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2013年08月29日

『日日雑記』武田百合子(中公文庫)

日日雑記 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「百合子さんマジックの秘密」

 ちょっとご縁があって武田百合子のエッセイをいろいろ読み返しているのだが、この人の書くものは何度めかに読んでも読んだだけではすまなくて、人にいいつけたくなるようなところがある。この一週間ほどのうちにも、幾度も鞄から文庫本の『日日雑記』や『ことばの食卓』を取り出して、「いや、突然、話は変わるんだけど、武田百合子って知ってます?」などと、鉛筆でぐりぐり印をつけたページをめくったりしてきたが、こちらが先走っているせいか、聞いている方はたいていきょとんとしている。とくに若い人。

 「武田百合子を読んだけど、ぴんとこなかった」なんていう人がいるのは筆者としては信じられないのだが、その一方で、「どの辺がいいんです?」と質問されるとうまくこたえられない。おかしい、とか、変、とかいう説明では足りない。関節がガクッとなるような、100キロくらいのひょろひょろストレートにすかっと空振りするようなところもあり、かと思うと、急に背中にまわりこまれるようなところもある。ふつうの文章の〝ツボ〟のようなものを外してあり、それがまさに〝ツボ〟になっている。狙いなどないのだが、そのくせ、遠い目的地が見えたような気にもなる。というわけで「ご縁」(「ユリイカ」の武田百合子特集)の方では、「武田百合子はどうしてすぐ気持ち悪くなるのか、オェッとするのか」的なことを書こうと思うのだが、そこに入りきれなかった点をこちらでは取り上げたい。

 武田百合子の魅力はいろいろあり、その中でもナンバーワンはおそらく「本人その人」だろう。娘の花によると、

学校の玄関にサンダルが一足だけポーンって脱ぎ捨ててあるの、あっちとこっちに。それ見て、「あっ、おかあちゃんが来てる」ってわかる。(文藝別冊「武田百合子特集」の「インタビュー」より)

……ということだったらしい。でも、これは今となっては、私たちにはどうしようもないことだ。書いたものからご本人を想像するしかない。百合子さんはいったいどんな「ご本人」だったのだろう。おそらく文章の通りの人だったのではないかと推測する。文章の通りとはどういうことかというと、今回とくに「発見」したのは、けっこう人の物真似を得意にしていたのでは?ということだ。ねえねえ、××さんがこんなこと言ってた、なんてやったのではないか。そしてその「こんなこと」を百合子さんが実演してみせるのである。たとえばいろんな怪人物の出てくる『日日雑記』の中でも、とくにいい味を出しているのは映画雑誌をひとりでやっているという「O氏」なる人。その人から電話がかかってきて、百合子さんはガード下のあんまりきれいじゃない酒場にお伴することになる。O氏は大病したあとなのだが、妙な元気がある。

 しばらく人と会う機会がなく、ネコとだけ口をきいていたというO氏は、頭の中に押し合いへし合い浮遊してくるものに勝手気ままにとびのり、勝手にとび移り、あれもこれもと、せっかちにしゃべりはじめた。
「××のやつ。あいつ色魔だったんだ。いままで気づかなかったなあ」ここのところ一人でずっと××という人の性生活ぶりに感服しきっていたらしく、いきなり、う、うん、う、うん、と××さんがのりうつったごとく仕方咄をした。私は××という人をまったく知らないのだが、知っていようといまいと平気だ。
「昨日はさ。四本立てピンク(映画)のうち、二本観て出てきた。そう、新橋のガード下の。これがとても面白かった。どうしてそんなに面白かったか、家へ帰ってずっと考えてみた。結局よく考えてみたら、俺って何にも女のこと知らなかったんだよね。俺って少年みたいなんだよね」
「いまごろ気がついたの」
「そお」おそろしく真面目な顔をして深々と肯く。もう手遅れではないだろうか、それに自分で自分のこと少年みたいだなんて、よく言えるなあ、私はそのように思ったが黙っていた。(九八~九九)

 O氏、なかなかいい。でも、O氏そのものがいいというより、やっぱり百合子さんと会ってあれこれやってるO氏がいいのだ。いや、もっと言うと、百合子さんにこうして物真似されてるO氏がいいのだ。

