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2008年12月26日

『Outliers: The Story of Success』Malcolm Gladwell(Little, Brown)

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「成功の要因を探った本」


 『The Tipping Point』『Blink』とベストセラーを発表してきた、『ニューヨーカー』誌のライター、マルコム・グラッドウェルの新刊。

 以前の2作を紹介すると、『The Tipping Point』はある考えや行動が社会的に大きな潮流となる瞬間についてのもので、『Blink』は2秒で決まる第一印象や直感の力について書かれた本だった。

 今回のタイトル『Outliers』とは聞き慣れない言葉だが、「分布の中心から大きく外れた値」という意味。副題には「The Story of Success」とある。つまり、この本は人がずば抜けた成功を得るにはなにが必要かを探った本だ。

 『ワシントン・ポスト』紙の元ビジネス/サイエンス担当ライターという経歴を持つグラッドウェルはこの本で成功の要因を社会的、文化的、統計学的な面から追っている。

 この本はいわゆる「成功の法則」や「成功を引き寄せる術」などの、自己啓発分野の本ではない。この本は文化人類学、社会学の視点が色濃いポップカルチャー分野の本ということができる。

 グラッドウェルは、例えば、ボルティモア州の裕福な家庭、中産階級、低所得家庭の子供の成績調査を紹介する。調査結果は予想通り、裕福な家庭の子供は、低所得家庭の子供より学業で大きな成功をみせる。

 しかし、著者は学期中の成績調査に注目する。その調査では裕福な家庭の子供も、低所得家庭の子供も知識の習得には大きな違いがない。しかし、アメリカの長い夏休みを終えて学校に戻ってきた子供たちには、大きな違いがあった。裕福な家庭の子供は夏休み中に知識をさらに習得し、一方低所得家庭の子供たちは知識を失っていた。

 そこで、著者はいまアメリカが低所得家庭のために取っている教育政策は間違っていると結論を出す。アメリカが低所得家庭の生徒のために与えようとしている小さなクラス、新しい施設、博士号を持つ教師などは、与えられればもちろんいいものだが、絶対に必要なものではない。低所得家庭の子供に必要なのは長い学校時間だという結論だ。

 この結論の成功例として著者はニューヨーク州ブロンクス地区にあるKIPPスクールを紹介している。この地区は低所得家庭が多く、特に母子家庭の子供が多い。この地区のKIPPスクールに通う子供の多くが黒人とヒスパニック系の子供である。しかし、KIPPに通う子供たちは全米レベルで素晴しい成績を収めている。

 この学校と通常の学校の大きな違いは、授業の時間数だ。学校は朝7時半から始まり午後5時まで。2週間に1度は土曜日に授業があり夏休みの間の3週間もクラスがある。

 子供たちの多くは朝5時半には目覚め、家に帰って宿題を済ませるともう寝る時間という生活を送る。音楽の授業もあり、生徒全員がオーケストラに入ることを義務づけられる。クラブ活動などをやると朝7時半から夜の7時まで学校にいることになる。

 『Outliers』のなかで、著者はこの学校の例だけではなく費やす時間の重要さを強調している。ビル・ゲイツ、ビートルズ、モーツアルトの偉大な成功の裏には彼らが費やした膨大な時間があったという。著者は桁はずれた能力を発揮するには、才能だけではなくその技術の習得するためのある決まった時間数が必要だとし、その時間数は1万時間だとしている。つまり、人の脳がある桁外れの能力を習得するには、1万時間という膨大な時が必要なのではないかとしている(1万時間をかけても、桁はずれた能力を習得できない人もいると思うが、そのことには触れられていない)。

 その他、文化、親、社会的状況、生まれた時期なども人の成功に大きく関わると著者は述べ、それぞれに対す興味深い事例を挙げている。

 誰もが「成功」は才能だけではないと分かっているが、そのほかの漠然とした「成功」の要因を、きちんと整理して、そのうえ実証例もみせてくれたのがこの本だ。グラッドウェルの文章に一種の熱意が感じられるのも好感がもてる。

 「ニューヨーク・タイムズ」紙ベストセラー・リスト第1位になった本でもある。子供を持つ親や、これから何かを目指そうとしている人にインスピレーションを与えてくれるだろう。



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2008年12月16日

『American Wife』Curtis Sittenfeld(Random House)

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「結婚に幸せを見いだせない女性の物語」


 人は自分の人生を悲観的にみたり、楽観的に感じたりするが、それはその人が送ってきた人生のありかたによるのだろうか。

 よい人生が送れれば、物事を楽観的にみられるのだろうか。また、それまでの人生が不満足なものなら悲観的なものの見方をするものなのだろうか。

 今回紹介する小説『American Wife』を読み終わって、僕はそんなことを考えた。

 『American Wife』は、ニューヨーク・タイムズ紙が2005年に年間ベストブックの1冊に選んだ『Prep』の著者カーティス・シテンフェルドが今年の9月に発表した新作だ。今回の新刊もニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストの上位に入った。

