をやっていた。81年にはハーバード大学でサマーコースを取り、ハーバード・スクエアーにあったJ・Pressの店を覗いた。確かその夏の記念として、J・Pressでシャツだかジャケットだかを買った記憶がある。
80年代はプレッピー、ヤッピー、ディンクスなどの言葉が普通の人々の間でも聞かれ出した時代だった。当時、僕は気がつかなかったが80年にプッレピーのガイドブックといえる「The Official Preppy Handbook」なる本が出版された。

日本でもバブルの時代と共にプレッピー・ファッションが流行した。そして、「The Official Preppy Handbook」は日本語の翻訳版が出て、日本でも売れた。今、古本でこの本を探すと日本語版でも原書でも結構値段が高い。僕はこの本を読んだことがないが、30年の時を経て出版された続編「True Prep」は買った。

ボストンで大学生をやったお陰で、今もファッションはアイビー/プレッピーが好きだ。80年代当時はプレッピー・ファッションの対抗軸としてヨーロピアンのファッションがあったようだが、2012年の現在はその対抗軸がヒップ・ホップ・ファッションとなっている気がする。

今回読んだこの本のなかに「The best fashion statement is no fashion statement(最良のファッション・ステートメントは、なんのファッション・ステートメントも持たないこと)」という一文を見つけ、そうだな〜と納得した。

本はプレッピー・ファッションをこのように定義している。

プレッピーのファッションは:
*下着は見せない。パンツは上げる。ベルトを使う。
*スローガンの書かれたTシャツは着ない。
*ファッションに偏執狂的にならない。夏には白ものを多く着て、その白ものにしみがあってはならない。
*サスペンダーはボタン式もので、クリップ止めのものは使わない。
*男性が間違ってレザーのサンダルを買った場合は寄付に回すこと。
*男性の装身具は質の良い時計と結婚指輪だけ。
*蝶ネクタイを結べるようになり、取り付け式の蝶ネクタイはしない。
*ロゴを目立たせるファッションは、着ている人間の自信のなさの現れ。

しかし、プレッピーはファッションだけではなく、ライフスタイルだとも言える。80年代は、プレッピーと言うといわゆるWASP(アングロサクソン系のプロテスタントの白人)たちのことを指したが、2012年の現在、プレッピーは人種を超えて存在している(オバマ大統領はプレッピーだ)。

プレッピーのライフスタイルはいわゆる「コンフォタブル(心地好い生活)」だが、決して成金趣味ではない。

例えば、バケーションにおいてプレッピーはファーストクラスでは飛ばず、マイレージ・ポイントを出来るだけ活用する。飛行機はコーチ・クラスを選ぶが、ホテルは有名なホテルに泊まる。バケーションの時のランチではお酒を飲むのが「義務」であり、午後に歩き回ることでその酔いをさます。

しかし、プレッピーが絶対に譲れないものがある。それは、アメリカでの私学での教育。アメリカの有名私学に子供を通わせるのは年間4万ドルほどの費用がかかるが、お金をかける価値は充分あるという。

その学校の名簿や学校の歴史に母親、父親、親戚の名前が登場するとこで自覚が芽生え、同じプレッピーの友人たちや、優れた教師たちに出会うことができる。

プレッピーという言葉は「プレパトラリー・スクール(名門私立学校)」からきているので、やはり名門私立での体験が基礎になるようだ。

アメリカの有名私学にいかなくとも、プレッピー・ファッションやプレッピー的な生き方は出来る訳で、プレッピー的な価値観を知るためにも「True Prep」はよい本だ。


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2012年07月20日

『The Traveler』John Twelve Hawks(Vintage Books)

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「果てしなく続く「善」と「悪」との戦い」

 アイザック・ニュートン、イエス・キリスト、ジャンヌ・ダルクなど人類の歴史を大きく変えた人物たち。彼らはみんなトラベラーだった。
 スリラー作家ジョン・トェルブ・ホークスの『Traveler』(トラベラー3部作の第1作目となる)は果てしなく続いてきた「善」と「悪」の戦いをテーマのひとつとに据えて、その戦いをSF、サイコスリラー、アドヴェンチャーの手法を用いて描いた大型娯楽作品だ。ストーリーの展開は、日本でも人気となった『ダ・ヴィンチ・コード』と超人気映画『スターワーズ』を合わせたような感じだ。

