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2012年05月28日

『 A Natural Woman』Carole King(Grand Central)

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「キャロル・キングの心温まる自伝」

 
 ポップ歌手キャロル・キングが生まれたのは1942年2月。2012年の今年彼女は70歳だ。

 60年代、70年代に青春を過ごした人のなかには、キャロル・キングのアルバム「つづれおり」から聞こえてくるメロディと彼女の声に自分の夢が詰まっていると感じた者も多いだろう。キャロル・キングの歌声には「優しさ、率直さ」があった。

 70歳になるまで自伝をださなかったのが不思議なくらい、キャロル・キングはポップ界に大きな影響を与えた女性だ。

 彼女は小さい頃から才能に恵まれていたようで、2年飛び級をしている。高校の時には仲間とバンドを作り、作詞、作曲、アレンジを担当した。バンド名は「コサインズ」。数学嫌いの僕としては頭が痛くなるような名前だ。

そして、15歳の時に飛び込みでABC-パラマウントに行き、レコーディング契約を結んだ。彼女はそれが「ただそうなった」というふうに書いているが、そんなことはないだろう。この本全編を通じて、キングは自分の音楽界の成功は「ただそういうことが起こった」という調子で書いている。

 16歳で大学に入ったキングは18歳で長女を出産。同じ18歳で大ヒット曲となった「ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミー・トゥモロー」、20歳の時にはリトル・エヴァが歌い全米第1位となった「ロコモーション」を書いている。
そしてタイトルとなっている「ナチュラル・ウーマン」はアトランティック・レコードから頼まれて、アレサ・フランクリンのために夫のゲリーと書いた曲だ。ふたりはこの曲を一晩で書いている。その後、アイドル・グループ、ザ・モンキーズに多くの曲を書くのだが、彼女がずっと避けていたのは自身がスターになることだった。

 しかし、ジェームス・テーラーたちと出会い、自分自身で歌い出し「つづれおり」で4つのグラミー賞を獲得する。この授賞式に彼女は出席していない。その理由は「会場がニューヨークで自分の家族と一緒にカリフォルニアに居たかったから」というだけ。グラミー賞獲得に関してはこの記述だけで終わっている。
この本のもうひとつの大きなテーマは彼女が関わった男たちのことだ。彼女は4回結婚をしていて、本のなかで3番目の夫から暴力を受けていたことを告白している。

 そして、暴力を受けながらもその男のそばを離れなかった自分を語っている。
優しく、素直で、率直で、強くもあり、弱くもある。この本で読者は「つづれおり」の歌声のようなキャロル・キングに再び会うことができる。
 


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2012年05月20日

『The Bluest Eye』Toni Morrison(Vintage Books)

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「トニ・モリソンの最初の小説」

  
 アメリカの都市に住む黒人と、田舎で暮らす黒人の違いに気が付いたのは、ミシシッピ州オックスフォードの町に行った時だった。ニューヨークやロサンゼルスで会う黒人のなかには、いわゆる「ギャングスタ」と呼ばれる暴力と麻薬の匂いがする人々がいた。夜中に道で出会ったりすると少し怖い気がしたことも確かにあった。

 ところが、オックスフォードで会った黒人の人々は、物腰が柔らかく、言葉づかいも(南部特有の訛りはあったけれど)丁寧だった。ふ~ん。土地が変わると人も変わるんだと僕は思った。

 1993年にノーベル文学賞を受賞したトニ・モリソンの処女小説『The Bluest Eye』には、そんな田舎町で暮らす黒人たちが登場する。
  
 本書は1970年に出版されたが、93年にハードカバーがランダムハウスより、そしてペーパーバックがペンギン社のインプリントであるプラムより再発行された。再発行されるとすぐに『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラー・リストに入り、オンライン書店のアマゾン・コムでも売り上げ第三位に入った。

 物語は、11歳になる黒人の少女ピコラとその家族の様子が描かれる。ピコラは父親に犯され、その子供は生まれてすぐに死んでしまう。少女は精神に異常をきたし町の外れでゴミ箱などをあさり細々と暮らしていくというものだ。子供を生む前に、ピコラは自分の瞳の色が世界中で一番真青だったいいのにと願う。瞳が青く、髪が金色なら(つまり白人だったら)自分の醜さが消えて誰もに愛されると想像する。

