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2011年09月26日

『1493 : Uncovering the New World Columbus Created』Charles C. Mann(Alfred A. Knopf)

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「コロンバスの「発見」が世界にもたらしもの」


 歴史家ではなくサイエンス系の著者によって著された歴史の本。

 15世紀、ヨーロッパは世界で最も強力で富んだ国であった中国との貿易を望んでいた。スペインもそんな国のひとつであったが、中国と通商を行うためには敵対するイスラム教の国々と交渉するか高い値段を要求するベニスやジェノバの商人と話をつけるしかなかった。

 これはスペインにとってどちらもよい選択ではない。そんな時代にいたのがクリストファー・コロンブスだった。彼はスペインの植民地カナリア諸島から出港すれば2400海里(実際は1万600海里)で東洋に到着すると主張した。

 当時の「専門家」たちは彼の主張に反対したが、スペインのイザベル女王はコロンブスに資金を提供することを決めた。こうして1492年コロンブスは船団を組み東洋へと出港した。

 彼が到着したのはカリブ海の島だったが、これにより世界が変わった。

 一方、中国はコロンブスよりずっと早く1405年から1433年にかけてインド洋を渡りアフリカまで到着している。当時の中国の国力をもってすれば、アフリカに拠点を作り大西洋に繰り出すこともできたはずだが、中国はアフリカに植民地を築くでもなく引き返した。当時、技術的に先進国で原材料にも恵まれていた中国は費用も時間もかかる航海に興味を示さなかった。

 今回読んだ「1493」はコロンブスの航海が何を世界にもたらしたかを描いている。コロンブスの「新大陸」発見により、その後ヨーロッパの国々はアメリカや東洋へ進出し、現在へと続いている。その過程で生物学的、社会学的、文化人類学的、政治学に何が起こったかを描いたのがこの本だ。

 例えば、コロンブスの発見によりマラリアがアメリカに持ち込まれ、原住民のインディアンや入植者たちがマラリアに罹り大量に死んでいくなか、アフリカからの黒人の中には遺伝子的にマラリアを寄せ付けない人口がいた。煙草の葉が持ち込まれプランテーション化が進むなか、地主たちはインディアンの奴隷や自国から来た労働者たちより黒人の奴隷を求めた。

 「ヨーロピアンにとってその経済的理論は無視できないものだった。彼らが煙草、米、砂糖を栽培しようとするならヨーロッパからの年季奉公人やインディアン奴隷よりもアフリカからの奴隷を使った方が有利だった」

 時が経ち、アメリカは南北戦争をおこなうが、北と南の境界線はちょうどマラリアが発生し得る境界線や煙草栽培が可能となる南北の境界線と重なる。

 また、スペイン人は、南米のアンデス山脈にあったポテトをヨーロパに持ち帰った。アイルランドで生産性の高いポテトは麦に代わり多くの人口を支える食料となったが、再びアメリカからポテトの疫病の病原菌が持ち込まれると大量のアイルランド人が死んだ。

 コロンブスがもたらした新たな発見が中国、アフリカ、アメリカなど世界に何をもたらしたかを知るのはとても興味深い。そして、この本はその知識欲を十分に満たしてくれる優れた本だ。


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2011年09月18日

『Last Light : A Nick Stone Mission』Andy McNab(Atria Books)

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「アンチ・ヒーロー、ニック・ストーンが活躍するスリラー」


 イギリスのスリラー作家アンディ・マクナブはなかなか変わった経歴の持ち主だ。1959年、病院の外に篭に入れられたままの捨て子として見つかった彼は、若くして陸軍に入隊。19歳にして伍長となり、84年にはイギリス特殊部隊SAS(スペシャル・エア・サービス)のメンバーとなった。

 SASの隊員として北アイルランドやドイツで任務を遂行し、91年に起こった湾岸戦争ではイラクに赴き敵地で捕虜になり尋問を受けた。93年に退役し、その後イラクでの自らの体験を書いた本がベストセラーとなり作家に転向。自伝のほかに、英国秘密情報部工作員ニック・ストーンを主人公としたスリラー・シリーズを書き人気作家の地位を築いた。

