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2014年03月02日

『セラピスト』最相葉月(新潮社)

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「評伝にはしない」

 ノンフィクションというジャンルの可能性を感じさせる一冊である。
 日本におけるカウンセリングのあり方を取材した本書は、内容からすれば、たとえば中井久夫や河合隼雄の評伝としてまとめられていてもおかしくはなかった。かなりの部分は、中井や河合が統合失調症患者の治療の現場で果たした革新性を強調することに割かれており、最相氏自らがいわば実験台となって中井氏の「風景構成法」による診断を受けるあたりは、資料的価値も大きい。

 しかし、最相氏はあくまでカウンセリングというテーマにこだわった。もしこの本が評伝として書かれていたなら、おそらくカウンセリングをめぐるさまざまな問題意識は、中井久夫や河合隼雄といったカリスマ性に満ちた〝偉人〟の、人生の物語に吸収されてしまっただろう。それだけ二人の人生にはあっと驚くような、そして濃厚な、エピソードがあふれているということでもある。本書でもそうした物語が排除されているわけではないのだが、著者の眼はつねに別の一点をも見据えている。

 それはカウンセリングの根本的な「うさんくささ」ということである。著者は終始この疑念を捨てない。そもそもカウンセリングの歴史はそれほど長いものではない。アメリカでこの言葉が使われるようになったのは20世紀はじめ。日本にもまもなく紹介され、第2次大戦後に本格的に導入されることになる。ただ、長らくカウンセリングには、カウンセラーが相談者を教え導く「善導」という考えがあった。そういう思考法を根本から変えたのが、河合隼雄であり中井久夫だったのである。

 彼らの方法の支えとなったのは「箱庭療法」と呼ばれる診療だった。セラピストが箱庭を用意し、そこにクライアント(患者)がおもちゃを入れていく。そうすると患者にとってうまく言葉にならないものが、無理に言葉にしなくても、この箱庭を通して表に出てくるというのである。河合隼雄は「見ただけでわかるという直感力がすぐれている」日本人には、箱庭療法の可視性がぴったりだと直感し、いち早く国内での治療に導入した。

 この療法にはひとつ鍵となることがあった――これは河合や中井の診療法の全体にもかかわることで、本書の最大のテーマでもある。セラピストがいかに黙るか、ということである。セラピストの沈黙は、それまでの「善導」とは対極にある姿勢だった。診療する側はあくまで患者の言葉が出てくるのを待ち、無理強いしたり、介入したり、やたらと解釈を加えたりはしない。大事なのは、表に出されたものを共有すること。

 こうまとめると、現代人の多くは「それはすばらしい」と安易に賛成するかもしれない。「他者の声に耳をすませる」といったフレーズは今、とても耳に心地良く響く。しかし、ことはそう単純ではない。一口に沈黙と言っても、ただ黙っているというのとはちょっと違う。上手に黙るのである。しかも簡単で明快なマニュアルがあるわけではない。だから実際の診療は、それぞれのセラピストのやり方におおいに依存することになる。黙る、待つ、という方法論にはじめは納得した人も、診療の現場で不安に思ったり、疑念をいだくこともあるだろう。そして、ときにはそんな疑念があたっていることもある。また、「箱庭療法」はとくに統合失調症の患者には、たいへん危険な作用をおよぼすことがあるという。使い方によっては、人の秘密をのぞくことにもつながるし、さまざまな負の側面も想定されるのである。

 最相のスタンスが効力を発揮するのはそのあたりである。「カウンセリングはうさんくさくはないか?」という疑念を最後まで手放さずに語りつづけることで、著者は「箱庭療法」や、これと組み合わせて使われる「風景構成法」を成功物語や魔法の治療法の一部として示すのではなく、うまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない、しかし、それまで問題にされなかったものに到達する可能性をもった何かとして描き出し得ている。

 とりわけ注目すべきは、最相の声の重ね方である。ノンフィクションがさまざまな証言の集積を土台として組み立てられるのは当たり前のことだが、しばしばそこには強力な物語が生じてしまう。つまり、証言の数が多くても、そこにわかりやすい筋書きが見えてしまうことがままある。では、相対立する証言をぶつけあえばいいかというと、必ずしもそうではない。むしろ証言が鋭く対立すればするほど、そこにはいかにも悩ましげな〝ドラマ〟が生じてしまうのだ。そこでは問題は〝文学化〟している。

 本書では最相は極力そうした〝ドラマ化〟や〝文学化〟を避けているように思える。話をわかりやすくしすぎない。おもしろくしすぎない。典型的なのが、先にも触れた中井との面談の記録である。これが冒頭、中程、そして終盤と三箇所で挿入されるのだが、真ん中のそれは実際に最相が「風景構成法」による診断をうけた様子の記述である。著者がいかに物語化を避けようとしているか、その苦労が偲ばれる記録になっている。

 記録の中で中井は、「風景構成法をやってしまいますか」と言うと、A3の紙を用意して「枠があるほうとないほうと、どっちが描きやすいですか」というような言葉をかけながら、少しずつ最相に描画をうながす。決して強制的ではないやり方で、さりげなく何を描くかを指示する。

「まず、『川』がくるんですよ、なぜか」
「はい」
「むろん、どこに流してもいいですよ」
「はい。これまでの取材や資料で見た他の方の絵が頭に浮かんでしまうのですが、自分が思い浮かぶ川はこれしかないという川がありまして」
「それしかないというなら、ご自分の川でいいんじゃないでしょうか」
 では、とサインペンをもち、川を描く。紙の中心から手前に向かって流れてくる川である。遠近法で描いているため川上は狭く、川下に向けて川幅が広がっている。ちょうどスコットランドの旗のように長方形をXで四分割した下方の三角形が川になっているというイメージである。
「ほう……」
……。
「『山』、ですね」
 川に続いて、山を描く。さきほどの川の右側に山を描くが、中腹で切れて頂上は見えない。山は複数あってもよいというので、最初の山の奥にもう一つ山を描く。こちらはてっぺんが見えている。
「山ですねえ。そうすると『田んぼ』でしょう」(一六七)

