« 2011年07月 | メイン | 2011年09月 »

2011年08月29日

『A Stolen Life : A Memoir』Jaycee Dugard(Simon & Schuster )

A Stolen Life : A Memoir →bookwebで購入

「11歳で誘拐された少女のメモワール」


 数年前、自分がレイプされた真相を語った女性のインタビューをアメリカのテレビで見たことがある。インタビューの終わりにその女性は「これで、私を見る目が変わったでしょう?」と彼女は言った。

 犠牲者で、社会的弱者だって、どこか、心のどこかで、ちょっとは思ったはずよと笑いながら言った。

 自虐的な笑い顔だったが、そんな風には絶対に思わないとはっきりとは自分自身に言えなかった。

 今回読んだ本は11歳の時に誘拐され、その後の18年間、犯人の男から性的虐待を受け続けたジェイシー・リー・デユガードのメモワール。

 彼女は勇気の持ち主だが、少女を取り巻く社会的危険と、現実の残酷さを思い知らされる本だ。

 事件は1991年6月に起きた。当時小学5年生のジェイシーはスクルーバス停に向かう途中、プィリップ・ガドリーという性的異常者と彼の妻ナンシーによって、家族や友人の目の前で誘拐されてしまう。

 警察や地域の住人による捜索がすぐに始められるが、彼女の行方は分からない。彼女は、フィリップの家の裏庭にある音楽スタジオとして作られた防音の部屋に裸で手錠されたまま閉じ込められ、その後、薬を使った数日間に及ぶ性的異常行為の犠牲となる。

 フィリップは性的事件で仮釈放の身であり、定期的に保護観察官からの訪問を受けていたが、観察官の質問が裏庭に及ぶことはなかった。

 その後、ジェイシーは94年14歳でフィリップの最初の子供を産み、98年17歳でふたり目の子供を産む。どちらも病院ではなく、裏庭でフィリップとナンシーの助けのもとに産んでいる。

 誘拐されてからずっと彼女の世界の中心はフィリップとなり、人間との接触もほとんどが彼だけとなる。この環境のもと彼女はだんだんと洗脳されていく。そして、時が経つにつれフィリップ、ナンシー、ジェイシーのいびつな生活が作られて行く。

 ジェイシーは彼らが決めた「アリッサ」という名前を名乗り、産んだふたりの子供はナンシーの子供で、自分は年の離れた彼女たちの姉だと周囲に語り始める。

 何をやるにもフィリップが決め、全部彼に言う通りにする生活を続けるうちに、彼の世界のなかに自分も入り込んでしまったのだ。

 この本のなかのジェイシーの描写は時には具体的すぎ、ページを閉じて考えをまとめるのに時間が必要になるくらいだ。

 「彼は『run(ラン)』というものについて話し始める。「ラン」とは彼のファンタジーを満たす時間で、私がそれを手助けするのだ。彼は私にきつい服を着させ、おかしな場所に穴をあける」

 ランは薬を飲んだフィリップが、まだ小学生だったジェイシーを相手に時には数日間続けるセックスプレーだ。

 アメリカで大きな話題を呼んだ事件の犠牲者が書いたメモワール。発行と同時に全米ベストセラー第1位となった。



→bookwebで購入

2011年08月17日

『The Piano Tuner』Daniel Mason(Vintage Books)

The Piano Tuner →bookwebで購入

「文章の美しさが光る作品」

 文章の美しさはどこから生まれてくるのだろう。アメリカ文藝出版社の名門、クノッフより出版された『The Piano Tuner』の第1章を読んで僕はそう考えた。
 第1章はたった11ページの章だが、二度読み返した。

 情景描写、人物描写、台詞。ある物語は心に響かず、ある作品の文章は心にしみ込んでくる。どこが違うのか、僕には答えが出せない。

 『The Piano Tuner』の著者、ダニエル・メイソンはこの本を書いた時はメディカル・スクールに通うまだ26歳の学生だった。彼の描く世界は瑞々しく、英語の美しさは読者の心を掴む。
 
 僕は、読み初めたばかりの『The Piano Tuner』を手にして、ベッドルームに向かい、ドアをぴたりと閉めた。

 この本の主人公は、ロンドンに住む41歳のピアノ調律師であるエドガー・ドレイク。時代は十九世紀後半。エドガーは様々なピアノのなかでもエラールという、世界に数十台しか存在していないピアノの調律を専門としている。

