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2013年12月27日

『フランス文学と愛』野崎歓(講談社現代新書)

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「フランス苦手症のあなたに」

 以前から持っていた印象――というか「常識」――をあらためて確認した。やっぱりフランス文学はきらびやかだ。フランス文学を語ることばは華やかで、フランス文学を語る人は颯爽と美しい。英文学の本では『英文学と愛』とか『ラブの英文学』といったタイトルは考えられない。筆者が教わった英文科の先生は「研究者たるもの地味でなければならぬ」「人生いかに地味に生きるかが勝負だ」と、口にこそ出さなかったかもしれないが背中でそう教えてくださった。隣の芝生は青く見えるというが、英仏海峡の向こうのフランス文学の世界はいつもまぶしい。名前だって「チャールズ」より「シャルル」の方が艶があるではないか。

 ……と、こんなことを言っていると、英文学界隈には多い「アンチ・フランス」派や「フレンチ・アレルギー」派の人が口を挟んでくるかもしれない。フランス的とはいかがわしさの権化…。あの意味不明の術語! 曖昧模糊とした美文調! くるくるよく回る舌! 嫌みな頭の良さ! 日本の批評をダメにしたのはまさにフランス一派じゃないか!!と。

 しかし、こういう「フランス苦手症」の人にこそ、本書をお勧めしたい。『フランス文学と愛』は、一方でフランス的なものの華麗さをたっぷりと見せつけつつ、他方ではきわめて明晰に、刺激的に、しかも楽しく「愛」のテーマへと我々を導いてくれる本なのである。朦朧美文派とも、高速頭脳派とも無縁。良質の「フランス性」とはまさにこのようなものだ。

 本書は内容からすると「フランス文化入門」とか「フランス文学史」といった副題が挿入されてもおかしくないほど、新書という限られたスペースにもかかわらず近代フランス文化の全体を見渡すような広々とした視界を持ち、文学史的な枠組もしっかりある。その史観とは以下のようなものだ。そもそも愛=アムールとは神と人間との間に生ずるものだった。人間は神を愛し、また神が人間を愛する。しかし、やがて近代化とともに宗教の力が衰えるとアムールは人間化され、その中心は男女関係に移る。

 本書が概観するのは、時代とともに移りゆくこの愛の形の変貌ぶりである。近代のアムールは決して安定したものではなかった。まず17世紀。宮廷風恋愛の伝統の残る中、ときに危険なほどの爆発的エネルギーでアムールが人々を圧倒し、「恋愛結婚」なるものに価値が見いだされ始めた。それから18世紀。現在の常識からは考えられない、ポルノまがいの露骨さでアムールの快楽が追い求められた時代。その一方で倒錯的なまでの純愛主義が夢想されたり、「初恋」の美が発見されたりもする。そしていよいよ19世紀。スタンダールの『赤と黒』、バルザックの『谷間の百合』、フローベールの『感情教育』『ボヴァリー夫人』、さらにはゾラ、モーパッサン。燦然と輝くこうしたビッグネームを、たっぷり紙数を費やして語る3章、4章は本書の核。しかし、その最大のテーマは幻滅と鬱屈なのである。

 19世紀のアムールにはいったい何が起きたのだろう。野崎氏は18世紀と19世紀の間に大きく横たわる溝を示す格好の例として、モーパッサンの「往時」という作品からの一節を引用してみせる。18世紀を生き、今や高齢に達した老婦人が、19世紀のただ中を生きる孫娘にこんなことを言うのである。

「神聖なのは恋愛だよ。結婚と恋愛はまったく関係ないものさ。結婚なんて一度しかないものだけれど、恋は一生に二十回だってできる。何しろ自然がわたしたちをそんな風に作ったのだから。結婚なんて社会の決まりだろう。でも恋愛は本能ですよ」(78)

ここには「恋愛と結婚は別物」という、現代に至るまで私たちが直面し続けている大きなテーマの芽生えが見える。むろん、この18世紀的老婦人の恋愛観が、ノスタルジアとともに単純に称揚されるのではない。19世紀とはこうした恋愛観を記憶の片隅にとどめつつも、ブルジョワ化した人々が個人の快楽を抑圧し、家庭の平安を優先した時代なのである。そこにはさまざまな軋轢が生じることになるが、その最大の被害者となったのは女性だった。従って、19世紀フランスの男性作家たちは、結婚の幻想を徹底的に暴くことに腐心し、「家庭の安定」という幻想の犠牲になった女性たちの心理や生態を子細に描くことにエネルギーを注ぐことになる。こうした流れはそもそも作家たちが象徴的な「女」だったこととも関係している。ブルジョア的価値観の広まる社会で小説家はマージナルな地位においやられ、社会の「弱者」としての女性ときわめて似かよった立場にあったのである。

 こうした傾向の頂点をきわめたのはフローベールの『ボヴァリー夫人』だった。この作品を語る段になると、野崎氏の筆致にもおのずと力がこもる。もし、お試し読みをするなら、138頁あたりからの記述がお勧めである。考えてみると『ボヴァリー夫人』ほど評者による再物語化の欲望をそそる作品もないのだろうが、野崎氏のものはとりわけ精彩を放つ。決して悪のりしているわけではない、でも、どこか遠慮がちに講談調で、抑えがたく勢いのいい語り口が、鈍感な夫シャルルと、満たされない欲望をかかえたその妻エンマとによる夫婦生活の描写を、横からおおいに盛り上げる。何といっても19世紀は退屈と鬱屈の時代なのだ。その鬱屈を、まがまがしい行く末までも含めて熱っぽく華麗に語るところに、野崎本の妙味がある。

シャルルが結婚生活に満足し、幸福をかみしめていたことに間違いはない。最初の結婚のときはただ母親のいうがまま、持参金目当てで年上の未亡人と一緒になったにすぎなかった。「不美人で、薪のようにひからびているくせに、春先の木の芽にも似た吹き出物だらけの女」だったとにべもない書かれ方をしているその妻は、シャルルが往診先の農場で知り合った娘エンマに心を惹かれ始めたころ、あまりに好都合なタイミングでぽっくり逝き、そこでシャルルは自分の望む若い娘との再婚を果たす。つまり彼の人生は財産目当ての結婚から「恋愛結婚」――シャルルはそんな気のきいた言葉を口にする種類の人間ではないが――へという時代の潮流を具現するような進展を見せたのだ。(139-140)

 『ボヴァリー夫人』を読んだことのない人も、読んだけどストーリーを忘れた人も、あるいはつい最近読んだばかりの人も、こうした箇所を読めばあらためて哀れシャルルの行く末が気にならざるをえない。待っているのはきっと不幸な結末に違いないのだ。

 新婚のシャルルの幸せはまことに羨むべきものである。妻が髪をなでつけるしぐさを見、窓辺にかかっている妻の麦藁帽子を目にするだけで嬉しくなる。少し前までの、「ベッドにはいっても足が氷のように冷たい後家」との暮らしとは何という違いだろう。(中略)問題はそのとき新妻はどういう気分でいたのかということである。冒頭から第五章まで、もっぱらシャルル側からの描写ばかりで、エンマの内心がいささかも洩らされないままであることがすでにして不吉な予感を読者に与える。シャルルはそんな心とろけるような幸せに値する男ではなく、ただのお人よしでしかないのではないかというわれわれの予感は、たちまち的中することになる。(140)

 野崎氏の文章は明晰ではあっても、がちがちの論文調とは全く無縁。その語り口にはそこはかとない音楽性さえあって、18世紀小説のエロスの横溢であろうと、19世紀小説の結婚の地獄であろうと、作品紹介とは思えないほどの臨場感で読者に追体験を促す。これからフランス小説に(再)入門したい人にはうってつけだ。

 あるいは本書のほんとうに個性的なところは終盤にあるのかもしれない。アムールの展開を通史的に追う中で、第五章では「親子の愛」のテーマが扱われる。フランス人が子どものしつけに厳しいのはよく知られているが(イギリス人から見ると、フランス人にとっては「子どもはにっくき敵」らしい)、たしかに小説に描かれる親子のアムールは単純なものではない。教育論でも知られるルソーに、いろいろ矛盾に満ちた態度があったのもおもしろい。子育てエッセイでも知られる著者ならではの視点だろう。第六章では、20-21世紀フランス小説の翻訳者としても知られる野崎氏が、現代のアムールの行方を見定める。ボーヴォワール、サガン、デュラスからトゥーサン、ウエルベックまで。まだまだ語ることは多い。二十世紀以降、さらなる変貌を遂げる現代のアムールを語るには、おそらく丸々一冊の本が必要となりそうな気配だ。


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2013年12月20日

『座談の思想』鶴見太郎(新潮選書)

座談の思想 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「座談会をバカにしてはいけない」

「座談会」は日本独特の催しだ。もちろん外国でも対談、鼎談などないわけではないが、日本の文芸誌などで企画される、どことなく雑談めいたあのいきあたりばったりの会合は、参加者のニヤニヤした写真など添えられどうも脱力的で、内容も方向もあるんだかないんだか。それこそ集団ツイートみたいなもので、気楽にぱらっと眺められるのが何よりの売りとも見える。いやいや、あれこそ日本文化の神髄だよ、すごいんだよ、との意見もこれまでないではなかったが、多くは思いつきや直感的な指摘にとどまった。これに対し本書は、座談会そのものがいかに近代日本の思想形成に大きな役割を果たしてきたかを丁寧に裏付けようとした試みである。

 鶴見氏の論点は明確だ。従来、座談はその〝なあなあ主義〟が批判され、「ええ、そうですねえ」のような台詞にあらわれたコンセンサス指向のため、西洋的な対話とちがって深い議論には結びつかないとされてきた。しかし、それは違うという。実は座談には柔軟な思考展開を可能にする要素がある。用意してきた持論をぶつけあうことにエネルギーを使う西洋的な討論とくらべ、座談では相手の意見に耳を傾け、取り入れられるものは取り入れようとする寛容さがあり、本人が思っても見なかった思考展開につながることさえあるというのである。

 もちろん、言うは易し。座談会にほんとうにそんな可能性があるとして、いったいどうやってそれを明らかにするのか。本書に登場するのは、冒頭部の中江兆民からはじまって菊池寛、桑原武夫、柳田国男、石田栄一郎、中野重治、丸山眞男、竹内好といった文学者、学者、思想家だが、著者はこうした人物たちの仕事をしっかり読みこむことからはじめ、彼らのキャリアを概観した上で、「座談」が彼らの土台作りや転換点でどのような役割を果たしたかを明らかにする。さすが思考の柔軟さに焦点をあてる本だけあって、それぞれの人物の「キャラ」に合わせた議論の進め方はそれこそ臨機応変で、限られたスペースにもかかわらず彼らの個性が浮かび上がる。著者自身の文章は決して主張することにこだわらず、風通しがよくできている一方で軽すぎもせず、とても読み心地のいいものだ。

 とくに力がこもっていたのは菊池寛の章と感じた。言うまでもなく菊池は『文藝春秋』を創刊した人物であり、さまざまな文壇人論壇人に座談の場を提供した、いわば仕掛け人である。座談会というものは一見、いきあたりばったりに見えるかもしれないが、実は誰と誰を組み合わせるかなど、相当な配慮があってはじめておもしろくなる。菊池は社会全体を見渡し何が受けるかをとらえるマクロな視点を持つと同時に、細かい気配りもできる人だった。『文藝春秋』の第1回座談会「徳富蘇峰氏座談会」からはじめ、後藤新平を囲んで過去の秘話など聞いた座談会や「堺利彦 長谷川如是閑座談会」など、菊池の仕掛けた座談会をたどる記述を読んでいくと、座談会特有の言葉の動き方が確認できるだけでなく、その背後におのずと近代日本の政治史や論争史が浮かび合ってきて興味深い。

 本書は派手な用語をちりばめることのない、良質で落ち着いた文章で書かれているが、控えめな議論進行の向こうには野心的で大きなテーマも控えていると思う。筆者自身、触発されてあらためて注目したのは、思想家や文人たちの言葉の「よそ行き」でない部分にあらわれた思考の痕跡である。「思想」は当然ながら活字となって発表された文章で勝負する。文学者の作品にしてもそう。ときにはその私生活に焦点があてられ伝記研究がなされることもあるが、問題はその中間領域である。その人が発表した、フォーマルで「公」の言葉ではない、かといって完全にプライベートな言葉でもない領域。そうしたグレイゾーンの、よそ行きの一歩手前の言葉にもっと光があてられてもいいのかもしれない。それは思想未満ではあっても、たしかにその人の考える姿勢を示すものであり、場合によっては本人が自覚してもいないような潜在力を持つことがある。

 言葉というものははじめからフォーマルな整った完成形で発生するわけではないのだ。もっと曖昧模糊としたぐちゃぐちゃの塊があって、そこからだんだんと現れ出てくるもの。草稿研究もそのひとつのアプローチとなるだろうが、座談会の記録などもそうした領域に注目するための足がかりとなる。だからこそ、座談会の片言隻語をとらえて、鬼の首をとったように「ほら!こんな奴だ!」と決めつけるのもちょっと違う。座談はあくまで座談。中間領域の言葉の〝中途半端さ〟をうまくみきわめることが大事になる。本書ではそのあたりがうまく行われていると思う。

 そういう意味でも興味深かったのは、抒情詩と政治の言葉の葛藤に苦しんだ中野重治を扱った章である。鶴見氏によれば、中野は共産党にかかわることで「根拠のない罵詈雑言の中に身を置いた」ためにきわめて消耗したが、その後、次第に信義のおける人間関係を獲得していった。その経過が座談の記録にもあらわれている。「座談を通して中野重治の戦後を眺めると、「良い」座談相手というものを中野が次第に獲得しながら、あるいは再発見しながら、ゆっくりとその口調がほぐれていった生涯の一端が見えてくる」(248)というのである。たしかに本書に引用された中野重治の座談会でのしゃべりっぷりを見ると、言葉を言葉として提示していくまでの逡巡がよく見えておもしろい。天真爛漫にイデオロギーの言葉を振りかざす党派的な活動家とはちがった、いかにも詩人的なためらいがそこには見える。以下に引用するのは、秋山清、小野十三郎、伊藤信吉らとの座談会「詩的体験の史的意味」の一節である。

小野 なにしろね、あの、詩のことばを武器として戦うといことは必要だと思うんだよ。しかし、詩の言葉ははたして、一般の言論が武器であることと、詩の言葉がその、武器としての本当の性能を発揮することとは違うという……
中野 そうそう。あれはね、一から十まで全部違うと決めなくてもいいけれども、極端に違うことすらあるんだから。つまり、武器ってものをこういう硬いものだとすると、もうへろへろのがね、武器だったり、力を発揮するんだからね。そういう点は……
秋山 そこまではっきりと誰にもその頃は考えられなかったんだね。(246)

中野の「武器ってものをこういう硬いものだとすると、もうへろへろのがね、武器だったり、力を発揮するんだからね」という感想にあらわれた視点は、「よそ行き」の言葉のやり取りだけに目をやっていたのではなかなか見つけられない位相だろう。こうした発言を可能にするのが、座談という場だったのである。

 座談には当然、性格が出る。人間関係をどう築いていくか、その能力がためされる場でもある。だから、竹内好のようにあまりしゃべらないと言われる人であっても、しゃべらないなりの対人関係のあらわれがある。どんなに孤独な思索に見えるものであっても何らかの形で他者との関わり合いは介在し、思考の形にも影響を与えうる。ましてや座談の名手桑原武夫や、話し好きと言われた丸山眞男ともなれば、その著述と向き合うに際しても水面下の「座談会的」な要素を加味する必要はますます大きくなるわけである。


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2012年06月03日

『会社員とは何者か? ― 会社員小説をめぐって』伊井直行(講談社)

会社員とは何者か? ― 会社員小説をめぐって →bookwebで購入

「立派にならない評論」

 文芸誌に一年以上にわたって連載された「会社員小説をめぐって」が本になった。変わった評論である。表題のとおり、とりあげられるのは「会社員」の出てくる作品ばかり。夏目漱石から源氏鶏太、楡周平、庄野潤三、山口瞳、坂上弘。より現代的なところでは池井戸潤、津村記久子、絲山秋子、長嶋有、盛田隆二。カフカやメルヴィルも出てくる。岩崎彌太郎も出てくる。あくまで「会社員」であり、「サラリーマン」ではないところがミソだという。

 実は筆者は何度かこの連載をのぞいたことがあったのだが、今ひとつ入り込めなかった。それが今、本になってみると、ほとんど同じ内容のはずなのに、以前とちがって何だか足下から吸い込まれるような妙な誘惑性がある。不思議な気分だ。しかも読み進めていっても「この本はいったいどこがおもしろいのか?」という疑問がいっこうに消えない。どうやら自分はこの評論をおもしろがっているらしいのだが、何がおもしろいのかがはっきりわからない。

 話題の中心はあくまで「会社員」、そして「会社員小説」である。何と地味な話題だろう。多くの人は「会社員」という言葉につきまとう、何ともくすんだ、何とも華のない気配に、どろんとした意気消沈の気分しかおぼえないかもしれない。「会社員とは何か」にしても「会社員小説とは何か」にしても、「負のオーラ」すら湧いてこないような鈍色の話題だ。

 しかし、著者の伊井直行はそのような私たちの感受性そのものを問題視する。私たちの多くが会社員であり、どこを向いても世の中は会社だらけのはずなのに、文学作品は会社や会社員のことをあまり書かないし、読者も読みたいとは思わない。これは変ではないか? そんなことでいいのか? 出だし近くで伊井がそんな問いから、一種の「糾弾の刀」を振りあげるかと見える箇所もある。

 結局、漱石の小説は、仕事や労働といったものを排除することで「純化」されており、その清浄な空間の内部で、登場人物どうしの人間関係の政治力学が発動されるのである。しかし、このことは何も漱石においてのみ特徴的なのではない、近代の小説はおおむねそのように書かれてきた ― これが強すぎる断定だとしたら、次のように言い直そう。近代小説においては、仕事や労働を前景化する小説はマイナーな存在とみなされるのが通例だった、と。中でも、会社勤めをする人間の労働については、無視することが暗黙のルールだった。(51)

なるほど。いかにも立派な議論の予感がある。「糾弾の刀」らしい正当性もあるし、何か陰謀めいたからくりが暴かれそうな気もする。ちょっと、どきどきする。

 ただ、もし本書が「純化」された小説の欺瞞を暴き、そうでない小説を称揚するというスタンスをとるだけだったなら、筆者は途中で本を閉じてしまっただろう。この10~20年の文学研究書にはそうした「立派な議論」があふれてきたが、そういうものは出来上がった議論の「型」に対象を入れこむだけで、あんまりおもしろくないのが通例だ。

 伊井の本がどこか変なのは、その先である。一見、議論の答えは早々に出てしまったかに見える。300頁ある本の50頁めあたりで、「労働の抑圧」というカードは切られた。そうか、人間関係に焦点をあてるという美名の元に、私たちの生活の本質的な部分であるはずの「労働」が抑圧されているのか。これで話の流れは決まったようなものだ。

 でも、そうではなかった。このあと伊井は「会社員とは何者だ?」「会社員小説とはどのようなものだ?」という、実は著者本人以外はあまり興味を持ちそうにない問題に執拗にこだわりつづけ、ときには「文学について語る小説は、規則の厳しいマイナー結社、会社員小説クラブに加入できない」などと外に壁を立てたりしながら、しかし、やけにしっかりした足取りで話を進めていく。その過程では、下手すると先の「立派な議論」を足下から崩壊させかねないような、身も蓋もないコメントも出てくる。

 庄野に、会社や会社員を小説にしても、作品として実り多いものにはならないという直観あるいは思慮があったことは間違いないだろう。会社に勤める人間を描いても、なぜだか滅多にいい小説にならないのである。この「なぜだか」を鮮明にしようとして小論は書かれているのだが、まだ答えを出すには至らない。(145)

 何だ。「労働」が描かれないのは、抑圧されているどころか、単におもしろくないからではないか。何と簡単な答え! しかし、伊井はそうは言ってない。「この『なぜだか』を鮮明にしようとして小論は書かれているのだが、まだ答えを出すには至らない」などとつぶやきながら、平然と先に進むのである。この人はいったい何を目指しているのか。

 どうやら本書の変な感じは、著者が自分のこだわりを(おそらく意図的に)読者に共有させずに話を進めるところから来ているように思う。象徴的なのは、冒頭近くで描かれる「熱を出したまま出勤してうたたねしていたら、頭をはたかれてすごく変な気分になった事件」(23-24)だ。著者はそのとき自分の頭をはたいた課長の手の「感触」の、その違和感を胸にずっと抱え続けている。しかし、それは下手するとすごくふつうの感覚なようにも思える。少なくともこちらを知的に興奮させるようなものでもなければ、物語的な興味を引きそうにもない。でも、そんなことにこだわって語り続けるのは、どこか尋常ではないような気もする。その尋常でない感じそのものに、こちらを引きつける何かがあるのではないか。

 つまり、本書の語りは、読者の立場からするとほとんど動機不明すれすれのレベルで、慢性病のようにして展開していくように思えるのである。なるほど、これでは雑誌での連載時に入っていけなかったわけである。途中だけ読んでもだめでしょう。慢性病はじわじわと付き合っていかないといけない。しかも伊井は、読者をじわじわと付き合わせる文体を持っている。さわやかというのとは違うのだが、やけに饒舌で、でもさっぱりしていて、ときにゆったりとくつろいだり、あれやこれやと世話焼きふうになったり、うるさいと言えばうるさいのだが、一緒にいるとあまり気にならなくなってくる、近所のお兄さんのような感じ。引き際をわきまえていて、言い過ぎたり、威張ったり、高々と屹立したりはしない。でもかなりしぶとい。やめない。同じ作家が何度も出てきたり、もう終わるかと思うとまだ続いたりする。

 本書の山場は、庄野潤三を扱った第11章にあると思う。この章で著者は、「プールサイド小景」からたいへん印象深い一節を引いてくる。会社員たちを「怯えさせるもの」について書かれた箇所である。

 彼等を怯えさせるものは、何だろう。それは個々の人間でもなく、また何か具体的な理由というものでもない。それは、彼等が家庭に戻って妻子の間に身を置いた休息の時にも、なお彼等を縛っているものなのだ。それは、夢の中までも入り込んで来て、眠っている人間を脅かすものなのだ。もしも、夜中に何か恐ろしい夢を見てうなされることがあれば、その夢を見させているものが、そいつなのだ。(伊井 138)

 きっと著者が遠く先のほうに見やり続けているのも「そいつ」のことなのだ(フィリップ・ラーキンの「ひきがえる」という詩とそっくり)。だから最後を締めるのも、メルヴィルの「バートルビ」なのだ。それをとらえるために、伊井はグラフを持ち込んだり、オフィスの平面図を描いたり、「会社員半身説」をとなえたりしながら、地味に試行錯誤をつづける。議論としては誠におとなしく、壮大な陰謀説も結局出てこないし、きらびやかな用語でけりをつけられることもないのだが、冒頭で著者が約束するあらたな「知見」が思いつきのようなさりげなさで示されるときには嬉しい気分になるし、何より、小説作品との付き合い方がいい。粗筋の語り方ひとつとっても静かな芸があるし、下手すると見逃すのだが、作品へのからみ方には相当な技術が見える。ああ、やっぱり小説家だよなと思わせるような、血の通った文章で書かれた本なのである。


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2012年04月16日

『「マルタの鷹」講義』諏訪部浩一(研究社)

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「文学研究の硬派と軟派」

 諏訪部浩一さんは研究者としては「硬派」である。たとえば、諏訪部さんの授業では一冊の小説を何年もかけて読むらしい。一回の授業で読むのは数頁、一年でも数十頁という勘定である。実に禁欲的なやり方だ。十年後にやっと全部を読み終わる頃には、始まりの方で起きた殺人事件のことなど忘れてしまうのではないか?と心配する人もいるかもしれない。言ってみれば(あえてアメリカ風の比喩を使うと)ひとつのハンバーガーを切り分けて、朝・昼・晩と、いや、明日も明後日も明明後日も食べるようなものではないか。

 しかし、実はこれは文学研究にかぎらず、大学の授業としては王道なのである。筆者が学生の頃にも、毎年シラバスに「Sein und Zeitを読む」としか書かない哲学の先生がおられて、ドイツ語にもう少し自信があれば是非のぞいてみたかった。そんなにゆっくり読むなんて、いったいどんな秘儀が行われているのか、確認したいと思ったものだ。

