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2012年02月27日

『The End of Illness』David B. Agus(Free Press)

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「未来の医療である個別化医療の話」


 僕の人差し指は薬指よりも短い。もし男で、薬指の方が長かったら、その人が前立腺がんにかかる確率は3割り減るという。

 女性の場合、人差し指より長い薬指の持ち主が骨関節症を発症する確率は、短い薬指の持ち主と比べ2倍となるという。
これは、子宮にいたときに受ける高いテストステロンと中指の長さ間の関係があるからだという。

 これは今回読んだ「The End of Illness」に書いてあったことだ。著者は、南カリフォルニア大学で医学を教えるデイビッド・アグス。世界的に有名な腫瘍学の医師だ。彼はまた、個々の特性に合わせた医療である「個別化医療(パーソナライズド・ヘルスケア)」の提唱者でもある。

 この本の冒頭で著者は個別化医療がいかなるものかを説明している。現在の医療は、例えば、関節炎になった場合、その関節炎に利く薬を患者に与える。個別化医療は、その患者の身体をシステムとして見て、そのシステムを直していこうといもの。

 「 今日の医療では『あなたの関節が痛む。その関節炎の助けになるものをあげましょう』ということです。私は、何故かを知りたい。何故、あなたのシステムが関節の痛みを許しているか。そして、そのシステム全体を違う方向に変えていきたい」

 この医療の鍵となるのがプロテオミクスという研究だ。いうなれば人体にあるタンパク質の研究だ。人は異なった時間、組織、環境で異なったタンパク質を作り出す。

 このタンパク質を研究することで、その個人がいかなる状況にあり、その状況下にあるシステムを変えるにはどうするかを解明していこうという医療アプローチだ。この本ではこのアプローチについてや、現在の医療、未来の医療について語られている。

 遺伝子の情報を研究するゲノムは医療の分野で大きな地図を医師たちに与えたが、プロテオミクスは、ある細胞がある条件下に置かれたとき、その細胞内に存在する全タンパク質を研究するもので、それによりさらに詳細な地図を医師たちに与えることになる。

 この本では、著者は最初に述べたような健康についての隠れた事象も上げている。

 例えば、座り続けることは喫煙と同じように身体に悪影響を及ぼすという。座ることは中性脂肪、コレステロール、血糖値、血圧、レプチン(食欲と代謝の調節をおこなうホルモン)に大きな影響を与えるという。

 その結果、テレビやコンピュータの前に6時間以上座っている人は、心臓病で入院するか死に到る確率が2倍になるという。

 未来の医療を思い浮かべながら、今の生活の見直しもでき、科学的にも興味を惹かれる本だった。




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2012年02月17日

『Indecision』Benjamin Kunkel(Random House)

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「優柔不断の現代の若者を描いた作品」

 この小説は、辛口書評家として有名なミチコ・カクタニが『ニューヨーク・タイムズ』紙で、彼女にしては本当に珍しく、ほとんど手放しで褒める書評を載せた作品だ。ニューヨークの作家であるジェイ・マキナニーも同じ『ニューヨーク・タイムズ』紙上でやはりよい書評をこの本のために書いている。
 マキナニーは書評のなかで、彼の知り合いの大御所作家が「20代の作家の作品は読むべきものがない」と言っているが、マキナニー自身はそうは思っておらず、その証明となったのが今回出版された『Indecision』だと語っている。

 作品自体は2000年代半ばに出版されたものだが、今の若者の姿が映し出されている。
 
 タイトルのインディシジョンとは日本語で「優柔不断」という意味だ。主人公のドゥワイトはニューヨークに住む28歳の青年。しかし、彼は3人のルームメートと部屋を借り学生寮生活の続きのような暮らしをしている。仕事も客の苦情に電話で応えるという中途半端なもので、大人にはなり切れていない。

 ドゥワイトの最大の問題は、何に対しても心を決めるられないこと。人生に何を求めるのかという大きな問題はもちろんのこと、いま付き合っているガールフレドと真剣に付き合うべきか、友人たちと今夜でかけるべきか、レストランで何を注文するかさえも決められない。

 彼はその解決法としてコインを投げ、その表裏で物事を決める。「このシステムは統計学上から公平な結果を出せる」と彼は思う。そればかりか、薄っぺらで誰にでも見抜けてしまう自分という存在に神秘的な要素を付け加えることができると思っている。

 裕福な家の子弟が通うプレップ・スクールを卒業したドゥワイトは、自分の家が金持ちであることや、自分が実は月並みな男であることが心に引っかかっている。それに、姉のアリスには姉妹以上の恋心を寄せている。

 ある日、プレップ・スクール時代に憧れていたナターシャから彼女の近況を知らせるEメールが届く。ナターシャはいまエクアドールに居て、ドゥワイトにエクアドールに来るように誘う。ドゥワイトはコインを投げ、ナターシャのもとに向かう。

 プレップ・スクール、ニューヨーク、大人になりきれない主人公などは、当然『ライ麦畑で捕まえて』を思い起こさせるが、『Indecision』はサリンジャーの作品と比べると、ずっとポストモダン、ポスト9・11的な作品だった。感受性の強い若者の、社会的意識の形成過程をコミカルにそうして、ある場面ではサイケデリックに描いた秀作だ。


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