 実に散文的な会話である。緊張感や、方向感が薄く、小説ならこんな部分はボツだろう。しかし、どことなく気の抜けたような会話だからこそ、きっと当事者の何かをゆるくしてくれる作用が働いているらしい、ということがうっすらとわかる。何となく〝その向こう〟に穏やかに到達していく感じがある。いや、〝その向こう〟とは、ほんとうはこんなふうにぼおっとしながら到達するものなのかもしれない。私たちは刺激の強い〝ドラマ〟に慣れすぎているのだ。

 実はこのあと、中井のゆるやかな誘いにうながされつつ、最相自身が自分の描いたものについてのある解釈に到達することになる。ここはこの本のひとつの山とも言えるところだ。実験台になった著者が、自らの苦い部分に引き合わされる。しかし、本来なら情動とともにこみあげてくるものを描写してもおかしくないその部分でも――そしてセラピーではしばしばそういうことは起こりうるだろうが――著者の感傷は極力抑えられている。

 本書にはカウンセリングをめぐる問題を、個人の物語として完結させまいとする意識が強く働いている。評伝にはなるまいとしている。しかしそれは同時に、すべてを個人の物語として完結させたいという隠れた衝動が強かったことをも示唆する。本書では明らかに河合隼雄と中井久夫という二人の巨人が屹立している。が、それだけではない。今ひとつの物語も見え隠れする。著者自身の物語である。この物語は完全に封殺されることなくあちこちに顔をのぞかせるが、しかし、著者の社会的な問題意識を呑みこむこともない。途中で明るみになるのは、著者が幼少の頃からずっと「そもそも私の話など聞いてもらえないだろう」と思いながら育ってきたことである。語ることをめぐる抑圧にまみれた過去があればこそ、こうして「私の物語」と「カウンセリングの問題」は最後まで拮抗したのかもしれない。少なくとも評者にとってもっともおもしろかったのは、この拮抗だった。

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2013年07月15日

『皮膚感覚と人間のこころ』傳田光洋(新潮社)

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「なぜ他人に触られると気持ちいい?」

 私たちはときに「やっぱり皮膚感覚が大事だよね」などと口にする。まるで「皮膚感覚」がハードな学問や綿密な思考よりも上位に立っているかのように。しかし、そのような言い方で「皮膚感覚」に言及するとき、本当は私たちは「皮膚感覚」をあまり信用せず、軽視しているようにも思う。皮膚など所詮表層=表面=覆い=見かけにすぎない、本当はその下にある内臓や血管や、財産や法律や、命や魂の方が大事に決まっている、と。だからこそ、つかの間、「皮膚」にこだわってみせるのだ、と。

 本書の著者傳田光洋は「皮膚」のことを本気で、徹底的に考えてきた人である。つかの間どころではない。この本を読むと、私たちが何気なく「やっぱり皮膚感覚だよね」などと口にしてしまう背景に、たいへんな歴史があることがわかってびっくりする。傳田の仮説はこうだ。人類は120万年前に体毛を失った。それまでは人類は「毛づくろい」を通して互いに快感を与え合いコミュニケーションを行ってきた。しかし、体毛を失うことで、人類はその道具を失ってしまった。人類が体毛にかわるものとして言語を獲得したのは約20万年前。それから現在に至るまで、言葉は人類にとって最大のコミュニケーションの道具となってきた。言葉によって人類は互いに愛撫し、抱擁し、慰め合ってきたのである。しかし、体毛を失ってから言葉を得るまでの100万年の間、ヒトはいったいどうしていたのか? そこで大きな機能を果たしていたのが、コミュニケーション装置としての皮膚だった、と傳田は言う。

 傳田は皮膚をめぐる古くからの常識から最新の科学的知見までをわかりやすくならべ、情報を読み取ったりエネルギーを制御したりする装置としての皮膚の賢さを示してみせる。皮膚は光りを感じ、音をとらえる。若い女性が皮膚温の低下を通して、男性の気持ちが冷めたことを見抜くといった、一見お茶の間心理学的・バラエティ番組的な話題も、皮膚の組成や実験を通し実証的に解説されていく。

 化学用語になじみがない人は(筆者もそうだが)、こうした説明が本格的になればなるほど理解に困難を感じるかもしれないが、それにつきあう価値は十分ある。とくに読み応えがあったのは、「感覚」と「知覚」の区別を出発点に、人間の自己意識がどこから生まれてきたかを考察する箇所である。傳田はその背景にある考え方を以下のように手際よくまとめてみせる。

 多細胞生物が現われ、全身にいきわたる神経網が形成されるようになると、感覚で得られた情報を再構築しはじめます。それは、大きくなった個体が、環境の変化に対して、より効率よく対処するための有効な手だてです。そのように処理された感覚情報をハンフリー博士は知覚と定義します。そして進化に伴って複雑になった知覚を統御するために「自己意識」が必要になってきた、というのです。個人の意識は物理的な実体のあるものではなく、さまざまな脳の生理学的状態であって、それ以上のものではないのです。(132)

こうした部分からもわかるように、著者は心身二元論を否定する立場である。心とか魂でことを説明したりはしない。そしてあらゆる思考の中で数学的思考が最上位にあり、数学こそはまさに神が人間に与えた最高の恵みだと考える。そういう意味での「神」しか、著者は認めないという。

 こうした考え方に反発する人もいるだろう。筆者自身の感覚としても、意識は脳の生理反応にすぎませんと言われて、素直に「よくわかりました」とは言えない気がする。筆者の「皮膚感覚」が、疑問を呈するのである。もちろん、その「皮膚感覚」が間違っている可能性は大きいのだが。ただ、おもしろいのは、これだけ柔軟な思考をし、物理や化学だけでなく、レヴィ・ストロースからトーマス・マンまで幅広いジャンルからの引用を駆使しながら、皮膚という境界領域のその曖昧さゆえのおもしろさを理系文系の両面から上手に説く著者が、ほとんど頑固なほどに「自分は心身二元論は受け入れない」と強調している、ということでもある。

 研究者としての著者を支えてきたのは、「環境に接する境界」、すなわち「皮膚」にこそ情報やエネルギーを統御する機能が集中しているのが合理的だという生命観である。「皮膚感覚」という、下手をすると扱いの難しい領域を探究するにあたって、著者はこうした強固な信念を持ってきた。その土台の揺るがなさゆえに、さまざまなジャンルへの越境もスムーズに行われ、「なぜ自分で自分をくすぐっても、くすぐったくないのか」とか、「なぜ自分の声を録音して聞くと不快なのか」「なぜ自分のおならは(それほど)臭くないのか」といった身体感覚一般についても合理的な説明が加えられる。