 本書はその「秘儀」を、かなり親切に開陳した本である。全部で23の章に「イントロダクション」と「あとがき」と「語注」がついて、ふつうの大学の授業の1年分弱。硬派で知られる諏訪部さんとしてはやや軟派な部類だろうが、それにしても対象はあの『マルタの鷹』だ(2時間足らずのB級アクション映画!)。Sein und Zeitをじっくり読むというのとはわけが違う。より奥の深い「秘儀」が必要となるにちがいない。

 だからこそ、「講義」という設定にこだわったのだろう。もちろん講義というのはフィクションで、おそらく本書の原稿は――まあ、ひょっとすると集中講義などで使った可能性もないではないが――基本的には印刷物として読まれるために準備されたものである。しかし、それをあえて「講義」と呼ぶところに著者の意図がありそうだ。

 それはいったいどんな「意図」か。ダシール・ハメットの『マルタの鷹』はかつては有名だったかもしれないが、今や〝ハードボイルドおっさん〟のノスタルジアくらいにしか見られない、つまり、「かつての名作」にありがちな黄昏れた気配を漂わせた作品である。しかし、諏訪部さんはこの作品がまだ生きていることを示そうとする。そのためには「『マルタの鷹』はまだ生きてるぞ!」などと声をあげてもまったく意味がない。そこで彼は、ちょっと別の作戦を使った。物語に「直接的関与」をするのである。しかも、それは巧妙なからくりとともに行われる。諏訪部さんは自身の「直接的関与」については――いかにも硬派な先生らしく――素知らぬ風を決め込んだ上で、そのかわりに、作品の主人公である私立探偵スペードが、探偵のくせに事件に「直接的関与」をしているという事実に焦点をあてる。

探偵による事件へのこうした直接的関与という特徴は、ハードボイルド探偵小説が志向する「リアリティ」に関連している。というのは、探偵が事件解決のための捜査をすることは、彼(もしくは彼女)の関わりによって(探偵自身のみならず)事件が変容してしまうという、「現実」的な可能性を内包するはずだからだ。むろん伝統的探偵小説では、こうした「変容の可能性」という「現実」を排除するべく事件はしばしば「密室」で既に「起こってしまったこと」として提示されるのだが(ただし、この「取り返しのつかなさ」も、紛れもなくまた一つの「現実」であるのだが)、そのように考えてみればなおさら、ハードボイルド小説においては事件とは常に「進行中のもの」であることが、その意義とともに理解されることになるはずだ。(49)

  

後半のところの「探偵」を「批評家」と、「事件」を「作品」と読み替えてみるとおもしろい。

批評家による作品へのこうした直接的関与という特徴は、ハードボイルド批評家が志向する「リアリティ」に関連している。というのは、批評家が作品読解のための捜査をすることは、彼(もしくは彼女)の関わりによって(批評家自身のみならず)作品が変容してしまうという、「現実」的な可能性を内包するはずだからだ。むろん伝統的批評では、こうした「変容の可能性」という「現実」を排除するべく作品はしばしば「密室」で既に「起こってしまったこと」として提示されるのだが(ただし、この「取り返しのつかなさ」も、紛れもなくまた一つの「現実」であるのだが)、そのように考えてみればなおさら、ハードボイルド批評においては作品とは常に「進行中のもの」であることが、その意義とともに理解されることになるはずだ。

 驚くほど意味が通ってしまうことがおわかりだろう。どうやら諏訪部さんは、講義形式というフィクションを採用することによって、『マルタの鷹』がいかに「進行中のもの」であるかを示したかったのだ。そこではもちろん、講義という〝進行的〟な形式が効力を発揮するわけだが、文章となると(つまり仮の講義では)そうした進みゆく感じを出すのは意外と難しい。そこで「秘儀」が必要になってくる。諏訪部さんの文章には独特の持続性と緊張感があって、そのおかげで「進みゆく感じ」が作られている。ごく簡単な例を「イントロダクション」からあげると、

 それほどまでの「精読」に『マルタの鷹』が値するのかという疑問を抱く人がまだいるかもしれないが、右に述べたこととの関連であえていっておけば、ハメットは自分を「単なる探偵小説家」とは考えていなかったし、方法論に関しても、モダニスト的な意識が極めて強い作家であった。(6)

 …というような箇所の、「まだいるかもしれないが」(とくに「まだ」)や、「あえていっておけば」(とくに「あえて」)や、「考えていなかったし」(とくに「し」)などにこめられた微妙な苛立ちやお叱りの口調は、ハードボイルド批評家たる諏訪部さんの「講義」の進行感を増し、それが「直接的関与」の気配を作るとともに、最終的には「直接的関与」をされている『マルタの鷹』の側の「依然として生きている」というフィクションを工作するのである。

 もちろん上述のものはほんの序の口。ハードボイルド批評家たる諏訪部さんの、「事件」へのより深い「直接的関与」は本文を読み進めれば随所で出遭うことができる。筆者がとりわけ印象に残ったのは、ハメット作品としては「殺人」がきわめて少ないという『マルタの鷹』の、その数少ない殺人のひとつ「ジャコビ船長の死」についての「講義」である(第十六講)。この場面では主人公スペードがマルタの鷹の彫像を手に入れて、その興奮のあまり、珍しく我を忘れて死体の手を踏んでしまうのだが、諏訪部さんはこのことについて次のように言う。

だが、スペードの足がジャコビの手の上にあるという描写は、こうした「非情」な振る舞いが、同時に陥穽でもあるという可能性を前景化する。つまり、スペードが死者を足蹴にするこの場面は、彼が死者に足を引っ張られているようにも見えるのだ。そしてそのように理解されてみれば、この「死者」は単なる「死体」であることをやめるだろう。ジャコビは「黒い鳥」を虚しく追い求めてきた人間達の象徴となり、ブリジッドというファム・ファタールを虚しく助けようとした男達の列に連なるのだ。かくしてジャコビの虚しい死は、それを「非情」に扱おうとするときに、スペードにとって「他人事」ではなくなってしまうのである。彼が慌てて足を引っこめるのは、まったくもって無理もないことだといわねばならないだろう。(218)

 「踏みつけ」についての解釈そのものももちろんおもしろいのだが、何より興味深いのは、諏訪部さんが「つまり、スペードが死者を足蹴にするこの場面は、彼が死者に足を引っ張られているようにも見えるのだ」といった活動写真の弁士めいた語り口を通し、そうした解釈そのものを、いわば煽っているということである。こうして、ふつうの人ならまず気がつかないような『マルタの鷹』の別の表情を明るみに出し、しかもそれを読者にぐいぐいと読ませることで、諏訪部さんは『マルタの鷹』にあらためてその新しい命を生きさせるのである。

 本書が「講義」であることの今ひとつの意味は、その「おみやげ」の多さにもある。諏訪部さんの語りには敏感なジャンル意識があって、『マルタの鷹』を論じつつも、文学における「枠」とは何か?という問いがつねに頭をもたげている。そのせいもあって、たとえば「恋愛」ひとつにしても、「我を忘れて本気になった方が負け」(123)といったマクロな視点からのコメント(もしくは忠告?)がなされるので、読者は最終的には「恋愛」「ファム・ファタール」「探偵小説」「警察もの」「殺人」といった大衆小説の鍵概念について、多くの〝常識〟を獲得したうえで帰途につくことができるという案配なのである。やはり、正真正銘の講義だと言えるだろう。

 本書ではところどころで「探偵でありつづけることのたいへんさ」への言及がなされる。それは裏返せばハードボイルド批評家としての諏訪部さん自身の「たいへんさ」ともからんでくる。しかし、同時に、それだけ「たいへん」で忙しいのに語り続けてしまう、その明るい負担感のようなものが仄見えるところに、この「講義」のほんとうの楽しさがあるようにも思った。


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2012年03月16日

『安部公房の都市』苅部直(講談社)

安部公房の都市 →bookwebで購入

「安部公房は苦手ですか?」

 安部公房が苦手、あるいは手に取ったことがないという人にこそ読んでもらいたい本だ。よくできた評論というのはたいていそうなのだが、本書もこちらに何かを強制するということがない。「まあ、こんな話もあるわけですよ。別に無理して聞かなくてもいいけどね」というだけで、「是非、公房のファンになれ!」とも言われないし、「しっかり読め!」「わかってないな、バカ!」と叱られることもない。小説の粗筋だって適当に聞き流していればいいようだし、むしろ安部公房なんか忘れてほかのことを考えたっていい。それで油断していると、いつの間にか著者の術中にはまっている。

 タイトルにあるように本書の切り口は「都市」である。「あ、来た」と警戒する人もいるかもしれない。構造だの資本だのといったナンカイな用語が頻出して、偉大なる安部公房の像が立派な文明論的台座に載せられるのではないか、と。しかし、本書を読み始めてまず印象に残るのは、ある妙な絵の話なのである。1965年生まれの著者は、35年前に公房の作品集『笑う月』の新聞広告を見た記憶があるという。月の絵だった。

 ちょうど、『鏡の国のアリス』の挿絵にジョン・テニエルが描いたハンプティ・ダンプティと似た顔の月が、宙に浮かびながらにやにやと笑い、月の周囲には揺れを表すようなぼんやりした線が、輪郭にそって重ねて書きこまれている。そういう絵として憶えていた。(9)

 ところが、どうやらこの絵の記憶は偽ものだったらしい。当時の新聞の紙面を見ても広告にはそんな絵ははいっていないのだ。そこで「う~ん」と首をひねる……というあたりから、著者苅部直氏の技が静かに効き目を発揮し始める。苅部氏は『鏡の国のアリス』の挿絵が記憶にまぎれこんでいたのかと訝りつつ、あらためて読売新聞の縮刷版をながめ、はっとする。

 広告ではなかったのである。同じ紙面の中央には、近藤日出造による時事諷刺の一コマ漫画が載っていた。題して「堪忍袋」。この第二面は政治欄で、大部分を占めているのは、進行中の「スト権スト」への対応をめぐる、与党自民党内の派閥のあいだの対立と、野党のさまざまな動きを報じる記事である。(中略)
 「堪忍袋」と題された漫画は、「スト権スト」に対する世間のいらだちを表したものだろう。現業公務員として雇用を保障され、すでに平然とストライキを行っているにもかかわらず、権利の名目を獲得するために長期ストに入り、電車を止めてしまう労働組合の身勝手さ。(9-10)

 こうして当時の労働組合と政府の対立が想起される。一見新歴史主義の論文のパロディとも見えるような、定期刊行物紙面での「偶然の同居」をめぐる話なのだが、このあと話題が公房作品中の「夢」「不安」、さらには「探偵」「迷路」といったテーマに進むにつれ、「記憶」が話題をつなげる以上の役割を持っているのがわかってくる。どうやら苅部氏自身が、それとなく〝安部公房的なもの〟を演じているのだ。

 同じような演出はそれ以降も仕組まれる。『燃えつきた地図』に出てくる、場所が特定されない団地は実在するのか? 苅部氏は作中のヒントを元に推理を進め、そのモデルが日本住宅公団の荻窪団地らしいことをつきとめる。当時の公房の交友関係と符合することもあって、いろいろとつじつまがあってくる。また『砂の女』の元になったある写真についても、ちょっとした〝探偵〟がなされる。こちらは本書冒頭の「月の絵エピソード」と対になる今ひとつの「偽写真」の話だ。従来、『砂の女』の着想は、あるグラビア写真から得られたとされていた。安部公房自身が次のように述懐したから。

 それは、飛砂の被害に苦しめられている、山形県の酒田市に近いある海辺の部落の写真だった。砂丘がしだいに海岸線に向ってせり上がって行き、家々はしだいに砂の中に沈み、ついには屋根までが砂の稜線の下にもぐってしまう。それに、食卓の上に、傘をつるして食物を砂から守っている、こっけいなほど生々しく、痛切な光景。(196 「『砂の女』の舞台」より)

ところが、その写真が載ったとされる『週刊読売』1960年5月29日号を確かめてみると、たしかに砂の記事はあり写真も載っているのだが、公房の記憶とは決定的に異なっている部分があった。屋内で傘をさす写真がないのだ。「掲載写真のうちで似ていると言えるのは、手前に編み笠をかぶった女性を映し、遠景として砂に埋もれつつある家の屋根を配した一枚である」とのこと(197)。どうやらここでも、境界を越えて記憶が混じり合っていたらしい。

 苅部氏はこうした「発見」を振りかざし、何かを主張しようというのではない。むしろ、あくまで「物好きな探偵」めかして、どことなくふらっとしたスタイルを崩さない。それは本書のこだわるのが、「都市」というテーマを前面に立てつつも――そしてきわめて要領よく都市論の文献をおさえつつも――決して中心化しまい、とする点にあるからである。『笑う月』や『燃えつきた地図』から出発した本書では、やがて公房の作品としてあまり代表作とされることのない『榎本武揚』に焦点があてられる。そもそも公房が榎本武揚に関心をもったのはそれが「非英雄」だったからだという(70)。そんな〝主人公不在〟の作品は、構造上どこか正面から語りにくいものだが、苅部氏はつかず離れずの関係を上手に維持する。

 そのコツは、いわば脇に佇みつづけること。身を乗り出していじくったり、突っついたり、蹴飛ばしたりはしない。たしかに安部公房愛のようなものは、じわっとにじみ出してくる。しかし、作品はなるべくあるがままにしておきたい。やたらと手で触れたりしない。こんなアプローチは、おそらく本書の都市論の出発点が、「穴ぼこ」であることとも関係している。とりわけ大事なのは、書中二回引用される安部公房自身による以下の一節である。

 川や橋や道路や鉄道が交差し合っているような所で、構造上どうしても人間が住めない空間があり、しぜんゴミ捨て場として利用されることになる。さいわいそういう空間は、あまり人目につかない場所にある。街のなかの、影か穴ぼこのような位置にあたっているので、人はそのかたわらを通り過ぎても、めったに立止まったりすることはない。見ようとすれば、見えるのだが、とくに見ようとしなければ、見ないでもすませられる。いわば世間にとって未登録の空間なのである。(56, 156-57「シャボン玉の皮」より)

「世間にとって未登録の空間」に敏感でありつづけたこの作家の感受性は、さかのぼれば彼が幼少期をすごした満州に行き着くことになる。そうした「過去」や「起源」を、決してロマンチックになりすぎない筆致で苅部は描き出す。穴ぼこを語るためには、突撃して捕まえようとしてもうまくいかない。穴は実体化されたり象徴化されたりするべきではない。むしろ穴を一種の窓に見立て、その向こうへ見通してしまうことのほうが大事なのである。逸れていったり、思い出したり、ふと気になったり。だから、つかず離れずがちょうどいい。

 苅部氏の文章は高級なものである。批評文は昔からわざととんがってみせたりして読者の注意を引こうとする傾向があったし、今でもときにはそのようなカンフル剤が必要となるのだろうが、『安部公房の都市』にはそうした構えはない。角をすっかり取り去った、しかし、なめらかではあっても決して駆け足にはならない、ときどき脇道に逸れたり静に佇んだりする徒歩旅行。どこがうまいのかに気づかせずにするっと読ませるその手際は、筆者にとっては、昭和の先人たちの良質な評論を思い出させる、たいへん読み心地のいいものであった。

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2012年03月01日

『世界は文学でできている ― 対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義』沼野充義(編著)(光文社)

世界は文学でできている ― 対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義 →bookwebで購入

「聞き上手不要」

 沼野充義という名前をよく見かけるが、どこから読み始めていいかわからないという若い人には、案外この本はいいかもしれない。これは沼野氏が〝書いた〟というよりは〝しゃべった〟ものだが、濃密な沼野トークがたっぷり5つのヴァージョンで聴ける。

 昔から日本の文壇には座談カルチャーみたいなものがある。作家や評論家が顔を合わせ、ふだんの構えをちょっと外して、やや砕けた調子で本音をおりまぜながら実際に語る。いや、しゃべる。それがそのまま活字になる。「んなもの、単なる世間話ではないか!」との声もあるかもしれないが、こうした企画が意外とおもしろく読めてしまうのは、おしゃべりというものが相手の顔を見ながら行われるものだからだ。つまり、「この人なら、これくらい言ってもわかるだろう」とか、「この人には、これだけは言っておかないと」とか、場合によっては「このうすらトンカチめ」みたいな含みがあって、そのおかげで他所では聴けないような話が出てくることがある。ふだんは恥ずかしくて言えないようなナイーブな「夢」が、その場のノリで、つい、語られることだってある。

 本書は、ロシア文学者であり文芸評論家である沼野充義氏が、文学関係の各フィールドを代表する五人のゲスト(リービ英雄=作家、平野啓一郎=作家、ロバート・キャンベル=日本文学者、飯野友幸=アメリカ文学者、亀山郁夫=ロシア文学者)を招いて行った対談の記録である。といっても聴衆を前にした講義形式の対談で、しかも「中高生相手」のはずが、どちらかというと「中高年相手」になってしまったらしいのだが、沼野氏のしゃべりはそんなことは問題にしない。「私はケータイが右手で操作できなくて左手なんです。昔の電話の受話器は左手で持ったものなんですよ」みたいな余談をおりまぜながら、実に〝拡大的〟(〝拡散的〟ではなく)に話が進んでいく。各回ともゲストのフィールドに合わせた話題は設定されるものの、最終的には「この世界の文学はこれからどうなっていくのだろう」というような、地球的とも言ってような巨視的な問題意識がもくもくとわき出してくる。

 そんなおおらかな対談のひとつの大きな特徴となっているのは、各回のイントロダクションの長さである。第一章など「私のイントロダクションは短めにとどめ、できるだけリービさんにお話いただく時間をとりたいと考えております」との断りがありながら、なんと15ページにわたって沼野氏のイントロがつづき、リービ英雄の方は「沼野さんからいろんなお話が出ましたので、何を言っていいのかよくわかりませんが」と圧倒されてしまって、とりあえず3ページしかしゃべらないまま対談部分へとなだれ込むことになる。

 しかし、何の問題もない。このイントロダクションの長さに文句を言う読者はいないだろう。というのも、その内容の豊かさもさることながら、沼野氏のこの怒濤の〝しゃべり〟のおかげでこそ相手も警戒を解くのだし、そこに撒かれた話題をきっかけに先をつなぐこともできる。実際、この流れがあればこそ、リービ英雄も自身の「日本人に日本人であることのコンプレックスを突きつけられてコンプレックスになったというやっかいなコンプレックス」(42)のことを語ったり、他の「越境作家」と自分との違いを強調したり、お金のことは書かないという日本の小説とは違って「北京・上海には端的に言ってお金の話しかありません」(54)と報告したりと、少ない〝しゃべり〟の中でもちゃんと言いたいこと――そして私たちが聴きたいこと――を言っている。

 対談ではよく「聞き上手」などと言うが、そんなちゃちなレッテルは不要になる。どっちがホストでどっちがゲストかなどどうでもいい、語られるべきことはどんどん語ろうじゃないか、誰が言ったっていいんだからという衝動がこの本には溢れている。それが企画全体を貫く「J文学なんてちゃちなこと言ってられない、W文学でいこう」という姿勢とも重なる。 

 ハーヴァード大に留学してロシア文学を勉強したという沼野氏には、地域やジャンルにとらわれない思考法のようなものが身についている。もちろん、この本に登場する五人はいずれも越境的な傾向をもった方々だが、それでもこの沼野充義的な横溢性にはあきらかに押されている。ただ、おもしろいのは、長い長いイントロダクションに圧倒され、最初から劣勢に追いやられていながら、まるで陣地挽回するようにしてそれぞれが自分の持ち味をしぶとく出してもくるということでもある。さすがゲスト。

 中でもたいしたものだと思ったのは平野啓一郎である。この人もただの小説家とは思えないほど弁舌爽やかというか、頭脳明晰、議論流麗な人だ。『日蝕』でデビューした際も、当時の「新潮」編集長のところに乗り込んで談判したというのは有名な話だが、小説のマーケティングをめぐるコメントにはいずれも説得力がある。

たとえば「批評家の肥大」について曰く、

[ネットの普及以前は]一般読者の声がなかなか表面化しなかった。読者のほうでも、実際にはどんな作品が売れていて、それについて読んだ人がどう言っているかがわからなかったし、だからこそ、批評家の存在が過大視されてもいました。(107)
また「小説の売り出し方」について曰く、
文学が読まれていく上で何が大事かというときに、やっぱり、人の会話に上るということが本当に大事だと思います。映画の場合はけっこうみんなが場面の話をするし、登場人物の話をすると思います。あそこの場面がよかったとか、あの場面の誰がよかった、とか。だけど、今は文学ではなかなか場面の話にならない。(127)
「読者からの感想」について曰く、
僕の小説でも刊行して一ヶ月以内ぐらいにブログなどに感想を書いてくれる人は、僕の作品が好きな人か、純文学に興味のある人が大半です。もちろん、大嫌いだから一番に読んで悪口を書くという人もいますが(笑)。(中略)でも、刊行後三ヶ月くらいが経って、「平野啓一郎は特に好きでもないけど、話題になっているから読んでみようかな」という人たちが感想を書き始めたとき、それは売り出したときの感想とは、やっぱりかなり違います。文体に関しては、もう、読みやすかったか、読みにくかったか。それだけです。(130~131)
また「文学のつまらなさ」について曰く、
文学は洗練されすぎると、つまらないというのもあります。(131)
さらに「文学のおもしろさ」について曰く、
究極的には人間がページをめくる一番の衝動は「知りたい」という欲望だと思うんです。(138)
……などなど。太宰治にはいまひとつなじめなかったという逸話が典型的に示すように、平野啓一郎はときに私たちが作家に期待しがちな自意識過剰で、うじうじして、人前でしゃべるのが苦手というタイプではない。しかし、こだわりがないわけではない。大きなヴィジョンを語りつつも、それとは別のレベルの素顔もちらりとのぞく。沼野氏の語りに決して負けていない平野氏のなめらかな文学語りからはいろいろなものが読み取れるように思う。

 沼野氏自身の発言でとりわけ印象に残ったのは、ロバート・キャンベルとの対談で小説家のジャンル意識が話題にのぼったときのものである。日本の小説家にとっては、小説という形式が「家」としては意識されていないのではないかというのである。

 [欧米では]有名なプロの作家になると、ともかくできるだけ小説を書くことに集中しようとして、余分なことはなるべくやらないようにする。エッセイや日本でいういわゆる雑文をあちこちの雑誌の注文に応じて書くということも、日本みたいにはないんじゃないでしょうか。彼らがそうやって小説そのものに専念できる背景には、どうも、自分が携わっているジャンルがそもそも自分の家だという意識があるんじゃないかという気がしますね。
 逆にいうと、日本の作家は自分が書いている近代小説というものが自分の家だと、どこか心底から思えないようなところがいまだにあるんじゃないか。だから、近代の西洋的な小説ではないものに回帰するということも起こってくる。(195)
 まさに同感。ただ、おそらく書き手の側に――そして読み手の側にも――このような落ち着かなさがあるからこそ、日本語の小説には独特の「散文性」が生まれてくるのではなかろうか。小説以前に、〝語り〟や〝しゃべり〟があるのだ。そう考えてくるとこれは、沼野充義語りそのものの奥にある何かを示唆するようにも思えてくる。「おわりに」で、いささかの時差をへて吐露される震災後の心境も含めて、そんな感想を持った。氏のさらなる意見を――さらなる〝しゃべり〟を――訊きたいところである。

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2011年10月05日

『昭和の読書』荒川洋治(幻戯書房)

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「こわい批評家」

 もう十年以上前になるが、あるパーティで荒川洋治さんをお見かけしたことがある。「下手に俺に話しかけるな」という風情が漂っていて、いい意味で「こわい人」だなと思った。もちろん、筆者は話しかけなかった。

 文章を書く人が「こわい人」であるのはとても大事なことのような気がする。最近は「いい人」でないとなかなか生き延びていけない。多弁で、裏表がなくて、私生活もオープンで、パスタを茹でたり、SUVに乗ってたり、メールの返信も早いような「いい人」。そんな「いい人」の書くものは、わかりやすくて楽しいかもしれないが、一番文章にしてもらいたいような薄暗い部分にはまず到達しない。

 本書の『昭和の読書』というタイトルの意味は、読み進めていくと少しずつわかってくる。表向きそれは、昭和の作品や作家を語るということ。昭和の本の読み方、文章の書き方、さらには生き方を振り返るということ。さらには文学を「史」という立場から読み返すこと。だが、本当の目的は昭和独特の薄暗い部分に足を踏み入れることにある。

