« 2008年01月 | メイン | 2008年04月 »

2008年03月28日

『The Castle in the forest』Norman Mailer(Random House)

The Castle in the forest →bookwebで購入

「悪魔の存在が漂うノーマン・メイラーの作品」

前々回のコラムで神の存在について考えさせられたリチャード・ドーキンズ著『The God Delusion』を紹介したが、今回は悪魔の存在について考えさせられるノーマン・メイラーの小説『The Castle in the Forest』を紹介しよう。
神を信じる人は悪魔の存在も信じるのだろうか。全知全能の神がいると認めるのなら、同等の力を持つ超自然的な存在も認めないわけにはいかないだろう。善と悪という対局にある偉大な力を持つふたつの存在のあいだで人間は行動し、思考する。悪の力に屈しないように神が存在する。神を信じる人にとって悪魔の存在は、神が存在する大きな要因のひとつだろう。

ところで今回読んだこのノーマン・メイラーの小説は、ヒットラーの13歳までの姿を追ったものだ。

物語はナチスのハインリッヒ・ヒムラーの部下だった男の語りで進められていく。ヒムラーはナチスの親衛隊とドイツの警察すべてを統括指揮し、ホロコーストを率先して推し進めためた人物だ。

冒頭の語りでは、その裏に潜む異様なまでの凶暴さが感じられ、鳥肌が立つくらいだ。

物語はヒットラーの祖父、祖母の軌跡をたどり、ユダヤ人の血が流れるといわれているヒットラー家の歴史を追う。また、ヒットラー誕生をめぐる忌まわしい近親相姦の話もなされる。

メイラーは膨大な資料を読破しヒットラーの姿を追っているが、描いた内容が事実であるとも新説であるとも言っていない。

この作品がいわゆるヒットラーの伝記とならないのは、その驚くべき構成にある。

語り手であるナチス部員は、ヒットラーの父親と母親(いとこ同士となっているが、ひょっとするとこのふたりは父親と実の娘の可能性もある)がセックスに溺れ、モラルも顧みずに快楽を追う姿を伝えるなかで自分はサタンに仕える身であることを読者に告げる。

これが物語の大きな設定となり、その後語り手は生まれたヒットラーの弱い心のなかにいかに悪の種が宿されていったかをヒットラー家の歴史とともに語り始める。

大量虐殺の性的興奮、人の自由を奪い己を守る権力への憧れ、自分の定めた厳しい規律を他人に課す喜び、命の不思議さ、セックス行為の汚さなどを幼いヒットラーが味わうチャンスを作り悪魔的な人格を作りあげていく。

2007年11月10日に他界してしまったメイラーはそれまでにもイエス・キリスト、マリリン・モンロー,モハメッド・アリなどの人物像を追った作品を発表した。ヒットラーと悪魔の姿を追ったこの小説も読者に大きな衝撃を与えた傑作といえるだろう。僕が知る限りでは、いまのところこの作品が彼の最後の小説となっている。



→bookwebで購入

2008年03月14日

『Mozart Women』Jane Glover(Harper Collins)

Mozart Women →bookwebで購入

「英国の女性コンダクターが描いたモーツァルトの生涯」

僕の人生を豊かにしてくれるものに音楽がある。高校の時にはブルースバンドを組み米軍のベースキャンプで演奏していた。その後、ボストンの大学に入り、軽い気持で取った音楽のクラスでハーバード大学出身の優れた教授に出会い、僕はすぐに専攻を文化人類学からクラシック音楽に変えた。そして、大学院はカリフォルニア州ロングビーチにある州立大学の現代音楽作曲部に入った。そして30歳過ぎまで本気で音楽家で食べていこうと努力したが、結局、夢はかなく破れさり、ロサンゼルスにあった日系雑誌社の記者となり生活をしていくこととなった。

さて、今回紹介する本はモーツァルトの生涯を描いた『Mozart Women』。著者は18世紀音楽の指揮者として著名な英国のコンダクター、ジェーン・グローヴァー。彼女がモーツァルトの音楽性についてだけではなく、人としてのモーツァルトを語るところにこの本の楽しさがある。

本のタイトルからするとグローヴァーはモーツァルトに影響を与えた女性を中心に書きたかったようだが、モーツァルトの生涯を語るにはどうしても父のレオポルドの存在を避けては通れない。この本でも女性たちではなく、やはり父が中心的存在になってしまうのはいたしかたないだろう。

とはいえ、この本ではモーツァルトの母親のアンナ・マリア、最愛の姉ナンネル、初恋の相手であった従姉妹のベーズレ、モーツアルトが死ぬ時に彼を腕に抱いていたウェーバー家の末娘ソフィー、そして妻となったウェーバー家の三女コンスタンツェの姿が生き生きと描かれている。

