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2010年04月23日

『No One Would Listen : A True Financial Thriller』Harry Markopolos(John Wiley & Sons)

No One Would Listen : A True Financial Thriller →bookwebで購入

「バーニー・メイドフのポンジ詐欺を見抜いた男の回想録」

 僕の知り合いにユダヤ人の歯医者と結婚した女性がいる。彼らはニューヨーク州ロングアイランドにあるロズリンという町に暮らしている。
 毎年クリスマスカードをやりとりするぐらいのつきあいだが、2009年の中頃、電話があった。

 この頃、バーニー・メイドフのポンジ詐欺が世間をあっと言わせたので、話題は自然とメイドフのことになった。

 なんとメイドフの家の一軒はロズリンにあり、メイドフは彼女のご近所さんだという。メイドフのファンドは「the Jewish T-bill(ユダヤ人の国債)」と呼ばれていただけに、彼の被害に遇ったユダヤ人も多かった。

 「近所で、ある日突然、家族ごといなくなったり、車がなくなったりする家がある」と彼女は言った。

 「私たちも、つつましく暮らしていかないと」とも言った。

 彼女の家族もメイドフにお金を託していたのだろうか。最後までそれは聞けずに、僕たちは電話を終えた。

 今回読んだ本は、架空に計上された利益も入れると被害総額5兆円といわれるこのバーニー・メイドフのポンジ詐欺に関する本だ。

 ポンジ詐欺とは、出資者から投資名目でお金を集め、投資をせずに利益をあげたとし、架空の利回り配当を投資者に渡すものだ。残りのお金はもちろん自分で使う。

 ポンジ詐欺はその構造上、新たな資金が必要となる。ナスダックの創設者のひとりで、ナスダックの会長も務め、信頼度も高いメイドフは、その名声を利用して次々と出資者を集めていった。

 彼は自ら出資者を募るほか、ファンド会社にお金を集めさせ、そのファンド会社に4%という高いマネジメント料を支払い、出資者たちには月平均1%の利回りを支払っていた。

 どんなに市場が荒れても、自分には投資戦略があり、その戦略を使って月約1%の利回りを実現させているとメイドフは語っていて、年率にして約12%の利回りが実際でたように装っていた。

 メイドフの成功を知った、ボストンの金融会社が同じような戦略を用いて、同じような安定的で利回りがよいファンド・ポートフォリオを作り上げようとした。そのファンド作りを命じられたのが、著者のハリー・マーコポロスだった。

 数字おたくの彼は、メイドフのファンド資料を見て、すぐにこれが詐欺だと見抜く。しかし、マネジメント側は彼の言葉を信用せずに、ポートフォリオを作れと圧力をかけてくる。

 彼はさらに数字を調べ、マネジメント料も含め年率約16%の利回りを、市場の状況に左右されずに何年も出し続けることは、絶対に不可能だという結論に達し、メイドフが詐欺をおこなっていると確信する。

 そして、2000年、彼は米国証券取引委員会(SEC)に、詳細な資料をつけて通報をする。

 この物語の本題は、ここから始まる。通報を受けたSECは彼の言い分を完全に無視する。彼はその後も、SECに合計5回にわたりメイドフの詐欺を通報するが、SECはメイドフの詐欺を暴こうとしない。マーコポロスの仲間がメイドフが怪しいという記事を金融専門誌に書くが、それでも誰も動こうとしない。その後、やっとSECの調査が始まるが、所定の書類が揃っているかを調べただけで、不正はないと結論づけ調査を打ち切ってしまう。

 その間に、メイドフが集めたお金はどんどん膨らみ、遂には何兆円という額に達してしまう。

 著者は詐欺を働くメイドフに怒りを感じるが、市場を監視しなければならないSEC監視委員の無能さにも強い怒りを憶える。

 「彼らはデイリークイーンに行ってアイスクリームをみつけられないほど無能だ。専門家なら電話1本、5分の調査で詐欺だと分かる。学歴と肩書きだけりっぱだが、市場経験のない無能集団だ」とこの本のなかであげつらっている。

 この本はメイドフの詐欺の告発本でもあるが、SECの官僚体質や監視能力のなさを暴いた本でもある。

 メイドフの詐欺は世界金融危機が起こり、投資家たちが資金の引き上げを申し出たことにより発覚してしまう。メイドフがみずから詐欺を働いていたことを言うまで、政府は彼の詐欺を見抜けなかったのだ。もし、金融危機が起こらなければ、メイドフはまだ安泰だったかも知れない。

 メイドフは最終的に日本も含め40カ国以上の国の投資機関や投資家から資金を集めた。被害総額5兆円もの詐欺が、20年近くも続いたという嘘のような本当の話の裏側がのぞける本だ。


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2010年04月18日

『Son of Hamas』Mosab Hassan Yousef(Saltriver )

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「イスラエルのスパイとなったハマス幹部息子の回想録」


 ニューヨークで暮す者にとって9・11連続爆破テロ以降、中東の抱える問題は大きな関心事となってきた。

 その中でも、パレスチナ問題は解決不可能にみえる問題でありながら、この問題が解決しなければ中東に端を発するテロリズムはなくならないと言われている。

 アメリカのメディアもパレスチナ状勢について精力を注いだ報道をおこなう。

 イスラエルとPLOの和平交渉、アラファトの軟禁、アラファトの死、イスラエルとハマスとの戦いなど大きなニュースとなってきた。

 しかし、何故パレスチナ問題は解決をみないのだろうか。そのひとつの答えが今回読んだ『Son of Hamas』のなかにあった。

 著者はモサブ・ハッサン・ユーセフ。彼はテロリスト集団ともイスラム原理主義組織とも呼ばれるハマスを設立したメンバーのひとり、シェイク・ハッサン・ユーセフの長男だ。

 ハマスの主要メンバーを父に持つ彼は、ある時、銃を購入した罪によりイスラエルに逮捕される。彼はイスラエルより拷問を受けるが、イスラエルの国内諜報機関シンベトが彼にアプローチをかけてきた。