 冒頭の「茶箱」と題されたエッセーには、著者が実家で体験した次のような出来事がつづられている。

裸電球の下に、とても大きな茶箱があった。きらきらするブリキを内側に張った、容量のあるものだ。なかを開くと、四〇年ほど前、高校のころに買った雑誌が見つかった。茶箱に入っていたので、いたみもなく、当時のままで現れた。
 おぼえはあるが、これだけ月日がたつと初めて見るようなものだ。(10)
ノスタルジアではない。むしろ逆だろう。「これだけ月日がたつと初めて見るようなものだ」とあるように、著者はブリキを内側に張った茶箱から、私たちの「今」と拮抗するような何かを取りだそうというのである。

 しかし、どうやって? この本を読んでいるとときどきはっとするのだが、著者がいつの間に語るのを停止していたりする。書き下ろしのいくつかの文章――「昭和の本 I」「昭和の本 II」「名作集の往還 I」「名作集の往還 II」など――がとくにそうで、ふと気づくとタイトルなどの書誌情報が延々と連ねられるだけになっている。語り手が黙ってしまうのだ。そんなときは、どうやら蔵書や古書店で得た「昭和の本」が目の前に実際にならべられていて、著者はそれを手に取ったり頁をめくったりしているらしいのだが、それにしてもこんなのあり?と思う。しかし、不思議なのは、「こんなのあり?」と思いながらもこちらが読んでしまっていることだ。騙されたようなもので、読んでいるという意識もなしに何かを追っている。

 もちろん、単なる陳列ではない。よく見ると、さりげなく短いコメントが挟まれたりしている。そうすることで、著者はぴりっとした空気をつくる。本と向き合うのになくてはならない空気、あの緩いけれども硬いような、馴染んでいてもどこかよそよそしいような空気。「下手に俺に話しかけるな」という気配とも通じるもので、たぶんそのおかげではじめて本が伸びやかに呼吸をはじめることができるような、文章が書かれたり読まれたりするのに欠くことのできない、独特の「暗さ」がそこにはある。

 その背後には昭和の評論のスタイルが感じられるかもしれない。批評家はしゃべりすぎてはいけない。黙るときは黙る。荒川洋治という人は書評をするときにも、ふらっと立ち寄ったような遭遇を演出できる人だ。マラマッドの「レンブラントの帽子」の翻訳が再刊された、この小説は絶妙だ――そんな話をするときにも、次のような一節が混入していたりする。

欧米の短編は、これまでにたくさん訳されてきたが、日本語に変えられたとたんに、また欧米の側に戻っていってしまうような距離をぼくは感じる。(213)
何という語り口だろう。何という上手な黙り方かと思う。こういう黙り方を知っているからこそ語られることがある。おそらくそれは著者が、長い間、口語自由詩というフィールドで勝負してきたこととも関係している。散文に対して、ちょっと距離がある。散文でしか書かない人とちがって、声の出し方にきわめて敏感なのだ。語りやめるという方法があることも当然知っている。そして、批評家はもっと詩を語るべきだ、と著者は言う。
散文という装置は、近代になって、伝達のために発達したもので、一定の理法に従い、機械的に書くもの。思っていないことも、すらすら書く。そういう怖さと危険がある。散文は、人工的なもの、つくられたもの、異常なものである、というぼくの見方は変わらない(『文学の門』で書いた)。詩は個人のことばの上にたつので、感受したものについて正直であるが、過剰になれば異常。だが散文の異常性を認識する人は少ない。散文を自明のものとする人たちに、散文の限界点はもっと意識されていい。(202)
これは、まさに昭和の書き方だ。そしてそれは著者が言うように、昭和の書き手がより身近に「詩」と付き合っていたということを意味するのかもしれない。このように書くことを、たとえば筆者は禁じられてきたように思う(つまり、かつては知っていたようにも思う)。これからもたぶん、このようには書かないと思うし、書けないだろう。しかし、このような文章にこめられた「暗さ」は、懐かしいとかそういうことではなく、力強いものだ。

 こうした筆法にもあらわれているように、荒川洋治という人は「こわそうに見える」だけでなく、ほんとうに「こわい人」なのである。そんな著者がこの本の中で一番一生懸命語ろうとしているのは、やはり詩のことだ。そして、詩のことを語るうちに、著者は「暗さ」をかなぐり捨てる。黙っている暇などない、とでもいうかのように。

この一〇年ほどの間に、四〇代、五〇代の若手詩人によって戦後・現代の詩華集が何冊か出た。名前はあるが(せまい詩の世界では)、実はすぐれた詩をひとつも書いたことのない人、ことば上の革新的な仕事を十分にこころみたことのない人、書く詩が凡庸で、代表作ひとつもたない人。そんな人たちが選ぶので、詩華集も奇妙なものになる。(192)
書く詩は、単純なものが多い。類型的な語句や書き方に慣れ、そこに逃げ込む。現実の具体的なことがらにまみれて、苦しむ人は少ないのだ。論争ひとつないので、変化もない。みなで互いの詩をほめあう世界だ。こういうときに期待されるのは、詩論を書く人である。詩の内部にありながら、外側から見る力をもつ人たちだ。その人たちは、詩も書く。その詩は、何をかんちがいしているのか、自分の詩論とはまったく異なる無頼派ぶったもの。詩はロマン(詩のなかでいちばんつまらないところだ)なのだという考え方があるようで、いきなりしまりのないロマンチストになるのだ。読んでいて、おかしい。(193~194)
こういう箇所にはむしろ著者の「こわさ」は見られないと筆者は思う。「こわさ」を生むのは、硬質で冷たい切れ味である。無言の批評である。荒川洋治は昭和を語るという地点から出発しながら、その「暗さ」からこのように踏み出してしまうのである。しかし、そのおかげで我々は荒川洋治という批評家・詩人の現在形の声をあちこちで聞くことができる。それが本書のほんとうの魅力。こわい人、苛立つ人、一生懸命な人、そしてときにすごくやさしい人、そんな多面性がそのまま本になっているところが実におもしろいのである。


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2011年08月02日

『樹液そして果実』丸谷才一(集英社)

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「殺し文句でする批評」

 このところ批評集成の刊行が相次いでいる丸谷才一。7月に出た最新刊がこの『樹液そして果実』である。

 作家や作品の名前が止めどなく出てくる丸谷才一の批評文はメニューの豊富なレストランみたいで、どんどん注文してどんどん食べるという、宴のような祝祭性が楽しいのだが、そんな贅沢をほんとうに生かしているのは、「こんなふうにして食べるとうまいんだぜ」と差し挟まれる一言でもある。

 たとえば食卓に運ばれてきたのが吉行淳之介『暗室』だとする。今時、吉行淳之介なんて、若い人は手に取らないのだろうな、せいぜい『男流文学論』であの3人衆にけちょんけちょんにやっつけられているのを読んだくらいだろうな、なんて思ったりするわけだが、丸谷才一は意外なところに切り口を見つけてくる。曰く、『暗室』を読むと、実在の人物が思い浮かぶ。ただその人物の出し方が実に中途半端で、実名を伏せたり明かしたりして「不統一」である。この「不統一」は「作者の面倒くさがりのあらはれだらう」という話になってくる。

ロマ・ナ・クレじみた技法は、私小説ないしその亜流といふよりもむしろ、作者の面倒くさがりのあらはれだらうと思ふ。彼は多年の精励ののち、かういふなげやりな方法を工夫したのだ。部分的には平気で手を抜いて、白描のままでかまはないところは別に絵具など塗らず、小道具その他は気楽にあり物で間に合せ、しかし本当に大事なところでは存分に力を盡すといふ不思議な小説作法。(382)
 そんな「不思議な小説作法」をキザだと言う人もいるかもしれない。吉行淳之介に拒絶反応を示すのはそういう人かもしれない。しかし、丸谷は機先を制するように言う。
しかし『暗室』の最大の美点は、なげやりと評してもいい書き方で人生について語りながら、そして「ついでに生きている」生き方に多大の興味を示しながら、しかし人生を単純に否定しようとしてゐないことである。古風な虚無感とはずいぶん距離のある、屈曲に富んだ、含みの多い態度で、中田は人生に対応しようとしてゐる。(382)
「古風な虚無感」などとあると、「君、そうじゃないよ」と言われている気になる。丸谷は作家のナルシシスムには厳しい目を光らせる。違う、というのである。もっと「成熟した、ゆつたりとしたものの見方をわたしは吉行さんの描く小説家に感じる」と。そしてそこで、他の評者には決してまねのできないやり方で最後の殺し文句がつづくのである。この一節でむしろ吉行が救われているところがおもしろい。
独創的とは言つたけれど、心に浮ぶ先行作品が一つある。『伊勢物語』である。断章が無造作にはふり出されて、脈絡があるみたいでもあるし、ないやうでもあるあの趣は、『暗室』にどこか似てゐる。そして吉行さんの文学に王朝の色好みに通じるものがあるといふのは、かなりの人の認めるところだらう。もつとも、影響などと言ふつもりはない。第一、『伊勢物語』など読んだことがなからう。ここで一言、そつとつぶやくことにするが、まともな本をあんなにすこししか読まなくてしかもあんなに知的な人がゐるといふのは、わたしには信じがたい話である。(385)
 いやいや、という締めの言葉だ。丸谷才一の批評の〝芸〟はこの最後の一節に集約されていると思える。書き出してみると、

①現代と古典とを結ぶ自在な文学史観。
本書の「王朝和歌とモダニズム」では、助詞の「ノ」の使い方を鍵にして『新古今』とマラルメ、ジョイス、ウルフなどが結びつけられる。

②作家の執筆過程や背景に踏みこむときの、ヒョイというような軽み。
「第一、『伊勢物語』など読んだことがなからう」という憶測は、がちがちの伝記主義とはほど遠く、むしろ作品へのアプローチを柔軟にするための迂回路となっている。本書の「批評家としての谷崎松子」という文章は谷崎夫人とのやり取りからはじまっていてびっくりするのだが、それが「谷崎の文体変化は何が原因か?」というなかなか実証の難しいトピックを上手にほぐすための入り口となっている。丸谷は谷崎作品からの引用を見事につなぎながら、松子夫人のラブレターが谷崎に与えた影響の痕跡を読みとってみせるのである。本書では他にも、折口信夫を扱った文章などで興味深い探偵ぶりが発揮されている。

③がくっと脱線。「ここで一言、そつとつぶやくことにするが」と、わきに飛び退くようにして語りに〝ひねり〟を加えるのである。まさに〝芸〟と呼ぶにふさわしい忍者のような身のこなしが丸谷の批評に厚みを加えている。

②については丸谷がもはや文学史上の作家となってしまった人物たちと実際に知り合っていたということもあり(だから「吉行さん」なのだ)、そのへんは羨んだり真似しようとしたりしても仕方ないのだが、顔見知りではなさそうなのにまるで顔見知りのように語られるジョイスのような作家もいるということを考え合わせると、きっとそれが丸谷流なのである。

 本書はテーマごとに「I.ジョイス」「Ⅱ. 古典」「Ⅲ. 近代」「Ⅳ. 藝術」と分けてある。このアンバランスぶりもなかなかおもしろいが、おそらくそれは本書の談論風の文体ともあいまって(実際の講演を元にしたものもいくつかある)、間口の広さと縦横に話題の展開する自在さとを反映している。もちろんどこから読んでもいい本だが、筆者のお薦めは第三部。どの文章も「この料理はこんなふうにして食べるとおいしいよ」という示唆に富んでいて、食欲が増してくる。「文芸評論家」の中には、論ずることにしか興味がなくて、強面で「えい、えい、えい、」と断定していくばかり、肝心の作品はどうでもいいという人もいるが、丸谷のように作品をおもしろがる方法を知っている評者の文章は、ひいては書き手を育てるだろう。それにしても「あんなにすこししか読まなくてしかもあんなに知的な人がゐるといふのは、わたしには信じがたい話である」なんていつか言えたらいいなと思ったりするが、でも、下手に口にしたら首を絞められそうな言葉でもある。用心、用心……。


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2011年05月02日

『魯迅 ― 東アジアを生きる文学』藤井省三(岩波書店)

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「魯迅コンプレックス」

 岩波新書でタイトルが『魯迅』というと、何となく手に取る前から内容が想像できると思う人もいるかもしれない。魯迅は外国文学の作家でも最もよく読まれているひとり。教科書にも頻出するし、世紀初頭の日本への留学、医学から文学への転身、新しい文体の確立など伝記的事実を踏まえた「偉大なる作家」のイメージも定着している。書かれるべきことはあらかじめ決まっている!と思いがちだ。

 本書は、しかし、そうした魯迅像に実に新鮮な切り口をつける。何しろ冒頭の章のタイトルは「私と魯迅」。魯迅より先に、著者藤井省三氏自身の30年前の写真が載っている。「流れ流れて♪ 中国は紹興まで来ちまったぜ、ラララ♪」とでもキャプションをつけたくなるこの写真、そのちょっと気怠そうなポーズと、さわやかな帽子のかぶり方とで東映か日活か?と連想が走るのだが、中国留学時にしばしば魯迅の故郷の紹興を訪れたという著者の、写真に似つかわしいやわらかい文体による回想が心地よく読者に誘いをかけてくる。

 だが、「私と魯迅」で本書が始まるのは、著者が自己語りに惑溺するためではない。このように冒頭に「私」を立てる理由のひとつは、おそらく藤井氏自身の〝問い〟の息づかいのようなものを響かせることにある。たとえば本書のお楽しみのひとつ、魯迅の道ならぬ恋を扱った第五章を見てみよう。44歳の魯迅は刊行した小説集がベストセラーとなる一方、学者兼官僚としても名声を確立しつつあった。そんな折、講義の教室にいた女学生のひとりから手紙をもらう。この女学生が問題の許広平である。

許広平は二五年三月一一日に最初の手紙を書いたとき、「今お手紙を差し上げているのは、あなたの教えを受けて二年になろうとしている、毎週『小説史略』の講義聴講を待ちわびている、あなたの授業ではいつも夢中になって正直にそれと同様きっぱりとした言葉で、よく発言する小さな学生です」と述べている。これを読んだ魯迅には許広平が講義室のどのあたりに座っているどの学生であるか、すぐに察しがついたことであろう。(105-106)

そう。教壇からは聴講生の様子が実によく見える。だよね?という(自身大学教員である)藤井氏の肉声が聞こえてくる箇所だ。続く部分はもっとそうである。

 最初の手紙で許広平は教育界の淀んだ空気を嘆き、自分も剛毅な人間であり、先生もまた自分より一二万倍も剛毅であるにせよ、同様の気質の方であるのだから、時間と場所を限ることなく自分を指導していただきたい云々と、多分に一般論的な質問を書いている。このいわばファンレターに対し、魯迅は何と倍近い長文の返事を書いて、延々と我が人生観を語っているのだ。教師としての熱意につき動かされたと言うべきか、それとも女学生の誘いにうっかり乗ってしまい、倍返しの返書をしたと言うべきか……。(106)

段落末の「倍返しの返書をしたと言うべきか……」には ― とりわけ「……」には ― 藤井氏の魯迅に対する愛情が表れているともいえるが、同時にこの「あ~あ、やっちゃったね」的な慨嘆は、「偉大なる作家」を等身大の人間に引き戻す効果的な半畳ともなっている。この後、魯迅と許広平の間では多数の手紙がやり取りされるが、それらに書き直しの形跡がないところをみると〝ラブレター〟は綿密な校正をへて投函されたのではないかと思われる(と藤井氏は想像をふくらませる)。これらの書簡が『両地書』とのタイトルで刊行されるとベストセラーになるのだが、そうした経緯を出来上がった〝文学史的事件〟として提示するのではなく、歴史化以前の地点でとらえようとするのが本書の特色である。『両地書』の出版の経緯から、当時の女子大生の状況、姦通メディアの盛況ぶりに至るまで上手に話題を脱線させるながら、藤井は世紀のスキャンダルを「今、ここ」の視点でとらえようとするのである。そこにはいつも「私」の視点がある。

 本書のもうひとつの読みどころは第七章の「日本と魯迅」ではないかと思う。中でも、かつて日本の魯迅研究をリードした竹内好に対する藤井の批判は、きわめて雄弁かつ痛烈で読み応えがある。太宰治の『惜別』は魯迅をモデルにして書かれた作品で、太宰は下調べのために竹内の『魯迅』をも参考にしているのだが、竹内は後に『惜別』を「おそろしく魯迅の文章を無視して、作者の主観だけででっち上げた魯迅像 ― というより作者の自画像である」として酷評する(164)。藤井に言わせればこのような酷評そのものが竹内自身の魯迅コンプレックスの裏返しに他ならない。竹内自身が魯迅像を引き寄せきれずにもがいていたからである。

 こうした〝とらえきれない魯迅〟との格闘は、竹内の魯迅理解に大きなゆがみをもたらした。その最大の現れが翻訳文である。竹内による魯迅の翻訳には過度の〝土着化(domestication)〟があると藤井氏は指摘する。「伝統と近代のはざまで苦しんでいた魯迅の屈折した文体を、竹内好は戦後の民主化を経て高度経済成長を歩む日本人の好みに合うように、土着化・日本化させているのではないだろうか」(180)との見方である。

 このような種類の議論は翻訳研究の中では珍しくはないかもしれない。事実、藤井氏の「土着化」という概念もロレンス・ヴェヌティから借りたものである。しかし、藤井氏の議論の持ち味は、その具体性である。

そもそも魯迅文体の特徴の一つに、屈折した長文による迷路のような思考の表現が挙げられよう。しかし竹内訳は一つの長文を多数の短文に置き換え、迷い悩む魯迅の思いを明快な思考に変換しているのである。(175)

竹内訳のこのような傾向は、時を経て行われた自身による「阿Q正伝」改訳でも相変わらず見られるという。

改訳版は旧訳版と同様に原文の二分を六文に分割した上、字数を二一九字へと二〇%減少したため、饒舌体もほぼ消失してしまった。これにともない「物の怪につかれているような」語り手の恐怖感に裏打ちされた阿Qへの共感も、たいそう薄らいでしまったのではあるまいか。阿Qのような一見愚かな人間のために、なぜわざわざ「正伝」を書くのか、という読者の疑問もこれにより後退しかねないことだろう。(178) 

 精緻な分析である。それもそのはずで、藤井氏自身が「阿Q正伝」をはじめとした魯迅の作品を翻訳、刊行してきた翻訳者なのである。いかに魯迅を受け止めるかという問題とも自身向き合ってきた。この章の見せ場も、著者が自身の訳と竹内訳とをならべ、いかに竹内訳に問題があるかを見せつけている箇所である。短編「故郷」終わり近くの一節はそれぞれの訳者により次のように訳されている。

 かれらがひとつ心でいたいがために、私のように、むだの積みかさねで魂をすりへらす生活を共にすることは願わない。また閏土(ルントウ)のように、打ちひしがれて心が麻痺する生活を共にすることも願わない。また他の人のように、やけをおこして野放図に走る生活を共にすることも願わない。(竹内訳)
 彼らが仲間同士でありたいがために、僕のように苦しみのあまりのたうちまわって生きることを望まないし、彼ら閏土(ルントウ)のように苦しみのあまり無感覚になって生きることも望まず、そして彼らがほかの人のように苦しみのあまり身勝手に生きることも望まない。(藤井訳)

さて、どちらがいいだろう。前者の方がわかりやすいと思う人もいるかもしれない。しかし、藤井氏は言う。三つの句点で三分割する竹内の文体は、歯切れはよいかもしれないが、屈折した迷路のような思考を取り逃しているのではないか、と。たしかにそうだ。なめらかに訳された翻訳の落とし穴に、現代の私たちは気づきつつある。
 
 おもしろいのは冒頭の「私と魯迅」の章で、自身のそもそもの魯迅体験の原点が「竹内魯迅」にあると藤井が告白していることである(4)。その著者が日本の大学で中国文学を勉強した後、上海の復旦大へ留学し、帰国する際には、目の当たりにした中国の疲弊ぶりに「社会主義にはもはや幻想は抱かない」という考えを持つようにもなった。本書の一つの柱となるのは「竹内魯迅の超克」というテーマだろうが、その超克は著者自身の「私」を踏み台にしてはじめて可能となったということなのかもしれない。新書サイズの中に長年の成果が、その感情の部分も含めてぎっしりつまった本ではないかと思った。


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2010年11月22日

『アメリカ文学史』平石貴樹(松柏社)

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「半径2メートルで語る」

 文学史とは、言ってみれば結婚式のスピーチのようなものである。「新郎新婦、どうぞご着席を」にはじまって、「こんなに笑顔のかわいらしい花子さんをもらって幸せな山田君よ」とか「辛いときこそ力を合わせてウンヌンカンヌン」などと、あれこれ言わなければならないことが決まっている。

 何よりそれは〝演説〟なのである。「アメリカ文学」という、実はあるんだかないんだかよくわからないものを、まるでそこにあるかのように指差し、ひっくり返したり持ち上げたりしながら、呼びかけ、連呼し、賞賛する。つまり、〝自分の声〟で語る余地は非常に少なくて、お約束のことをよそ行きの強張った声で、しかも延々と数百頁にわたって語り続けなければならないのである。何と因果な商売だろう! 読む方だってたまったものではない!
 