 マクナブのフィクション作品は、秘密保持の目的で英国国防省が原稿の時点で提出を求め、許可を与えるという。そんな作家はあまりほかにいないだろう。

 今回紹介する本は彼の人気娯楽スリラー、ニック・ストーン・シリーズの第4作目となる『Last Light』。

 この作品でニック・ストーンは上司から要人の暗殺を依頼される。標的となる要人が誰だか分からないまま、ニックは3人のスナイパーと連絡を取り暗殺の準備を完了させる。ニックの合図でスナイパーたちが標的に向けて引き金をひく手はずになっていたが、上司が殺せと伝えた標的はまだ10代の青年だった。

 ニックはスナイパーたちに合図を送ることができず、計画は失敗に終わってしまう。スナイパーたちはその場で全員警官に射殺され、ニックは捕われの身となる。自分を殺せば、隠し持っている暗殺計画の証拠が公表されるとはったりをかまし、命は助かったニックだが、パナマに戻った標的の青年の命を奪えと次なる命令が下される。

 もし、逃げたり失敗したりしたならば、ニックが後見人となっている13歳の少女ケリーの命がなくなる。ニックは、任務を完了させるためにパナマに向かう。

 マクナブのスリラーを一言でいえばリアリズムに徹した作品と言えるだろう。主人公のニックは超人的なスーパー・ヒーローではない。心に弱さを持ち、失敗も犯すアンチ・ヒーローだ。

 ニックはパナマのジャングルのなかを歩き、暗殺の準備をする。しかし、任務の途中で政府の陰謀に気付いたニックは、青年の暗殺を躊躇する。一方で、ニックの存在が相手に知れてしまい、パナマでニックを助ける任務を引き受けた家族ともども、自分たちに命の危険が迫ってくる。

 誰を殺せばこの苦境から逃れられるのか、そして政府の陰謀を食い止めるにはどうしたらよいのか。自分が追われながらにして、相手を追い詰める展開が緊張感を生み出している。


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2011年09月06日

『Tideland』Mitch Cullin(Dufour Editions)

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「狂気が漂う幻想的な作品」

 夏のニューヨークは屋外で過ごす時間が多くなる。この間は家族と友人で食べ物や飲み物を持ってセントラルパークでピクニックをやった。
 陽が落ちる8時頃になると、僕たちがピクニック・シートを敷いた周りに数多くのホタルが飛び交った。灯りがともりだしたニューヨークのビルが芝生の向こうに浮かびあがるセントラルパークのホタルはとても幻想的だった。

 僕が住むグリニッチ・ビレッジでもホタルを見ることはできるが、セントラルパークで見るほどの数はいない。その夜、僕は仰向けに寝ころび、しばらくぼーっとホタルの光を眺めていた。

 今回読んだ『Tideland』もホタルが飛び交う場面が物語の最初に出てくる。『Tideland』は不思議な作品だ。全編が幻想的な狂気で包まれている。ファンタージーというには暗く、純文学というには幻想的だ。ほかの芸術作品を引き合いに出すとすればアメリカの画家アンドリュー・ワイエスの世界だろう。有名なワイエスの『クリスティナの世界』という絵をみた時に感じる、隠れた狂気が『Tideland』にも漂っている。

 この物語の主人公は11歳になる少女ジェリザ・ローズ。彼女の67歳の父親ノアは名の知れたロックギタリストで、ドラッグ中毒者だ。家族はロサンゼルスの安アパートに住んでいたが、母親が致死量を越えた麻薬を打ち死んでしまう。ノアは死んだ彼女をベッドに残したまま、彼の母が残してくれたテキサスの田舎にある大きな農家にジェリザ・ローズを連れていく。

 『Tideland』はこのテキサスで過ごすジェリザ・ローズの話が中心となっている。ジェリザ・ローズの一番の話し相手はリサイクリング・ショップで母親に買ってもらったバービー人形の頭たちだ。彼女はそれぞれの頭たちにクラッシク、マジックカール、カット・ン・スタイル、ファション・ジーンズなどと名前を付けている。物語のほとんどは彼女とこのバービー人形の頭たちとの会話によって進められていく。

 もちろん、バービー人形の頭たちが本当に話をできるはずがないので、すべてはジェリザ・ローズの想像の会話だ。しかし、彼女にとってバービー人形の頭たちとの世界は現実で、それが彼女の心の狂いを現わしている。

 テキサスの田舎では彼女はデルという女性と、脳に障害があるデルの弟ディケンズと出会う。ここから物語はさらに暗さを増し、グロテスクなものになっていく。

 『Tideland』は『12モンキーズ』を手掛けた映画監督テリー・ギリアムたちにより映画化された。『Tideland』はセントラルパークで見たホタルのように、いつまでも心に残る作品だった。


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