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2008年05月26日

『John』Cynthia Lennon(Three Rivers Press)

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「シンシアが語るジョン・レノンとの人生」

以前このページで、ジョージ・ハリソンとエリック・クラプトンの妻となったパティ・ボイドの自伝『Wonderful Tonight』を紹介したが、今回はジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノンが書いた自伝『John』を読んだ。アフリカで子供時代を送りロンドンでモデルの仕事をしていた経歴を持つ洗練されたパティとは違い、シンシアは基本的にリバプールの古い社会に属する女性だ。

この本で読むべきものは、スターになる前のジョンを知るシンシアからみたジョン、それに60年代のドラッグ文化とは波長が合わなかった彼女の経験した新たな時代の変化だ。それにもちろん、時代を切り開き、多くの人々に勇気を与えたジョン・レノンという人物に深く関わったひとりの女性の人生だろう。特に、僕も含めたビートルズのファンならば神聖化しがちなジョンのひどく残酷な部分を語っているのは、やはり青年期から大人になったジョンに男女の関係で関わった妻シンシアでなければできないことだろう。

シンシアとジョンの出会いは1958年。ふたりは同じ美術大学の学生だった。この後、1962年にジョンの子供ジュリアン・レノンを身籠り、ジョンとシンシアは結婚をする。この時、ビートルズのマネジメントを始めたブライアン・エプスタインはジョンに結婚していることや子供がいることを隠すように勧めた。

ビートルズはこの62年にレコード・デビューを飾り「ラヴ・ミー・ドゥ」「プリーズ・プリーズ・ミー」「フロム・ミー・トゥ・ユー」「シー・ラヴズ・ユー」などのヒット曲を出し、「抱きしめたい」がアメリカでナンバー1になり、世界的な人気グループとなった。

ビートルズのメンバーの生活は激変し、彼らはドラッグを始めたりジョージ・ハリソンの影響で東洋的な生き方や音楽を試してみたりする。

スターとして60年代を引っ張っていく存在のジョンと、基本的には変わらないシンシアとのあいだにはどんどんと埋まらない溝が生まれる。この本を読むと、シンシアがジョンの冷酷さや浮気も受け入れ、それまでのことは水に流して「新たな夫婦関係の始まり」と何度も自分に言い聞かせていたことが分かる。

しかし、その期待もヨーコ・オノの出現でこなごなにされる。

この本ではなかなかヨーコのことが出てこないので、いまだに語るには辛すぎることだったのかと思ったが、終わりの3分の1くらいからはジョンとヨーコに関わる事象や思いがしっかりと語られていた。

一読者として最も驚いたのは、シンシアとジョンの破局が避けられないものとなった夜の事件だった。家を飛び出したシンシアはジョンの友人のもとに身を寄せる。その夜、混乱しているシンシアにその友人は「前から君が好きだった。ジョンとヨーコに仕返しをしよう」とシンシアを誘惑する。シンシアは突然の告白に困惑し、何を言っているのだと相手にしない。

しばらくして、ジョンからの正式な離婚の申し出を告げてきたのはその友人だった。そうして、ジョンはその友人に高級車を買ってあげている。

この一連の事件でシンシアが考えたことは、すでに離婚を決めていたジョンが離婚調停を有利に進めるためにこの友人を利用したのではないかということだ。シンシアも不倫をしていたとなれば、ジョンの立場も有利になる。誰がそんな卑劣な手口をジョンに吹き込んだのかとシンシアは考える。

こんなどろどろとした事件や感情は、やはり男と女としてそして妻としてジョンと結ばれたシンシアだけが語れるものだろう。

その後もジョンとヨーコのことが語られ、80年にジョンが暗殺されたあとはヨーコから受けた自分の息子ジュリアンへの冷たい仕打ちが語られている。

ジョン・レノンという時代の象徴となった人物と深く関わった自分の人生を彼女はどう考えているのだろう。本の最後でシンシアは自分の思いを伝えている。

「私はずっとジョンを愛してきた。しかし、その愛の代償はとても高くついた。もし何が起こるか分かっていても同じことをやったかという質問を最近受けた。答えはノーだ。もちろん、とても素晴しい息子を持ったことを決して後悔はしない。しかし、もしティーンエイジャーの私がジョン・レノンを好きになって何が始まるか知っていたら、私はその場で踵を返し歩き去っていただろう」

今年(2008年)で69歳になるシンシア。今は幸せに暮らしていることを祈る。序文はジュリアン・レノンが担当している。



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2008年05月14日

『The commoner』John Burnham Schwartz(Nan a Talese)

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「美智子様をモデルとしたアメリカの小説」


 1959年、美智子様が当時皇太子だった明仁親王と結婚をした。その時、僕は10歳にもなっていなかったが、ふたりを乗せたはでやかな馬車のパレードは鮮明に記憶している。白黒のテレビに映し出された美智子様の笑顔は子供心にもきれいだと感じたものだ。

 あれから約50年が経ち、いま皇室に関するニュースが時々日本のメディアをにぎわせている。

 少し前、オーストラリアのジャーナリスト、ベン・ヒルズが雅子様と皇室の世界に関する本『Princess Masako : Prisoner of the Chrysanthemum Throne』を書いたが、今回紹介する本はアメリカの作家による美智子様をモデルにした小説だ。

 長い伝統を持ち一般庶民の暮らしとは別世界であり、閉ざされたイメージがある日本の皇室は、海外でも人々の興味の対象となっているようだ。

 この作品の主人公ハルコは聖心女子大学卒業後にテニスの試合を通じて皇太子に出会い結婚を申し込まれる。父親は娘が皇室に入り自由を失うと恐れ反対をするが、ハルコは結婚を決意する。こうして、一般庶民から初の妃殿下が誕生したのだ。

 物語の中盤は皇室内のしきたりや力関係、周囲の人の悪意により自由を失っていくハルコの姿が描き出される。男子の子供を身籠ることを期待され、それが彼女の唯一の役目となる。そうして無事男子の世継ぎヤスヒトを産むと、次はヤスヒトをどう育てるかの争いが生まれる。皇室内での自分の無力さを味わい、ハルコは精神障害を起こし声が出なくなってしまう。

 この精神障害から立ち直るが、彼女の心はすでに永遠に損なわれてしまう。

 「I have no philosophy left. What I have instead is a very full schedule, day after day. The sad truth is I’ve become merely a pragmatic person.(私にはもう哲学など残っていません。その代わり、私に残されたものはくる日もくる日も続く予定がいっぱいに詰まった日々です。私はただの合理的な人間になったに過ぎません)」とハルコは語る。

 それから数十年後、皇太子となったハルコの息子ヤスヒトはハーバード大学を卒業し外交官として活躍するケイコに恋をし、彼女をお妃として迎えたいと希望する。

 この結婚の申し込みにヤスヒトが失敗したならば国民は彼をもう許さないはずだと感じハルコは、彼女と同じように一般人から皇室に入ろうとするケイコと話し合いの機会を設ける。

 ケイコはヤスヒトとの結婚を受け入れるが、そこで彼女を待っていたものは、やはり閉ざされた皇室の世界だった。同じ一般人から皇室の世界に入ったハルコがケイコになにをしてあげられるか。ケイコはある決心をする。

 日本の皇室を舞台にしたアメリカの小説は、しっとりとした文章の中に際立った残酷さが漂う作品だった。



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