 というわけで文学史というのは通読するものではないと筆者は思ってきた。
 しかし、平石貴樹氏の『アメリカ文学史』はそんなことは重々承知。その上で何ができるかに挑戦している、一種の〝アンチ・アメリカ文学史〟なのである。一見いかにもまじめそうな、重厚そうな佇まいで(「1500枚書き下ろし!」との文句が帯には踊る)、たしかにまじめな本ではあるのだが、その一方でいちいち〝文学史〟という方法に対する自意識がにじみ出して、オレはひと味ちがうよ、というシグナルを送ってくる。

 まず頁をめくって誰もが気がつくのは、そのいやらしいほどに読みやすい、わかりやすい文章である。とりわけ長大な作品内容をひとことでまとめてしまう手際は、おそらく英米文学研究者でも右に出る者はいないのではないかと思わせる。たとえば以下にあげるのはメルヴィルの悪名高い大長編『白鯨』を扱った箇所だが、実にあっけなく話がまとめられていてびっくりする。

……この作品[=『白鯨』]は、いっぽうに思想的な主題をあらわすエイハブ船長の悲劇、他方に捕鯨小説らしい、乗組員たちや鯨たちの物語が、縦糸と横糸のように織りあわされている。それらを渾然一体のものとして読むなら――そうせざるをえないが――読者は、この作品のスケールの大きさと物語の重層性に圧倒されるほかない。そこでは白い鯨たるモウビ・ディックは、エイハブ船長の敵としてきわめて「象徴」的だが、捕鯨をめぐる物語や情報があまりにも正確でくわしいので、それらによっていわばバランスをとり、ただの鯨の親分かもしれないものとなって、読者の冒険心をくすぐりつづけるのである。(p.153)

とても文学史的とは思えない。そりゃ、文学史だって読みやすいに超したことはないのだが、これまでの文学史が鉄仮面をかぶり、読者に対してガードを固めていたのにはそれなりのわけがある。文学史にはあまりにタブーが多いのだ。「はい、みなさん、何か質問ありますぅ?」などとうっかり訊いたりしたら、「うわ~、きゃ~、この小説つまんない、ありえない、フォークナー退屈! メルヴィル長い~! ホイットマンわけわかんない!」などとヤジが雨あられと降ってくる。そういうヤジをあらかじめ封じて、あくまでむっつりと大人の演説をするのが文学史というものなのだ。

 もちろん『文学史』というタイトルを掲げるからには、平石氏だって制度の中にいる。「アメリカ文学」なるものを守ろうとしている。しかし、今までの方法ではいけないとの強烈な意識が働いてもいる。そこで平石氏が案出したのが、先の引用にも表れていたような「何でも相談室」的な雰囲気づくりだった。いやらしいほどの読みやすさにつられて読み進めていくとわかると思うが、この箱入り本には「半径2メートル的」とでも呼びたくなるような、読書の圏域が仕組まれている。半径2メートルという空間にいっぺんに入り込めるのはせいぜい2~3人。その2~3人と膝を詰めて話合いましょう、お悩みに答えてあげましょう、というのがこの筆者のスタンスなのである。

 この「半径2メートル」には、いくつかの利点がある。まずあげられるのは軸足の固定だろう。冒頭ではっきり断っているように、平石氏がほんとうに興味があるのは「小説はいかにして面白いのか」というテーマだけである。いちおう〝文学史〟なので、ホイットマンやディキンソンといった詩人にはかなりの頁がさかれているし、エリオットやパウンドなどモダニズムの詩人も扱われている――敬意が表明され、それなりにフォルマリスティックな分析もなされたりする。しかし、こういうところで、平石氏はどことなく燃えないというのか、一生懸命ではあっても今ひとつ興奮していない感じが伝わってくる。それが、こと「小説のおもしろさ」という問題になると、ほとんど独断の域に踏みこみさえしながら、にわかに活気づいてくるのである。

 たとえば、以下はヘンリー・ジェイムズを論じた第12章からの引用だが、従来からよく引き合いに出されるウィリアム・ディーン・ハウエルズのリアリズム観などへの言及とともに両者の態度が較べられている。

そもそも、かれ[=ヘンリー・ジェイムズ]がヨーロッパに住むことに決めた大きな理由は、リアリズム小説が必要とする社会の風俗、階級的な伝統、庶民的また貴族的な文化、要するにホーソーンをめぐって(第六章4節)述べたように、小説の蓋然性の基準となるような安定した日常生活が、アメリカには存在しないということだった。「アメリカがノヴェル=リアリズム小説の題材に恵まれていない」という、ジェイムズがノヴェルの時代のさなかに示したこの認識は、説得力とタイミングを得て、にわかに有名になった。田舎者で正直なハウエルズは、「風俗などなくても人間の生活はある」と主張して、ジェイムズに全面的な支持をあたえず、アメリカにとどまり、アメリカのノヴェルの可能性に正面から取り組んだ。堂々としていたのはハウエルズのほうだったが、言うまでもなく小説家の勝負は、そうしたいさぎよさの有無で決められるわけではなかった。(p.257)

なるほど、よくわかる。話題が非常にすっきりと絞り込まれていて、「田舎者で正直なハウエルズ」が、難しげな顔をして視線をそらすジェイムズに対し、「風俗などなくても人間の生活はあるさ!」と直言しているさまが目に浮かぶようだ。しかもそんな「いさぎよい」ハウエルズが「小説家の勝負」では負けてしまうという。私たちの日常感覚に照らしてもいかにもありそうな勝負の綾だ。

 このように関心のポイントを、手を延ばせば届くような身近な地点に設定することで、実は平石氏自身が自分の語りに「半径2メートル」的な「蓋然性」を持たせているとも言えるだろう。そのことで、大教室の講義であれば目をつぶってすませることのできるような聴衆の素朴な読書体験・人生経験などを汲み上げることができるのだし、またそうすることで、無理してインテリ風の尖った加工をほどこした最近の〝研究〟の、より根の深い「退屈」を暴くこともできる。さらにいえば、このような「常識」の地点に立ち返ることで、通常の文学史に大量に登場する――そして今の私たちからするとどう見ても〝???〟としか見えないような――〝謎の名作〟というか、なぜ名作なのかいっこうにわからない作品群を、勇気を持って果敢に俎上に載せる準備もできる。そこで切り札として用意されているのは最新の批評用語ではなく、「だって、おもしろくないじゃん。ね?」というジェスチャーでもある。平石氏は「蓋然性」について語りつつ、こうして自ら「蓋然性」を演じてみせるのである。

 とはいえ、平石氏のこのような「蓋然性」という概念へのこだわりに、やや違和感を覚える人もいるかもしれない。なぜ今、「蓋然性」なのか。リアリズムとかリアルといった概念さえすでに「歴史化」(historicize)のかけ声の中でやや機能停止気味であるのに、平石氏はこの「蓋然性」という――おそらくprobabilityと英語で言い換えたほうがぴんときそうな――愛想のない哲学用語をベースにすることで、ほとんど数学的なほどの怜悧な視線でドライに小説作法を語ろうとしているかと見える。「小説のおもしろさ」という〝色事〟をきわめてシンプルに、しかしあくまで論理的に解きほぐすことに、ほとんど倒錯的な喜びを見出しているのではないかと思わせる。

 おそらくその通りなのだ。だからこそ、〝アンチ・アメリカ文学史〟なのだ。だからこそ、今更アメリカ文学史を語るという無鉄砲な行為にこの著者はふけることができる。しかし、これはなかなか困難な挑戦でもある。たいがいの文学史は、最終的には「小説とは何か」などという厄介な問題は途中で放棄して、「まあ、実際に書かれてしまったわけですから致し方ありません」という、大講堂的な慇懃無礼の中に逃げこむ。つまり歴史のせいにするのである。

 しかし、平石氏はそう簡単には負けない。そこであらためてかかわってくるのが、例の「半径2メートル」の空間である。「半径2メートル」の語りの特質は、その距離が限られているということだけではない。距離の短さに比例して、時間もまた短いのである。本書を通読しないまでも途中まで読んだ読者はおそらく気づくと思うが、そこにはほとんど時間が流れていないのである。出だしと終わりで書き手の意識にはほとんどぶれがない。まるで1500枚の間に、何も起きなかったかのようである。何と言うことだろう。文学史なのに、そこに書かれているのは「史」ではないのだ。無時間なのだ。

 600頁近くの本を、これほどの無時間の中で一気に語ってしまえる、そして読ませてしまえる著者の力量にはとにかく舌を巻かざるをえないが、私たちがほんとうに感動すべきは、著者が「歴史」なるものにたえずクエスチョンマークを突きつけ挑戦しているということではないだろうか。つまり、「ここにこうして語っているオレがいるのに、〝歴史〟よ、あんたは何者か?」というような、向こう見ずさと不安とのないまぜになったような姿勢がある。それは細かいレベルでいうと「宝探しの運動場」(p.28)など、あえて芯を外して野手の股間を抜くヒットを狙うような比喩の〝くすぐり〟によって、語り手の余裕しゃくしゃくさを示す方法にも表れている。しかし、より大事なのは著者の〝アンチ芸術派〟的な態度、つまり論理やモラルの破綻を時間の流れのせいにしてうっとり安心しようとするような、ナルシシスティックで耽美的な語りへの反発でもある。本書の中でもとりわけ力がこもっていて読みごたえがあるのは 小説言語と時間の関係を軸にスタイン、ヘミングウェイ、フォークナーといった作家を扱った16章と17章のあたりだと思うが(ただし、17章はやや手加減気味)、しばしばアートの観点から語られ、そのムードや叙情性が注目されることの多いこうした作家の作品を、例によって呆気ないほど明晰に論理的に説明しつくそうとする著者の〝無時間の語り〟の禁欲性には、妙な色気さえ漂うのである。

 こうしてみると、本書が事項羅列型の文学史になりえなかったのもほぼ必然なのである。これは語り、考えるための文学史である。「忘れた」という言い訳は許されない。語り手も、そしてもちろん読者も、半径2メートルの部屋に幽閉されているのだ。この拘束感がたまらない。快感なのである。最後にいくに従って徐々に強まる「おしかり調」にも何とも言えない味わいがある。実のところ本書は、文学史である必要さえなかったのかもしれない。たまたま、そこに「文学」や「歴史」があっただけ。半径2メートルには、よけいなものをおくスペースはない。思い出の品々も不要。必要なのは、今、ここにいる「私」なのだ。こんなに語り手が目立ってしまったら、結婚式のスピーチとしては相当独特というほかない。

 さて、これまでになく著者の持ち味が出た本書だが、平石貴樹未体験という人が手っ取り早くその味を試したいと思うなら、推理小説に触れたセクション(第十八章「ヴァン・ダインと推理小説の完成」)やアプダイクをやっつける所(第二十二章「アプダイクの問題点と文体」)などからはじめるのがいいだろう。最後の村上春樹のセクションについ目がいく人も多いかもしれないが、ここは必ずしも最良の部分ではないので要注意(おっしゃることはわかるんですけどね)。


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2010年09月23日

『文豪はみんな、うつ』岩波明(幻冬舎)

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「〝いやな奴〟を語る」

 「文豪はみんな、うつ」と言われたら、「そりゃ、そうでしょう」と間髪おかずに応じてしまいそうな気がする。小説家には精神的な鬱屈のイメージがよく似合う。健康優良児で明朗快活な小説家なんて想像できない。しかし、問題はそこから先だ。そんなステレオタイプそのままのお題を掲げて、この著者はいったいどんな新しい話をしようというのか?

 そのあたりが気になって手に取った本書である。結論から言うと、あまり「新しい話」はなかったのだが、にもかかわらずけっこうおもしろく読んでしまった。

 ひと言で言えば、本書は近代文学の有名人をネタにしたゴシップ本である。姦通、病気、家系の秘密、成功と失敗、貧乏、絶望、死。扱われるのも漱石、芥川、中也、藤村、太宰、川端など、いずれもフルネームで言わなくてもすぐ誰のことかわかるような作家である。みな、私生活にちょっと変わったところのあった人ばかり。「うつ」の話題は必ずしも主役ではなく、作品にそれほど深入りするわけでもない。作家の生涯が、事件や隠された内幕や怨恨などに焦点をあてながら語られる。「やっぱり作家って変な人ばっかりですねえ」と言わんばかりの展開で、節操がないようにも見えるかもしれない。

 著者は精神科のお医者さん。たしかにタイトルに掲げられた「うつ」はどの作家についても話題にはのぼるが、必ずしもメインのテーマではなく症例は統合失調症、不安神経症、強迫神経症、人格障害、パニック障害などさまざまである。というか、それまでおもしろそうに作家のスキャンダルを語っていた著者が、急に真顔になって白衣をまとい「えへん」と咳払いをして、いかにも医者らしい症状分析に話を進める瞬間が各章にあるのだ。

教師としての賢治は生徒たちから慕われ、充実した毎日を過ごすことができたが、時おり奇妙な行動が散見している。月夜の晩にレコードを聴きながら、空に向かって両手をはばたかせて踊ったり、ホホホホーと叫びながら走りまわったりする姿が当時を知る人によって語られている。こうした行動は、賢治の気分が躁状態あるいは軽躁状態であったときに出現したものと考えられる。(114~115)

「躁状態あるいは軽躁状態であったときに出現したものと考えられる」などと言われると、にわかに空気が変わる。たった今まで作家の生い立ちや名声の確立や恋愛事件、裏切りなどを雄弁に語っていた著者の態度が一変し、「鬱」と「統合失調症」はどのあたりで似たような症状を示すのかとか、睡眠薬にはそれぞれ違う働きがあるのだといった話になる。突如、話が散文的になるのだ。

 そういう点、必ずしも器用な本とはいえない。「なるほど」と思わせるようなあざやかな議論の展開があるわけではなく、むしろ「あれ?」というタイミングで精神疾患の話に移る。しかし、作家と精神疾患の関係の不思議さについて考えるきっかけとしては、むしろこういう本の方がいいのではないかと筆者は思った。

 あえて乱暴な言い方をする。私たちは作家に「狂気」を期待しているのだ。「天才と××は紙一重だからねえ」という井戸端会議(もしくは赤提灯)レベルのつぶやきからはじまって、私たちはどこかで「作家は狂っているべきだ」と思っている。しかし、「狂気」などという概念は、もはや公には消滅している。あるのは「症状」と「病名」だけなのである。にもかかわらず、私たちはかつて「狂気」という便利な言葉があらわしていた何かを作家やそして〝文学〟に求めている。

 別に文学作品がいつも幻覚や不安や妄執を描いているわけではないのだ。でも、きっとその背後には「狂気」があるんじゃなかろうか?という妙な期待のようなものがある。「狂気」を隠し持った作品こそが強い力で私たちに語りかけてくれるのではないか。表現とはそういうものであるべきのような気がしているのだ。しかし、ほんとうに不思議なのは、そういう私たちの〝期待の構造〟ではないかとも思う。おもしろおかしいスキャンダルをひとしきり語っておいて、急に木訥で〝マジ〟な精神科医に豹変する著者のその変わり身についていきそこねたとき、そんな〝期待の構造〟をふと冷静に意識してしまう。

 とりわけ印象に残った章がある。もっとも力のこもった章で、本書中、唯一フルネームで呼ぶ必要のある作家を扱っている。島田清次郎という名を聞いたことのある人は少ないだろう。1899年(明治32年)の生まれで、20歳のときに出した自伝的小説『地上』がベストセラーとなり時代の寵児となったが、その後出版界から総スカンを食って作家生命を絶たれ、30歳のときに精神病院で亡くなった。

 この人は実におもしろい。ゴシップとしてもおもしろいが、それ以上に、こんな人がいたらたしかに自伝的小説を書かせたくなるだろうなという人物である。傲慢、嘘つき、鈍感、強引、思いこみ、自己愛……。島田というのは、およそ人に嫌われる要素をすべて備えていたかと思われるのだが、島田がある意味ですごいのは誰もが多少は思い当たる節のあるこうしたプチッとした弱点を、フル装備でぜんぶ持っていた点である。まさに〝ミスターいやな奴〟。しかし、島田の人生をたどっていくうちにそんな輝かしいほどの性格破綻ぶりも、「症状」へと収斂していくことになる。精神病院に収容され、自身の排泄物を外に投げつけるというような段になると、もはや〝ミスターいやな奴〟ではすまなくなる。

 私たちはなぜ〝島田清次郎〟に小説を書かせ、ベストセラーにし、しかし、そのあげくに社会から抹殺し、のたれ死に同然の最期に至らしめてしまうのか。本書はそうした点を究明するものではないが、少なくともこの本を読んだ直後、あるいは数日後、あるいは数年後かに私たちはそのことについてあらためて考えたくなるのではないだろうか。変人スキャンダルのおもしろおかしさと、症状についての散文的な記述の間に私たちが感じるギャップはいったい何なのだろうか、と。漱石、太宰、谷崎といったお馴染みの「変人」の章は、ややおつきあいの感があるが、島田のような作家を扱うときの著者にはちょっとした迫力を感じたのである。


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2010年07月02日

『『チャタレー夫人の恋人』と身体知 ― 精読から生の動きの学びへ』武藤浩史(筑摩書房)

『チャタレー夫人の恋人』と身体知 ― 精読から生の動きの学びへ →bookwebで購入

「萎えの詩学」

 大学院の演習でシェイクスピアの『ソネット集』を読んでいるのだが、中には扱いづらいものがある。たとえば135番。たった14行の中で「ペニス」を表す語が13回も出てくる。こういうの、どうやって語ったらいいんでしょう? しかし、授業で135番を担当した院生は一度も「ペニス」という語を口にせずに、実にさわやかに作品を分析してみせた。そのあとに続いたディスカッションでも、誰も「ペニス」とは言わなかった(と思う)。

 これぞ精読。テクストにあらわれた表情や、テクストからあふれ出す情念をいったん〝宙吊り〟にし、右から左から、上から下からのぞきこむのである。じっと見る。なんでそんなことをする必要があるかというと、元々読むという行為には呪術的な面があるからだ。私たちがふだん、思わず文章を暗唱したり声に出して読んでしまったりすることからもわかるように、文章には読み手の身体に乗り移ってくる作用がある。憑依する。これはなかなか気持ちがいい。まさに快感。興奮する。クセになる。

 でも、そういう気持ちよさって危険だよね、と警告を送るようになったのが近代批評なのでもある。文章がこちらに乗り移ってくるのを「ちょっと待って!」と食い止めながら、読む。精読とは、憑依してこようとする文章の魔力を退けつつ、なお、その文章を受容するという非常に手の込んだ技なのだ。ただ、もっとややこしいのは、二一世紀の私たちにとって問題となりつつあるのが、文章が憑依してくることより、むしろ逆で、憑依してこなくなったということ。文章という制度はもはや機能しなくなりつつあるのかもしれない……。

 そのあたりのことを考えるのに、武藤浩史の『『チャタレー夫人の恋人』と身体知』はとても参考になる。本書の前半はとりあえず正攻法で、作品の言葉や展開を分析しながら、背後にある歴史状況やイデオロギー的なニュアンスを明らかにするというスタンスになっている。たとえば、この作品では階級問題が身体感覚を通して描写されているといった説明は、そもそも時間をかけて小説を読んだことのない人にとっても助けとなりそうだ。

 しかし、丁寧に読むという程度のことなら『チャタレー夫人の恋人』のような有名な作品についてはすでに数多く行われてきた。武藤の議論に独自の色があるとしたら、この作品を語るのに彼がしつこく「精読」という言葉をキーワードにしているということである。そのことによって武藤は、言葉による「憑依」との付き合い方について再考するきっかけを与えてくれる。

 本書でまず柱となるのは、『チャタレー夫人の恋人』を「性愛小説」という枠組みから解放しようとする試みである。このような姿勢は、単にこの小説を「エロ本」として読もうとするような通俗的な読みを退けるだけでなく、この本にふつうに知的に感動しようとする読者にも警鐘を鳴らす。つまり、「男女の触れ合いの温かさが機械文明の冷たさと鋭く対照的に描かれている」とか、「性的に解放され本来の人間関係を見つけた男女が社会問題の解決の鍵を握る」といった読み方はイマイチですよ、というのが武藤の最初のステップなのである。

 これが〝憑依の禁止〟の段階である。『チャタレー夫人の恋人』の言葉に乗り移られた読者は、性的に興奮するにせよ、人生指南や社会問題理解の書として感動するにせよ、その言葉に乗り移られることで作品を読んでいる。あるいは乗り移られたつもりになっている=乗り移られることで読んだことにしようとしている。武藤の精読は、その〝乗り移り〟から読者を解放し、私たちを文章の裏側へと導こうとする。

 その裏側には、性愛を性器中心にとらえたり、異性愛を前提としたりする考えをひっくりかえすような見方がある。武藤の狙いは、こうして『チャタレー夫人の恋人』にまっすぐに興奮していこうとする読者を、いったん萎えさせてしまうことなのだ。性的にも文化的にも。

 しかし、それが終着点なのではない。武藤の議論の核心はまさに「萌え」ならぬ「萎え」にある。

…『チャタレー夫人の恋人』の場合も、その始まりと終わりに注目すれば、男根は「うなだれて」始まり「うなだれて」終わっている。物語冒頭では言うまでもなくクリフォード・チャタレーの戦傷による下半身不随への言及がそれに当るが、見過ごされがちなのは、猟番メラーズが書く手紙という形を取っている小説最後の一文である――「チンスケしゃんは、ちょっとうなだれて、でも希望に満ちた心で、マン姫しゃんにおやすみと言っています」。

 武藤はこうしてロレンス自身の不能問題や〝健康な〟性器中心主義に対する違和感といった伝記的事実を織り交ぜながら、『チャタレー夫人の恋人』がまさに「萎え」の小説であることを明かしていく。その過程では性器からはずれた性愛の可能性――たとえば「尻」への執着――なども視覚的な証拠を交えて実証されていく。

 しかし、何よりおもしろいのは、このように「萎え」を語る武藤自身の語りが、「萎え」どころかある種の熱狂をすら体現していることである。上記引用部のあとはこんな具合だ。

つまり、『チャタレー夫人の恋人』はクリフォードのうなだれた男根への言及で始まり、猟番が自らの男根がうなだれていることを記すことで終わる小説なのである。もちろん、この作品は十数回の性交描写を含み、勃起して機能する男根が描かれるが、巻頭と巻末で言及される機能しない男根の意義と重要性もまた忘れてはいけない。絵画と小説とこの時期の作品を総合的に見て判断すると、あるレベルで勃起男根にこだわると同時に、別のレベルで勃起しない男根にこだわっていることが分かる。

我が院生と違い、「男根」とか「勃起」といった言葉をこれでもかと頻用しながら、武藤は「萎え」の性愛を不思議な盛り上がりとともに描出していくのである。武藤自身の文体に元々ある反復を厭わない〝元気さ〟が、このような形で「萎え」と組み合わせられていくあたり、青白い訓詁学を連想させがちな「精読」という作業に新しい可能性を開くようで頼もしい。

 武藤自身がこの小説の訳者だということもあり(ちくま文庫刊)、ふんだんな作品からの引用と地の文との息のあった競演も楽しめる。とりわけ、翻訳の際に武藤が気を遣った方言の訳出が、本書の議論の中で「純粋な階級」と結びつけて語られるあたりは読みごたえがある。武藤の言う「標準語では表現不可能なものを表現できる優れた身体的言語としての方言の力」がいったいどんなものなのか、最後に実例を引用して終わろう。(九州弁がなかなかいい。)

《ばって、おまえはよかまんこじゃのう。この世に残った最高のまんこばい。……》 《まんこってなに?》と女が訊いた。 《知らんとね? まんこはまんこじゃ! 下のほうにいるおまえじゃ。おれがおまえん中にいる時におれが感じるもんじゃ。おまえが感じるもんじゃ》

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2010年06月14日

『近代文学の終り』柄谷行人(インスクリプト)

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「柄谷ファンクラブをめぐって」

 せっかく柄谷行人のものをとりあげるなら『探究I』とか『探究II』とか『トランスクリティーク』とか、あるいは『日本近代文学の起源』など、堂々とそびえ立つ記念碑的な作品から選ぶべきなのかもしれないが、本書後半に掲載された座談会中の次の一節に出くわして、この本を話題にしてみたくなった。浅田彰や大澤真幸らを相手にNAM運動の失敗について振り返った部分である。
NAMがうまくいかなかった理由の一つは、まずインターネットのメーリングリストに依存しすぎたことです。(中略)もう一つは、運動に経験のある未知の人たちに会って組織すべきだったのに、僕の読者を集めちゃったわけね。インターネットでやればどうしてもそうなる。それで、柄谷ファンクラブみたいになってしまった(笑)。しかし、ファンクラブというのは実は互いに仲がわるいうえに、僕に対して別に従順ではなくて、むしろ柄谷批判をすることが真のファンだと思っているから、その中で軋轢が生じる。

座談会の記事で「(笑)」という箇所を読んでこちらが笑うことは滅多にないのだが、ここは思わず笑ってしまった。この批評家について、こういう面からもっと話題になってもいいような気がする。

 柄谷・蓮實時代のただ中で青春(?)を送った筆者にとって、批評家柄谷行人は「解放」と「抑圧」とを同時に体現する存在だったが、上のような箇所を読んであらためて感じるのは、この人は上手に悪口を言われることができる人なのだなあ、ということである。柄谷は「群像新人賞」の審査員を長らく務め、この賞の評論部門からは次々に〝柄谷門下生〟が巣立ってもいる。この〝門下生〟たち、たしかに端から見ていてもお互い仲が悪い。いや、仲が悪いだけでなく、いっつも「柄谷ってさあ、」などとお師匠のことを呼び捨てにし、「××がだめだよね」とか「××ができないじゃん」などと、ちょっと斜に構えたスタンスから次々に攻撃の矢を放つ。

 このようなジャブ攻撃が即批評につながるわけではないし、「柄谷は××と言っているが」的な引用がやや定型句化して批評のマンネリを招いたとの批判もあるようだが、お師匠に憧れつつも悪口を言って、しかも門下生同志がお互い仲が悪いというのはなかなか得難い批評的環境だったのではないかと今さら思う。

 NAMの場合もそうだったようだが、ネット経由のコミュニケーションでは喧嘩がおきやすい。返事が短すぎるとぶっきら棒に聞こえたり、ちょっと反応がないと「あれ?怒っちゃった?」などと思ったりする。きわめて神経過敏なのである。その反動なのか、今ややたらと懇切丁寧な〝マナー〟ができあがり、美辞麗句をつらねた「お褒め」を仲間同士送り合うといった慣行も見られる。

 もはや批評の言葉の使われ方はすっかり変わったのだし、80年代や90年代の批評にもいろいろと問題はあったのだと思うが、柄谷的批評の「からみやすさ」はやはり振り返るに価するものではないかと思う。本書『近代文学の終り』は基本的に講演や座談会の記録を原稿化したもので、どちらかというと80年代から90年代にかけての自身の活動を回想した部分が多くゼロから書いたという感じはあまりないが、それでも堂々と手の内を明かし、大きな話をしようといういかにも柄谷らしいスタンスは健在である。とくに読み応えがあるのは「近代文学の終り」と題された三つめの章で、ここでは「近代文学は1980年代に終わった」という柄谷のいわば持論が個人的な事情もからめて展開されている。語り口の明晰さはいつもながらのことだが、何より自らの議論を〝要約〟することを厭わない姿勢が印象的である。

文学の地位が高くなることと、文学が道徳的課題を背負うこととは同じことだからです。その課題から解放されて自由になったら、文学はただの娯楽になるのです。それでもよければ、それでいいでしょう。どうぞ、そうしてください。それに、そもそも私は、倫理的であること、政治的であることを、無理に文学に求めるべきでないと考えています。はっきりいって、文学より大事なことがあると私は思っています。それと同時に、近代文学を作った小説という形式は、歴史的なものであって、すでにその役割を果たし尽くしたと思っているのです。

