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2010年10月27日

『 Breaking Night 』Liz Murray(Hyperion Books )

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「ハーバード大学に入ったホームレス少女」


 1982年の夏、僕はハーバード大学のサマーコースを取った。人類学と数学のクラスを取り図書館にこもり勉強もしたが、テニスコートや室内プールなど、サマースクールに参加している夏の間だけ学校の施設を使えたのでこちらの方もめいっぱい使った。

 ボストンで大学生をやっていた僕は、同じ留学生仲間も多く、彼らを呼んでダブルスのテニスゲームをしたり、塩水になっている室内プールで泳いだりした。

 ボストンにはハーバードのほかに、MIT(マサチューセッツ工科大学)、BU(ボストン大学)、BC(ボストン・カレッジ)など生徒の頭脳や財力、家柄を誇る大学が多い。まあ、郊外に出ればスミス・カレッジ、マウント・ホリヨークなどやりは名門とされる大学がある。

 アメリカ東部で大学生をやった僕は今でも東部の文化が好きで、ファッションもアイビーが一番気に入っている。

 今回読んだ本は、ハーバード大学に入った女性のメモワールだ。ハーバードに入るだけでも大変だが、両親が麻薬中毒患者であり、15歳で家出をしてストリートで生活した女性がハーバードに入ったという話なので興味が湧いた。

 著者は1980年生まれのリズ・マレー。母親のジーンは13歳から麻薬に溺れ、ビートニクくずれの父親も麻薬をやる。

 「麻薬はレッキング・ボール(家を解体する際に使うクレーンから吊るす解体用鉄玉)のようだった」とリズは回想する。

 政府からの生活保護だけが収入の両親は、月30ドルだけを食料にあて、あとは毎日の麻薬を買ってしまう。パンと卵だけの日々が続き、子供の食べ物の定番であるピーナツバター・アンド・ジェリーなど御馳走の部類だ。

 10歳になる前に母親の知り合いから性的虐待を受ける著者だが、この年齢ではまだ母親と父親の世界の中にいる。両親がキッチンで麻薬を自分たちの腕に注射するのを見て、両親が喧嘩をするときは本の世界に逃げ込む。

 しかし、12歳頃から彼女の世界が変わっていく。両親よりも自分の友人との世界が広がり、彼女は15歳で親友のサム(女性)、ハスラーのカルロス(ボーイフレンド)の助けを借り家出をする。お金はカルロスが都合をつけるが彼は時々姿をくらましてしまう。

 そんな時リズとサムは友人の家にこっそり泊まらしてもらい、公園や地下鉄車内や駅で一晩を過ごす。もちろん学校には顔を出さない。

 辿り着いた先は、ニューヨーク郊外のモーテルの一室で車もなく、ただカルロスの帰りを待つだけの生活だった。カルロスが帰ってこなければ、モーテルから追い出される。ドラッグディーラーとなったカルロスは、ほかの女とも付き合い出すが、彼女はカルロスの機嫌を損ねることはできない。

 彼女は自分の居場所を求める。友人や友情は素晴しいが、彼らや彼女たちが部屋代を払ってくれる訳ではない。

 「This back-against-the-wall situation gave me another piece of clarity: Friends don’t pay your rent…paying rent would require something new to focus on.(このせっぱつまった状況はほかの考えを与えてくれた:友人たちは部屋代を払ってくれない・・・部屋代の支払いは全く新しい何かに力を注ぐことが必要だ)」

 また、彼女はいつか友達が自分の要求の「ノー」と言い出すはずだと考え、その状況も恐れる。自分が好きな人間たちから「ノー」と言われるのはどんな気持だろう。このままいけばそんな日が来るのも遠くないはずだと考える。

 この時、彼女は17歳になっていた。それからホームレスのまま高校に戻り、ホームレスのままハーバードに入学申請をする。

 彼女がいかにしハーバード入学までこぎつけたかのストーリーは爽やかな読後感を与えてくれる。

 社会からドロップアウトとしても、努力すれば再挑戦の道が開かれるアメリカでの話ではあるが、読む人に勇気と希望を与えてくれるだろう。




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2010年10月19日

『Lucky Girls』Nell Freudenberger(Perennial )