 主人公となるのはロンドンに住む26歳の女性マヤ。彼女はハーレークィン一族の血を受けついでいる。

 ハーレークィンは、自分の命もかえりみず代々トラベラーたちを守ってきた戦士の家系で、マヤも子供の頃から父親にハーレークィンとしての戦う術を伝授されてきた。

 一方、すべての人間をコントロールし、絶対的権力を手中に収めようとしてきたのがタビュラと呼ばれる一族。デジタル化が進んだ世界では、インターネットやGPSのテクノロジーを通じて個人の情報が簡単に手に入り、偽の情報を流すことも容易だ。タビュラは人々を監視し、情報操作を思いのままにすることでその権力を手に入れようとしている。つまり、目には見えないテクノロジーの柵を作り、その中で人間を羊のように飼いならそうとしているのだ。

 しかし、トラベラーと呼ばれる一握りの人間は、肉体を地球に残したまま魂をほかの次元を自由に移動させる能力を備えている。その魂の「旅」から得た英知は、これまでも人類の大きな力となってきた。
  
 タビュラにとって、人類を発展させ人間性を呼び起こさせるトラベラーは危険な存在だ。そのため、タビュラはトラベラーをこの世から抹殺してきた。この戦いの歴史のなかで、トラベラーを守る戦士ハーレークィンも数多く命を落とした。

 もうすべてのトラベラーが殺されてしまったとされていたが、アメリカにトラベラーの血を受け継ぐふたりの兄弟がいることが分かる。ハーレークィンとしての身分を捨てて、普通の女性として暮らしていたマヤは、最後のトラベラーを守るためにアメリカに向かう。

 物語は、素早く展開し、コンピューターゲームを思わせるバトルシーンも数多く登場する。また、数々の武器も登場するなかで、マヤが一番頼りとするのは刀であり、トラベラーと共に次元を移動できる武器もやはり刀である。本を読むだけで、ハリウッドの映画を観ているような娯楽性に溢れた作品だ。

 なお、トゥエルブ・ホークスという著者名はもちろんペン・ネームで、この著者はこれまでインタビューを一度も受けたことがないという謎の人物だ。


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2012年07月01日

『Up in the Old Hotel and Other Stories 』Joseph Mitchell(Vintage Books)

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「ジョゼフ・ミッチェルのニューヨーク」


 グリニッチ・ビレッジにも夏が来たようだ。ワシントン・スクエアの真ん中にある噴水にも水が張られた。ストリート・パフォーマーたちも戻ってきた。

 平日の午前中のワシントン・スクエア。平日でも人は多い。(こんな時間にブラブラしていて、一体この人たちは働かなくてもいいのだろうか)。自分のことを差しおいてそんなことを考える。この公園の常連であるサミュエルと今年も会うことができた。サミュエルは作家を目指している。

 「苦しい生活の体験談をいつかハリウッドが買ってくれないかな」

 去年の秋、最初の冷たい雨が降った日に近くのカフェでサミュエルはそう呟いた。一杯のコーヒーは僕からのその年、最後のプレゼントだった。

 今年も昼間からワシントン・スクエアのベンチに座っているところをみると、ハリウッドからの誘いはまだきていないようだ。サミュエルは疲れているようにみえた。

 サミュエルと別れて立ち寄ったセント・マークス・ブックスでジョゼフ・ミッチェルの『Up in the Old Hotel』を見つけた。ジョゼフ・ミッチェルは1908年7月27日にノースカロライナ州で生まれた。1929年、当時発行されていた『The New York Herald Tribune』に自分のコラムを載せて以来、30年代から60年代半ばまでニューヨーカー誌にコラムを書いた。

 本書はそのコラムの集大成といってもいいだろう。全ての作品は最初にニューヨーカー誌に掲載されたものだ。ミッチェルはジャーナリストとして高い評価を得た。ゲイ・タリーズなども好きな作家としてミッチェルの名前を真っ先に挙げている。

 ミッチェルは映画俳優や財界の要人などのレポートは避け、代わりにニューヨークのじゃま者たちに光を当てた。酔っ払い、挫折した者、詐欺師、それに街に生息するゴキブリや鼠などを題材にコラムを書き続けたのだ。ミッチェルの作品はニューヨーカー誌のライターたちからも最高の作品と評価されている。

 ミッチェルは60年代半ばから、ニューヨーカー誌の自分のオフィスにこもり、人に聞かれると「今、書きかけのものがある」といいつつも何も書かなかった。

 1964年の記事を最後に彼の署名記事はニューヨーカー誌に二度と現れなかった。1996年5月、87歳でこの世を去った。死んだ場所はマンハッタンだった。

 僕は本を持ってワシントン・スクエアに戻った。サミュエルの姿はもうなかった。噴水の側に座り、昼間に仕事をしない人々を見ながら、ミッチェルのコラムを読んだ。夏の光が公園に溢れていた。


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