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2011年12月30日

『Boomerang』Michael Lewis(W W Norton )

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「ヨーロッパの財政危機が分かる本」


 ブラッド・ピット主演で日本でも公開された「マネー・ボール」。その原作を書いたマイケル・ルイスはプリンストン大学で芸術史を専攻し、その後ロンドン大学LES校から経済学で修士号を取得している。卒業後はアメリカの投資銀行ソロモン・ブラザーズで働き89年に「ライアーズ・ポーカー」で作家としてデビューした。

 彼のように芸術の分野で学士号を取り、経済学で修士号を取るなど大学と大学院で違う分野を専攻するのは、アメリカでは珍しくないが、どういういきさつだったのかもし彼に会える機会があったならば是非聞いてみたい。

 経済学と芸術の分野を学んだことはノンフィクション作家になった彼には貴重な財産だろう。この違ったふたつの分野を学ぶ好奇心が彼をノンフィクション作家の道に進ませたのかも知れない。

 今回読んだのは彼の新刊「Boomerang」。ヨーロッパの経済危機がいかにして起こったかを追った本だが、一種の紀行といってもおかしくない内容だ。

 この本の副題は「Travels in the New Third World(新たな第3世界への旅)」となっている。

 彼の言う第3世界とはアイスランドでありギリシャでありアイルランドである。そのほかこの本にはドイツ、カリフォルニア州も含まれている。

 この本が紀行になっているのは、彼が実際にその土地を訪れ、そこの人々の話からこの本を組み立てていることばかりではなく、経済危機を引き起こした各国民の気質、いわゆる文化人類学的な視点も備えているからだ。

 例えば国をあげて投資に乗り出したアイスランドを訪れた著者は、ステファンという若者にインタビューをする。ステファンはずっと漁師だったが、突然漁を辞め、まったくトレーニングを受けずに通貨リスクがある不動産投資に乗り出す。著者はこの行動に「野生的」なものを感じる。

 中身よりも「規則」を重視しサブプライム・ローンで多くの被害を被ったドイツ。社会への長期的な影響などよりも、その瞬間に取れる最大限を取ろうとするアメリカ人などの話も興味深い。

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭いずれもそれぞれに不幸なものである」とはトルストイの有名な言葉だが、「Boomerang」を読むと、国はそれぞれに自らの経済危機を招いたことがわかる。

 しかし、どの国もこれまでの歴史にないくらいの負債を抱えている。
「投資家たちがその現実に目覚めたら、巨大な西洋の政府は基本的にリスクが無いという考えを捨て、その国に高い利率を要求し始めるだろう」

 今、まさにこの言葉が現実になっているのだが、国債利率が上がれば財政はさらに不安定となり、国のデフォルトが始まる。

 この本は世界金融を全体的に述べる広さはないが、各国がどうして金融危機を迎えたかが皮膚感覚で分かるものだ。




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2011年12月19日

『Three Month Fever : The Andrew Cunanan Story』Gary Indiana(Cliff Street Books)

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「ゲーリー・インディアナが描いたベルサーチの殺人者」


 1997年7月24日、『マイアミ・ヘラルド』紙は、マイアミ市内にあるマイアムビーチ地区のハウスボート内で、アンドリュ・クナンナンという男が自殺を謀ったというニュースを伝えた。

 アンドリュ・クナンナンはその約一週間前、世界的に著名なファッション・デザイナーであるベルサーチを銃で撃ち殺した犯人だった。
  
 ベルサーチを殺害する前に、クナンナンはすでにミネソタ州でふたり、イリノイ州でひとり、デラウェア州でひとりの殺人を犯しており、FBIから捜査の手がかかっていた。しかし、全米の多くの人々がクナンナンの名前を知ったのは、やはりベルサーチの殺人事件からだった。
  
 人々の興味をそそったのは、殺人者がまだ若く、頭がよさそうなハンサムなゲイの青年だったことだ。「彼はエイズに罹っていた」、「以前からベルサーチを知っていた」など憶測によるニュースも伝えられた。
  