 ただ、注意しておいていいのは、皮膚という領域のもつ「あやしさ」をいかに抑制するかに、著者がたいへん気を遣っているということでもある。中には、皮膚感覚を扱った本書を読み、その内容に満足しつつも、同時に次のような感想を持つ人もいるだろう。すなわち、なぜ「スキンシップ」のことは書かれていても、「性」のことは書かれないのか?と。あるいは、人に触られて気持ちいいこともあるけど、気持ち悪いこともあるでしょう?と。

 このことが著者の心身二元論に対する態度とつながりがあるのかどうかはわからないが、少なくとも性の問題を封印することでこそ、この本が豊穣な思考の場を提供してくれていることは間違いない。つまり、性や愛の問題がはいってくると、境界領域をめぐるせっかくの微妙な議論が粗くなる可能性がある。性愛の問題は、とかく「何でもあり」になりがちなのだ。いや、「何でもあり」の気分をもたらすことこそが、ひょっとすると性愛の最大の機能なのかもしれない。

 著者が化粧品会社の研究所に勤めていることが関係あるのかどうか、後半ではメイクアップの問題にも一章が割かれる。でも、油断してはいけない。化粧はいいですよ、やっぱり化粧品にお金をかけましょう、などという単純な話ではない。古代の入れ墨が、実は人間のツボの位置を示していたなどいう説が紹介されると、あらためて皮膚問題の深さに感嘆するのである。


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2013年02月14日

『錯覚学 ― 知覚の謎を解く』一川誠(集英社新書)

錯覚学 ― 知覚の謎を解く →bookwebで購入

「目の間違いが、役に立つ」

 筆者の知り合いに探偵小説作家がいるのだが、この方は会議の最中に物思いにふけるような遠い目になるときは、たいてい探偵小説のトリックを考えている。あるいは深夜の新宿三丁目のまったりしたバーで、悲しげな無言とともに壁などを見つめているときも、頭にあるのはトリックのことだ。

 おそらく世の中の探偵小説作家たちはみなそうなのだ。いかにも深い自己省察にふけるようでいて、隙あらばトリックのことを考えている。トリックにはつきせぬ魅力がある。人は騙されるのも、騙すのも好きなのだ。

 本書には人の目がいかに騙されやすいかが、豊富な例とともに詳しく示されている。目は人間の緻密で鋭敏な知性を示す知覚器官として近代文化の中枢を担ってきたが、ときにコロッと騙される。止まっているのに動いて見える、同じ色なのに違って見える、小さいはずなのに大きく見える……。いわゆる「錯視」である。探偵小説のトリックを助ける素材としても、おそらく錯視は王道をいくものだろう。

 正確な言い方をすると、錯視とは「物理的量と知覚される量との間に存在する乖離を指す」(45)とのこと。筆者はこのところ凝視に凝っていたので、その延長で錯視のことも気になってきたが、凝視とちがって錯視は学会で発表されたり、Best Illusion of the Yearなどというコンテストまであって、華やかで楽しそうである。「凝視学会」とか、「凝視コンテスト」などというものは聞いたことがないし、あったとしてもきっと陰気なものにちがいない。

 人が「錯視」に寄せてきた関心は深く古い。おそらくそれは人間の知性のあり方そのものを体現している。本書に収められている錯視例の多くにはしっかり発見者の名前がついて、さながら「古典的錯視アンソロジー」である。錯視コンテストでも「見事な錯視ですなあ」「いや、ありがとうございます。長年の努力が報われました」といった会話が交わされているにちがいない。錯視などという言い方をすると、何しろ「目の間違い」を示すわけだから、失敗、愚かさ、病いなども含意されそうだが、実際には、錯視と出会うことでこそ私たちは人間の特性を見出してきた。本書でも触れられているように、錯視との遭遇は人を大いなる知的興奮へと導くのである。おそらくそれは錯視が「知ることについて知る」ための入り口となってきたからだろう。遠く哲学へとつながる「知を知りたい」という野望の発端には、「目の間違い」があった。

 錯視についての本は数多く出版されているが、本書の特色のひとつは「人はなぜ錯視するのか」という難しい領域に果敢に踏みこんでいることだろう。土台になっているのは進化論的な考え方だから、必ずしも証明ができるわけではないのだが、なるほどという指摘はいくつもあった。たとえば著者は次のように言う。

 …大きさや角度などの空間的特性に関する錯視は、進化の過程での自然環境の中で接することがないような構図の幾何学図形の観察で生じやすい。平面上に描画された幾何学錯視図形や不可能図形などは、そうした図形の典型例である。(114-115)

 たしかに、人間にとって平面との出会いは、立体との出会いよりもずっと遅れて発生したものだ。今、私たちは立体的環境に足を踏み出すことなく、紙にせよ、スクリーンにせよ、いかに平面上ですべてを理解し処理するかに多大のエネルギーを注いでいる。ときには、立体的環境に直接手を伸ばしたほうがはるかに簡単なときでさえ、である。「省略し縮減し図示する」というのが近代のひとつのキーワードとなってきたのだ。しかし、そのような平面との付き合いは人間にとってはまだまだ珍しい新しいものでもある。そして珍しく新しいだけに、初期不良が生じやすい。私たちにとっては、立体との付き合いの方がはるかに馴染みが深いのである。著者は写真を用いた錯視の例に言及しながら、「これらの写真観察で生じる錯視は、進化の過程で獲得された、立体を見るための仕組みが、平坦な画像の観察に誤って適用されたことで生じたのだろう」(115)と言っているが、たしかに平面を理解するのに、誤って立体を知覚するときの要領でやってしまうという説明には説得力がある。

 また、このような進化論を背景とした考察の中では、「錯視は実は人間にとって合理的な選択なのかもしれない」という主旨の見解も提示される。筆者もおおいに同意する。

 生存のためには、何でも「正しく」見えればよいわけではない。たとえ正確さが犠牲にされて、全体的な構造としては破綻しているような見えが得られたり錯覚が生じたりしたとしても、生存にとって十分な特性さえ見間違えず、大雑把な構造的特性の情報が得られれば生き残っていける。逆に、時間や労力のコストをかけて錯覚が生じないようにする戦略は、そもそも解にたどり着くのが困難である上、生存における合理性に欠けるのかもしれない。(114)