また、モーツァルトが職を求めてヨーロッパを巡った演奏旅行のことも詳しく書かれている。モーツァルトの家族は1762年(モーツァルト6歳、姉ナンネル10歳)のミュンヘンへの旅をきっかけに、ふたりの音楽神童をヨーロッパの貴族や一般の人々に知らしめる演奏旅行に何度かでかけた。パリ、ロンドン、ウィーン、アムステルダム、ブリュッセル、ミラノ、ローマなどを巡り、時には3年半も故郷のザルツブルグに戻ることはなかった。

その間、モーツァルトはオペラ、シンフォニー、バレエなど彼にとっての新たな音楽形式に触れ、音楽的才能を伸ばしていった。

10代半ばを過ぎると、演奏旅行はよい職を見つけるための旅となったが、モーツァルトに音楽家としての高い地位を与えようとする貴族はいなかった。そんな旅の途中に母のアンナ・マリアはパリで死んでしまう。モーツァルトは故郷に残っていたレオポルドとナンネルに悲しい知らせの手紙を書いた。

そして、ザルツブルグに戻ったモーツァルトはいやいやながらも地元の宮廷音楽家の職についた。しかし、1781年、折り合いの悪かったザルツブルグ大司教から「料理人より上だが、従者より格が下」の音楽家の職を解かれてしまう。モーツァルトにとってはこの解雇が人生の大きな転機となり、当時ウィーンにいた彼は、誰のもとに属さず、作曲や演奏の注文だけで身を立てていく決心をする。つまり今でいうフリーランサーだ。モーツァルトは偉大なフリーランサーだったのだ。

この本では1791年のモーツァルトの死後、ナンネルやコンスタンツェがいかなる人生を送ったかも知ることができる。モーツァルトの葬儀、『レクイエム』を取り巻く複雑な事情、モーツァルトの楽譜や伝記の出版にまつわる話なども読めるので、読者にとっては充実した内容の本となっている。



→bookwebで購入

2008年03月01日

『The God Delusion』Richard Dawkins(Mariner Books)

The God Delusion →bookwebで購入

「ドーキンスにとって神は存在しない」


ノーム・チョムスキー、スティーヴン・ホーキング、ウンベルト・エーコなどと並ぶ頭脳の持ち主であるリチャード・ドーキンス。オックフォード大学に所属する進化生物学者でもある。

彼の『The God Delusion』は興味深い本だ。この本は、生物学の本ではなく無神論者の彼が、「神」は存在しないばかりではなく、「神」の教えに従う宗教は人類にとって危険であり有害でさえあると説いたものだ。

『Selfish Gene』や『The Blind Watchmaker』など名著といえる本を著してきたドーキンス。僕はボストンで大学生をやっている頃、遺伝学のクラスで彼の本を知り、以来彼の本を数多く読んで来た。ドーキンスの著作の素晴らしさは、理論の美しさもさることながら、その読みやすさにある。

ドーキンスの本を読むという行為には、世界的な頭脳の持ち主から、エレガントともいえる理論によって裏打ちされた学術的な事象を、分かりやすく時にはユーモアも交えて語ってもらっている喜びがある。生物学や遺伝学が専門でない僕のような人間でも、彼の本を読むと思わず「そうだったのか〜」と感じ入ってしまい、なにかとても贅沢なことをしている気分になる。

「神」について語った今回の著作もいつものように読みやすいが、ドーキンスには珍しく攻撃的だ。彼が意義を唱えるのは、万物を創造し、人の祈りに耳を傾け、人の行動や考えを知り罰や褒美を与える全知全能の「神」の存在と、その「神」の教えに従うのが尊いことだとする宗教のあり方だ。

「神」の名のもとに人々が殺し合いを続けている現在(過去も同じことが繰り返されてきたが)、「神」と宗教がいかに人の行動に関わっているかを考えることは大切だろう。

この本のひとつの面白さは、単に「神」の存在と宗教に反対の立場を取るというものではなく、何故「神」が存在していないと言えるかを科学・生物学の視点から証明しようとしているところにある。宗教が何故誕生し、現在も存在しているか、また宗教が存在しなくとも人のなかにはモラルが生まれること、そして宗教が人間にとっていかに危険かを進化論と結び付けて証明しようとしている。

しかし、これでドーキンスはある種の人々(それも数多くの人間)から痛烈な批判を受けるだろう。死の脅迫を受けるかも知れない。何があっても「神」を信じる。ドーキンスが言うように「信仰」とはそういうものなのだから。

“One of the truly bad effect of religion is that it teaches us that it is a virtue to be satisfied with no understanding.(宗教の真の弊害のひとつは、理解できなくともそれで満足することが尊いと説いているところだ)”とドーキンスは語っている。



→bookwebで購入