何とわかりやすく自分を語ってしまうのだろう。批評家もまた小説家と同じく、「要するにこういうことね、」とパッケージ化されることを嫌がるものではないか。ところが柄谷の場合、むしろ執拗なほどに自己を単純化しようとするのである。たとえばその典型的な語り口は「くりかえすと、近代文学の終りとは、近代小説の終りのことだといっていいわけです。というのも……」というようなもので、堅牢なレトリックで自分の〝ふつうさ〟を覆い隠そうとするような守りの構えがないのである。無防備なのである。

 もちろん、だからといってはじめから「さあ、文句を言ってください、殴ってください」とばかりに、左頬と右頬とを差し出しているわけではない。柄谷の語りはその明晰さの一方で、独特の強烈な独演調があって、そう簡単にこちらの反論を許さないような鬼気迫る気配がある。しかし、まさに独演調であるがゆえにそこには「アソビ」(「遊び」ではない)もある。上記の引用の「文学より大事なことがあると私は思っています」といった部分にも表れてもいるように、柄谷の言葉は「私は思っている」という基礎の上に築かれている。だからその効力は「私は思っている」ことの迫力を存分に生かしたきわめて〝人間的〟かつ〝体温的〟なものとなる。それだけに、きわめて恣意的にも見えることもあるのだ。たとえば次のような一節。

いや、今も文学はある、という人がいます。しかし、そういうことをいうのが、孤立を覚悟してやっている少数の作家ならいいんですよ。実際、私はそのような人たちを励ますためにいろいろ書いてきたし、今後もそうするかもしれません。しかし、今、文学は健在であるというような人たちは、そういう人たちではない。その逆に、その存在が文学の死の歴然たる証明でしかないような連中がそのようにいうのです。

「そういう連中」が誰を指すのかはこの文章を読んでもよくわらかないし、これが議論として形をなしているかどうかも微妙なのだが、このように〝マグマ〟が唐突に噴出してしまうのは、柄谷の言葉がもともとどこかできわめて独特な「私は思っている」のスタイルに依存しているためである。そしてその部分を取り除いてしまったら柄谷批評の本当に良い部分が殺されてしまうだろうなと思う。

 もう一箇所あげよう。同じく「近代文学の終り」の章だが、コジェーヴによるヘーゲル解釈とリースマンの大衆消費社会分析とをからめたあたり。話題が日本に移るのである。

日本的スノビズムとは、歴史的理念も知的・道徳的な内容もなしに、空虚な形式的ゲームに命をかけるような生活様式を意味します。それは、伝統指向でも内部指向でもなく、他人指向の極端な形態なのです。そこには他者に承認されたいという欲望しかありません。たとえば、他人がどう思うかということしか考えていないにもかかわらず、他人のことをすこしも考えたことがない、強い自意識があるのに、まるで内面性がない、そういうタイプの人が多い。最近の若手批評家などは、そういう人ばかりです。

「最近の若手批評家などは、そういう人ばかりです」というような飛躍にはややびっくりするかもしれない。ヘーゲルやコジェーヴを話題にしたそれまでの慎重かつ丁寧な議論の展開からすると、日本に話題が移った途端に驚くほど話が性急になっている。

 しかし、このような性急さや唐突さにしても、一方ではたしかに柄谷の無防備さや場合によっては弱点につながるものかもしれないが、やはり持ち味の表れなのだ。たとえば柄谷の〝文芸批評期〟のものでもとくにあざやかな古井由吉論(『畏怖する人間』所収)や村上春樹論(『終焉をめぐって』所収)では、何より目につくのがテクストの細部に注目した「小さな話」から、スケールの大きい「大きな話」にジャンプするタイミングの絶妙さなのである。筆者などはそうしたジャンプの手際に(やや古いが)T・S・エリオットの批評などを思い出したりもするのだが、その後、文学に「終り」を見た柄谷がどちらかという「大きな話」にシフトを移したのだとしても、そもそも柄谷の批評活動を動機づけてきたのはレベルの違う話を何とか結びつけようとする衝動だったのではないかという印象はある。

 このような無防備さには明らかに人を引きつける吸引力がある。その結実としての「ファンクラブ」について、「ファンクラブというのは実は互いに仲がわるいうえに、僕に対して別に従順ではなくて、むしろ柄谷批判をすることが真のファンだと思っているから、その中で軋轢が生じる」などと振り返ってしまえるあたりに、う~ん、なかなかいいね、と思ってしまう、そういう本なのである。


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2010年03月08日

『大人のための国語教科書 ― あの名作の〝アブない〟読み方!―』小森陽一(角川書店)

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「国語を去勢する」

 なかなか読みでのある新書である。思わず線を引いたりコメントを書きこんだりしてしまう。取り上げられるのは、漱石の『こころ』、鴎外の『舞姫』、芥川の「羅生門」など国語教科書の〝定番〟。これらが高校国語教育という独特の文化の中でいかにゆがんだ受容を強いられてきたかを、国語の先生の〝あんちょこ〟とも言われる「指導書」を参考に分析していく。どの章もちょっとした推理小説仕立てになっているので、「いったい答えは何かしら??」とどきどきしながら頁を繰ることになる。ナラティヴの焦らしもうまい。

 ただ、実にねじれた本でもある。何よりタイトルだ。著者の姿勢は一貫してまじめというか、ほとんど正義の味方のように颯爽としているのだが、このタイトルはどう見ても〝ヤジ〟である。だいたい「あの名作の〝アブない〟読み方!」という副題の安っぽい盛り上げ方は何なのだろう。これではまるでキャバクラ潜伏記ではないか。著者をちゃかしているとしか思えない。しかも角川のこの〝Oneテーマ〟というシリーズは「本書のテーマ」なるものを裏表紙の一角に掲げることになっていて、そこにはしれっと「国語教科書の読み方」などとあるのだが、その直下に「文学研究の第一人者が暴く 『国語教科書』の裏のウラ」などと書いてもある。つまり、久しぶりに勉強しようかなという「大人」向けに国語教科書再入門的なタイトルをかかげておいて、直後の副題では「べ~。この〝大人〟は〝大人のおもちゃ〟のあれです♪」とひっくり返し、さらには、教科書作成の裏にびっくり仰天するようなおぞましい陰謀が隠されているかのようなキャッチコピーをつける。実に節操がない。

 ただ、問題はこうした体裁をまとってしまった責任が、ある程度、本書の内容にもあるということである。本書の内容は、このようなタイトルや売り文句から想像されるものとはぜんぜん違うのだが、では、どういうタイトルをつければいいのかというとちょっと悩む。どうもやると宣言したことと、実際になされることがずれているのである。

 冒頭で著者の小森氏はこの本が共同作業の結果であるという説明をする。大学院に入学してきた前田英明という高校の国語の先生との出遭いの結実だというのである。ところが本文に突入するや、打って変わって直球勝負というのか、著者の強烈な肉声が聞こえる押しの強い文体でぐいぐい議論が展開され(いちおう〝ですます調〟なのだが)、著者自身の論文に言及しながら語りは勢いを増し、ついには「憤り」まであらわにする。

芥川龍之介が『羅生門』を発表したのは一九一五年(大正四年)です。この時期には、『羅生門』の時代の日本と同じようなことが起きていました。(中略)天皇の権威を利用して軍部がどんどん好き勝手なことをやっていき、それに対して都市暴動までが起きていた時代だったのです。そういう時代状況のなかで芥川龍之介はこの小説を発表しているのに、そのことに触れないのは問題なのではないでしょうか。
 そのように考えてみるなら、小説内部の世界とそれが書かれた時代状況についての隠蔽がなされている、ともいえそうな、現在の指導書における『羅生門』の扱いには、憤りにも似た思いを抱かざるをえません。

…とこんな感じで、かなり強烈である。

そもそも本書の起点となっているのは、高校の国語教育で、生徒に画一的な読みが押しつけられていて、自由な読みが抑圧されている、という危機感である。やり玉にあがるのは教科書そのものと、その付録として教員に影響力があるとされる「指導書」である。たとえば漱石の『こころ』。各社の指導書では、抜粋という形で作品が掲載されていることもあり、物語が先生の手紙というワンクッションおいた形で語られていることが隠蔽され、そのことによって作品にゆがんだわかりやすさを押しつけている、という。その結果、『こころ』は「女をめぐる男同士の争いと友情の崩壊/裏切り」という、わかりやすいけれど実におもしろくない枠に押し込められ、たとえば同性愛の可能性といったものにも目が向かないようになっている。

 同じような手法で、『舞姫』は、すべてが終わったあとに西洋を東洋の地点から振り返る主人公の視線に注目することにより根底から読み直され、「羅生門」では下人のいじる「にきび」の話が、天皇制の問題へとつながる。テクスト細部への視線はいやらしいほど淡々として精密なのだが、勝負所となると、義憤を混じらせつつ、天皇や中国皇帝のセックス作法をからめた壮大な権力闘争に広々と話を展開させる。なるほど、古典というのはこんなふうに読み直せるものかと感心する。

 しかし、本書の起点を考えると、ここで疑問が湧かないでもない。冒頭で著者が表明するスタンスは、「画一的な読み」への抗いであった。たしかに小森氏のテクスト分析は精緻であり、その語り口も見事。指導書の退屈な読みは完膚無きまでに打破されているように見える。しかし、完膚無きまでに打破するくらいだから、そこで行われるのはまさに力勝負。つまり、勝つか負けるか、白か黒かという世界である。いちおう分析の最後には、まあ、これは私の個人的な読みなんで、どうぞ気にしてくださるな、みたいなコメントが付されているが、これはまったく嘘で、小森氏の読みをワン・オブ・ゼムとして読ませるようなゆるい論調ではぜんぜんない。「どうだ、俺を信じろ」という口調である。だからこそ、本書は刺激的なのである。つまり、読みをめぐる強烈な〝エゴ〟を露出させているからこそ、この本は成立するのだと言っていい。でも、これではいじめられっ子がいじめっ子になっただけのことではないだろうか?

 それならはじめから、「国語教科書のイデオロギーを暴く!」というスタンスにしたらよかろうという気もしてくる。国語教科書はまちがっている!と。しかし、そうはできない事情がいくつかある。そもそも国語教科書というのは去勢された存在なのである。その作品選択は実に束縛だらけ。セックスはいけない、差別はいけない、政治はいけない、片親はいけない、女中はいけない、頁数が長くてはいけない、難しすぎてはいけない、小学生ちっくではいけない、国語の先生が嫌がるものではいけない、編集委員が嫌いな作家はだめ、たまには女性の作家もいれなければいけない、たまには戦争の話もあるといいかも……などなどさまざまな条件を奇跡的にクリアした作品だけがめでたく選出されているのである。しかも、入試との関係もあり、小説はどんどん脇に押しやられ(「どーせ、授業ではやらないでしょ」などといわれる詩歌部門ほどではないにしても)、お飾りの気味が強い。そういうがんじがらめの中でかろうじて選ばれた作品を、おっかなびっくり授業で扱うわけだから、自由でラディカルな読みを奨励するなど無理である。つまり、〝権威としての国語〟なるものに本格交戦を挑んだところで、あっさり勝ってしまうに決まっているのだ。

 国語の授業の中の〝文学〟など、吹けば飛ぶような実に脆弱なものなのである。というより、いまだに国語の一角で「なんとなく文学」な雰囲気が残っていること自体、慶賀すべきことだと言っていい。だからこそ、〝戦争〟ではなく〝解放〟なのだ。国語教科書を、ひいては国語という科目をやっつけるのではなく、文芸批評の知見を用いてこれまでの隷属から解き放つ。よく言われるように国語は、英語や数学といった明確な技術習得目標のある科目とちがって、そもそも存在意義があいまいで、〝道徳〟の一環と化すことが多い。〝道徳〟となれば、たしかに裏側からまわりこんでくるような、いやな匂いがする。

 しかし、解放のためには戦争がやはり必要であるらしい。国語教科書による束縛を解くための最大の武器は、よりおもしろがらせること、よりどきどきさせること、より興奮させること。そうすることで「こっちの方が正しそうだ」と信じさせることなのである。本書はそれを、洗練された手つきで、徹底的にやる。

 つくづく文学批評にしても、あるいは人文学にしてもやくざな世界だなあと思う。解放の名の下に戦争をしかけるのだ。「こうするぞ」という構えとは違うことをやることでこそ、力を発揮する。まさにそれが、たとえば文学研究のようなものが社会的に意義を持つ数少ない方法のひとつではないかとも思う。『こころ』を同性愛の視点から、あるいは『舞姫』をオリエンタリズム(もしくは逆オリエンタリズム)の視点から読み解いたところで、アカデミズムの世界内であれば「ああ、クイアね」とか「ポスコロね」などと言われて終わるだけだろう。しかし、いくつもの偽の覆面をかぶる必要があるとはいえ、他流試合ともなれば、そう簡単には負けないし、そこに文学研究の潜在力もあるのかと思わせる本であった。



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2010年01月19日

『小林秀雄の恵み』橋本治(新潮社)

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「小林秀雄を語る方法」

 小林秀雄の『本居宣長』が最後まで読めなかったという人には、お薦めの本である。いや、小林秀雄などまるで興味がない、小林秀雄のどこが偉いのかさっぱりわからない、という人にもいい。もちろん、ニッポンの批評と言えば小林秀雄だ、という人も読むべきである。

 ある意味、残酷な本である。橋本治の批評は下からくる。あくまで低姿勢。それがかえって怖い。逃げ道がないのである。きちんと手順を踏んでいて、ちゃんと証拠もあげるし、引用も丁寧。文章もわかる。何より、読者の「そうだよな」という頷きを誘うような〝常識〟に話が落ちる。つまりあらゆる意味で非小林秀雄的なのだ。では、ほかならぬ小林秀雄がその橋本治の手にかかったら、いったいどうなるか。

 もっとも特筆すべきは、橋本が〝決して小林秀雄のことを悪く言わない〟ということだ。これはなかなか参考になる。橋本治と小林秀雄のふたりを並べてみれば、どう考えても前者が後者に心酔していたとは思えない。その橋本がこともあろうに第一回小林秀雄賞を受賞してしまった。それで否応なく宿題が突きつけられてしまったわけである。

 では〝決して小林秀雄の悪口を言わない〟橋本はどんな作戦をとるのだろう。「あとがき」に、この本を書くきっかけとなった一言が引用されている。小林秀雄賞授賞後の記者会見での発言である。

私は別に、小林秀雄がなにものであるかということへの関心はないんです。あるんだとしたら、〝小林秀雄を必要とした日本人〟とはなにものだったかということへの関心があるだけです。

やっぱり。怖そうなコメントだ。自分が小林秀雄だったら、こんなことを言われたら嫌だろうな、と思う。このコメントと考え合わせると、冒頭の発言もとてもいやだ。かつて橋本治が『本居宣長』をあらためて読み始めたときのこと。

「昔の自分はバカだから読めなかったろうが、今の自分ならなんとか読めるだろう――読めなかったら読めないで、バカにする手もあるさ」と思って、「『本居宣長』――書評」と題される一文を書くために、三十七歳の私は、小林秀雄の本を読み始めた。そして、感動してしまった。「小林秀雄はいい人だ」と思った。私は日本の知的社会に「いやなもの」を感じていたので、その日本の知的社会の中枢に「いい人」がいたことを感じて、幸福に思った。(中略)私は、小林秀雄がいて、小林秀雄が読まれた時代の、日本人の思考の形が知りたいのである。

小林秀雄をつかまえて「いい人だ」はないだろう、と多くの人が思う。そんなことを言われたら、思わず先が気になってしまうではないか。

 『小林秀雄の恵み』は分厚い本である。三ヶ月にいっぺん文芸誌に書いて、足かけ三年。この書き方を反映してか、しばしば話は脱線気味だが、橋本治という人は自分の言ったことにきちんと決着をつけないとどうしても気が済まないようで、言いっぱなしで放り出されるような議論がほとんどない。たとえば次のような引用がある。

私の文章は、ちょっと見ると、何か面白い事が書いてあるように見えるが、一度読んでもなかなか解らない。読者は、立止ったり、後を振り返ったりしなければならない。自然とそうなるように、私が工夫を凝らしているからです。

小林秀雄の文章である。こんなところを引用しておいて、橋本は微妙な言い方をする。

『本居宣長』を何度読んでも、私は本居宣長にまったく関心が湧かないのである。(中略)私にとって、本居宣長は「退屈な存在」なのである。そう思う理由は後に述べるが、その「退屈な存在」である本居宣長を書く小林秀雄には、一向に飽きないのである。それはもしかしたら、本居宣長の前に小林秀雄が立ちはだかっているだけなのかもしれないが、「なぜこう書くんだろう? こういう書き方をするんだろう?」と思い、小林秀雄と本居宣長の間にあるズレのようなものを感じながら、私の関心は、書かれる「本居宣長」より、「『本居宣長』を書いている小林秀雄」の方に向かってしまうのである。

こうなると、「本居宣長」と「『本居宣長』を書いている小林秀雄」のズレだけではなくて、「『本居宣長』を書いている小林秀雄」と「《『本居宣長』を書いている小林秀雄》を読む橋本治」との間のズレも気になってくる。橋本治はいったい何をおもしろがっているのだろう。そのややひねりの効いたおもしろがり方を、この400頁におよぶ、難しいことも書いてあるわりにやさしい文章のこの本は、そのまま形にしている。

 橋本治は決して一体化しない。あらかじめわかったりしない。むしろ上手にズレることで、そしてときにはやっとのことでたどり着くことで、外の方から語る。何しろズレを起点とした本だから、筋肉もりもりの議論とは縁がない。それよりも引きこまれるのは、なぜ『源氏物語』を読んでいるときに思わず和歌を読み飛ばしたくなるのかとか、下手くそな和歌しか書けず、お師匠からこてんぱんにやっつけられた本居宣長は、それでも歌が好きで仕方がなかった、といった脇道の話である。

 ただ、そういう中に、〝痛点〟のようなものがある。是非読んで欲しいのは、第5章の終わり、本書のちょうど中程にある箇所だ。「『当麻』の問題点 ―― あるいは、《美しい「花」》と「美しい花」」という、ほんの数頁のごく短いセクションである。冒頭、小林秀雄の「美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない」という有名な断言をとりあげるところから話が始まっているのだが、この断言に対し橋本治は、そうではない、と異議を唱える。橋本治にとっては断言をするなら、「〝美しい花〟などない、花の美しさだけがある」こそが真実だという。なぜそうなのか。橋本は幼少の頃自分が、人が「美しい」と思わぬ花をみながら、「これを美しいと思うのは、これが花だからではないか?」という思いにふけったことを想起する。そしてあらためて「花とは、花であるだけで美しいからこその花である」という考えを示してみせる。その裏にあるのは次のような「実感」である。

私は、「花の美しさがある」を実感して、とほぼ同時に、「きれいな花」と言われているだけの花が、すべてきれいではないということも、実感していた。

話が小林秀雄にうつるのはこのあたりだ。ここで、この本の一大テーマであった「なぜ日本人は〝小林秀雄〟を必要したのか?」という問いへの答えが見えてくる。

「美しい花」だけが「ある」で、「花の美しさ」なんてものは「ない」と言うのなら、この人は、「花の美しさ」をとやかく言う人の言葉に悩まされていたのである。「そんないちいちチマチマした花なんか覗いたって、さっぱり分からない。いっそ、なにが〝美しい花〟かを決めてほしい。そうすれば、自分は花のいちいちに悩まされなくてすむ」――そういう嘆きと不満の声が、「美しい花がある、花の美しさという様なものはない」という言い切りになるのだろうとしか、私には思えない。(中略)
 私が思うことは、「日本の男って、そんなに花の名前を覚えるのが苦手なのか?」だけである。「美しい花」云々が、そんなにも有名だということは、それだけ広く日本中の男達に支持されたということで、そんな逆説にも価しないようなものが「名言」になるのだとしたら、「いかに日本中の男は花を苦手とするか」しか表さないからである。

とりようによっては「小林秀雄って、ちゃんとランボオとか読んでたわけ?」とも聞こえる箇所である。しかし、もちろん橋本治はそんなことは言わない。あくまでズレてみせる。「え?小林秀雄って、そういう人なの?」(原文ママ)と言うだけである。

実はこの章にはさらなる見事な〝落ち〟が隠されている(そこは是非、実際に読んで欲しい)。この〝落ち〟には橋本治なりの、「いい人」小林秀雄への思いやりが読めなくもないが、そのせいでかえって前半部がおっかなく見えるような気が筆者にはした。後半の「実は…」という新展開は今更あまり関係なくて、前半で十分、小林秀雄はノックダウンされているとも読める。

 橋本治の文章はたいへん読みやすいしわかりやすく思えるのだが、明晰というのともちょっと違う。今の「花の美しさ」をめぐるあれこれでも、ある一点でその文章は意固地になる。しこりのようなものが残る。書き手の痕跡のようなものである。でもそれは、この人が書いたからこそ、言葉になったとでもいう刻印なのである。筋は通っているのだがときにはけっこう強引。下手をすると、「あれ、だまされたか?」と思いたくなるような、嘘の香りの混じった書き方なのだ。ところが〝嘘の香り〟のおかげでかえって説得力が増すことがある。批評でこれをやれるのはすごいことだと思う。小林秀雄とはまるきり方法は違うが、漫遊めいた言葉の彷徨にも、「あ、」とこちらが息をのむような切っ先をつけ、最後はちゃんと目的地にたどり着くという批評なのである。


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2009年09月03日

『文学の精神分析』斎藤環(河出書房新社)

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「文学につける薬」

 「文学」が嫌い、という人が意外に多い。関心がないというのではなく、積極的に、嫌い。筆者の勤務先は、「文学研究者」をめざしている人がいるはずの所なのだが、実際には、文学が嫌い、という人がけっこういる。口で言わなくてもわかる。顔にそう書いてある。

 実は、筆者もそのひとりである。いつもではないのだが、ときどき、嫌いになる。昔はもっとそうだった。「文学」は、胃腸の働きのよくない者には向かないのかもしれない。腹にもたれるし、胸焼けもする。鬱陶しいときには、実に、鬱陶しい。

 そんなときに「文学」の消化分解を助ける薬がある。その昔、筆者がよく手にしたのは精神分析批評だった。この20年の間に精神分析や精神分析批評をめぐる環境は変わっていったが、今回、斎藤環の作家論を集成した『「文学」の精神分析』を読んでみて、あらためて「そういうことだったか」と思ったことがいくつある。

 たとえば、一般に「精神分析は頭がいい」という見方がある。たしかにそうだ。金原ひとみの小説に出てくる少女について、精神分析ではこんなことを言う。

 オリジナルなき複製物として、みずからの身体を表象すること。これもまた「死の欲動」なのだろうか? しかし、そうであるなら「彼女たち」の欲望はまたしても、単一の傷を媒介として生の固有性を回復すること、という論理に回収されてしまう。むしろこう考えてみてはどうだろう。複製物の身体を傷つけることは、性器の複製というエロティックな契機をはらむのだ、と。

「回収」なんて言葉、世間では「ゴミの回収」くらいでしか使わないのに、精神分析ではやたらとよく出てくる。だから「頭がいい」なんて言われたりする。しかも、「頭がいい」だけではなくて、正しいことを言っていそうでもある。別の箇所の「真に合理的な価値判断なるものが不可能である以上、人間のなす言動のほとんどは存在証明としての「症状」にほかならない」などというコメントも、その通りかもな、と思う。でも、こういう「頭の良さ」にしても、「正しさ」にしてもどことなく胡散臭くも見える。格好良いいだけに、「ふ~ん」という気にもなる。

 しかし、そういうことではないのだ。『「文学」の精神分析』のとくに冒頭の三つの章を読むと、精神分析批評の可能性がもう少し見えてくる。おそらく本書の中でももっとも力がこもっているのは、「「性愛」と「分裂」 宮澤賢治詩論」と題された第一章。「アウトサイダー・アーチスト」=「表現と自分との距離がない表現者」という枠組みを取っかかりに、なぜ宮澤賢治が今のように読まれてしまうかを、宮澤文学の内在的な問題として考察する。視点そのものもおもしろいのだが、論を展開する著者の手さばきが実にいい。何より、「冷め方」がうまいのだ。