 それでその物真似なのだが、O氏が登場する少し前には、映画館で変なおじさんが登場する。こちらはこんな具合である。

 通路をへだてて右隣りの男は、足袋みたいに厚ぼったい左右別々の色をした靴下の足を前の椅子の背にあげて腰かけ、足元の床においた袋からパン状のものをとり出してものすごい速度で食べ、食べ終わると茶色の瓶の液汁をストローでチュッチュッと吸う。そうして「痴漢と置引に御注意ください」の場内放送に、液汁吸いを中断して「バカヤロ。痴漢だって……? するわけねえじゃねえかよ。婆あばっかりじゃねえか」と、大きな声で言い返した。皆が笑ったので得意になったのか、液汁のせいでメキメキと元気が出たのか、その男はニュースと何本かの予告篇がはじまっても、自分の意見や感想を発表し続けた。
「バカヤロ、こないだもみたぞ、なまけるな、またやってんじゃないかよお」と奥多摩の鮎解禁のニュースを叱る。悲しい音楽が流れて予告篇の主役女優が現れると、「あ、佐久間良子、練馬の御嬢さんだ、練馬じゃない目白だったかな、目白の御嬢さんは習字がうまいんだ」主役ばかりでなく脇役が現れても一々名前をよびあげ、「大正十三年生れ、淡島千景と一緒」「熊本出身よ」と出身地趣味年齢も叫ぶ。くわしい。映画業界にいたことがあるらしい。「×××××。あ、いいんだあ、この女」「なんだ、これは」などと、機嫌がいいのだか悪いのだか、判断がつかないから、まわりの客は目を合わさないようにしている。そのうちに急に眠たくなったのか、静かになった。(九一~九二)

 「練馬じゃない目白だったかな」のあたりをはじめとして、こちらもかなりいいのだが、こうしてならべて引用してみると、あれ? このふたり似てるなあ、などと思わないでもない。いちおうそれぞれ直接話法だし、声色はそれぞれに似せてある感じなのだが、けっこう同じなのではないか。ちなみに全篇にわたって頻繁に登場する娘の花(Hと呼ばれる)はこんなふうだ。

「わたしの友達で、女の髪の毛を見ると、ムラムラとその気になるという人がある。女の髪の毛の長いのが一本落ちてると、そうなる。女の家を訪ねて、部屋に落ちていたりすると、そうなる。頭にくっついてる髪の毛はそうならない。また、短い髪の毛が落ちていてもそうならないんだって」とHが言った。何となく分るような気もする。男は大へんなのだ。(六一)

 これはHの物真似であり、その中にさらにHの「友達」の口調も微妙にまじっているのかもしれないが、たしかにO氏や変なおじさんとはしゃべり方が違うようだが、そんなに違わないようでもある。何だ、ぜんぶ同じじゃないか、と気づく。そして、それが何だか痛快なのである。当たり前なのだが、ぜんぶ百合子さんがしゃべっているわけだ。ねえねえ、こんなこと言ってた、といろんな人の物真似をしてみせる百合子さんの声色は実はあんまり変わらないのだが、百合子さんが物真似をしていること自体にこちらは嬉しくなってしまう。

 きっと武田百合子という人は声を通過させる達人なのだ。『日日雑記』はタイトルの通り、日々のことを書き留めた「雑記」からなるが、その中でももっとも愉快なものにこんな記述がある。まさに声の「通過」をめぐるエピソードである。

 ある日。
 夕方まで、だらだらと雨が降った。少し裁縫をし、少し本を読み、電話がかかってきて、ちょっと喧嘩した。夜になると、ざんざん雨が降った。レコードを出してきてかけた。
 X氏が電話をかけてきて、私のやり方(暮し方)について、あれこれと説教したのだ。あまり強引な言い様だったから、むっとして「自分のことは自分で決める!!」と、言ったのだ。自分の吐いた言葉が、めったに使ったことのない言葉だったので、電話をきってからも、しばらく興奮していた。興奮が去ると、使いつけない言葉なのに、どこかで聞いたことのある言葉だと思った。よく考えてみたら、一週間ほど前、日本の総理大臣がアメリカに行き、向うのえらい人たちにとり囲まれて、日米貿易摩擦の牛肉、オレンジ、自動車を問いつめられたとき、ついに口から滑り出てしまった一言なのだった。また、総理大臣は帰国すると官房長官(?)から忠告をうけたが、そのさいにも「自分のことは自分できめる!!」と口癖になってしまったかのように返事した一言なのだった。私は新聞で読んだのだ。(二九~三〇)