   

 筆者にとって意外だったのは、高速道路などを走る車輪が逆方向に回転して見えるようなおなじみの錯視について、必ずしもその原因が突き止められていないということである。これは「ワゴン・ホイール錯視」と呼ばれているそうだが、明滅している光の下で特定のホイールが誤って関係づけられるような状況ならともかく(ジブリの展示にありますね!)、自然光のもとでなぜそのような錯視が生ずるのかははっきりわかっていないそうである。おそらくは私たちの視覚処理過程の「周期的特性」に原因があるのではとの説が有力だそうだが、このような身近な錯視でも案外すべてがわかっていないというのはかえって、こちらの知的好奇心をかき立てる。

 本書の後半では運動と色彩をめぐる錯視が話題となる。いずれも今何かと注目されるテクノロジーと深く関係したホットな領域である。ここでも「運動表象の惰性」(動いている対象の位置が進行方向側に行きすぎて見える)、「コントラスト錯視」(明るさや色相の見え方が、空間や時間における相対的な関係によって決定される)、「同化現象」(違う色が同じように見える)といった代表的な錯視についての踏みこんだ解説が、短いスペースで手際よくなされるが、説明を読みながらあらためて思うのは、このような錯視が目にかぎらず私たちの知の領域全般を覆っているということである。私たちの知は、「進行方向側に行きすぎる」ことがあるし、「相対的な関係によって決定される」こともあるし、その逆に「違う色が同じように見える」こともあるのだ。

 もちろん、だから気をつけろ!というような単純な議論ではない。私たちはそうした人間の特性と付き合わざるを得ないし、おそらくそれがかえって役に立つことだってある。巻末でのいわゆる「色覚異常」についての著者の見解も、そういう意味では冷静で合理的なものだ。かつて「色盲」と呼ばれた、通常よりも少ない色しか見ない「2色覚者」に対する見方は、逆に通常よりも多くの色を見る「4色覚者」もいることを知らされるとがらっと変わるはずである。色覚のタイプを越えてわかりやすい色彩を提供する「ユニバーサルデザイン」という考え方も、今後はおおいに普及していくだろう。


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2010年12月15日

『共視論 ― 母子像の心理学』北山修編(講談社)

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「重なる視線が意味するもの」

 いきなり「共視論」などと言われても何のことか想像がつかない。まるで〝一見さんお断り〟みたいなタイトルである。しかし、このテーマ、かなりの注目株ではないかと筆者は思っている。その可能性と広がりはなかなかのものだ。この論集では執筆者の中心は精神医学や心理学の専門家だが、今後もっと広い領域に影響を及ぼしてもおかしくないと思う。

 そもそも「共視」とは何か。発達心理学にはjoint visual attention(直訳すると「共同注視」とか「共同注意」)という概念がある。ふたりがともにひとつの対象に目をやる行為のことである。このような行為をわざわざ概念化するのは、このジョイント・アテンションの発生が幼児の発達の中ではとても意義深いことと考えられているからである。誰かとともにひとつの対象をながめるようになることは、幼児の心において〝画期〟を成す。それは幼児が他者の意図や心的状態を読み取り始めた証拠だからである。

 この論集の編者・北山修は、このジョイント・アテンションという先行概念をもとに「共視」という語を造った。わざわざ新しい言葉をあてたのは、より広い文化学のコンテクストに打って出るためである。きっかけとなったのは浮世絵だった。北山は膨大な浮世絵のコレクションを調査してきたが、その中から母子像だけを取り出して分類すると、ある構図が繰り返し現れることに気づく。母と子がともにひとつの対象を眺めるという図が非常に多いのである。たとえば母とその胸に抱かれた幼児とが、かざした傘に向けて視線をやる歌麿の「風流七小町 雨乞」のように。そこで北山は考えた。こうして子供が母の視線を追いながら母と対象を共有し、その中から言語を習得したり、思考のパタンを学んだりする、そのプロセスが浮世絵には雄弁に表現されているのではないか、と。(第1章 北山修「共視母子像からの問いかけ」)

 しかし、このような着眼はきっかけにすぎない。「母子関係が媒介物を橋渡しにして開かれていく」という認識を出発点においてみると、「共に眺める」という行為が情緒的・身体的な交流でも非常に重要な意味を持っていることに考えが及ぶ。たとえば「面白い」という感覚。一説には、この語は火を囲みながらひとつの話題に引きこまれている人々の顔が、白く映えることに由来するのだという。interestingという感覚の基底には「共に眺める」という身振りがあるということである。(20)

 出発点が浮世絵ということにも表れているように、本書は、文化現象や症例を具体的な図版やイメージと結びつけて語る点に特徴がある。とりあげられる材料としては浮世絵、とくに母子像が多いのだが、ほかにも印象的だったものとして、やまだようこによる小津安二郎の『東京物語』の分析があった(第三章「共に見ること語ること ― 並ぶ関係と三項関係」)。映画では、尾道から東京に出てきた老夫婦が、子供たちに歓待されるどころかむしろ厄介者扱いされ、体よく熱海の旅館に追い払われるという筋書きになっている。老夫婦はその宿屋でも騒音のために寝つけず、浴衣のまま海外に出て行って海を前にならんで腰をおろす。有名な場面である。

とみ 京子ァどうしとるでしょうなァ……?
周吉 ウーム……。そろそろ帰ろうか。
とみ お父さん、もう帰りたいんじゃないですか?
周吉 いやァ、お前じゃよ。お前が帰りたいんじゃろ。
周吉 東京も見たし、熱海も見たし――。
周吉 もう帰るか。
とみ そうですなァ。帰りますか。(85)

ふたりが並んで堤防にすわって海をながめている。まさに「共視」の場面だ。だから、その〝視線〟にもいろいろな意味が読み込めるのだが、やまだはここでの〝言葉〟にも注目する。この会話、まるで二人が輪唱しているようではないか、と言うのである。「かさね」の語りになっているのだ。

「そろそろ帰ろうか」「もう帰りたいんじゃないですか?」「お前が帰りたいんじゃろ」「もう帰るか」「帰りますか」というように、「カエル」「カエル」「カエル」「カエル」「カエル」 が、微妙にズレを含んでくりかえされる「カエル・コール」が交わされているのである。どちらがこのことばを発してもいいほど、自己と他者のことばが、共鳴的にうたうようにリフレインされ、ひびきあっている。(86)

