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2012年01月28日

『Nothing : A Portrait of Insomnia』Blake Butler(Perennial )

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「129時間眠れなかった作家の独白」


 以前、僕は明け方4時か5時頃まで起きていて、昼頃目を覚ます生活サイクルを保っていた。机に向かっていると夜中の12時頃から明け方3時頃まで精神的にハイになり、ぐんぐん仕事が進んだ。そのはかどり方に未練があり、なかなかこの変な時間帯の生活を止めることができなかった。

 しかし、それも子供ができて彼が学校に行き出し、朝のスクールバスに乗せなくてはならなくなって変わってしまった。今は夜11時前に寝て、7時過ぎには起きる普通の生活サイクルとなっている。

 寝ることは好きなのであまり睡眠について考えたことはない。それでも、睡眠の途中で目覚めてしまい、それから数時間眠りにつけないことがある。そんな時間、泥の中から水中に浮かんでくる気泡のように、昼間とは違った次元の思考が次々と頭の中に浮かぶ。その思考は、疲れを感じている身体とは関係なく、止めようとしても止めることができない。

 今回読んだのは1979年生まれの作家ブレーク・バトラーの「Nothing」。副題は「A Portrait of Insomnia(不眠症のポートレイト)」となっている。

 バトラーは彼の世代を代表する作家として注目されているが、僕はニューヨーク・タイムズ紙に載った書評を読んでこの本に興味を持った。

 バトラー自身、不眠症に悩まされ、129時間眠れなかった経験を持つ。彼の眠りに対する考えや、眠れない時に頭のなかにどんな考えが浮かんでくるかを一人称で書いている。

 ひとつのセンテンス(と言っていいかどうかも分からないが)が数ページに及び、読んでいくうちにバトラーの精神の世界に入り込んでしまう。彼のメディテーションの中を彷徨っている感覚だ。

 しかし、この本は何のカテゴリーに入るのだろう。メモワールと言えば言えなくもないが、不眠症についての科学的な記述もある。言うなれば、意識の流れとメモワール的な要素、それに解説的なものを実験的なスタイルにまとめたスーパー・クールな文章となると思う。

「 眠れない3日目には色彩のパネルが現れ始めた・・・。そのほかの時には、僕の視覚のなかでその色彩が点や楕円の形を作る」

 バトラーの意識は止めどなく流れ、読者は彼の意識にどっぷりと浸かり,最後には全てのアングルを失い「Nothing(無)」の中に漂うことになる。




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2012年01月23日

『How to Be Good』Nick Hornby(Riverhead Books)

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「一体、よい人間って何だろう」


 出だしの数ページを読んだだけで、つい買ってしまう本というのがあるが、イギリスの作家ニック・ホーンビイの新刊『How to be Good』がまさにそうだった。

 アパートの近くのバーンズ&ノーブルの棚にあったこの本を手に取り、最初の二ページを立ち読みしたところで、先が読みたくなり買ってしまった。

 物語は、主人公のケイティが駐車場に止めてある車から、携帯電話を使って夫に離婚話を切り出す場面から始まる。

ケイティは、人を助けるために医者になり、ふたりの子供も育ててきた。彼女の心のなかには、自分はよい人間だという確信がある。しかし自分が何故、車のなかからそれも携帯電話を使って離婚の話を夫に切り出すような人間になってしまったかを考える。

 夫のデイビッドは、地元の新聞で「怒れる男」の視点からコラムを書いている作家だ。常に皮肉たっぷりの夫との生活に疲れてしまったのだろうかとケイティは思う。

 ケイティは夫が変わってくれればいいと考える。彼女の望みは現実となり、ある事件をきっかけに本当に夫は変わってしまう。

 デイビッドはある日から突然「よい人」になってしまうのだ。彼は、恵まれない子供たちのために玩具を贈り、ホームレスに空いている部屋を提供するための住民運動を繰り広げる。そして、ケイティを怒鳴りつけることも無くなる。

 夫のこの変化によってケイティは幸せになれるのだろうか。『How to be Good』は、よい人間とは一体どういう人間なのか。よい人生とはどんなものなのかを問いかける物語だ。