 1886年10月、エドガーは英国陸軍省から、ビルマ(現在のミャンマー)のジャングルに行ってエラールの調律をして欲しいとう要請を受ける。ビルマのジャングルまでそのピアノを持ち込んだのは軍医将校であるドクター・キャロルという人物だった。

 ドクター・キャロルは軍医であるにかかわらず、ビルマで最も危険で戦略的にも重要な基地を守っている。彼は、地元の部族や盗賊などと和平条約を結び、基地を存続させている。

 ドクター・キャロルは音楽や詩、それに医療技術を和平交渉の材料として使うという、ほかの軍人では真似できないやり方で基地を守っている。そのため、英国陸軍も、ドクター・キャロルの望みに従い、わざわざエドガーのところまで出向き、エラールの調律を頼んだのだ。

 エドガーは、その要請に従いピアノを調律するためだけにビルマ奥地まで出かけていく決心をする。

 こうしてエドガーの旅が始まるのだが、物語はとても複雑なものとなっていく。政治的な物語を背景に、楽器の歴史、音楽家の話、医学的な情報、軍隊の史実、ビルマの人々の姿、陰謀、そしてロマンスまでが盛り込まれ、最後の悲劇的な結末へと辿り着く。

 著者のメイソンにとってはこの本がデビュー作となるわけだが、その構成力にも驚かされた。


→bookwebで購入

2011年08月08日

『Somebody’s Daughter』Marie G.Lee(Beacon Press)

Somebody’s Daughter →bookwebで購入

「親子の絆と運命を描いた小説」


 灯りのない夜の海を航海していく一湊の船。深い闇の中で、探し求めていたもう一湊の船が近づいてくる。乗組員は耳を澄まし波の音を聴く。甲板から身を乗り出すと船の微かな灯りが見えた気がした。しかし、相手の船は音もなく遠ざかっていってしまう。そうして、この二湊の船は広い海の上でもう出会うことはない。

 北朝鮮で生まれた両親を持つアメリカの作家マリー・ミュン=オク・リーの美しい小説『Somebody's Daughter』を読んで、こんな風景が心の中に残った。

 主人公となるサラ・ソーソンはミネソタ州に住む北欧系アメリカ人家庭の養女となった韓国人だ。高校を卒業し地元の大学に入学するが勉強に身が入らず、大学を休学し一年間の語学留学プログラムに参加することを決心する。彼女の選んだ留学先は韓国のソウルだった。それまで、養女であることが心の重荷にならないようにと気を使ってきた両親はショックを受けるが、サラは構わず韓国に向けて出発してしまう。

 韓国で彼女は、外見は韓国人である自分がいかにアメリカの文化の中だけで育ってきたかという発見をする。韓国では言葉はほんど分からず、生活習慣もまったく違う。そうして、サラは常に自分の中に常に怒り存在していることを知る。

 その怒りの源は母親が誰であるか分からない、ひいて言えば自分が何者であるか分からない苛立ちだった。サラは「君のストーリーはこの国で始まる。アメリカじゃない」という韓国のボーイフレンドの言葉で実の母親を探し出す決心をする。

 「彼の言葉が何かを壊し解き放った。私が何故、韓国にいるか、いままでいろいろとこじつけてきた理屈はすべて吹っ飛び、雲が晴れた満月の光のような確信が心に生まれた」

 こうしてサラの母親探しが始まるのだが、サラの話と平行して、彼女の母親ギョンスクの物語も展開していく。

 田舎で育ったギョンスクが母親の期待を背負ってソウルの大学(サラの留学先と同じ大学)に入学したが、音楽家になる夢を持っていたギョンスクはすぐに大学を辞めてしまう。ソウルの貧しい地区にあるヌードルショップで働き始めたギョンスクは、ひとりのアメリカ人の男と出会う。アメリカに渡って音楽をやればいいという男の言葉を信じ、彼との結婚を決心する。

 韓国とアメリカというふたつ国のつながりのなかで織りなされる物語は、しっとりとして深い余韻の残るものだった。
 
 
 


→bookwebで購入