このような考察は、一般のテクスト分析を行う者にも大きな示唆を与えてくれると思う。

私はこのような「かさねの語り」を、主体と客体が対面的に対峙してやりとりする「対話的語り」と区別して、「共存的語り」と名づけた。対話的語りは、バフチンが理論化したように、自己の声と他者の声は対峙して闘い、「とるか、とられるか」という闘争のアリーナでおこなわれる。共存的語りでは、二人の主体が並ぶ関係に立ち、自己と他者の声は相互主体的で共鳴的に重ねられ、ズレのあるくりかえしをおこなうことで会話が推移していく。(86)

やまだのいう「共存的」な語りのことさらな出現は、たとえば『東京物語』のような作品の何とも言えない〝変な感じ〟のおもしろさを説明してくれるだろう。とともに、このような共存的な語りがもっと目立たない形で広く一般の語りの中でもこっそり機能しているのではないかと仮定してみたくもなる。筆者の友人は電車の中でのあるマダムグループの「そうそう合戦」に注目し、「あの人たちは、一方で〝そうそう〟と相手の話に勢いよく相づちを打っているようでいながら、実は一切相手の話を聞かずに自分の話だけしているようなのだ!」と感動していたが、こんなところにも「共存的語り」の一変形が見られるかもしれない。

 この本の構成は実にヴァラエティに富んでいる。すでにとりあげたもの以外にも、以下のような切り口がある――江戸の劇場文化(田中優子)、発達心理学(遠藤利彦)、知覚心理学(三浦佳世)、社会心理学(山口裕幸)、精神病理(黒木俊秀)、育児文化(中村俊哉)。こうして異なるアプローチをならべることで、「共視」という話題に無理に枠をはめるより柔軟な広がりを持たせることを狙ったのだろう。それが成功していると思う。

 ここまででとりあげきれなかった章にも、「共視」にかかわりそうな、しかし、同時に別の関連領域にも踏みこんでいるような興味深い指摘がたくさんあった。たとえば脳にある種の欠損を負った患者の話(第七章 遠藤利彦「まなざしの精神病理」)。この患者はなぜか他者の感情のうち、〝恐怖〟だけが読み取れなくなった。その原因をさぐっていくと、どうやら相手の〝まなざし〟のとらえ方が関係していたという。この患者は、他者の視線に注意を向けることが出来なくなっていたのである。これは「まなざしにかかわる精神病理学的な現象が、ほとんどの場合、他者との関係性における不安や恐怖を反映している」(185)という指摘と合わせて考えてみると、なかなか意味深い事例である。浮世絵母子像の「共視」なら、焦点のあたるのは慈愛とか保護といったテーマだが、視線は恐ろしいものともなりうる。「正視恐怖」という症例があることからもわかるように、こちらを脅かすものとしても視線は機能するのだ。そのような機能が「共視」と表裏になる形で働いているのだとすると、いろいろ考えてみたくなることが出てきそうだ。…と、こんなふうに〝ゲームの場所〟を広げる窓口として、「共視」のこれからには大いに期待できそうな気がする。


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2010年10月08日

『知覚と感性の心理学』三浦佳世(岩波書店)

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「出来損ないの領域」

 文学作品の文章をねちねち分析していると、「君たちのやっているのは認知科学や認知言語学のできそこないみたいなもんだよ」と言われることがある。たしかにそうなのだ。同じ文学作品を扱うのでも、いわゆる〝認知〟と呼ばれる系統の人たちのものはとてもきちっとしていて、厳密で、科学的に見える。それに対し〝文学〟系の人たちのものは、自己流で、行き当たりばったりで、ときには妙におもしろおかしくて、いかがわしいのである。とてもまじめにやっているとは思えない。

 そんなわけで同じ対象を扱うことがありながら、文学系の研究者と、下手をするとノーベル賞さえとるかもしれない認知系の研究者との間にはちょっとした隔たりがあり、両者の交流もそれほど盛んとは言えない。もっと両者の間の垣根が低くなればおもしろい発見もあるだろうに、と思う。

 今回とりあげる『知覚と感性の心理学』は、フィールドは〝認知〟というよりは心理学かもしれないが、まさに今言ったような「垣根」の部分の探究をしようという気概にあふれた入門書である。このタイトルだと文学好きはまず手に取らないと思うが、だまされたと思って頁をめくって欲しい。芸術系の人たちが寄りかかっている「感性」という概念について、真っ向勝負というのか、愚直なほどに素朴な疑問を立てたうえで、実に柔軟に「その次」の問いにつなげていく。

 本書の中でもっと刺激的だったのは、「よいとは何か」と題された第五章である。たとえば「コーヒーカップを描いてみてください」と誰かにお願いしたとしよう。多くの人は、あの典型的なコーヒーカップを描くのである。すなわち、ちょっと上から見下ろすことで凹みが見え、右側(いつも右側なのだ!)に取っ手がついている。そしてソーサー。いかにもコーヒーカップらしい絵なのである。こういうものをプロトタイプと呼ぶ。

 このような絵がプロトタイプとなるのは、それが「よい」と判断されるからである。では、いったいどこが「よい」のか? ひとつの答えは「その視点からの眺めに接した経験が多い」からというものだ(p.109)。たしかにそうかもしれない。でも、より有力と思えるのは、その視点からの眺めが「もっとも多くの情報を含んだもの」だからという説である(同)。

 このコーヒーカップ問題には必ずしもかちっとした〝正解〟が出されるわけではないのだが、ここで「情報量」という概念が浮上したことに意味がある。この「情報量」という概念を足がかりにすると、たとえばいくつかの円を組み合わせたパターンの中でどれが「よい」と判断されるか、というような問題を考えるときにぐっと話が前に進みやすくなる。どうやら人は、パターンの中でも反転させたり回転させたりしたときに、元の形とあまり変わらない形になるようなパターンを「よい」と判断する傾向があるらしい。これを説明するのに三浦は次のような言い方をする。