 この新作もこれまでに発表されたホーンビイの小説、『High Fidelity』や『About a Boy』のようにコミカルな部分のある作品となっている。

 ところで、ホーンビイはあるインタビューで「私はアメリカの作家の小説しか読まず、テレビもアメリカのものしか見ない」と言っていた。彼が好きな作家もアン・タイラー、ローリー・ムーア、トビアス・ウルフとみなアメリカ人だ。

 ホーンビイによると、イギリスの作家の多くは、自分がインテリであることをみせびらかすような作品を書いているため読者を失っているという。イギリスには小さな文学の世界があり、イギリスの作家たちはその世界に向けて作品を書いているというのだ。その点、アメリカの作家には読者を排除するようなところがないとホーンビイは言っている。

 ホーンビイの作品が、いわゆるエンターテインメント小説ではなく、文学でありながら、なおコミカルであるのは読者を賢そうな言葉で怖がらせないようにとの計算から生まれていたのだ。ホーンビイはこれからも注目の作家のひとりだろう。


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2012年01月13日

『Coraline』Neil Gaiman(Harpercollins Childrens Books)

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「扉の向こうの不気味な世界」


 僕は、日本の高校を卒業してすぐにアメリカに住み出した。初めは兄とふたり暮らしをしたのだが、問題は部屋探しだった。ニューヨーク州ロングアイランドの小さな町で部屋を見つけようとしたのだが、その時、不動産屋の人が見せてくれた家が、何故かどれもとても大きかったのだ。

 いまでも、どうしてあんな大きな家だけをみせてくれたのか分からない。もちろん、そんな大きな家に兄とふたりだけで住む経済的余裕などないので、大きな家の一部を借りることになる。僕たちの借りた部屋は、一軒家の半地下だった。半地下といっても部屋が6つもあった。一階にはほかのアメリカ人家族が住んでいた。

 部屋のキッチンには上の階に続く階段があり、階段の先にはしっかりとした木製の扉があった。その扉には鍵がかかっていた。

 その部屋には2年間住んだが、階段の扉が開いた時が一度だけあった。

 その日は兄の誕生日で、僕たちは友人を集めて大騒ぎをしていた。夜の12時を過ぎた頃、階段の扉が開き、上の家族の父親が「静かにしろ!」と怒鳴り込んできたのだ。

 僕たちは「分かった」と言ったものの、佳境を向かえたパーティをお開きにしようなどとは思いもしなかった。それから数十分後、入口の扉にノックの音が響いた。扉を開けると、図体のでかい警官がふたり立っていた。結局、その夜のパーティは強制的に終わりにさせられた。

 今回、読んだのは日本でもファンが多い作家ニール・ゲイマンの『Coraline』。大きな一軒家にほかの人々と暮らしている家族の話だ。そして扉が物語のひとつの鍵となっている。この作品はヤング・アダルト、つまり青少年・少女向けに書かれてあり、本には「8歳以上」という表示があった。タイトルのコララインは、家族の一人娘の名前だ。ヤング・アダルトの本だが、大人が読んでももちろん面白い。ファンタジーが好きで英語の本を読んでみたい人にはお勧めの本だ。

 内容を紹介すると、遊びに飽きたコララインが、家にある扉を数えて回るところから物語が始まる。家には14の扉があったが、14番目の扉には鍵がかかっていた。

 その扉の先は煉瓦の壁になっているのだが、しかし、ある日コララインが扉を開けるとそこは別の世界に繋がる通路になっていた。別の世界に住む「もうひとりの母」はコララインを歓迎するが、どうも気味が悪い。

 一度はその世界から逃げ出すが、「もうひとりの母」はコララインを引き戻そうと、魔法の力を使い本当の母と父を自分の世界に閉じ込めてしまう。コララインは母と父を救うべく、再び別の世界に戻り「もうひとりの母」と対決をするという話だ。

 ヤング・アダルト作品とはいえ、怖さも漂うファンタジー映画を観ているような楽しさがあった(ハウルの動く城を連想させる)。コララインを助ける猫や、相手の手先となっている鼠たちなどのキャラクターもいい。

 しかし、開かない扉が開いた時、あまりいいことは起きないようだ。


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