 出だしは、宮澤賢治をめぐる熱狂についての概観である。「表現と自分との距離がない表現者」という視点が出てくるのもここだ。どうも最近の宮澤批評を見ていると、「アウトサイダー・アーチスト」賛美の視線を感じる、という。しかし、ここでは距離を置くのが眼目ではない。そこからむしろ、中に入っていく。つまり、熱狂の中に紛れこんでいく。まるでスパイのように。斎藤は「アウトサイダー・アーチスト」として注目を集める画家ヘンリー・ダーガーの作品から、自身が受けた衝撃について熱く語る。感動的なほどの「いたましさ」を感じたという。それは「ナルシズムのいたましさ」らしい。そこにこそ人は魅せられるのか?と、やや強めの言葉で斎藤は問う。そうしておいて、不意に居住まいを正す。

率直に告白しよう。私は賢治にも、しばしばこうした「ナルシシズムのいたましさ」をみてとることがある。まずこの点において、賢治とダーガーは良く似てみえるのだ。

「率直に告白しよう」と言われると、思わずこちらもはっとする。相手にお辞儀をされたような気になる。ほろっとしそうになる。しかし、告白することで、読者にすり寄ろうなどというのではない。「告白」は仕組まれたものだった。続きはこうである。

ところで私は、たったいま二番目の告白を行った。こうした「告白」こそが、まさに問題なのである。真摯に賢治を語る口調は、しばしば告白に似てくる。それというのも、賢治作品を読む行為は、賢治からなにものかを直接に、無限に贈与される経験に等しいからだ。われわれは賢治からの無償の贈与に対して、つい自らの「告白」を返すことで帳尻を合わせようとしてしまう。だから賢治論は、その分量と多様さにおいてまず異常であり、また異様なほど感動的なものが多い。

この指摘自体ももっともだと思うが、筆者にとって何より印象的なのは、斎藤が上手にこちらを冷ましていくテクニックである。まず、告白すること。それから、告白について語ること。ふっと差し水をされたような気分にある。「あっ」という気になる。

 往々にして、批評家は大事なことを言うときに熱くなる。いいことを思いついたり、大事な地点に上り詰めたりするときには、血行が良くなっている。どんどん進んでいく。あるいは逆に、「オレ/あたしは良いことを思いついた!」と興奮するから、血液やリンパ液が激しく流れるのか。いずれにせよ、批評家はそこで、読者をも自分の興奮の圏内に巻きこもうとする。

 なんだ。それじゃあ、「文学」と一緒じゃないか、とも思う。批評がしばしば「文学」と同じように、あるいは「文学」以上に鬱陶しくなってくるのはそのためだ。しかも「文学」ではなく、「文学風」なだけなのだ。(本書でも使われている「二次創作」という言葉は便利だ)

 これに対し斎藤の批評は、冷えるための装置である。といっても単に冷たいだけでは機能しない。熱さに紛れこみつつ、冷ますのである。外側から「まあまあ」と宥めるのではなく、内側に入っていって、一緒にどこかに下る。奈落の底に落ちるのではない。イメージとしては、床にべたっと座るような感じだろうか。ある種の「平坦さ」に落ち着かせる。どうぞ、お楽に、と。

 さきほど金原論からの一部を抜き出したが、宮澤論にも次のような箇所がある。

フロイト=ラカン的な意味における「去勢」とは、万能の母親との近親相姦的な性愛関係を、エディプス期における父親の介入によって断念することであり、この過程を経ることで、人間は「語る存在」として象徴界に参入することになる。ほとんどの人間は、去勢によって言語秩序のシステムに組み込まれ、言語によって無為な万能感から自由になると同時に、言語によって病む(神経症)という可能性をも獲得する。
 しかし、たぐいまれな言語の使い手である賢治に対して、はたして本当に「去勢」が欠けているなどと言いうるものだろうか。
 より正確に言い直すのであれば、実は賢治に去勢は欠けていない。賢治における「二者関係の病理」に似てみえる印象は、「去勢の否認」によってもたらされたものだ。ただし精神分析によれば、去勢否認はひとつの病理として、性的倒錯の原因となる。ならば賢治には、いかなる倒錯の痕跡がみてとれるだろうか。

「うわ、ラカンだ!」という人もいるかもしれないが、「どうだ、ラカンだ!黙れ」というふうに屹立するための引用ではない。といって熱くないわけでない。熱くないわけではないのだが、この部分だけ読むと「プラス」と「マイナス」と「イコール」をふんだんに使った演算式のようにみえるし、まるでガラス越しに文学とかかわっている気分にもなる。

 しかし、ほんとうにガラス越しなら、こちらも白けてしまうところ。始めから読んでここにたどり着くと、それまでの徐々に下っていく手続きのおかげで、これは冷たいのではなく、冷ますための手続きなのだ、というふうに感じられる。つまり、批評の全体がさめていくためのプロセスになっている。冷たいのではないし、ましてや白けるのでもない。熱をこもらせながら冷めていく。ちょっとぞくっとするような、快感である。

 本書で扱われている作家は宮澤賢治、小島信夫、三島由紀夫といった古典系から、多和田葉子、金原ひとみ、古川日出男などの現代作家、さらには中井久夫なども含んでいる。冒頭はメタ批評の趣が強く、だんだんと作家論、そして入門・解説的な色彩が強くなっていく。ここでは主に宮澤論を取り上げたが、小島信夫についての章も江藤淳へのからみ具合が見事だし、中上健次の章で文体を説明するあたりも、決して議論の中心ではないのだが、著者の眼の冴えが感じられる。

 対象が石原慎太郎でも東浩紀でも著者の手際はたいへん鮮やかで、この人はいくらでも書けるのだろうなとも思ってしまう。しかし、そこは微妙で、「いくらでも書けるだろうな」と思わせる風情で書かれたところよりは、たとえ策略がらみでも、不意に居住まいを正したり冷まそうとしたりするジェスチャーの混じったところの方が引きこまれる。きっと著者が内にこもらせた熱のせいか、などと考えると、まさに斎藤の言う「転移」だの「症状」だのに陥ることになるのかもしれないが。


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2009年08月17日

『文学の器』坂本忠雄(扶桑社)

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「編集者の武器」

 編集者という存在は、実にあやしいものだ。しゃべらせれば饒舌かつ明晰。頭の回転は速いし、文章も書けるし、どこから聞きつけるのか人事にもやたらと詳しく、人の名前も漢字に至るまで正確におぼえているし、誰が誰の親だとか親戚だとかといったことも把握し、あたり前かもしれないが、本のこともよく知っている。酒も強い。野球もうまい。服は黒い。ところが、ある一点のことでは、ある刹那に、急に寡黙になったりもする。

 実はこの寡黙さこそが、編集者の武器なのだ。編集者の最大の役割は、黙ることだと言ってもいい。何しろ、編集者という職業の本質は、「見えないこと」なのである。

 本書の著者坂本忠雄は、『新潮』で14年間にわたって編集長を勤め、晩年の小林秀雄に『本居宣長』を書かせた人物である。もはや伝説と化したような作家たちと親しく付き合い、また畏怖されもした編集者である。しかし、本書はふつうの著書ではない。自らの交友関係をあれこれ述懐するというようなものではなく、あくまで「近・現代日本文学をめぐる語らい」の場を用意する、という設定なのだ。そこがいかにも「編集者」坂本忠雄らしい。

 取り上げられる作家は伊藤整、色川武大、小林秀雄、川端康成、深沢七郎、三島由紀夫、江藤淳、野口富士男…と昭和の代表的文学者18人。作家ごとに鼎談の形がとられ、坂本に加えて『エンタクシー』の編集同人である福田和也や坪内祐三が適宜参加しつつ、石原慎太郎、古井由吉、嵐山光三郎、黒井千次、車谷長吉、島田雅彦、佐伯一麦、江國香織、角田光代といった幅広い層の作家をゲストとして迎えて、作家について語るのである。

 この本は坂本が丸ごと書いたものではない。しかし、この本を生んだのは間違いなく坂本である。坂本はこの一連の座談会の中できわめてうまく姿を消すのだが、ときに不意に姿をあらわして、

高見順が文芸時評で自分がやっつけられて、その紙面を食べちゃったという伝説がありますね。そのくらいのものじゃないと、文芸時評はだめです。

などということを言ったりする。あるいは色川武大については、

ところで、僕はお父さんに会ったことがあります。中央公論新人賞をとったあとに、頼んでいる原稿を催促しに色川さんの生家に行って、玄関をガラッと開けると、親父さんが出てきたんですよ。「色川さん、いますか」と聞くと、「いません」と言われた。これはいるなと思い、脇から庭を通っていくと、猫と一緒に炬燵で寝てたんです。
などという出来事を語る。「これはいるな」というところはすごい。やはり編集者というのは、肝心のところで、おそろしく冷酷になれるものなのだ。

 おそらく坂本がそこにいるというだけで、作家たちは緊張もするのだろう。あるいは和んだり、張り切ったりもする。たとえば、坂本から「島田さんが小説家として、同業者としてご覧になると、後藤明生の文章についてはいかがでしょうか」と話を振られた島田雅彦が、「非常に読みやすい」としたうえで、

つまり、読みやすい文章、リズムのある文章の書き手っていうのは、案外運動神経がよいのではないかと思うんです。後藤さんは、実は野球がうまいのが自慢だったんです。

などと発言したりするのも(ほんとかよ?と思わなくもないが)、まんまと坂本の釣り球に誘い出されたような感がある。佐伯一麦も、「今の若い作家の人は、残酷の「酷」という字を使って、「酷(ひど)い」とよく書くんです。僕たちだと「惨(むご)い」という感覚ですが、でも「酷い」と書く」ということを指摘したうえで、

芸者屋で育った野口さんが感じていた、そして荷風の時代の売笑婦との関係などは、やはり階級社会以外の何ものでもないわけですよね。ですから、常に自分が存在していること自体に、「ひどい」とか「むごい」という感覚があったんだと思う。それが今はないので、あえて若い作家たちが人間関係で「酷い」とよく使うのは、表現を成り立たせるために、そういうものを何とか見つけだそうとしているのかもしれないと思った。

というような鋭いことを言う。これも坂本がそこにいればこそ、そして肝心のところで黙ればこそである。

 ゲストの中でも、とくに冴え渡りぱっなしなのは古井由吉である。古井は川端康成の回と江藤淳の回で、都合二度登場するのだが、たとえば川端についてのコメントなど、いちいちノートを取りたくなるほどの切れ味である。

川端はかなり遅い時期まで、文学として小説に信用を置いていなかったのではないだろうかと僕は思う。文学をやるなら小説ではないと思っていたのかもしれない。そして自分が小説を書くとしたらこうという形ができたのが、「雪国」だったと思うんですよ。それに比べると、近代の日本の小説家はあまりにも早く小説に乗り過ぎている。小説以前の迷いとか懐疑が薄い。小説にリアリティを持たせたいという欲求にひっぱられ、小説を書く自分の精神を検討しなかったところがある。なぜ世間が小説家にこうも甘かったか。たぶん口語文を使うパイロットとして見られたんでしょうね。

こうした発言は、下手な外国文学研究者相手だと、「小説への懐疑というのは、メタフィクションのやっているようなことですか?」といった的外れな反応を呼びそうな心配があるが、もちろん、そういうことではない。

「そういうことではない」という暗黙の空気を漂わせるのは、なかなか難しいことだ。しかし、そういう空気がなければ、作家も批評家も安心して語ることはできない。そこを、作家の顔を見ながらポイントを変え、議論の水準を操作し、くつろぎの香を焚いたり、ゲストと一緒に怒ったり、笑ったり、妙な想い出を投げ込んだり、作品を引用したり、姿を消したり不意に現れたり、と坂本が巧みに調節しているのである。つくづく編集者とはあやしいものだ。

 『文学の器』はサロンの世界である。文学エリートの世界である。「わからんやつには死ぬまでわからない」という冷酷さがその場に漂っていればこそ、古井の「作家を殺すのはたやすい。引用で殺せばいいんです。一番苦しいところを引用する意地の悪い人がいるんだよねえ(笑)」みたいな発言が本当に生きてくる。次のようなコメントも、特有のくつろぎの中でしか言えないことではないだろうか。

言葉の推敲と人は気安く言うけれど、本当は人の背後に審判(ジャッジ)がいないと推敲は恣意になるんです。あるいは、他者と本当に他人との関係というか、打算や計算のような関係で決まる。だけど、推敲に人が夢中になるのは、どこかに人間を超えるジャッジがいるからだと思う。それで、文章が成り立っているわけですよ。小島さんがそのジャッジを無限の遠くに遠ざけたのに、本当に作家としてよく書けたと思う。

「研究」の言葉には乗らないし、「批評」にするのも難しい。そういうすれすれの言葉を拾っていくのはまさに古井の得意とするところだが、それも、信頼に値する聞き手がいてはじめて可能になる離れ業だ。

 本書を読んでひとつだけ心配になるのは、世代間の隔絶である。作家たちが「昭和」という設定だから、ある程度は仕方ないのかもしれないが、ゲストたちの年齢層がかなり高い。柳美里(1968年生)、中島一夫(1968年生)、角田光代(1967年生)が最若。もちろん福田和也は弱冠(?)四十数歳で八面六臂の大活躍だが、それにしてもこれが「サロン」に参加できる年齢層の下限なのだろうか? 現在の40代半ば以下は、筆者を含め、批評理論がごくふつうに流通した世代で、それだけに文学を語るための言葉を、自分なりに苦労して探すという経験をしないですんでもきたのである。翻訳批評用語の醜さやトンチンカンさに何の違和感も感じないそういう世代の人々が、この「サロン」での会話に反発するはおろか、そもそも反応すらしないのだとしたら、ちょっと薄ら寒いなあ、と思ってしまう。今こそ、あやしい編集者の出番なのである。


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2009年07月03日

『抒情するアメリカ ― モダニズム文学の明滅』舌津智之(研究社)

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「敗北と文学」

 なぜ文学研究は、判で押したように「抑圧された欲望」とか「ジェンダーのゆらぎ」といったフレーズでオチをつけるんですか? 最初から結末が決まってるのでしょうか? なんていうことをいやらしく問うてくる学生がいたとする(実際に、いる)。もちろん、こちらも場当たり的とはいえ、何かしら答える方法がないわけではないのだが、いろいろ理屈をこねるよりは、まずはこの『抒情するアメリカ』を読め、というのが手っ取り早そうだ。

 文学の批評というのは実にマッチョなジャンルである。そのことを象徴するのはおそらく、「なのだ」という語尾だろう。新しい事実や意味を「自分だけが発見した!」と主張し、かつ、発見した自分を「どうだ、見ろ!」とばかりに堂々とひけらかしてみせる。そうしないと格好がつかないのだ。

 なぜそんなことになるのか。背景にあるのは、「文学作品というのは寡黙だ」という前提である。恥ずかしがり屋さんの作品テクストに替わって、批評家が声を大にして「なのだ!」と代弁してあげる、そうすることで守ってあげる、そんな設定が文学批評の黄金パタンとなってきた。ボケ(作品)と突っ込み(批評)の相補的な依存関係が、作品と批評との間にはあるのらしい。

 しかし、ほんとうにそれだけなら、複雑なことにはならない。批評家や文学研究者が青ざめて悩んだりする必要なんかない。とにかくぜんぶ説明し、やっつけてしまえばいいのだ。捕獲してしまえばいい。たいへんルールの明確なゲームだ。ところが、実際には多くの(まともな)批評家や文学研究者は青ざめて悩んでいる。おそらく舌津智之氏もそのひとりだ。

 というのも、「なのだ」を駆使して威張らざるを得ないにもかかわらず、(まともな)批評家や文学研究者というのは、作品テクストの方が、「なのだ」で語る批評よりもはるかに「上」だということを知っているからである。威張っているにもかかわらず、たえず語る対象に対する底知れぬ劣等感に駆られてもいる。

 こんな必敗関係に直面して、批評家はいったいどうしたらいいのか。『抒情するアメリカ』は、その対策をたいへん華麗な形で示してみせる。たとえば次の箇所を見てもらいたい。

なるほど、抒情とは一見、禁欲的なモダニズムより、開放的なロマンティシズムに親しむものだと感知されうるかもしれない。しかし、抑圧されて回帰する個人的情緒――禁欲的自己検閲のもとに発露する明滅的な感傷ないしはロマンティシズム――がアメリカ的な抒情のゆらめきであると見る本書の枠組みに照らすとき、(成就しないままに延命される)欲望の深みと強度において、抒情するモダニズムとは、ロマンティシズム以上にロマンティックであるという逆説を孕む。
「禁欲的自己検閲のもとに発露する明滅的な感傷ないしはロマンティシズム」って、いったい何?と思う人もいるかもしれないが、要するにむっつり構えて我慢していたおじさんが、つい、隠れて泣いちゃったり、妙な苦笑い顔になったりする、といった場面を想像してもらえばいい。

 しかし、舌津氏はそうは書かない。そうは書かないことが大事なのだ。「なるほど、抒情とは一見…」で始まる上の一節の、「なるほど」には明らかに勝ちにいく書き手(=舌津氏)のポーズが表れている。「なるほど」と言われたとたんに、我々読者は「ああ、もう相手の言うなりになるしかない」と無意識のうちに白旗を立てているはずである。同様に、「むっつりしていたおじさんが、つい、隠れて泣いちゃったり…」とは書かずに「禁欲的自己検閲のもとに発露する明滅的な感傷…」と書くのも、やはり勝ちにいくポーズである。我々は、ああ、こんな風に言われるなら文句を言うのはやめよう、素直に従おう、と思うはず。

 だが、舌津氏がこれほどのマッチョで、強面で、完膚無きまでにこちらを打ちのめさんとするポーズを取るのは、決して作品を組み伏せ、切り裂き、蹂躙するためではない。それどころか、まさに自らが対象として取り上げる作品に美しく敗れ去るためにこそ、著者はこうした語り口をとる。著者が語ろうとするのは、存在ではなく欠如なのである。完成や到達や「論理の完遂」ではなく、仮定や逸脱や「感傷の漏れ出し」を語る。ということは、著者がマッチョで強面になればなるほど、まさに語ろうとする対象からは逸れ、離れていくということなのである。

 ああ、また「逸脱」か、と飽き飽きした口調になる人もいるかもしれない。冒頭で触れた学生の「また、ジェンダーのゆらぎですかぁ?」という問いも聞こえてくる。しかし、そんなことは著者は重々承知なのである。もちろん、「ジェンダーのゆらぎ」をはじめとするフレーズは、共通の場を構築するための挨拶替わりという程度のものではない。著者は本気でジェンダーのことを語っている。そこは批評の怖いところで、本気でない言葉というのは、何となく、肌で感じ取られたり、白々しさが透けて見えたりするもの。しかし、「ジェンダーのゆらぎ」と口走ることで著者が満足しているなどとは、ゆめゆめ思ってはいけない。ジェンダー云々の格好いい決まり文句が、花と散るかのようにどうでもよくなる瞬間というのが、本書のあちこちには見られる。

 以下にあげるのはその例だ。ビーチボーイズを扱った最終章で著者は、このバンドの独特の暗さが「現実にはありえない何かを想定する創作モード」から来ているとし、さらに仮定法の重要さに注目する。このあたりは議論としてどちらかというと先の「勝ちにいくポーズ」を思わせるのだが、そうした批評的論理を構築する途上に、ビーチボーイズの歌詞をめぐる、次のような分析がある。

We could ride the surf together
While our love would grow
In my Woody I would take you everywhere I go

ここで、わずか三行のうちに六度繰り返されるの音(We, While, would, Woody, would, everywhere)は、唇を尖らせる動作によって発音されるものであり、同様に唇をすぼめるの二重母音の脚韻や、surfとloveとmyとeveryの四語に含まれる口唇音とも重なって、二つの唇が柔らかな接触を求めあうくちづけの官能性を自体愛的(オートエロティック)に模倣する。裏を返せば、それは、歌の中でしか実現しえない架空のくちづけである。

 さて、どうだろう。いくら勝ちにいく議論の果てに繰り出されるとはいえ、ここまで来ると、「ん?待てよ」という気にならないだろうか。もちろん、「ありえない~!」というほど珍妙な議論ではないし、むしろその指摘の思いがけなさ、鮮やかさには思わずうっとりする。だが、そうは言っても「ん?」の気持ちも消えない。

 判で押したような強面のフレーズの隙間から漏れ出るようにして、ほとんど自虐的なほどのいかがわしさで増殖しあふれ出す、限りなく嘘っぽいけど、やけに本当っぽくも聞こえる読み。これこそが舌津氏が『抒情するアメリカ』に仕掛けた「負け」の装置なのである。自らの強面の「勝ちの仮面」をあざ笑うかのように、自由に、いい加減に、好き勝手に、でも、そう簡単には気づかれないように、軽やかに駆けめぐる言葉。

 本書で舌津氏が立てたテーマは、アメリカ文学における抒情であり、感傷であり、涙である。これは実に手のこんだ設定だと言える。表向きのポーズとしては、こうだ。本来、ぐにゃぐにゃして「知」の言葉ではとらえきれないはずの「情」を、徹底的に散文的に、論理的に、文学史的に曝いてみせる、と。そもそも「情」について、情的な言葉でことさらうっとり「詩的」に語ろうとする批評の、その怠惰で自己耽溺的なうっとうしさには、舌津氏は長らくうんざりしてきたはずだ。だからこその、強面で理知的な仮面。しかし、その枠をきわめて精妙に構築する一方で(白眉はおそらく序と第五章。まずはここから読むのも手かもしれません)、さらにそれを上回るような抜け目のない俊敏さで、枠の硬度を出し抜いてみせるのである。何もそこまでやらなくても、と読者がとめに入りたくなるほどだ。しかし、その出し抜きの衝動の「どうしようもなさ」にこそ、おそらくは舌津批評の真実がある。

 抒情や詩について何か言いたい、というのは多くの批評家が抱く夢だ。文学の中でももっとも語りにくい、おそらく永遠に正面切っては語られ得ない何かがそこには隠されている。奥にある、芯にある、という気にさせる何かなのだ。だからこそ、あれこれ作戦を駆使して、語ったことにする。あるいは敗北してみせる。それでも十分「そこ」に足を踏み入れた心地を表現するのが、批評家の腕というものだろう。本書は、そのお手本を示してくれる本ではないだろうか。



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2009年01月10日

『機械の停止 ― アメリカ自然主義小説の運動/時間/知覚』折島正司(松柏社)

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「潜み笑いとメタ批評」

 「英米文学研究にはこんなこともできるのだ!」を示すには格好の一冊である。2000年の出版だが、すでに古典の風格がある。

 著者の折島正司は1947年生まれ。60年代後半に学生生活を送り、70年代にはすでに本格的な研究活動に入っていた。構造主義以降の英米仏独の批評理論を、いわばガンガン日本に紹介した急先鋒のひとりである。筆者も大いに恩恵を受けた。

 では、本人の手になる研究書ともなればさぞかし理論臭ぷんぷんかというと、全然そんなことはない。おそらくは編集者によるのであろう索引を見ても、項目はすっきりしていて、固有名詞&批評用語バラマキ型の理論派とは一線を画す。

 それどころか、何より「イントロダクション」をめくっておどろくのは、書き手の実にうきうきとした口調である。へらへら笑っているわけではないのだが、いちおうまじめそうに語っている底から明らかに昂揚している感じが伝わってきて、いったい何が嬉しいんだろう?と思わずにはおられない。

 本書の最大の魅力のひとつはここにある。著者は小説のストーリーを語るのが楽しくて仕方がないのだ。冒頭でとりあげられているのは、「ラカンばあさん」という、タイトルからして曰くありげなエミール・ゾラの小説なのだが、折島はまるでゾラに憑依したかのように、熱を帯びた調子でこの作品を語る。以下にあげるのは、息子の妻とその愛人とのふたつの死体を見つめる、寝たきりのラカンばあさんの様子をとりあげた箇所で、本書の中心テーマが示されるところでもある。

ただの死体はどこまでいってもただの死体だ。目玉以外動かせないラカンばあさんの怨念には、手が届かない。モノを捉える視線がモノとむかいあっている。ただの目玉とただの死体が、あざやかに対立している。人間の身体をただの物体と見る。そして、意味の過程からきりはなす。せいぜい、見世物商品が流通過程の一部で持つ意味だけを与える。「死体劇場」の出し物と見る。『テレーズ・ラカン』の最後には、この見解がふたたびしめされている。モノとモノを捉える視線の二元論的対立に支えられて、死体をただの死体とする見解である。