 イスラエルへの復讐を心に決めていた著者は、2重スパイになりハマスに貢献しようと考えた。

 自分たちのスパイになると著者からの合意を受けたシンベトは、形だけでも彼に刑を受けさせなくては逆に疑われるとして、著者を刑務所に送る。

 その刑務所で見たものが、著者の心を変えさせてしまう。同じ刑務所に捕えられていたハマス幹部たちは、自分たちの力を維持するために同胞であるパレスチナの民衆に拷問をおこない、彼らに自分はイスラエル側への密告者だという自白を強要していた。

 「密告者であることはその人間の人生が終わったのと同じだった。彼の家族、妻も彼を見捨て、家族との人生もなくなった。1993年から96年の間、イスラエル刑務所内で150人がハマスにより密告者の容疑で取り調べを受けた」

 ハマスの残忍さを目のあたりにした彼は、2重スパイになる考えを捨て、本当にシンベトのスパイになることを決めた。

 パレスチナで実権を握る者は、混乱と流血のなかから力と富を得る。その権力と利権を維持するためにはさらなる混乱と流血が必要となる。

 パレスチナの一般民衆は、その利己的な目的のために屠殺場に送られる動物のようなものだと著者は語る。人々の命が無駄に費やされるのを防ぐためにスパイ活動を続けたと彼は言う。

 そして、スパイ活動のなかでキリスト教の教えに触れ、パレスチナの人民は「許す」ことを知らない間違った神に仕えているという結論を下す。

 彼はいま、アメリカで暮らしキリスト教の洗礼も受けている。

 「問題はイスラム教の神にある。イスラム教徒はイスラムの神から解放される必要がある。イスラムの神が最大の敵だ。人々がだまされ続けてもう1400年になる」と彼はあるインタビューで答えている。

 彼の父親は「ハマスは彼がスパイであることをずっと知っていた。そして彼はハマスの重要メンバーであったことは一度もない」という声明を出した。

 一方、イスラエル側は彼について現在も沈黙を守り続けている。



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2010年04月09日

『Just Kids』 Patti Smith(Ecco Press)

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「パティ・スミスとローバート・メイプルソープのニューヨーク」


 2001年にビート詩人のグレゴリー・コーソが死んだ。僕は、ニューヨークのロワー・イーストサイドでおこなわれた彼の葬儀に出席した。

 その席で一番印象に残ったのは、パティ・スミスだった。彼女は、ギターの弾き語りで「スターダスト」を歌った。彼女が歌っている間、彼女の声とギターの音が空中に質感をもって漂っている感じがした。

 歌が終わると彼女は、泣きそうな笑顔を浮かべ「グッバイ・コーソ」と小さく手を振った。
 
 その時には、パティとコーソがどんな関係にあったか知らなかったが、今回読んだ「Just Kids」で、パティにどの本を読んだらいいかのリストを作り、どの辞書が一番いいかを教え、彼女に創作の道を進めと励まし、セント・マークス教会でおこなわれていたポエトリー・リーディングに連れていったがコーソだと知った。

 そのほか、同じビート詩人のアレン・ギンズバーグは、パティのことを「プリティ・ボーイ(可愛く、若い男)」だと勘違いして声をかけ、食べ物を凝り、そこから交流が始まったことも分かった。

 こんな、出来事を知るのは僕にとって無情の喜びだ。特のその場所が、僕が住んでいるニューヨークならばなおさらだ。

 しかし、「Just Kids」はパティ・スミスの自伝ではない。これは、パティと彼女のボーイフレンドだった写真家ロバート・メープルソープのふたりの物語と、60年代終わりから70年代初めのマジカルなニューヨークの街を描いた回想録だ。

 67年にニューヨークで出会ったパティとロバートの生活は家なし、文無しの生活から始まる。パティはスクリブナー書店に仕事をみつけ、ロバートは身体を売り生活費を工面した。

 生活が変わるのは、ふたりがチェルシー・ホテルに住み出してからだ。

 そこでジャニス・ジョップリン、ジョニー・ウィンター、コーソ、バロウズなどと知り合い、ふたりはチェルシー・ホテル、マックスズ・カンサスシティ、それにアンディ・ウォーホルのファクトリーと、ニューヨークのアート/ロックシーンのマジカル・トライアングルとも言える世界に入り込んで行く。

 「 最初に会った時、彼はとても恥ずかしがり屋だった。彼はマックスズ、チェルシー、ファクトリーの難しい領海を泳ぎ、自分を見つけていった」

 彼女はトッド・ラングレンとも知り合い、パンクロック・バンドを結成し、当時まだ誕生したばかりのエネルギーに溢れていたCBGBに出演する。

 一方、ロバートは煌めくハイアート・ソサエティに惹かれていき、ふたりは別々の道を進むことになる。

 スクリブナー書店、CBGB、ファクトリーなどはもう消えてしまった。ロバートも89年にエイズで命を失っている。

 「Just Kids」は興奮、ノスタルジア、喪失感、それに憧憬がごちゃごちゃに詰まった火の玉を心に投げつけられたような気持にさせられる本だ。



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