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2010年09月28日

『 Freedom』 Jonathan Franzen(Farrar Straus & Giroux )

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「アメリカを代表する作家ジョナサン・フランゼンの新刊」


 この8月31日、ジョナサン・フランゼンの「Freedom」が発刊された。発行日の1週間以上前、8月23日付けタイム誌が僕のメールボックスに届き、その表紙がフランゼンだった。表紙には大きく「Great American Novelist(偉大なアメリカの小説家)」の文字があった。

 これまでタイム誌の表紙となった小説家はサリンジャー、ノボコフ、モリソン、ジョイス、アップダイクの5人だけ。フランゼンも数少ない優れた作家たちの仲間入りを果たしたことになる。

 ニューヨーク・タイムズ紙もこの作品を賞讃する評を載せ、ニューヨーク・タイムズ・ブックレビューでは「アメリカン・フィクションの傑作」と大きな拍手を送った。

 前作の小説「Corrections」で全米図書賞を受賞した著者が、次作のフィクションで「Corrections」を超えられるか注目されていたが、9年間を経て発表された新作は読者の期待を裏切ることはなかった。

 僕は8月31日の午前中に予約をしていたこの本を受取るために近くのバーンズ&ノーブルに出かけていった。レジの後ろにある予約本の棚には「Freedom」があと5冊ほど並んでいた。

 僕と同じように売切れを心配して予約をする人がいるんだなと思いながら、500ページ以上ある本を手にアパートまで戻った。

 「Freedom」は夫婦であるパティとウォルター、彼らの子供たち、そしてウォルターの親友でアンチヒーローであるリチャードの人生を追った作品だ。

 舞台がアメリカの中産階級家庭となっているところは前作「Corrections」と同じだ。

 アルコール中毒の父親を持つウォルターは家の仕事を手伝うために自分を犠牲にして家から近い中流の大学に入学する。大学でスター・バスケット選手だったパティは、議員である母親に政治・経済的影響力を持つ家の息子にレイプされるが、両親はことを荒げたくなく、彼女は警察に訴え出ることをあきらめる。

 大学でウォルターのルームメイトであるリチャードは、ウォルターを価値のないガールフレンドたちとの関係から救うために、そのガールフレンドたちとセックスをして彼女たちがウォルターに値しない人間だと証明してみせる。

 その後、ウォルターはパティと結婚してセント・ポールに暮らすが、彼らの子供たちは素直には育ってくれない。

 そして、パティとリチャードの間にはやり残したものがあるという感情が残っている。それは、愛か欲情か。ふたりの関係はどこかに出口を見いださなければならないものとなっていく。

 パティとウォルターは、ワシントンDCに引越しをし、ウォルターはウエスト・ヴァージニアの山の自然を破壊する石炭業界の計画に関わっていく。

 「フリーダム」は人々が手にある自由とどう関わっていくかをテーマとした作品だ。そして、その「自由」が人々になにをもたらしていくかを描いた作品といってもいいだろう。

 「自由」のなかで人々は何を選び取り、その選択が愛や幸福、家族、そして愛する人々との関係、ひいては自分や他人の人生をどう変えていくかを著者は時には残酷な視線を持って観察してく。

 「Freedom」はアメリカが最も価値を置く「自由」をテーマにしている優れたアメリカン・フィクションだった。


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2010年09月22日

『How It Ended』Jay McInerney(Vintage Books )

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「25年を超える年月を費やし書きためたマキナニーの短編集」


 レイモンド・カーヴァーのもとで学び、80年代を代表する小説「Bright Lights, Big City」を書いたジェイ・マキナニー。彼はそれ以降、6作の長編と2冊のエッセーを出版しているが、1作目となる「Bright Lights, Big City」を超える出来の作品は出していない。

 今回出版となった「How it Ended」は約25年におよぶ歳月のなかで書かれた26作の短編が収められている短編集だ。この中には「 Bright Lights, Big City」や「Ransom」、「Model Behavior」、「The Last of the Savages」など長編の原型ともいえる短編も多く収められている。収められている短編がどのようないきさつで書かれたかは、本書のPREFACE部分に述べられている。この部分ではまたレイモンド・カーヴァーやトビアス・ウルフなどとの関係も述べられていて、マキナニーファンにとっては、このPREFACE(序文)を読むだけでも価値がある。

 表題の「How It Ended」は、金持ちたちが休暇を過ごすヴァージン諸島でヴァケーションを取っているニューヨークの弁護士である主人公のドンと彼の妻が、ボストンから来たほかのカップルと出会う話だ。ドンは富裕層出身の雰囲気を持つ相手カップルの妻ジーンに強く惹かれる。ドンは彼らががどうやって出会ったかを聞く。相手カップルの夫であるジャックは若い頃ドラッグを売り大金を得た。そして、法の網にひっかかるが、優秀な弁護士を使って刑を逃がれていた。その弁護士はドンが尊敬の念を抱いている弁護士で、ドンはその弁護士に対する尊敬の念が消えていってしまうのを感じる。それとともに、自分の生活や妻の存在が色褪せていく感情を抑えきれない。彼のなかで何かが変わっていく余韻を残しながら物語は終わる。

 マキナニーの物語には、ナルシシズムと自己嫌悪感の両面を持つ主人公がよく登場する。グラマラスあるいは華やかなものに惹かれる一方、どこかに自己の破滅を望む自分がいる。この意味で、今回の短編集はF・スコット・フィッツジェラルドの物語に通じるものがある。

 スター女性が持つ特殊な名声の輝きに惹かれる「My Public Service」、富裕階級に属する女友だちとの一場面を描いた「The Waiter」などはある種の輝きと、自分の感情を対比させた物語だ。

 また、マキナニーの物語は常にどこか80年代の影をひきずっている。特にニューヨークを舞台とした物語には、80年代のウォール街の影が映し出される。主人公はウォール街に働く人間ではないが、その時代のマーケットの影響を受けたライフスタイルや価値観を持った人間が多く登場する。

 本書はニューヨーク・タイムズ紙が長く好意的な書評を掲載しため注目を集めた。カーヴァーの元で学んだマキナニーだが、短編の読後感はカーヴァーとは大きく異なる。荒涼とした、しかしながら、自己の世界が深まっていく余韻が残るカーヴァーの作品に対し、マキナニーの短編の余韻はそれほど深くない。ひりひりとした擦り傷が、皮膚のもっと表面部分で痛み出す感覚と言っていいだろうか、刺し傷ではなくヤスリで皮膚をこすられたような読後感が残るのがマキナニーだ。

この短編集は、これからも何度となく読み返す本となるとだろう。
 


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