「二元論的対立」とか「意味の過程」なんて言葉も出てきて、基本的には人間や文化についてシステマティックにきちんと議論しようとしているのはまちがいないし、こうした概念がこの本の芯にもなるのだが、その一方で、どこかはしゃいだような気味もあり、よく読んでみると潜み笑いさえ含んでいそう、そんな口調である。冒頭からこれだと、一瞬、批評を読んでいるのか、作品を読んでいるのかわからなくなるほどだ。

 本書で取り上げられているのは、ジャック・ロンドン、セオドア・ドライサー、セアラ・オーン・ジュエット、フランク・ノリス、フィリップ・K・ディック、スティーヴン・クレイン――つまり多くがしばしば「アメリカ自然主義」のカテゴリーに分類される作家で、その数は決して多くはない。本文246頁と、本としてもコンパクトなのだが、章ごとに読んでいくとたっぷりと作品世界に浴したという実感を持つ。どうも本書には、作品テクストに替わって、いや、下手をすると作品テクスト以上に、作品世界を読者の目の前に繰り広げてみせてくれるような、オーディオでいえば「アンプ」のような仕掛けがあるのだ。理論派でありながら理論臭があまりしないのは、折島のこの没入型の語り口ゆえでもあるだろう。

 むろん、これは印象主義への回帰などではない。実は、はしゃいだように作品を語り直してみせる口調は、本書の議論の中枢ともからんでくる。『機械の停止』はあっぱれなほど正々堂々と手の内を明かす、中心テーマのたいへん明確な書物で、引用したくなるような明晰で美しい決めゼリフもあちこちに配置されているから、それらをそのまま引っ張れば説明になるだろう。

 まずはなぜ「機械の停止」なのか、について。

 自然主義はこうして、生命と意味のありかを、否定的な形式であざやかに提示している。
 この否定的な形式は、自然主義文学の世界に一見したところの秩序を与えている分類と分解と再組みたてと再利用と座標系的均質空間と時計の時間が、その限界点に到達してしごとを放棄したときにあらわになる。自然主義の対象知覚の方法が機械に似ているとするなら、この機械はときどき止まる。運動は停止し、時計はこわれ、知覚はそのはたらきを放棄する。(中略)分解し再組み立てする視覚、分類する視覚が、急に自分の無意味を悟ったかのようにしごとを放りだし、突然うしなわれることがある。

 ここだけ読むと、著者の雄弁に騙されたような気分になるかもしれないが、まさにこの「騙され」こそが鍵となってくる。この点について、本書の佳境ともいえるP・K・ディック論から引用してみよう。

 

あるステイトメントがリアリティーと一致する印象を与えるためには、そのステイトメントがリアリティと類似しているだけではじゅうぶんではない。ときには、リアリティーとの類似は必要でさえない。「これは本気だ、本物だ」という、ステイトメントの種類にかかわるそのステイトメントについてのメタ・ステイトメントが受け手に了解され、同意されているか、あるいは、「これは本気ではない、偽物だ」というメタ・ステイトメントが見えなくなるしかけがあるか、そのどちらかの条件が成立している必要がある。

 なるほど、と思う。たしかに批評理論が問題にしてきた――そしてこれからも問題にしていかざるを得ないような――言葉の危うい部分に触れようとしている。折島の問題意識の核にあるのは、メタ・ステイトメントをどうやって語るか、ということなのである。多くの人の勘違いは、メタレベルというものは、何しろ「メタ」なのだから、なるべく背伸びして、高々と崇高な言葉で到達せねばならない、と思うところである。

 しかし、仰ぎ見られたメタレベルは、しばしば霞の中で不透明である。批評者にとってむしろ大切なのは、梯子やら竹馬やら上げ底靴やらを除けて、自分の足で立とうとする努力だろう。折島は背伸びしたり、仰ぎ見たりするのではなく、まさにそこにあるものに触るようにして「メタ」の問題を語ろうとする。そのための出発点は、メタ・ステイトメントではなく、ステイトメントそのもの。つまり批評の言葉の「君臨」ではなく、作品の言葉への「憑依」なのである。もうひとつ引用しよう。

 

注釈は本文にたいして注釈を加えている。私たちの表情や身振りは、発言にたいして注釈を加えている。同じように、ことばはモノにたいして、ひとつ上の抽象レベルにある。ことばを使ってモノについて語ることはできるが、モノを用いてことばについて語ることは、むずかしい。これらのもののあいだいには、抽象レベルの境目がある。だがディックでは、小説と現実、夢と現実、ことばとモノ、思考と世界だけでなく、人間と機械、人間と動物、神と人間などなどを見わける境目がにじんでいる。

最後の「にじんでいる」という言葉がいかにも折島らしい。まさに折島自身の言葉が、いや(著者のひらがな戦法を真似るなら)ことばが、モノとなろうとしている。モノとことばの境目がにじんでいく。これが著者の真骨頂なのだ。潜み笑いから哄笑へ、哄笑から「機械の停止」へ、停止から荒涼とした砂漠へ、そして砂漠からまた熱狂語りへと自在に往還する、そういう世界を批評そのものが生きている。そして、そのからくりを身を挺するようにして、メタステイトメントとステイトメントという実にすっきりした枠組みで明かすのである。

 もちろん体裁は本格的な研究書である。その証拠に本書の引用はたいへん効果的で、エイミー・カプランの「現実感が希薄だからこそ、その危機をやりすごすために細部描写が濃密になる」といった指摘をはじめ、思わずはっとするようなコメントがあちこちに散りばめられている。中でもとくに柱になっているのは木村敏の分裂病研究だろう。リアリティとアクチュアリティをめぐる木村の有名な区別を取っかかりに、「急に自分の無意味を悟る」という感覚を再検討する過程は、折島の自然主義理解の鍵となっている。木村の登場は一見唐突とも見えるかもしれないが、「世界に対する違和感」という、二十世紀文学でほぼ必須となってきたテーマを、精神医学の助けを借りずに追求することの方がむしろ向こう見ずというものだろう。本書が英米文学研究の地平を越えてひろがっていく行方を示すのにも、適切な手がかりだと言える。

 ところで、何しろ熱狂するわけだから、微妙な温度差がないわけでもない。筆者の見るところ、とくに「熱い」のはノリスとディックの章である。「ノリスは歯と金がとても好きで、だから金歯がことのほか好きだったばかりでなく、時計も大好きだった」なんていう一節、まるで友達の話をしているように聞こえる。イントロダクションは必読だが、その次に覗いてみるならこのあたりがお薦めである。


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2008年08月11日

『東大入試 至高の国語「第二問」』竹内康浩(朝日新聞出版)

東大入試 至高の国語「第二問」 →bookwebで購入

「ずるい本」

 ほんとうはこの本、筆者が書評に取り上げるべきでないのだろう。
竹内氏は筆者の大学時代の同級生であり、テニスのお師匠さんであり(「お、あべ~、スピンかかるようになったじゃん!」というような青春のひとコマがあった)、しかも本書には著者の文章が引用されてもいる。これではいかにも、内輪褒め・提灯持ち・我田引水・利権てんこ盛り型書評の典型である。

 たしかにそうかもしれないのだが、この本、正直言って、いろいろ叩かれそうな気がするし、しかし、自分こそがこの本の「いい感じ」をわかってもいるという妙な自信も今回はあるので、どうぞ勘弁してもらいたい。そういうインチキ書評は読まない、という正しい感覚を持っている方はどうぞ読まないでください(最近、偉い先生の書評は、そういうインチキがけっこうありますからね)。

 実に変な本である。タイトルからして、すばらしく格好いいけどまったく意味不明。つい頁をめくると、突然「人生の難問なんて、死ぬこと以外、他にいくつあるだろうか」と信じられないほど直球の文章がつづく。しかし、この時点でもまだ意味不明。それからいよいよ東大入試の話となる。焦点は国語の問題、それも「第二問」だという。

 じつは1999年まで東大入試現代文の第二問は、「二百字作文」として知られる独特の問題だった。文章の一節を読ませた上で、受験生の感想や考えを問うという形式で、見るからに採点がたいへんそうなわりに、たぶんあまり差はつかない、そんな実に高潔な問題だった。だからこそ、入試の顔ともなる。本書の縦糸となるのは、言ってみれば(しかし、竹内はそんな野暮な言い方はしないのだが)「東大入試現代文の第二問の歴史性・文化性・象徴性を問う」というようなテーマだ。竹内はこの「至高の第二問」の歴史を30年ほどにわたって検証し、それがいったい何を問題にしてきたか、そこに注目すると、いろいろと見えてくることがあると主張する。

 最初にとりあげられるのは、1985年3月に出題された「金子みすゞ」の「積もった雪」および「大漁」というふたつの詩作品である。設問は次の通り。「次の二つの詩は同じ作者の作品である。二つの詩に共通している作者の見方・感じ方について、各自の感想を一六〇字以上二〇〇字以内で記せ。(句読点も一字として数える。)」

「積もった雪」

上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。

下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。

「大漁」
朝焼けだ小焼けだ
大漁だ
大羽鰯の
大漁だ

浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰯のとむらい
するだろう。

 この詩をどう読むか。竹内は、齋藤孝らによる、受験あんちょこ本の解答をひいた上で、「声無きものの声を聞く」といったような模範解答に潜む「いい人コンテスト」的な態度を批判する。そして、ほんとうに大事なのはもっと注意深く詩行を読むことだとし、レディメイドの「感想」とか「同情」に走ることなく、作品の構造をしっかりととらえることの重要性を解く。その結果出てくるのは、「見えないものに対する想像力」といった安っぽい倫理性ではなく、「お互いがお互いの不幸を呼び寄せているという連鎖」の認識だという。こうして本書における「死」との対話がはじまるのである。竹内の読解はあざやかで、構造分析とはそういうものか、と思わせてくれる刺激に満ちている。つまり、本書の今ひとつの重要な側面は、実践テクスト分析練習帳としての啓蒙性である。

 この辺までくると、あ、と思うひともいるかもしれない。若くしてサリンジャーに関する先鋭な研究書を二冊も出した竹内は、英文学研究の基本をしっかりと体得した読み巧者としても知られてきた。こうしてみると、その批判の手際や、うまく距離を置きつつしっかりとテクストの本質を射抜く洞察に、竹内の「英文学性」が与っていることは間違いない。

 しかし本書は、いたずらに読みにくい文章で難しげに偉そうに「イデオロギー批判」を展開する悪しき英文学性に陥ることはない。それどころか、竹内の文章は誘惑的なまでに読みやすく、まるで「あたしのこと、ほんとうに好きなの?」という問いに答えぬまま事を進める紳士みたいに、いつの間にか頁を繰る手は止められない、ということになっている。

 念のため断っておくが、竹内は――私の知る限りは――まったくディーセントな快男子。でも、この本、ずるいなあ、と思うのは、最後まで読むと著者のことを好きになるようにできているのだ。

 その秘密のひとつをばらしておこう。なぜ、本書が1985年の入試から話がはじまるのか?ということを考えなくてはならない。ここで同級生としての筆者の知見が生きてくるのだが、要するにこの問題、竹内が受験生として解いた問題なのである。同じ年に入試を受けた筆者も、この問題のことは覚えている。たしかに印象は強かった。

 なぜ、そんなことが重要になるかというと、本書の出発点はここにある、つまり、この本は自伝だということなのである。あとがきにもあるように、竹内は高校生の自分自身に向けて語りかけている。だから嘘も、てらいも、ない。恥ずかしいほど愚直で青臭く見えるかもしれない問題系(「自分を見つめる」「常識を疑う」「自然によって「生かされている」という負債感」などなど))を、驚くほどのスリリングな手つきで扱い、それを青臭くも愚かにも感じさせないのは、竹内がどこかでこの問題を、自分で、生きているからなのである。だから、同じようにこの問題を生きる余力を残している若者に、これほど素直に語りかけることができる。

 書く、ということについて、そんな当たり前のことをあらためて考えさせる本である。

 この本を読んで、その断定調が気になる、という人がいるかもしれない。たしかに竹内は、多くの構造分析者とちがって、真っ向から対決を挑んでくる。そんなにまともに言ったら、自分が構造分析されちゃいますよ、と言いたくもなる。しかし、書くことを生きるとはそういうことなのかもしれない。まるで小説のようなのだ。だから、前半の勢いが、後半ちょっと衰えても、そこは赦してやってもいいでしょう、という気になる。

 それにしても不思議な本だ。圧倒的な筆力で読ませるわりに、最後まで目的地がわからない(受験参考書? 受験批判? イデオロギー批判? 文化批評? テクスト批評? 文章読本? 死生学入門? 倫理学研究?)。しかも対象としているテクストは東大入試現代文「第二問」という、永遠に「著者」の隠されたテクストなのである。しかし、おそらくはそこがこの本の魅力。書き手としての才能に恵まれながら、純粋英文学研究の枠内ではつねに居心地の悪い思いをし、下手をすると英文学から逃れて車の中でサンドイッチをつまむような運命を生きながら、書き続けていくしかない竹内の姿がそのまま投影されているのだ。だまされてみる価値はあると思う。


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2008年05月31日

『言語表現法講義』加藤典洋(岩波書店)

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「うざったさの批評」

 批評の方法に関心があるという学生さんがやってきたら、筆者がまず推薦するのはこの本である。

 「表現法」の講義というのだから、表向きは文章を書くための教科書である。もちろん「スキマを生かせ」とか「ヨソから来るものを大事にせよ」といった、まごう方なき「コツ」も並んでいる。しかし、コツだけを求めて読んでいくと、たぶん、途中でへばってしまうだろう。著者がかなり本気なのだ。決して難しいことは言わないし、予備知識もゼロでいい。でも、こちらが腰をいれていないと、それこそ、押し返されそうだ。

 腰を入れる、とはどういうことか。たとえば冒頭、何かを教えようとか、大学らしい学問をしようという気持ちは捨てた、と著者は言う。そもそもみんな、文章を書くことがあまりに楽しくない、そこが問題だという。

 皆さんは、なぜ文章を書くのが楽しくないのだと思いますか。僕はある時、その理由を発見しました。
 人に文章を書かせなくする確実な方法というのは、死ぬ思いで、頑張ってあることについて書け、と言っておいて、書いたらそれを見ている前で燃やすのです。それを一〇回くらい続けたら、まずほとんどの人が書くのをやめるでしょう。でも、大学でなされているのは、それと似ているのです。

文章を書くための本のはずなのに、こういう風にはじめられると、こちらは虚を突かれてぐらつく。柔道で言えば、体勢をくずされるような小技。まさかそう来るとは思っていないから、ちょっとした接触なのに、あっ、と思う。差し込みが実にうまい。

 文章の一生というものがある。それは、文章を書く。そして、それを相手に出す。そこで終わるのではありません。それは、相手に読まれ、時に相手を失望させ、時に相手を感激させ、時に相手に愛想を尽かされる。その相手から「生きた反応」が示される。そこまでいって、人に一度書かれた文章というのは一つのサイクルを終えるのです。鮭で言ったら、これが海に行って川に帰って、産卵して死ぬ、までの行路です。

たいへんやさしい言葉で書いているのだが、これ、相手に頷かせるためだけの言葉でないというところに注意しなくてはならない。からんでいる、のである。その相手はまずは講義参加者が提出してきたレポートであり、また本書に散りばめられたさまざまな文章の抜粋である。それらをつっつく。しかし、それだけではない。「みなさん」と呼ばれる教室にいる生身の学生や、若者一般や、文学をやる人や、そして誰より、著者自身も対象なのだ。

 からむ、とは別のいい方でいうと、言い終わらない、ということである。言葉を出したりひっこめたりする。様子をうかがう。でも、自信がないというのとも違う。是非そうだ、というような強さを持っている。やっつけてやろうとさえ思っているらしい。それでいて妙にやさしいというか、人懐っこい。控えめでもある。

 著者はこの「からみ」によって、問題の所在そのものをさぐっているのである。問題と正面からぶつかって悩んだり、解決したり、あるいは主張したり、論じたりするより、何でもいいから手をつっこんで、内容をぐちゃぐちゃとほぐしていく。聞き手との関係性もまだ決まっていない、組み手が定まっていないから、お互い警戒しながら立ち位置を変える。そういう過程で、何かを話題にするということ自体が話題になる。やり取りが生ずるのである。「何を話そうか」「ほら、見て。これは何?」というような、ほぐすような手招きを感じさせる。それで思わず反応し、思わず、自分のこととして考えてしまうのである。だからそういう用意がないと、つまり、腰をすえて向こうの「ほぐし」を受け止める準備ができていないと、こちらはただ体勢を崩されて終わる。

 別の例を引こう。

 先に僕たちは、「自分」を押さえ、それを「他人」にどうわかりやすく書くか、というように考えたのですが、自分で実際に書こうとして、わかることがある。白紙の前に立つと、自分って何も考えていない、頼りにならない、ということにはじめて、気づくんです。ああ、なんて自分って空っぽなんだろう、そう思いませんか?僕はよくそう思う。それが書く場合の最初の感慨です。

うわっ、といいたくなるくらい侵入的な語りである。誰もが、あまり口にしたくなくて黙っていることをたやすく言う。あまり偉そうにではなく、軽々と、でも深々と言う。そこには「ねえねえ、」とまとわりつくような、しつこさがある。「うざったさ」がある。

ここで皆さんに言いたいことは一つ、書こうとするときにその邪魔、障害として現れてくるものを回避したら、絶対にいいものは書けません。書かれる文章に力を与えるのは、その障害、抵抗なんです。僕などは、だいたい準備した後、どこからが自分の書けないところかを見極めると、そこに自分をパラシュートで投下させますね。書けないところから書く。まあ、これは極端で命を縮めますからすすめませんが、少なくとも、書けない、これはチャンスだということです。

この「パラシュートで投下」という比喩、たぶんこの本のMVPである。言葉としてぜんぜん美しくないところがまた、加藤典洋らしい。淡泊で、殺伐としてさえいる。太っていない。

 これこそ、批評だよな、と筆者は思う。
 批評家は喧嘩稼業だということがよく言われる。切った張ったでナンボの世界だという。勝負の世界なのである。より殺傷力のある言葉を語る者が勝つ。だから、しばしば批評家は分厚い鎧で身を包む。いつ弾が飛んでこないとも限らないから。

 加藤典洋だって、たとえば文芸誌や新聞に書くときにはそれなりの装備に身を包んでいる。でも、批評家が真価を発揮するのは、薄着になったときではなかろうか。難しい言葉で戦闘ごっこをしてみせるのはあんがい簡単なのである。武具を脱いでみると、「な~んだ、その程度のことを言うために、そんな装備をつけていたの?」と言いたくなる。

 この本は逆である。限りなくハードルを低くして、文学になんか露ほどの関心もなく、「加藤典洋」というブランドネームにも反応しないであろうふつうの大学生にどうやってからむか、そこで勝負している。鎧など着ていたら、みな、立ち止まってくれさえしない。

 本書は初版が1996年。すでに十以上の版を重ねている。最近、こういう「うざったさ」を発揮する批評家がどれだけいるだろうか。言わないでおきたいことに手を突っ込んでくる嫌な奴。もともと数が少ないのかもしれない。威張りん坊じゃ、だめなのだ。本書にも引用されているが、『文学がこんなにわかっていいかしら』の高橋源一郎なんか、かなりうざかったなあ、とあらためて思う。

 からみで勝負する批評家は、こちらにも反論する余地を残してくれる。実は本書には一カ所、そこは言わなくてもいいのになあ、と思うところがあった。わかったことよりも、わからないことを書くのだ、という一節である。

僕は批評を書きますから、これは調べものをするわけです。それで、いろんなことがわかる。ふつう学者の論文というのは、その調べ上げたものを、書くのです。これがプロの学者というものなのでしょう。でも、僕はプロはプロでも物書きの方のプロです。で、物書きとしてのプロは、ここで、どうするかというと、調べたものをすべていったん捨てるのです。調べてわかったことは、その上にいくための階段にしかならない。つまり、わかったことが大事なんじゃなくて、わからないことが、大事なのです。何が自分にわからないことなのか、それを求めてこれでもない、これでもない、と調べていく。そして、最後に、これが正真正銘、自分にわからないことなんだ、というそのわからなさのエキスを摑み出す。

まったくその通りだと思うし、本文を読んでくると自然な流れでもあるのだが、ここだけは堂々と言っちゃいけないのじゃないかという気もする。わからないことは大事だし、そこに文章の肝があるというのも納得するのだが、やはりわからないことは恥ずかしいことなのじゃないか。恥ずかしいことであり、うまく言えないことであり、だから純粋でもある。この体験を指さし、「ここです」と言ってしまって、もちろん加藤典洋のような人が「んぐ」とばかりに受けてとめるなら何の問題もないのだが、たとえば「そうか、わからないことが大事なのですね♪」という具合にすかっとさわやかに受け入れられたら、果たしていいことがあるのかなあ、という疑問が立つ。下手をすると、かつての日本的批評の、口ごもりがちで勿体ぶった、妙に神秘主義的で格好ばかりのいい、悪い意味での「うざったさ」につながるようにも思うのである。
 どうでしょうね。


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2008年04月08日

『詐術としてのフィクション-デフォーとスモレット』服部典之(英宝社)

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「英文学研究的とは?」


 ドラマを観たり漫画や小説を読んだりすることは何ら特殊な体験ではない。「批評」となるとやや難しげに聞こえるかもしれないが、要するに、「いい」とか、「ダメ」とか言うことでしょう、といった了解はある。書評やテレビ欄の紹介記事だって、一種の「批評」。しかし、「研究」となると、急に神秘的な香りが漂う。作品を「研究」するって、いったいどういうことかしら?

 何より大事なのは、研究には「カルチャー」があるということである。最近ではフランス文学研究、日本文学研究、インド文学研究などを分かつ垣根はどんどん低くなっているし、批評のための道具もしばしば共有されている。映画研究やら野球研究やらオタク研究やら、開拓の進む新しい分野と、昔からある研究分野とは重なるところも多く、いろんなことに首を突っ込む人もいる。しかし、それぞれの研究には、異なった雰囲気というか、ノリというか、感触のようなものがある。研究者のファッションも、しゃべり方も、顔つきも違う。フランス文学を研究するための訓練を受けた人は、映画や合気道について考えるときにも、どこかフランス文学研究的面構えをし、フランス文学的発想でものを考えるような気がする。ほんとに。

 筆者の専門は英文学研究である。なので日々、「英文学研究的」空気につつまれて生活している。これが意外と馬鹿にできない。うんざりしたり、行き詰まったりすることもあるけど、どこかで「英文学研究的」考え方を信用しているところもあるし、それをきっちりやり遂げている人をみると喝采を送りたくなる。

 服部典之の『詐術としてのフィクション』は、タイトルからしても装丁からしても、いかにも英文学的である。副題に「デフォーとスモーレット」と、重要作家の名前がガンと出てくるあたりもそうだ。さらに「あとがき」をみると(まず「あとがき」を読むというのもどことなく英文学的かもしれない)、ほんとうはヘンリー・ジェームズの『ロデリック・ハドソン』を読もうと思っていたのに、図書館でまちがえてスモレットの『ロデリック・ランダム』を借りてしまい、それが契機となって30年後についに本まで出してしまった、などと書いてある。

 たしかに英文学的世界では、『ロデリック・ハドソン』と『ロデリック・ランダム』がこんがらかっている人は実に多いのだ。何という日常性! まるでイモとカブを間違えて食べてしまうような、拍子抜けするような呆気なさ。

 しかしこうした世界でこそ、『詐術としてのフィクション』の変なてらいのない、腰のすわったスタイルが生きる。本書の中心となるのは、近代小説の土台が築かれた18世紀という時代である。小説がまだまだいろんな形をとりえたような、文学的には実に野蛮で、混沌として、可能性に満ちた時代である。タイトルにもあるように、「フィクション」であるということが、今のように当たり前に受け取られていなかったこの時代、書き手たちは自分たちの書いたものをどのように世界に提示しようとしたのか。

 本書の中から、英文学的発想の例となるような議論を取り上げてみよう。全体のテーマからは少し外れるかもしれないが、「オックスフォード英語辞典と『ロビンソン・クルーソー』」という章がちょうどよい。

 そもそも「オックスフォード英語辞典」とは何か。これは「英文学的」のご本尊のようなもので、今ではCD-romになってしまったが、かつては大学の英文学的研究室に行くと、20冊を超えるオックスフォード英語辞典のセットが必ずありがたく本棚にならべられていたものである。大学院の授業では、先輩や先生に「君はこの単語について、ちゃんとOED(「オックスフォード英語辞典の短縮形)をひきましたかね? ふふふ」と言われたらアウトというような雰囲気もあった。

 「オックスフォード英語辞典」では、英語の単語の語義がきわめて厳密に記述され(だから、たとえばA~Beまでで一巻というようなことになる)、それぞれの単語が使われ始めた年代がわかるように、引用例が出版年とともに示してある。単なる英語辞典というよりも、文献学的な色彩の強い、一種の英語史辞典の風情がある。もとを辿るとこうした引用例の豊富さは、本格的な英語辞書のパイオニアとされるサミュエル・ジョンソンの有名な「英語辞典」(1755年)から引き継がれた傾向である。こうした収集作業には、明らかに「英文学的」のひとつの顕れを見て取ることができるのだ。

 日本語でも小学館の『日本国語大辞典』など類似の辞書があるが、スケールも違うし、何より言語文化への根づき方に大きな差がある。百年を超える歴史を持つ巨大な「オックスフォード英語辞典」を支えてきたのは、単語の初出年を突きとめ、オックスフォード大学出版局に投書することを生き甲斐とする人々の執念であった。「オックスフォード英語辞典」は、ある種の権威である一方で、無名の篤志家による合作なのでもある。ウィキペディアの遠い親戚とも言えるかもしれない。

 さて、こうした「オックスフォード英語辞典」の特性をおさえた上で、服部はおもしろい指摘をする。現在のCD-rom版を使用すると、作品ごとの、この辞典への引用件数が検索できる。その中でも『ロビンソン・クルーソー』からの引用が際立って多い、というのである。その数、実に1341件。同じく古典として名高い『ガリバー旅行記』(608件)と比べても格段に多い。これは何を意味するのか?

