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2007年12月25日

『Fair Game』Valerie Plame Wilson(Simon & Schuster)

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「映画化も予定されているブッシュ政権との戦いのメモワール」

2006年7月、元アメリカ外交官だったジェセフ・ウィルソンは『ニューヨーク・タイムズ』紙にブッシュ政権がイラク戦争に対する情報操作をおこなっているという記事を寄稿した。

イラク戦争を始める以前、イラクはアフリカのニジールからウランを密輸入しているという情報があった。CIAはその情報の調査のためにジョセフ・ウィルソンをニジールに派遣したのだ。ウィルソンは現地調査をおこない、この情報ががせねたであると結論づけレポートを書いた。

しかし、ブッシュ大統領は2003年の一般教書演説でイラクがニジールからウランを密輸入していると語り、戦争に突入するべき理由のひとつとした。

ウィルソンは新聞で自分のおこなった調査結果と、提出したレポートの存在を明かし、ブッシュ政権はすでに自分のレポートでイラクの密輸入はなかったことを知りながら、国民に嘘をついてアメリカを戦争に向かわせたと語ったのだ。

この記事に怒ったブッシュ政権は報復のために、ウィルソンがニジールに派遣されたのは、CIAに務める妻のヴァレリー・プレイム・ウィルソンの勧めだった、というでたらめの情報を共和党寄りのコラムニストに伝えた。ブッシュ政権は、ウィルソンのレポートは依怙贔屓による産物で信用にたるものではないという理論を展開し自己の正当性を主張しようとした。

この情報をコラムニストに伝える時点で、ブッシュ政権はヴァレリーがCIAの秘密工作員であることを一般に暴露してしまう。CIA工作員の身分を知らせてしまうのは、もちろん犯罪である。その後、ブッシュ政権側がいかに情報漏洩をしたかの経緯についての連邦による調査が始まった。事件は大きな話題とりなり、副大統領側の大物補佐官が有罪となった。 

いろいろな人物が、様々の視点からこの事件について語ってきたが、本書はブッシュ政権から標的のひとりとなったCIA工作員ヴァレリー・プレイム・ウィルソンのメモワールだ。

彼女の生い立ちや、CIAに入るまでの物語や入局したあとの訓練の様子などが書かれてあるが、やはり核となるのはブッシュ政権との戦いの記述だ。

メディアも操作できる大きな権力との戦いのなかで、いかに行動していくべきか。ヴァレリーは最初、ブッシュ政権の攻撃に対し無視あるいは考えないことで、攻撃をやり過ごそうとしていた。そのため戦うべきだとする夫と喧嘩が始まり、離婚の危機を迎える。彼女自身もパニック障害を引き起こし、精神的にも危険な状態となる。

ウィルソン一家の家庭が崩壊し、彼女が精神的にも崩れさってしまえば、それはブッシュ政権の報復成功を意味する。政権にたてつく者への罰としてブッシュ政権が与えた家庭崩壊であり、精神異常だ。

ヴァレリーは夫と話し合い、離婚をしないこと、共に戦うことを決心する。本書には幼い双子の母親として、CIAの工作員として、そしてアメリカ一市民としてのヴァレリーの戦い、そしていかにブッシュ政権が彼女の正体を暴露したかが記されている。

この本はCIAからの校閲があったため、本には校閲箇所がそのまま黒塗りで残っている。こんな仕様の本は以前に読んだことがない。見開き2ページまるまる読めない箇所もあり、CIAの校閲箇所がどれほど多かったが分かる仕掛けだ。すでに公になっている情報についてのCIAの校閲は、ブッシュ政権による報復がまだ終わっていないこと物語っている。

すでに映画化も予定されている話題の作品だ。



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2007年12月15日

『Marco Polo: From Venice to Xanadu』Laurence Bergreen(Alfred A. Knopf )

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「マルコ・ポーロのワンダー・トラベル」


 1271年、17歳のマルコ・ポーロは父親と叔父と共にイタリアのヴェニスから東方を目指す旅にでた。その旅の様子を描いた書物『東方見聞録』はマルコ・ポーロが口述し、ピサ出身の文筆家ルスティケロ・ダ・ピサが採録編纂したものだ。この書物が出版された時代にはまだ印刷技術がなく、多くの言語に翻訳された本は写本という形により世界に広まった。しかし、祖本はもう残っていない。

 シルクロードを渡り、当時隆盛をきわめていたモンゴル帝国の皇帝フビライ・ハーンのもとに外交官として17年間仕え、約四半世紀の時を経て1295年にヴェニスに戻ったマルコ・ポーロ。今回、紹介するのは優秀な歴史家であり伝記作家でもあるローレンス・バーグリーンがマルコ・ポーロの辿った道とその人物像を追った『Marco Polo』だ。

 この本を読むと人は何故旅に出るのだろうという疑問が心に浮かぶ。マルコ・ポーロは商人であり、商売のために遥かなる旅を始めるのだが、金儲けをしたいのなら国に残って商売をやっていた方がよっぽど儲かったはずだ。

 彼にとって旅は人生のエッセンスだったに違いない。マルコ・ポーロが経験したような旅で最も味わい深い部分は目的地への到着ではない。一番の魅力はそこに到着するまでの道のり、人々とのやりとり、困難な状況を解決していくという旅の課程だろう。

 マルコ・ポーロはフビライに会うまで、シルクロードを渡る旅を3年半ほど続けた。本の最初の100ページほどはこのシルクロードの旅の様子がマルコ・ポーロの人柄とともに描かれている。

 マルコ・ポーロは、シルクロード上に点在する村のなかには、知らない客人が戸口に現れると、その客人をもてなすために何でもやると語っている。主人は、客人が妻や娘と寝られるように数日家を空けることさえすると言う。バーグリーンはこの不思議な風習を種の生存の知恵ではなかったかと解説している。外の社会との交流が少ない小さな村では新しい血が入らないと、近親相姦の危険や劣性遺伝による障害を持つ子供が生まれる可能性が高くなる。そのため、通りすがりの男からでもよいので、違う遺伝子を受け入れる必要があったのだという。

 また、マルコ・ポーロはチベットの空気の薄さ、タクラマカン砂漠の厳しい気候のことなども語っている。

 シルクロードの旅の部分だけでも十分面白いが、その後フビライ宮廷内の力関係、貨幣制度、当時の男女関係、宗教、モンゴル帝国の統治の仕方、黄金の国日本とフビライがみた日本征服の夢のことなどが書かれてあり、まさに遥かなるロマンを感じることができる内容だ。

 そうして、24年間の旅を終えてフビライのもとを離れ、ヴェニスに戻り生活を始めたマルコ・ポーロはジェノバ共和国との戦いで捕虜となり『東方見聞録』を口述した。この本はヴェニスに戻ってからの彼の姿も伝え、1324年の彼の死までを追っている。




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