 カーティス・シテンフェルドは何故かメディア受けする作家のようで、この間も「タイム」誌に登場していた。

 主人公はウィスコンシン州で1940年代に生まれたアリス。彼女は高校の時に自分の過失による交通事故を起こし、交際を始めたばかりのアンドリューを失ってしまう。

 彼女は、自分に罰をあたえるように、結婚するまで守ろうと心に決めていた貞操を残酷な方法で捨てる。その後、図書館員となったアリスは、チャーリー・ブラックウェルという、名門家庭の青年と出会う。チャーリーは粗野で、アリスと共通点はない。チャーリーはこれから政治の世界に打って出ようとするところで、アリスとは政治思想も違う。

 しかし、アリスはチャーリーのバッドボーイ的な性格に惹かれ、出会って半年で結婚を決めてしまう。そして、チャーリーは数年後にアメリカ大統領に就任する。

 この物語は、アメリカ大統領であるジョージ・W・ブッシュと妻のローラ・ブッシュの人生を下敷きにしている。物語のなかには、ブッシュの政治参謀役であったカール・ローヴ、ブッシュ政権の黒幕的存在だったディック・チェイニー、イラク戦争反対を唱えたシンディ・シーハンと思われる人物たちが登場する。

 物語の鍵となる事件の多くが、実際にジョージやローラに起こったことだが、この小説は政治風刺小説ではない。これは、自分では望まなかった特権や影響力を持ってしまった女性のとまどいや、過去の自分の行為に対する呵責の念を描いた作品だ。

 そしてなにより、自分とは根本的に異なる人間である男と結婚をした女性の人生を描いた作品である。

 アリスは自分の結婚に対して、こう結論を下す。

 「 私は違った人生を生きることができたけれども、この人生を生きている。ほとんどの結婚には裏切りがあるだろうと思う。私たちの結婚のゴールは、パートナーシップの力よりも大きな力を持つ裏切りを持ち込まないことだろう」

 これはかなり悲観的な人生観だが、多くの人に共通する感覚だと思う。




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2008年12月08日

『State by State: A Panoramic Portrait of America』 Matt Weiland, Sean Wilsey(Ecco Press)

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「優れたエッセーでいまのアメリカを綴った1冊」


 僕は、アメリカ社会を題材にした優れた本を見つけると、つい手に取ってしまう。政治ニュース好きでもあり、社会と人の関わりにつきない興味を感じている。

 最近では、アメリカ全土のなかで起こっている、これから人々の生活にインパクトを与える可能性のある小さな潮流を探ったマーク・J・ペン著の『Micro Trend』や、アメリカ人口の流れを「街」をテーマに切ってみせてくれたリチャード・フロリダ著『Who’s Your City』などとても興味深く読んだ。

 特に『Micro Trend』の方は ビル・クリントン元大統領のもとで働き、選挙の際「サッカーマム(教育に熱心なアッパーミドル階級の母親たち)」が浮動票となっていていることをつきとめ、彼女たちを取り込むことが選挙を勝利する道と提唱し一躍有名になった統計学者の手によるものだけにとても面白かった。

 そして、この10月に出版された『State by State』はアメリカ社会に興味を持つ人だけではなく、アメリカ文学好きの人にもお勧めの本だ。

 内容は、アメリカ50州を対象に各州につき1本のエッセーで構成されている。

 興奮するのはそのラインアップだ。コネチカット州を担当したのは『Ice Storm』を書いたリック・ムーディ。ミズーリ州はジャッキー・ライデン。そして、僕が住むニューヨーク州はいまをときめくジョナサン・フランゼンだ。

 アメリカをテーマとする本らしく、移民文化圏の書き手もエッセーを寄せている。ジョージア州は中国からの移民で『Waiting』で全米図書賞を受賞したハ・ジン。そして、ロードアイランド州を担当したのは、日本でもファンが多いピューリッツア賞受賞作家ジュンパ・ラヒリ。

 そのほか、ミシシッピ州はバリー・ハナ(彼はこの本で僕の好きだった作家ラリー・ブラウンのことを語っている)。メイン州についての原稿を寄せたのは文芸誌『The Believer』の創刊編集者ハイディ・ジュラヴィッツ。イリノイ州は『A Heartbreaking Work of Staggering Genius』 のデイブ・エガーズ。

 この本を思いつき編集にあたったのは文芸誌『パリ・レビュー』のデピュティ・エディターのマット・ウェイランドと作家のショーン・ウィルシー。 彼らはいま紹介した作家以外にも、ジョン・アップダイク、ドン・デリーロ、リチャード・ライト、そうしてJ・D・サリンジャー(彼はまだ原稿を書いていて、書いた原稿は金庫にしまっているという噂がある)にエッセーを依頼したが断られた。

 アップダイクは自分の経験や知識は過去のもので期待に応えられないとし、ドン・デリーロは自分の「暗い内部の感情」に根ざしたものだけを書きたいと断った。リチャード・ライトは企画自体が表面的になる危険性があると注意を促し、J・D・サリンジャーはいつもの沈黙を守った。

 この本の醍醐味は、優れたエッセーを読む楽しさに加え、それぞれの州が醸し出す土地の違いを読むことにある。それはノスタルジックで人の良さを感じさせるバリー・ハナの南部と、たっぷり皮肉を利かせどうしようもなく悲観的なジョナサン・フランゼンのニューヨークを読めば分かる。この2本のエッセーを読み比べるだけでも、十分価値があるだろう。アメリカの広さを感じさせてくれる1冊だ。



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