 実は「オックスフォード英語辞典」が作られた背景には、英語そのものの正当性を確認しようとする、いかにも19世紀的な、愛国的な機運があった。そういう辞書に『ロビンソン・クルーソー』からの引用が多いということは、辞書制作にかかわった人々の何らかのイデオロギーが反映されているということではないか? だから引用例を検分してみれば、人々がデフォーのこの作品に、どのような意味を担わせようとしたかが暴き出せるのではないか、というのである。

 こうして服部は、'our'とか'plant'といった一見どうということのない単語から、'brutality', 'historiographer'といったいかにも意味ありげな単語に至るまで、単語の選択や語義説明などのいちいちにこだわって、その背後に潜む辞書制作の思想のようなものをえぐり出していく。たとえば'plant'について、服部は次のような考察をする。

plantについては『ロビンソン・クルーソー』全体で68回この語が使われているうち、植民地主義的な意味で使用されている回数はほとんどない(もしくは比較的曖昧なplantationという語が多い)。それにもかかわらず、この「開拓者や植民者として住みつく」の意味の箇所が選択されているのは注目すべきである。
たしかにおもしろい。実に地味な作業をへて得られた見解だが、ここには渋い輝きを放つ、いかにも英文学的な発見の感動がある。

 もちろん、一見何の変哲もない常識や習慣と見えるものの背後に、「イデオロギー」と呼ばれるような特定の考え方や偏向を発見するというアプローチは、服部の独創ではない。「オックスフォード英語辞典」についても、すでに10年以上前にこうした研究はなされている。この20年くらいは、英文学的風土では盛んに「愛国心」とか「帝国主義」とか「標準語」といったキーワードが使われ、これらの概念を切り口にして、作品の受容過程でどのように作品が作品として成り立っていったかを明らかにするという作業が継続されてきた。そもそも「イデオロギー暴き」は、ヨーロッパの学問で広く採用されてきた発想法でもある。

 しかし、ときにはキーワードとキーワードの語呂合わせに終始したり、いたずらに難しげなしかめ面をして威張る、というものも見られる。これに対し、服部の作業は実に地味であり、具体的であり、しかも発見的でもある。これぞ、『ロデリック・ランダム』と『ロデリック・ハドソン』を間違えて読んでしまった人らしい、地に足のついた研究と言える。これぞ英文学的。

 「イデオロギー暴き」は、マンネリ化するとまったく刺激的でなくなる。英文学研究にはマンネリ化をやさしく受け止める寛容さがあると同時に、そうしたマンネリに激しく退屈する不機嫌さも潜んでいる。また、一見つまらなそうで地味な研究にうんざりすることもあれば、偏執狂的な執着を受け入れる度量もある。ほんとうのところ、そういう批評方法のせめぎ合いや地盤変動のようなものを待望する空気こそが英文学研究的と言える何かなのかもしれない。きわめて日常的かつ散文的な世界に住み着きつつも、しぶとく知的発見に飢える、そんな芸当があっても悪くない。


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2008年01月07日

『How to Read a Poem』Terry Eagleton(Blackwell Publishing)

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「詩を語るイーグルトン節」

 タイトルは直訳すると「詩の読み方」とか「英詩のわかり方」くらいか。
 え、あの理論派イーグルトンが詩の入門書?とびっくりするかもしれないが、英米の大学ではかつては、英文科に入った人間がまず最初にやらされたのが、詩などのテクストを用いたpractical criticism(実践批評)だったのである。practical criticismとは批評の基礎トレーニングみたいなもので、紙と鉛筆を手にいきなりテクストと面と向かわされ、「さあ、何が言えるかやってみましょう」と分析をさせられる。野球でいえば、キャッチボールのようなもの。あらゆる批評の基礎たるべきものだと筆者も思う。テクストとしても、詩がちょうどいい。

 イーグルトンも若い頃はこれをやらされた。それが今では、すっかりそういう伝統が廃れてしまって・・・という嘆きから本書は始まるのだが、「そりゃ、あんたのせいだろ」と言いたい気がしないでもない。少なくともLiterary Theory(邦訳『文学とは何か』大橋洋一訳)を読んで、よし詩を読もう、という気になった人はあまりいないのではないだろうか。

 では本書は、作品テクストに対するイーグルトンのせめてもの罪滅ぼしか、というと、答えはイエス & ノーである。目次を見ればわかるとおり、冒頭に「批評の機能」という章があって、その次にやっと「詩」が来るのだが、その章タイトルも'What is Poetry?'(「詩とは何か」)。つまり本書のタイトルのHow to Read a Poemとは裏腹に、イーグルトンが俎上に載せようとしているのは、ひとつひとつの作品ではなく、詩というジャンルそのものなのである。

 もちろん本人もそんなことはわかっている。そもそも「ひとつひとつの作品」だの、「ひとつひとつの体験」だのを後生大事に味わうという態度に、近代特有の「個物信仰」が隠されているとの説明。それはイデオロギーに過ぎない、というのである。というわけで、本書の前半は詩の入門というよりは、詩をきっかけにした批評入門である。20世紀欧米の文学批評が詩の分析をひとつの出発点にしていたことをあらためて思い出させてくれはするものの、そして詩の引用もあちこちに散りばめられてはいるものの、話はだいたい「倫理性」とか「フィクション」といった大きい問題に戻っていく。中盤から後半にかけての、イーグルトン自身によるテクスト分析の柱となるのも、内容と形式がいかにぶつかり、ズレルかという話で、話題の芯は個別テクストというよりは「フォルマリズム(形式主義)」そのものである。

 たしかにイーグルトンによる大きい問題の扱いは上手である。おそらく高校生や大学生をターゲットにしているのであろう本書は、著者のいつもながらのわかりやすい文章をさらに噛み砕いた軽快なもので、実になめらかに読める。その文体は、言ってみれば「~なわけさ」口調で、個別の問題に深入りしたり執着したりせず、「こんなことくらいわかってるもんね」とばかりに、ちょっと斜に構えて距離をおきながら次々に問題を分類し、つなげ、組み立て直していく。詩を出発点にしながら記号とか、形式とか、イデオロギーといった話に軽々と飛び移っていく様を見ていると、この人ほんとにシステムの話が好きなんだなあ、と思わせる。まさに根っからの整理屋である。

 ためしに以下にその一節を、「~なわけさ」口調で訳出してみよう。イーグルトンはだいたいにおいて誰かに難癖をつけるときに本領を発揮する傾向があるが、ここではF・R・リーヴィスによるキーツの「秋へ」という詩の解釈を批判している。リーヴィスは「秋へ」の'moss'd cottage tree'という表現をとりあげ、その子音の多さが節くれ立った樹木の表面や葉の茂りぶりを連想させ、cottage treeのところなどはとくに、かりっと噛むと甘い液がしみ出してくる熟したリンゴの歯触りを感じさせるのだと解釈しても「まんざら珍奇な読みではあるまい」と言う。これに対しイーグルトン。

 珍奇といえば、これほど珍奇な読みもない。リーヴィスはどうやら節くれ立って頑丈な木に葉が茂っているという図を信じて疑わないみたいだけど、詩にはそんなこと一切書いてないし。それじゃまるで、ハムレットはそばかすだらけで鼻がへし折られていたと勝手に信じて疑わないのとかわらないわけさ。  リーヴィスからすると、ほんとうの詩の言葉はリンゴみたいに実が詰まって熟していなきゃならないわけで、そうすると読書というのは噛むことと同じだなんてことになるわけよ。
ここはincarnational fallacyを扱ったセクションである。incarnationとはキリスト教用語で「受肉」、つまり神が人間の姿をとって現れることを示すが、この場合は、詩の言葉が対象物を「受肉」する、つまり、言葉そのものにモノが顕現するという考え方を表す。当然ながらイーグルトンはそうしたポストモダン以前の思考法をばっさり切るわけだが、実はここ、本書の中では一番「脆弱性」の高いところではないかとも思う。

 というのも、イーグルトン自身の実践批評は内容と形式がいかにズレるかを指摘してオチとすることが多いのだが、その出発点としてあるのは、むしろ「受肉」の感覚であると思われるからである。「受肉」にこだわってしまうからこそ、そこからの逸脱がドラマチックだったり、おもしろかったりする。イーグルトンのシステム論が、テクストとの接触なしには成り立たなかったのと同じで、つねに賢く目を光らせるだけではなく、どこかでは錯覚したり、騙されちゃったりする愚かさがないとそもそも文学の話にならないのではないか。ロトマンあたりには随分寛容なわりに、リーヴィスとなるとやけにむきになっちゃうイーグルトンの、ある種の世代性を感じさせるところである。

 とはいえ本書には数多くの美点がある。とくに韻律の扱いは、「韻律にばかり注目したって、詩の形のことは全然わからないわけさ」というメッセージがちゃんと伝わってきて、たいへんいい。引用もいい(詩も批評も)。「倫理性」の意味を「何がいいとか悪いっていう話だけじゃないわけさ」と何頁にもわたって丁寧に説明してくれるところもいい。イーグルトンの本領発揮は前半の批評理論概説だろうが、途中で若かりしイーグルトンの戯曲作品からの一節が照れ混じりに引用されるなんていう一幕もあるし、最終章ではウィリアム・コリンズやウィリアム・ワーズワスなどの自然派詩人を題材に、しっかり実践批評のお手本が示されてもいる。「みなさん、詩を好きになりましょうね」なんていう押しつけがましさはほとんどないし(もう少しあってもいいのにと筆者は思ったが)、むしろ詩を好きになれない人が、そういう自分を理解するのにちょうどいい本である。目次でみるよりは、各チャプターのバランスに濃淡があるものの、全体としては「批評入門・英詩篇」として重宝されるのではないだろうか。



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2007年10月11日

『村上春樹にご用心』内田樹(アルテスパブリッシング)

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「村上春樹が苦手な理由がわかりました」

 村上春樹は「好き、嫌い」で語られることが多い作家だ。筆者も、昔からどうも苦手だった。でも、なぜか、相当数の作品を読んではいる。それで「あなたも村上春樹が好きになれる」という本があると、つい手を伸ばしてしまう。

 本書は、今をときめく内田樹先生によるハルキ本である。そのテーマのひとつが「村上春樹はなぜ批評家に憎まれるのか?」だというので、「そうこなくっちゃ」と思いながら本屋でめくりだしたら、とまらなくなってしまった。ブログをはじめあちこちに書いた村上批評をひとつにまとめたものだが、短文が多いこともあり論集という風情はまったくない。歯切れの良い「徒歩感覚の現在進行形」とでも呼ぶべき語り口で、サービス精神とおふざけが満載なのに、たいへんちゃんとしたことも言っている。途中、本気で怒ったりもするところがまた、いい。

 本書は大きく分けると「嫌われ春樹」を扱った部分と、「愛され春樹」を論じた部分とから成る。前者の中で圧倒的におもしろい、というか、本書の中でも突出して迫力があったのは、安原顯の村上に対する憎悪を扱った「村上春樹恐怖症」という文章である。

 中央公論社の名物編集者として知られた安原顯が村上春樹のナマ原稿を古書店に売っていた、という事件は大きくマスコミでも報じられた。村上春樹自身がこの件を発端に、すでに故人となっていた安原について、かなり痛烈な批判を含んだ文章を発表したことも知られている。村上本人によれば、安原はある日突然、彼のことを憎悪しはじめたのだという。実は安原顯は自身が作家志望だった。が、その作品を読んだ村上の印象は次のようなものである。

正直言って、とくに面白い小説ではなかった。毒にも薬にもならない、というと言い過ぎかもしれないが、安原顯という人間性がまったくにじみ出していない小説だった。どうしてこれほど興味深い人物が、どうしてこれほど興味をかき立てられない小説を書かなくてはならないのだろうと、首をひねったことを記憶している。

 いやあ、なんと残酷なコメントでしょう。たしかに村上の小説の中にも、こういう毒がちらっと噴出することがあるよな、と思い出したりするが、たぶん本人も気づいていないかもしれないのは、その毒の破壊力が、ある種の「ふつうさ」に寄っているということだ。村上のこういう悪意には、インテリ的な匂いがまったくしない。

 この「ふつうさ」がくせ者なのだ。
 職業柄、膨大な数の小説作品に接する編集者が、「これくらいのものなら俺でも書ける」と思うことはあるだろう。村上春樹の作風の「ふつうさ」はまさにそうした気分をかき立てるものだ。だからこそ、その読者は(内田のうまい表現を流用すると)「電通=マガジンハウス的メディアコントロールに煽られているナイーブで頭の悪い読者」と見えるのであり、村上作品の人気を支えているのが、彼らの「『まるで自分のことを書かれているようだ』という種類の共感」だとすると、「文学のプロ」を自任する編集者の側に見下すような気持ちが芽生えるのも無理はない。

 にもかかわらず、「これくらいのもの」を書くのは意外と難しい。安原顯はついにひとに読んでもらえるような作品は書けなかった。彼の中で村上的なものは特別な意味を持つようになり、やがてそれは生理現象といっていいほどの憎悪をかき立てることになった。内田は次のように説明する。

原稿を「モノ」として売るということは、作品をただの「希少財」(珍しい切手やコインと同じような)とみなしたということである。死にかけた人間がいくばくかの金を求めてそんなことをするはずがない。これはおそらく作品の「文学性」を毀損することだけを目的になされた行為と見るべきだろう。

 どうだろう。少なくとも、これが「なぜ村上春樹は批評家に憎まれるのか?」という疑問に対するひとつの答えである。しかし、これはあくまで安原顯という個人のこと。ほんとうのところ、内田にも村上をめぐる生理的な憎悪の真相はよくわからないのだという。だからこそ、考えたくなる。だからこそ書く。

 本書は全編を通し、村上春樹の愛読者である著者が、「村上憎悪」というすぐれて日本文壇的な生理反応に一生懸命答えようとした軌跡なのだ。たいへんまじめな本である(あまりに卓抜なタイトルなので、「ふざけやがって」と思う人も多いかもしれないのが残念なくらい)。もちろん「なぜ憎まれるのか」という疑問に正確な答えを出すのは難しい。ときとしてそうした作業は不毛さを感じさせる。それに何と言っても内田自身から迸るのは「愛」の方なのである。だから自然と、多くの文章は「なぜ春樹はこうも愛されるのか?しかも世界中で!」という風に最初の問いをひっくり返してしまう。

 正直言うと「なぜ村上春樹が世界中で愛されるのか」という問いは、そのほがらかさゆえにまるで村上キャンディーのキャッチコピーみたいで(実際、この本の帯にも使われている)、「内田先生、それはどうかな?」と横やりを入れたくもなる。つまり、こうした問いはすでに「→それは村上キャンディーが、みなに愛されるくらいおいしいからよ!」という予定調和的な答えを内包しているのではないだろうか。ベストセラーであることがベストセラーの根拠になるような、どことなくネズミ講的な匂いがしないでもない。

 とはいえ、問題設定の危うさにもかかわらず、「愛され春樹」をめぐる内田の実際の分析は、細かいものになればなるほどすばらしく、とくに「太宰治と村上春樹」という文章には「日本版スタンリー・フィッシュ」とでも呼びたくなるような見事な目の付け所とあざやかな仕掛けがあって、思わず「おお」と声をあげてしまった。この本の核となる文章であり、是非読んで欲しいので簡単に紹介しておこう。(その他の必読は「『父』の不在」、「読者のとりつく島」、「うなぎくん、小説を救う」など)

 村上と太宰には共通する技術がある。それは読者に対する「めくばせ」だと内田は言う。小説家が「な、だよな、」と読者に働きかけることはままある。語るべきストーリーとか、描写から離れて、小説家が読み手と面と向かうような一瞬。村上にもそれはある。ただ、村上の特徴は、そうした「めくばせ」を通して読者を自分の嘘に巻き込む技術がある、ということだ。内田は『羊をめぐる冒険』の中にある「あの六十年代」という表現をとりあげ、その「あの六十年代」が実際には存在しえなかったことを実証したうえで、村上があえてこうした表現を用いることで、「な、俺たち、そんなもの知りゃしないんだよ、だから知ったふりをするのさ」という働きかけを読者に対して行っているのだと解説する。

ほら、67年ころ、俺たち、ドアーズとか聴いてたじゃないか?」という同意を求める回顧的な問いかけに私たちがためらわず頷くことができるのは、「こいつも俺と同じように67年的リアルタイムではドアーズなんか聴いてやしなかった(Light my fireだって、最初に聴いたのはホセ・フェリシアーノのカバーだったに決まってる)」ということを知っているからである。同じ音楽を聴いていたことに共感するのではない。「同じ音楽を聴いていた」という嘘を共有していることに共感するのだ。

お見事。すばらしい。たしかに村上春樹的ジェスチャーは、そういう誘いと拘束感とにあふれている。ともに嘘を共有するのだという洞察は、実に鋭い。

 しかし、ここまで来て筆者ははたと思った。そうなのだ。筆者がどうも村上春樹は苦手だなあ、と思うのも、まさにこうした「嘘の共有」のせいなのだ。な~んか、こういうのって、やだなぁ、と思ってしまう。だって、同意を求められて、わかりもしないのに首を縦に振るって実人生ではあまりにたくさんあることでしょ?我々がわざわざ小説を読むのって、ふだん正直になれなくて、カッコつけた(だからよけいカッコ悪い)嘘ばっかりついてるから、せめてフィクションの世界では正直にカッコ悪くなって、そうすることでカッコ良くなった気分になりたいためなんじゃなかろうか?

 どうでしょう、内田先生?

 この本を読んであらためて思うのは、どうやら内田樹という人が、意地でもからっと明晰でありたいらしいということだ。もっと言うと、じくじくした、薄暗い、純和風純文学に対するかなり強烈な嫌悪感が内田さんの中にもあるらしい。ちょうど村上春樹もそうであるように。だから、「嘘を共有していることに共感するのだ」などと、からっと言おうとする。でも、そういうあまりに痛いことって、からっと言えないことなのではないか。からっと言っちゃったら、違うことになっちゃうのじゃないか。村上ファンも、村上嫌いも、村上を取り巻く人間たちはみんなもっとじくじくしているのではないか。で、じゃあ、そうまでして内田さんがからっとしたいのはどうしてなのか。

 つまり、内田さんの「からっ」自体、ちょっと薄暗いものかもしれないなあ、という気がしないでもないのだ。でも、そういうものが文章に表されているのを読むと、なんか興奮したり、怖くなったり、或いはほっとしたりする。そんなのは批評家の仕事ではない、作家の仕事だ、と内田さんは言うかもしれない。それはたぶん正しいのだが、内田さんの文章にちらっと垣間見える強引さに、筆者は不思議な「まじめさ」を読んだということなのだ。

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2007年05月27日

『小説の読み書き』佐藤正午(岩波書店)

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「原稿用紙十枚の作家論」

 まさに名人芸である。
 佐藤正午は本業は小説家だが、エッセイの書き手としても一流である。本書はその文章術が随所に発揮されていて、一気に読み通してしまうのがもったいないほどだ。

 帯に「ユニークな文章読本」と銘打たれているように、本書は過去多くの小説家が手を染めてきた「文章読本」というジャンルへの、またひとつの挑戦のように見える。たしかに目次には川端康成からはじまって、志賀直哉、鴎外、漱石、三島、山本周五郎、太宰、横光・・・開高健、吉行淳之介と近代日本文学の錚々たる名前が24個ならんでいる。あまりに「錚々たる」すぎて、ちょっと退屈そうに見えるくらいだ。

 しかし、ぜんぜん退屈ではない。どの作家の章を読んでも、確実に「あっ」と興奮する瞬間が用意されている。たぶんポイントは分量である。作家ひとりにつき原稿用紙十枚かそこら。読む方にとっても、文章の書き出しを記憶したまま最後まで読める長さで、それだけにごまかしがきかない。そういう設定に自分を縛らせたうえで、佐藤はこの古色蒼然たる有名古典作家の文章を斬新な「問い」でつっつき、ほぐし、ぷんと香るように仕立て直してみせる。そこに極上の「答え」が用意されているのである。あ、またやられた、とこちらは思う。

 たとえば鴎外の『雁』。この小説にはサバの味噌煮が出てくる。30年前にはじめてこの小説を読んで以来、佐藤はそのことを一度も忘れたことはないという。しかしサバの味噌煮が出てくる場面は覚えていても、ストーリーの方は忘れてしまった。佐藤は年に一、二回サバの味噌煮を食べるらしいのだが(この人はいったいサバの味噌煮が好きなのか、嫌いなのか、微妙な回数である)、そのたびに『雁』のことは思い出しても、それがどういう小説だったかは思い出せない、これは不思議なことではないか、と佐藤は考える。なぜだろう?

 佐藤は『雁』を「痒いところに手が届くというか、むしろ痒くないところにまで手が届いてしまう」小説だと絶妙の形容をしたうえで、結論として、そこには「ほんの些細なことで人の運命など変わってしまう」という皮肉な主題があるとする。その「ほんの些細なこと」というのが、語り手の「僕」の、「サバの味噌煮嫌い」なのである。この「些細なこと」のために、岡田とお玉とは永遠に会えなくなってしまう。

 こうして佐藤は考える。どうやら彼にとってサバの味噌煮が意味してきたのは、「皮肉な主題から発想して小説を書くという方法」そのもののことだったのだ。だからストーリーを思い出せなかったのである。『雁』を思い出すということは佐藤にとって、「サバの味噌煮を別の何かに置き換えて登場人物の運命が変わるストーリーを一つ考えなさい」という練習問題にあらためて出会うということにほかならなかった。そして実際、彼はこの問題の答えとなるような小説を書いてもきた。

 十枚かそこらでひとりの作家を料理するには、俊敏さが必要だ。佐藤の文章はすばしっこく、逃げ足も速い。でも、まるででまかせみたいな口ぶりの中で、井伏鱒二の小説には「ふつうに、右手と右手で握手するような読者との関係の仕方を避ける、ふつうとは違ったつながり方を取る、作者の方法から来る不器用さの感触」があるとか、「無頼派の作家は例外なく結婚している」(太宰治の章)、「自分の書くものが達者であろうと悪達者であろうと、人は自分に慣れて飽きる」(織田作之助の章)、恋愛小説とは「登場人物たちの視力の弱い小説のことである」(開高健の章)といった、ちょっとやそっとでは言えないことがさらっと言われたりする。思いつきのようにも見えるが、小説について語るって、こういうことだよな、と筆者などは思う。小説は「雑」な部分を満載することで小説になるのだから、ちょっとは「雑」に、ぞんざいに扱わないといけない。

 この本、「さて」という言葉が出てきたときには要注意だ。いよいよ狙い球を絞ったバッターの、いま打つぞ、という迫力がみなぎる。全体に人なつこく、明晰で、爽快な印象だが、よく見ると実に締まった文章で、なんだかわからない執念というか、殺気だったものさえ感じる。死んでしまった作家ばかりを選んだのもそのためか。

 なお、六つほどつけられた「付記」がどれも傑作である。


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