たしかに変換に対して頑強であることは、4-5節で示したような観察者中心の座標系から物体中心の座標系に変換するにも負荷が少なくてすむ。処理自体に費やす心的資源(mental resource)が少なくてすむパターンをよいと考えることは、より少ないエネルギーで安定した体制化を可能にする図形をよいとしたゲシュタルト心理学の考え方とも一致する。(p.112)

 ぐっと視界が開けてきた感じがする。しかも三浦はここでさらにランダムネス(randomness)とかフラクタル(fractal)いった概念を導き込むことで、単なる情報量の多寡の問題から、情報の拡散や混沌や混乱といった、まさに文学や芸術ともろにつながる問題へと話を広げる。ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングや竜安寺の石庭などの具体例を上手に使いながら、「情報」との格闘の中で私たちが何を「よい」と判断するかというきわめておもしろい問題が、わかりやすく説明されるのである。いや、説明というより、何が問題なのかを私たちに実感させてくれると言ったほうがいい。

 こうして見てくるとあらためて思うのは、このような入門書の魅力が術語の扱いと大きくかかわっているということである。いたずらに「科学風」を装うものは、議論の中で十分に消化されないまま専門用語を次々に繰り出すだけに終わる。用語をむしろ乱造し、壁面ばかりで窓も入り口のないような議論をこしらえる。(まるでできそこないの観念小説のように!)これに対し、本書のように魅力的な入門書では、新しく術語が登場するたびに読者は〝発見〟を体験するのである。「ああ、そうか。そんなふうに名付けると、いろいろおもしろいものが見えてくるね♪」と。

 たしかに本書をざっとめくるだけでも、「感性研究」にはじまり魅力的な名付けの瞬間がタイミングよく出てくる。耳慣れない、ちょっと怪しげで、でも何だろう?と期待させる言葉の数々―― 「アハ体験」、「不良問題設定」、「演色性」、「錯視作家」、「興奮色」、「誘目性」、「線運動錯視」、「因果知覚」、「共同運命」、「直感物理学」、「滝の錯視」、「知覚の外在性」、「視覚的残骸」、「透明視」、「頭足人間」、「実験美学」、「カクテルパーティ問題」、「知覚循環」などなど。ちなみに筆者にとっての最大ヒットは「精神物理学」である。なんという怪しさ!

 本書は第一章の「色」からはじまり第二章「動き」、第三章「奥行き」、第四章「形」というふうに、まずは「知覚」を科学的にとらえるための基礎を整えるような構成になっている。この部分も十分読みごたえはあるのだが、五章以降、いよいよ「感性」の領域に踏みこんだときの良い意味での淡々とした語り口(この辺が文学の人との違いか!)にどきどきさせるような種がたくさん埋め込まれている。「錯視作家」なんていうものが存在することを知るとやや驚きもするが、考えてみるとこの当の三浦さんも含め、みんな錬金術師の末裔かもしれないのだ。


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2010年08月16日

『精神医学から臨床哲学へ』木村敏(ミネルヴァ書房)

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「あの木村敏の自伝です」

 なるほど頭とはこういうふうに使うものなのか、文章とはこういうふうに書くものかということをかつて筆者に最初に示してくれたのは木村敏の著作だった。惚れ惚れするほど明晰でありながら、眩暈がするような直感的な跳躍をも秘めている。何より、思わぬところに問題の所在を見いだし、するするっと意味をほぐしていく手さばきは見事である。

 精神医学に関心があろうとなかろうと、言葉や意識をめぐって一度でも「不思議だなあ~」と思ったことがある人なら、木村の著作から「その先」を考えるヒントを与えられるはずである。出で立ちは実に地味――自分自身を格好良く見せようとしたりはしない。そんなことより、こちらを巻きこんで「え、それならこれはどう?」と手をあげて意見を言いたいような気分にさせてくれる、その懐の広さが木村敏の魅力である。80年代から90年代にかけ精神医学の用語を使って文化について語ることが流行したが、その多くが言葉のインパクトだけに頼った上滑りのものだった。これに対し木村の〝地味さ〟は今でも輝いている。

 本書はその木村敏による初の自伝ということで、いったい何が出てくるのだろう、どんな秘密が明かされるのだろうと幾分の覗き趣味とともに手に取った。たしかに体裁としては自伝である。幼少期の体験からはじまって、両親をはじめ家族のこと、学校のこと、と記述がつづく。著者が日記をつけていることもあり、記録は正確。だが、いわゆる〝暴露〟や〝告白〟は期待しない方がいい。何しろ木村という人は、不満をこぼしたり人の悪口を言ったりすることがほとんどない。言及されるのはせいぜい海外に講演で呼ばれたときに主催者に飛行機代を踏み倒されたこと(これはひどい!)と、足に魚の目ができやすくて歩くのが嫌いなことくらいだ。友人関係でも家庭でも実は大きな悲劇があるのだが、決して感傷的にも自己憐憫的にもならない。あくまで抑制された文章がつづられる。

 おそらくこのような人生との立ち向かい方こそが、木村の思索の原点にあるのだろう。目を引くような用語も使わないし、自分を無理に大きく(あるいは小さく)見せたりもしない、つまりは文章が無理をしていない。とにかく目の前にある問題にどんどんのめり込む。そのためにつねに知的に身構えている。

『精神医学から臨床哲学へ』は、木村が精神病理学の分野で行ってきた仕事への壮大な「あとがき」として読むのがいい。それも非常に魅力的な「あとがき」である。回想を呼び水にしながらも木村は自身の主要な論文、翻訳、著書について、実に簡潔でポイント押さえた要約をしていく。加えて本書では自伝という体裁を生かして、新しい思考のきっかけとなった事件を再構築しつつあらためて自身の知のコンテクストを描き直すという作業が行われている。当時はまだこれを言語化できていなかった、などと木村が振り返る様子を目の当たりにすると、さながら知の現場検証をしているような気分になる。

 紹介したいそんな「事件」は本書中にふんだんにあるのだが、その中からひとつ薬物実験の箇所を取り上げよう。当時まだ研究目的での使用が許されていたLSDを木村が自らに投与しておこなった幻覚体験について触れている一節である。まずは微量の投与が行われる。木村はそのときのことを「そのときは周囲の物体の輪郭が異常に鮮明になり、周囲の全体が意味深く見えてくるという過相貌化(Hyperphysiognomisierung)が体験されたぐらい」などしているが、木村の問題意識の原点に「離人症」があることを考えあわせると、すでにここで「おっ」と思えてくる。