Lucky Girls →bookwebで購入

「『ニューヨーカー』誌が選んだ「40歳以下の作家20人」のひとり、ネル・フリューデンバーガーの短編集『Lucky Girls』」

 今年『ニューヨーカー』誌が選んだ「40歳以下の作家20人」のひとり、ネル・フリューデンバーガーの短編集『Lucky Girls』。
 どこかニヤリとさせるタイトルだ。

 何故かというと、ネル・フリューデンバーガー彼女自身がいわゆる「lucky girls」のひとりだからだ。

 彼女は2001年のニューヨーカー誌「Summer Fiction Issue」でまだ本を出版していない「debut writers」のひとりに選ばれ、26歳の若さで華々しいデビューを飾った。この時選ばれたのがこの短編集の表題作「Lucky Girls」だった。この作品は彼女にとって初めて掲載された作品だった。

 この成功がきっかけで注目を浴び、まだ書かれていない彼女の本の出版権を取ろうと出版社が争った。版権の値段は瞬く間に釣り上がり、50万ドルを出すという出版社まで現れたという。

 また、ハーバード大学を卒業し、ルックスもいけている彼女を『Vogue』誌、『Elle』誌、 『Entertainment Weekly』誌などか取り上げ、普通の作家とは少し違ったアングルを彼女に与えた。

 しかし、これに黙っていないのが同じ年齢層の若き恵まれない作家たちだった。
すぐに「ネル・フリューデンバーガーを憎む会」なるものができ、彼女の批判を始めた。

 このあたりの話はニューヨークタイムズ紙の年間ベスト10作品に選ばれた『Prep』を書いたカーティス・シテンフェルドがSalon.comで「Too young, too pretty, too successful」というコラムを書いている(2003年の記事で当時彼女はまだ『Prep』を発表していない。

(http://dir.salon.com/story/books/feature/2003/09/04/freudenberger/index.html)

 そしてネル・フリューデンバーガーが、前に述べたように今回またまた『ニューヨーカー』誌から栄えある20人のなかのひとりに選ばれたのだ。

 ということで、彼女の短編集『Lucky Girls』だが、表題作を含め5本の短編が収められている。舞台はインド、タイ、ベトナムなどのアジア圏。主人公はみなアジア圏の街に暮す富裕層に属する、幸せと感じていない若い女性たちだ。

 表題の『Lucky Girls』は、アメリカの大学を卒業しインドに暮らす20代半ばの女性が主人公だ。彼女は妻子のある23歳年上のインド人アルンと知り合い、彼の愛人となる。アルンは死んでしまい、彼女はアルンの母と交流を持つ。

 アルンの母は彼女に「あなたはチャーミングではないけど、頑固だ。もし私に娘がいたらあなたのような子だったはずだ」と言う。彼女はアルンの母にアルンが死んだとき側にいたかったと告げるがアルンの母は怒りをもって「そこはあなたの居場所ではない。誰もあなたが何者だか分からない」と言う。

 また、主人公はアルンの妻とも会うが妻は「私には息子たちがいる。あなたには誰もいない」と告げる。

 彼女はインドでひとり、兄弟の結婚式の日に両親の家の裏庭で展開されているであろう光景を思い浮かべる。両親はアメリカに帰ってこいと言っているが、彼女のなかには底知れない寂しさが訪れる。

 収められている短編は短くもなく長くもなく、なかなか読み応えがある。特にアメリカの大学の入学を目指している主人公と、ハーバード大学を卒業しインドに戻ってきて主人公の家庭教師を受持つ詩人志望の青年の関係を描いた「The Tutor」は秀作だ。

 彼女の作品は、何度となく文章を読み返す箇所があった。その理由は、もちろん英語で書かれているということもあるが、誰かの会話の途中に割り込んだような書き方だからだ。

 例えば:
 <「これがあなたが言っていた物じゃない?」。彼女の母の声は必要以上に大きい。「このことをあなたは言っていたわ−−−−この間私がジュリアを迎えにきときのことよ」
「そうだったけ、そうだった」。ファブロル先生のおかしなアクセント。
ふたりは、テレビで天候の具合を見るようにジュリアを窺う。
彼女は、ふたりが彼女をどこまで馬鹿にしているか、信じられなかった。>

 という文章があり、これがジュリアの母親とファブロル先生がお互いに浮気をしている描写となる。

 ネル・フリュデンバーガーは『ニューヨーカー』誌が好きな作家と言っていいだろう。もちろん、彼女の作品は水準に達している。これからのアメリカの文学界を引っ張っていく作家となるか、注目していく作家のひとりだろう。


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