 さて、一体クナンナンはどんな人間だったのだろうか。そのクナンナンの姿をニューヨークに住むゲイ作家であるゲーリー・インディアナが描いた。
  
 この本はクナンナンとインディアナという絶妙な組み合わせを味わえる。

 インディアナの他の作品には、エッセイ集である『Let it Bleed』、マンハッタンを舞台にしたゲイ小説『Rent Boy』などがある。

 本書でインディアナはクナンナンを「努力することなしに全ての物を手に入れようとした男」、「みせかけの家柄の良さや財力を示すために、架空の自分を作りあげていった男」として描いている。金持ちの男とヨーロッパ旅行にでかけ、一方、自分の好きな男を繋ぎとめるために金や高価なブランドものの装飾品を男に与える。嘘の名前や経歴を並べたて、本当の自分よりずっと魅力的な自分を作っていったのがクナンナンだ。

 そのクナンナンが殺人を重ね、ついにはベルサーチを殺し、その数日後、自分の命をも断ってしまうまでの物語を、インディアナは自分の視線を通して描いている。

 本書は通常のノン・フィクションとは少し異なる。それはクナンナンが語ったであろう言葉、また取ったであろう行動を、著者のインディアナが想像し自由に書き加えてある点だ。必ず成功するという手法ではないが、インディアナとクナンナンという組み合わせがこの本を読み応えのあるものにしている。
 
 
 
 


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2011年12月07日

『Paris to the Moon』Adam Gopnik(Random House)

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「ニューヨーカー誌に連載されたパリ・ジャーナル」

 この本は『ニューヨーカー』誌にエッセイを掲載してきたエッセイスト、アダム・ゴプニックのエッセイ集。ニューヨークに住んでいたゴプニックがパリに移り住んでからの作品が収められている。
 彼がパリに住むことになったのは、『ニューヨーカー』誌からの依頼だった。期間は1995年から2000年の5年間。この間、『ニューヨーカー』誌はゴプニックが送ってきたエッセイを「パリ・ジャーナル」と題し雑誌に掲載し続けた。本書には『ニューヨーカー』誌に掲載されていない作品も数多く収められている。

 これまでにも、パリについての多くのエッセイ集が出版されてきたが、ゴプニックの作品はそんな作品群のなかでも評価が高く、いまでも売れている本だ。

 その理由は、パリでの単なる生活記録に留まらず、歴史や社会状況を深く追ったジャーナリスティックな視点でいまのパリを捕えたところにある。

 彼が最初に題材とするのは、アパート、料理、カフェ、ファッション、それにセックスなどパリ生活で身近なことがらだが、読み進める内に、それらの題材がパリが直面する問題に結びついていることが判る仕掛けになっている。

 例えば料理の話では、いまフランス料理は危機に瀕しているとゴプニックは語る。現在、ヨーロッパで最も美味しい料理はロンドンで食べることができると言う。ゴプニックはメデチ家までに逆のぼり、何故フランス料理が世界でも最も美味しい料理になったかを調べ、その後、この数十年で危機と言ってもよい状況に陥ってしまったかの答えを実際の生活のなかから引き出している。

 一方で、よく子供を連れていく公園に長い間残る回転木馬を引き合いに出し、コンピューター・ゲームに犯されていない文化がフランスには残っていることを見せてくれる。また、早朝に配達にきた運送屋が子供や妻を起こさないよう静かなノックすることから、フランスの政府や会社が作りだす不自由なシステムとフランス人の優しさを対比させて見せてくれる。

 つまり、ミクロな次元からマクロな題材を引き出したかと思うと、再びミクロに戻っていくというような立体的なパリでの生活、パリの社会を描いている。

 複雑になりやすい設定だが、ゴプニックは自分の子供、妻、友人、そして自らの体験などを折り混ぜ、彼の人柄さえ映しだす読んでも楽しめるエッセイに仕上げている。『ニューヨーカー』誌が彼をパリに送ったのもこの本を読めば納得というものだ。

 名エッセイストの作品を読んでみたい人にお勧めの本だ。
 
 
 


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