 私たちはふだん「意味深い」という言葉を何の気無しに使うが、「意味が深い」とか「意味が浅い」といった体験は決して自明のことではない。「意味が深いって何だろう?」と疑問を持ってもいいのである。離人症の症例では、しばしば「世界があるのはわかるけど、それが生々しい意味を持ってこない」という患者の声が聞かれる。世界がどうしようもなく「意味浅く」見えてしまう。そのあたりの事情の理解と、こうした「過相貌化」の概念化とは密接に結びついていそうである。

 LSDによる実験の第二段階では、そうした過剰な「意味らしさ」が一層劇的な形を取った。木村は次のように描写する。

注射後まもなくして意識障害が現れて混迷状態になり、それが何分間続いたのか自分ではまったく覚えていない。意識がやや回復したとき、部屋全体がいわば色彩の渦につつまれているような体験をもった。よく見るとそれは、部屋の中にある鮮やかな色彩の物体に目が止まるとその色彩が物体から浮き出して、部屋一面にばらまかれるためだった。「表面色遊離」と呼ばれている現象である。ピアノの鍵盤を叩くと、そこら中に鮮やかな色彩がばらまかれた。音の一つひとつが色になってピアノから出てきた。楽譜の音符の一つひとつにもすべて色がついて、それがあたりの空間を飛び回っているように見えた。これは従来から「共感覚」(Synästhesie)あるいは「色彩聴」(Farbenhören)と名づけられていた現象である。

何という美しい場面だろう。「ピアノの鍵盤を叩くと、そこら中に鮮やかな色彩がばらまかれた」などという一節は、ランボーに真似されそうだ。しかし、木村の持ち味はこんな〝詩的〟な体験をつづりながらもそれを実に地味に着地させる点にこそある。決して小躍りして筆が走ったりはしない。むしろ〝詩〟に塩をかけながら、平然と記述する。しかもそれでいて、体験そのものの持つ衝撃性がそこなわれないところが不思議なのだ。(せっかく作品の名場面を引用しながら、それを実につまらないふうに見せてしまうことが何と多いことか!)

 さて、LSD体験はさらにつづく。

トイレに立ったとき、旧式の家屋で曲がり角の多い廊下を歩かねばならなかったのだが、右へ曲がろうと思うだけで家全体が右に傾き、左へ曲がろうとすると逆に左へ傾いた。まだ現実の運動として顕在化されていない潜在的な運動の意図がそれだけですでに身体感覚と視覚を変化させ、周囲全体の傾きという知覚を生じさせたのだった。ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼカーはその著書『ゲシュタルトクライス』で、有機体の運動は運動の意図の「先取り」(Prolepsis)を通じて実現されると言ったり、運動と知覚はつねに一体となって「共通感覚運動性」(Konsensomobilität)を形成していると言ったりしているのだが、そんなことはその当時まだ知るよしもなかった。

木村はここでヴァイツゼカーの著作の射程に触れているが、その『ゲシュタルトクライス』を(たとえ木村訳であっても)直接手にとって読んで、果たしてこれだけの知的興奮を得られるか。木村のあの明瞭な描写につづいて、「まだ現実の運動として顕在化されていない潜在的な運動の意図がそれだけですでに身体感覚と視覚を変化させ、周囲全体の傾きという知覚を生じさせたのだった」などとすっきり言われるからこそ、「おお」と思うのではないだろうか。(ちなみにスキー教室では、右でも左でも自分にとって苦手な側のターンをするときはまず目をそっちに向けるようにするといい、と指導されるけど、同じことなんでしょうか?なんていう間抜けな質問をしたくなったりする……。)

 同じ話題でもおもしろく興味深く語れる人とそうでない人がいる。後者の典型は、概念で厳重にガードを固めすぎて、議論が等号の連鎖になってしまうタイプである。説明ではなく演算になってしまう。木村は概念の上に跳ねたり下に潜ったりするのがとてもうまい。そうすることで概念のガードを解くのである。「こと」と「もの」とか、「ある」と「いる」といった素朴な言葉の対立を議論の出発点に据えたりするのも、そのように自由に上に行ったり下に行ったりする柔軟さの表れのような気がする。つぎのような一節はその典型だろう。

「何々というもの」と「何々ということ」のそれぞれの「何々」の部分に単語を当てはめてみるといい。前者の「もの」のほうの「何々」のところに来るのはかならず名詞であるのに対して、後者の「こと」のほうの「何々」は、原則として動詞、助動詞、形容動詞などを含んだ、文章の術語部分であることがわかる。「時間ということ」として捉えられている時間は、いちおう名詞的に「時間」とは書かれてはいるものの、「時間というもの」といわれる実体化された時間とはまるで違って、存在ではなく生成の性格を帯びている。

こんなふうにして「自己」が「もの」であるだけでなく「こと」でもあるという説明へとつながっていく。読んでみるとどうということはないが、書こうとしてもなかなかこう書けない。それは書けるかどうかということよりも、そもそもの思考の準備の段階で何かが違っているということなのである。表向き平易なふうに書いたつもりの文章でも、その背後で頭が渋滞しているとぜんぜん意味は伝わってこない。

 伝記としての本書でとくにおもしろいのは、ときに木村が「この二つの論文は、現在の私自身から見ても自分の作品とは思えないほどの完成度をもった臨床哲学論文であって、私の現象学的精神病理学の神髄を知りたいという人があったら、なにをおいてもこの二つを読んでほしいと思っている」などという、人によっては言うのをはばかりそうなことをさらっと言っていることである。こんなふうに自分の論文に言及できる人、ほんとにうらやましいし、やっぱり学者として信用したくなるなあ、と思ってしまうのである。

 ちなみにその二つの論文とは「分裂病の時間論」(1976)と「時間と自己・差異と同一性」(1979)である。念のため。


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2007年09月18日

『風邪の効用』野口晴哉(筑摩書房)