 本書を読むと、どこかの小さな田舎町に伝わる怖い民謡でも聞かされているような気分になる。

 「昔、少女がひとりいたとさ。青い目を欲しがっていつも泣いていたとさ。おっとつあんの子供を身篭もって、頭がおかしくなったとさ。昔、少女がひとりいたとさ。青い目を欲しがっていつも泣いていたとさ」というような調子だ。

こういう雰囲気が醸しだされる理由は、ピコラ自身が一人称で語っている章がほとんどないせいだろう。物語りはピコラの友人のナレーション、または三人称の形式で進められていく。読み手はピコラの姿は見えるが、彼女の心の動きを直接には知ることができない。


 主人公ともいえるピコラの声が欠如していることは、モリソン自身も93年に書いた後書きで指摘している。

 読み手は、ピコラの人生を供に生きるのではなく、傍観者としてその生き方を見ることになる。だからといって、読み手の共感を呼ばないわけではく、本書が力に溢れた重要な作品であることは間違いない。モリソン・ファンには必読の書だろう。
 


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2012年05月07日

『The Decoy』Tony Storng(Transworld Publishers)

The Decoy

「人間の精神の暗い部分に光をあてたサイコスリラー」


 誰もがみかけとは違う人間性を内に秘めている。イギリスのサイコスリラー作家トニー・ストロングの最新作『The Decoy』。この作品を貫くテーマはこんな言葉であらわせるだろう。別の言葉を使うとすれば「あざむき」だ。題名に使われているDecoyとは「獲物をおびき寄せるおとり」という意味だ。

 物語の主人公は、イギリスからニューヨークに移ってきたばかりの若き女優のたまごであるクレア。彼女にはアメリカの永住権がなく、大きな会社の仕事をすることができない。俳優仲間のつてを使いやっと見つけた仕事は、私立探偵事務所の助手として自分がおとりとなり、依頼人の夫を誘い浮気の事実を証明するというものだった。

 クレアの仕掛けた罠に次々と男たちははまっていくが、唯一クリスチャン・ヴォルガーという男だけがクレアの誘いにのらなかった。

 クレアがクリチャンを誘った数週間後に、クリスチャンの妻ステラが殺されてしまう。その残虐な手口から、警察は連続殺人犯の犯行と確信する。警察は女優としての研修を積んだクレアをみつけ、犯人を誘いだすおとりにならないかともちかける。ニューヨークでまともな仕事につけないクレアは給料と永住権を条件にその危険な仕事を引き受ける。

 この大きな出だしの設定から、物語は暗さを増していく。著者はボードレールの『悪の華』をモチーフとして、精神の邪悪さのなかに美を見いだす喜びを描く。

 クレアは犯人をおびきだすために倒錯した性の世界に足を踏み入れ、インターネットのセックスサイトの会員となり、自分を服従させてくれる男を探す。犯人は、そんな性向を持つ男のひとりだ。

 犯人が誰かを推理する楽しさのほかに、登場人物の行動によって多くの場面が展開していく面白さがこの作品にはある。文章を読んでも、登場人物たちの真意はどこにあるのかはっきりとしないのだ。読者にはひとりひとりのその場の行動だけが明かされ、その人物が何を考えているのか、何者なのかは不確かなままだ。つまり、読者もおとりにおびき寄せられる獲物なのだ。

 トニー・ストロングはこの作品のプロットを練りあげるのに半年を費やしたとインタビューで答えている。映画を意識して、ヴィジュアルによる効果も考慮している。

 犯人逮捕の前、クレアはウェブで公開殺人を計画する殺人者に捕えられてしまう。この事件が解決したのちの最終ページで、大きなどんでん返しが待ち受けている。

 精神の暗い部分に光をあて、サブプロットとして、倒錯したセックスはもちろん法医学や犯罪精神分析の分野まで踏み込んだ作品は、なかなか読み応えのあるものだった。明るい愛の話ではないが、これも人間の持っている一面を映しだした作品だろう。