« 2009年06月 | メイン | 2009年08月 »

2009年07月29日

『The power of the dog』Don Winslow(Vintage Books)

The power of the dog →bookwebで購入

「荒々しい疾走感が味わえる作品」


 ロサンゼルスに住んでいた頃、車を飛ばしてサンディエゴを抜けアメリカの国境を越えメキシコのティワナまで行った。

 アメリカの永住権をもっていた僕は、アメリカを出てメキシコに行って、そのあと何の手続きもなくアメリカに戻ってくることができた。

 ティワナはワイルドな街で、週末は明け方までクラブやバーが賑わい、どこか無法地帯の雰囲気があった。物事が素早く決まり、状況があっと言う間に変化する街でもあった。僕はアメリカでは味わえない、スリルとちょっとした緊張を求めてたびたびティワナを訪れたものだ。

 もうティワナのようなワイルドな場所を訪れても昔のようなスリルを感じることはない。まだ若かった僕には興奮を呼び起こす街だった。

 今回読んだドン・ウィンズロウの『The Power of The Dog』はそんな荒々しいスリルと緊張感をたっぷり味わえる作品だった。

 物語は1970年代のメキシコから始まる。主人公のひとりアート・ケラーは、型にはまらず時として規則違反も顧みないアメリカ麻薬取締局(DEA)のエージェントだ。彼は麻薬売人エイダン・バレラを通じて彼のおじでメキシコの中央政府警察官のミゲルと知り合う。

 アートはミゲルの力を借りてDEAが追っていた麻薬カルテルの親玉であるドン・ペドロを追いつめる。しかし、これはミゲルの策略であり、ミゲルはドン・ペドロを殺害し、自分がカルテルのボスになる。ミゲルはメキシコをテキサス/アリゾナ地区、ルイジアナ/フロリダ地区、ティワナ/サンディエゴ地区に分け各地区を統括する手下を置く。

 一方、ニューヨークでは、チンピラからのし上がったカランたちがヘルズ・キッチン地区をマフィアから与えられ、マフィアのボスには秘密で麻薬を扱うために南カリフォルニアへ向かう。

 その、南カリフォルニアでは魅力的なノラが高級コールガールに身を転じようとしていた。

 物語はアート、エイダン、ミゲル、カラン、ノラたちの人生が複雑に交差する。舞台はマンハッタン、ティワナ、エルサルバドル、ホンジュラス、ワシントンなど目まぐるしく変化し、メキシコ政府、アメリカ政府を巻き込んだ複雑な展開を見せる。イラン・コントラ事件やメキシコの大地震、アメリカでのクラック・コカインの大流行などの史実も盛り込まれ90年代まで物語は続く。

 裏切りと暴力とセックス、それにロマンスや人情劇もある荒々しく疾走感に満ちた物語だった。


→bookwebで購入

2009年07月18日

『The Yankee Years』Joe Torre/Tom Verducci(Doubleday )

The Yankee Years →bookwebで購入

「ジョー・トーリのヤンキース」


 1980年代からニューヨークに住んでいる僕は、当然のことながらヤンキースのファンだ。知り合いにはメッツのファンもいるが、昔からナショナル・リーグよりアメリカン・リーグに親しみを感じていて、気がつけばかなりのヤンキースファンになっていた。

 僕は1992年から日本に一時帰国し、1994年に再びニューヨークに住み出したが、その2年後の96年にジョー・トーリがヤンキースの監督に就任した。それまで、20年近くワールド・シリーズの優勝を逃していたヤンキース。90年代前半僕はコラムニストのマイク・ロイコが書いたコラムなどを読み、僕の知らない強かったヤンキースの昔の姿を偲ぶ生活を続けていた(シカゴに住んでいたロイコは当然ながらヤンキースのことを嫌いだった)。

 しかし、トーリが監督になったヤンキースは変わった。その強さは数字が証明している。1996年から2007年までのトーリが監督を務めた12年間、ヤンキースは毎年アメリカン・リーグのプレーオフに出場し、そのうち6回アメリカン・リーグのリーグ優勝を果たした。そして4回ワールド・シリーズの勝者となった。

 この記録は凄いものだ。しかし、この時期ヤンキースに対する期待も大きくなり、プレーオフに出ても、リーグ優勝をしても、ワールド・シリーズに勝たなければチームとしては失敗というほどになった。オーナーのスタインブレナーも同じ期待をし、大リーグのどのチームより強くあることが当然とされた。それはそうだろう、なんてたって彼らはヤンキースなのだから。

 そんな期待感のなかで、ヤンキースは毎年選手を変えていった。ランディ・ジョンソン投手、ジェイソン・ジアンビ、松井秀喜、井川慶、アレックス・ロドリゲス、デービッド・コーン投手、デービッド・ウェルズ投手。

 これらの選手のほかに、オールドガードと呼ばれる古株のホルヘ・ポサダやデレク・ジーターがいた。

 そして彼らはワールド・シリーズ優勝を目指して戦った。トーリが率いたヤンキースはいまでも一番心に残るヤンキースだが、彼らはどう戦い、トーリはどうチームを率いていったのだろうか。

 その内情が分かるのが、トーリとトム・ベルデュッチ(スポーツ・イラストレイテッド誌の記者)の共著による『The Yankee Years』だ。この本の大きな特徴は、著者のトーリ自身が3人称で語られているところだろう。トーリの言葉は引用文として登場し、他の選手の言葉と扱いに代わりがない。もしトーリが「I(私)」で登場すれば、この本の雰囲気はかなり違ったものとなっただろう。

 ヤンキースファンにとっては、この本はそこはかなとなく興味深い。

 トーリはスタインブレナーにとって新監督の一番目の候補でもなく、2番目でもなかった。実はトーリは4番目の候補だった。そうして、監督就任当初ニューヨークのメディアはトーリに批判的で、地元の新聞ニューヨーク・デイリーニューズなどは『Clueless Joe(訳のわかっていないジョー:この見出しはもちろん有名なShoeless Joeをひっかけたもの)』という見出しで彼を紹介した。

 トーリが新監督に就任した96年、ヤンキースはいきなりワールド・シリーズで優勝を果たす。僕は、この年のヤンキースチームをよく憶えている。ティノ・マルチネス、ジョー・ジラルディ(今のヤンキースの監督だ)、ポール・オニール、バーニー・ウィリアムズ、マリアノ・ダンカン、デービッド・コーン、マリアノ・リヴェラ、ジョン・ウェッテランド、アンディ・ペティート。

 この選手たちの名前を読んで、うんうんと頷く人は僕と同じかそれ以上のヤンキースファンだろう。

 96年に続き98年、99年、2000年にもヤンキースはワールド・シリーズを制するが、その後はすでにそれまでのヤンキースとは違うチームとなっていく。そこには、巨額の契約金で入団したスター選手のほかの選手とは異なる試合への臨みかた、スタインブレナーの健康の衰え、首脳部とトーリの確執、選手同士の確執などがあった。

 2007年のペナントを最後にトーリはチームを去る訳だが、そのいきさつもニューヨークではかなりセンセーショナルに報道された。

 この本を読んでよかったと思うことは、トーリからみたヤンキースや首脳部のことが分かる点だ。憶測や報道、そして噂などで知っていたことが本当かどうか知りたかった。本を読まなければ知り得なかったこともこの本を読んで分かった。

 暴露本などと批判を浴びたが、僕自身はトーリがこの本を書くと決めてくれたことをとても感謝している。あの時代に自分が感じた興奮が、トーリが語るチームの内情と重なり、どこか重いそして切ない読後感となって襲ってくる本だった。

 


→bookwebで購入