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「40分で終わる風邪」

 たとえばチャレンジ精神に溢れた出版社があったとして、「人生前向きシリーズ」と称し以下のようなタイトルの本を次々に刊行したとしよう。

 『下痢の快楽』

 『歯痛は嬉しい』

 『実は儲かる失恋』

 『頭痛の晴れがましさ』

 『クビになってわかる人生のツボ』

 ・・・

こんなシリーズに紛れ込んでいそうなのがこの『風邪の効用』である。もちろん実在の書物。最初の刊行は1962年というから、40年以上前ということになる。

 頁をめくってみると、最近ではそれほど珍しくなくなった身体管理に関するセオリーがいろいろ出てくる。たとえば「下痢をしているときには無理にとめるな」、「風邪を引いたら水分をとれ」、「熱はさげるな」、「身体は洗いすぎるな」など。ま、これくらいならどこかで聞いたことがある。しかし、これらは序の口である。

 こういう本だと、まずは著者のことが気になる。紹介欄を見ると整体協会の設立者とあるが、最初に作ったのは「自然健康保持会」。ところが、驚くべきことにこれが17歳のときだという。その後治療を捨て、整体協会を整備して体育的教育的活動に専心するようになったそうである。

 それにしても17歳でデビューというのはすごい。同じ「身体」に関わる道でも、ピッチャーをやるとかダンサーになるといった実践系とは違い、治療系の探求というのは年をとって苦労して、自分の病と格闘したあげく開けるものかという素人考えがあるのだが、17歳という年齢で健康な活動の裏をみすかしたような、病・健共存の考えに至るものか、と感心する。

 で、さらに没年を確認すると、1976年とある。生年が1911年だから65歳。ん?なんだ、意外と長生きではないな、とも思う。しかし17歳のデビューといい、意外に長生きでない点といい、かえって興味が湧いてくる。健康法というのは、微妙にいかがわしい不明さのある方が、何だか魔術的な色合いがあって良い。常人には計り知れない神秘が隠されているのではないか、という気がしてくる。

 こうしてみると健康本というのは、現代人が本気で神秘的になったり形而上学的になったりすることのできる、ほとんど最後の領域なのかもしれない。いきなり突拍子もないことを言われ、「そう言われてみると、そうかもしれない」「何となく正しいような気がする」といった気分になる快楽というのは、かつては文学作品に紛れ込まされた寸言や、哲学書や宗教書などの専売特許だったはずだが、今ではそうした書物に「そう言われてみると、そうかもしれない」という説得力を期待する人は少ないのではないだろうか。そのかわりに、そうか、風邪かあ、と思う。下痢、頭痛、鬱。そういえば、メディアでもよく話題になっている。

 さて、野口氏のセオリーはすでに冒頭に少し引いたが、実はその発言には濃淡があり、言葉が濃くなっていけばいくほど怪しさも増してくる。本書の肝となるのは、「風邪というのは身体のゆがみに対する自然な反応なのであり、上手に風邪を引くことで『硬さ』として現れつつあった身体の問題はほぐされ解消するのである」といった理論なのだが、こういう言葉に翻訳してしまっては「そう言われてみると・・・」の感覚は生まれない。

 野口氏なら、どう言うか。

風邪はそういうわけで、敏感な人が早く風邪を引く。だから細かく風邪をチョクチョク引く方が体は丈夫です。だから私などはよく風邪を引きます。ただし四十分から二時間くらいで経過してしまう。クシャミを二十回もするとたいてい風邪は出て行ってしまう。

ウソだろ~、という気持ちはもちろんあるのだが、何となく引きこまれる。騙されてみようかな、とお化け屋敷に踏みこむような。

 それで、じゃあ、どうすれば良いのですか、というと・・・

私自身の風邪に対する処理法は極めて簡単なのです。背骨で息をする、息をズーッと背骨に吸い込む。吸い込んでいくとだんだん背骨が伸びて、だんだん反ってくる、反りきる背骨に少し汗が出てくる。その間は二分か三分くらいです。汗が出たらちょっと体を捻ってそれで終える。

むむ。語り口は相変わらず怪しげだけど、何となく「わかるような気もする」。でもわかるような気がするのも、ひょっとすると語り口が怪しげなおかげか、とも思う。とにかく風邪は「治す」ものではなく、「経過させる」ものなのだそうだ。

 もうひとつ微妙な例。人はそれぞれ風邪の「型」というものを持っている。子供も母親か父親のどちらかの風邪にうつるのだというのである。

せいぜい自分の家族を見るだけなら、まず御自分と亭主の型を知らねばなりません。子供はそのどちらかです。多少の混じりはあってもどちらかですから、子供には亭主側の風邪がうつる、或は女房側の風邪がうつるという、奥さん型、亭主型の二つの系統であって、両方兼用なのはその中の何人かです。

これも、そういわれてみると、とも思う。でもここまですっぱり言われるとウソっぽいような気もする。ウソっぽいから余計にインパクトがあって、忘れないし、信じてしまう。不思議である。

 講演から起こした本らしく、だいたいですます調で書かれている。持ち出してくる比喩もですます的。「石鹸をつけて洗うというのは、大便が毎日出ているのに浣腸しているようなものです」というくらいならまだしも、「石鹸で体を洗ったなどということはここ40年一回もない」とまで言われると、どこまで本気かわからないなあ、とも思う(だから長生きしなかったのか!とも)。

 ちなみに筆者もこの八月に夏風邪を引いたが、ひどい鼻づまりになって全く匂いがわからないという期間が二週間くらい続いた。会う人ごとに「鼻声ですな」とコメントされた。野口氏の分類によると、筆者はどうやら前屈気味の、景気の悪そうで自信なさげな体型らしいのだが、そういう人は風邪を引くと「鼻」に来るそうだ。たしかにあたっているな、なんて思ったりする。で、対策としては背骨の何番目かを押すといいらしい。この「鼻」型人間というのは案外いるもので、筆者の周囲にも「鼻づまり自慢」みたいな人が何人かいる。今回、筆者が苦労していたときも、「そういう症状の次は~だ。覚悟せよ」とか「こっからが長いぞ」などと、山登りの道先案内人みたいなことを言われたりした。風邪の中でも「鼻」は王道なのかもしれない。

 野口氏の口調、ですます調だがとにかく歯切れの良い文章だ。風呂の入り方から、水の飲み方、布団への入り方まで、具体的に説明もしてあるので、実際に試してみることもできる。少なくとも、身体のどこかが歪んできたのを感じなくてなってきたらやばいですよ、というメッセージには、それが単に身体のことだけを言っているようにも思えなくて、安心して「そうかもなあ」とつぶやいていいような気がした。


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