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2012年05月07日

『The Decoy』Tony Storng(Transworld Publishers)

The Decoy

「人間の精神の暗い部分に光をあてたサイコスリラー」


 誰もがみかけとは違う人間性を内に秘めている。イギリスのサイコスリラー作家トニー・ストロングの最新作『The Decoy』。この作品を貫くテーマはこんな言葉であらわせるだろう。別の言葉を使うとすれば「あざむき」だ。題名に使われているDecoyとは「獲物をおびき寄せるおとり」という意味だ。

 物語の主人公は、イギリスからニューヨークに移ってきたばかりの若き女優のたまごであるクレア。彼女にはアメリカの永住権がなく、大きな会社の仕事をすることができない。俳優仲間のつてを使いやっと見つけた仕事は、私立探偵事務所の助手として自分がおとりとなり、依頼人の夫を誘い浮気の事実を証明するというものだった。

 クレアの仕掛けた罠に次々と男たちははまっていくが、唯一クリスチャン・ヴォルガーという男だけがクレアの誘いにのらなかった。

 クレアがクリチャンを誘った数週間後に、クリスチャンの妻ステラが殺されてしまう。その残虐な手口から、警察は連続殺人犯の犯行と確信する。警察は女優としての研修を積んだクレアをみつけ、犯人を誘いだすおとりにならないかともちかける。ニューヨークでまともな仕事につけないクレアは給料と永住権を条件にその危険な仕事を引き受ける。

 この大きな出だしの設定から、物語は暗さを増していく。著者はボードレールの『悪の華』をモチーフとして、精神の邪悪さのなかに美を見いだす喜びを描く。

 クレアは犯人をおびきだすために倒錯した性の世界に足を踏み入れ、インターネットのセックスサイトの会員となり、自分を服従させてくれる男を探す。犯人は、そんな性向を持つ男のひとりだ。

 犯人が誰かを推理する楽しさのほかに、登場人物の行動によって多くの場面が展開していく面白さがこの作品にはある。文章を読んでも、登場人物たちの真意はどこにあるのかはっきりとしないのだ。読者にはひとりひとりのその場の行動だけが明かされ、その人物が何を考えているのか、何者なのかは不確かなままだ。つまり、読者もおとりにおびき寄せられる獲物なのだ。

 トニー・ストロングはこの作品のプロットを練りあげるのに半年を費やしたとインタビューで答えている。映画を意識して、ヴィジュアルによる効果も考慮している。

 犯人逮捕の前、クレアはウェブで公開殺人を計画する殺人者に捕えられてしまう。この事件が解決したのちの最終ページで、大きなどんでん返しが待ち受けている。

 精神の暗い部分に光をあて、サブプロットとして、倒錯したセックスはもちろん法医学や犯罪精神分析の分野まで踏み込んだ作品は、なかなか読み応えのあるものだった。明るい愛の話ではないが、これも人間の持っている一面を映しだした作品だろう。


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