 この話、おそらくご本人にとってもそうなのだろうが、あまりに予想外の展開で、読者としては完全にやられっぱなしの気分である。それにしても、実はぜんぶ同じ声色で物真似しておいて――つまりぜんぜん物真似になってないのだが――それでもO氏や変なおじさんやHや、それから以前この欄でもとりあげた『富士日記』の武田泰淳や外川さんや、どの人も人物として生き生きと立ち上がってくるのはいったいどうしたことかと思う。みんな武田百合子と面会しているだけで丸裸にされてしまうのだろうか。やっぱり百合子マジックとしかいいようがない。


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2013年08月14日

『和歌とは何か』渡部泰明(岩波書店)

和歌とは何か →紀伊國屋ウェブストアで購入

「和歌と演技」

 〝和歌語り〟は一つのジャンルである。呼吸がちょうどいいのだろう、ふと和歌をのぞいて賞味しては、「ふむ」と一呼吸置いてからおもむろに地の文に戻るという流れが、ある種の読書にぴたりとはまる。ぐんぐん、ずいずい読むのではない。ぱらぱら、はらはら読む。岩波新書だけをとっても、斎藤茂吉の『万葉秀歌』(上下)や大岡信の『折々のうた』シリーズなど短詩型に焦点をあてたものが定番となってきたのは、そうした収まりの良さと関係あるのだろう。

 和歌語りの典型的なパターンは、濃密な「情」をたたえた和歌を、ちょっと距離をおいた評者が「知」のことばで受け止めるという形である。だから、さまざまな秀歌をあっちこっち覗きながらも、どことなく涼しい顔というか、退屈げでさえあるような、どこ吹く風という空気がある。そして、そんな緩い空気の中に、ときおり射貫くような、あるいはひねりや毒を少しだけ盛った、寸言めいた評が差し込まれたりする。

 しかし、本書『和歌とは何か』の著者の姿勢はそんな「どこ吹く風」の批評とは少し違う。著者の渡部泰明氏には明確に伝えたいテーマがある。「和歌とは演技だ」というテーマである。だから渡部氏ははじめからけっこう忙しい。序章でも、和歌なんてピンとこないでしょう?私だってそうですもん!と口調に熱がこもる。氏は宣言するのである。和歌を読むためには「儀礼的空間」ということを頭にいれるといいのです、と。そういう場所で行為として行われるのが和歌なのだ、と。そして本論に入ると、渡部氏は約束どおり枕詞や序詞、縁語といったおなじみの和歌のレトリックの機能を、「演技」、「偶然性」、「出会い」、「儀礼」、「行為」といったキーワードを助けに読み解いていくのである。

 英米文学を専門とする筆者のような者には、この「行為」という概念はとても興味深い。というのも、英米文学の批評でも、J・L・オースティン(ジェーン・オースティンではない)の言語行為論以降、詩や小説の語りを一種の行為と見ることで、その中に広い意味での政治性や、読者・マーケットとの関係構築、さらには呪術的な発信作用などを読み取る視点が提示されてきたからである。ホイットマンのような、いかにも派手なパフォーマンスを思わせる詩人に限らず、前回本欄で扱ったディキンソンのように、ひとりでこっそり囁くかのような場合でも、「行為としてのことば」という要素を見て取ることはできるし、そういうふうに読むことで、解釈に広がりや深みが出る。

 ただ、本書で渡部氏が強調する「行為」という概念は、西洋的な言語行為論の枠組みと単純にかさなるわけではなさそうである。渡部氏は和歌が詠まれた当時の状況を再構築しながら、和歌ならではの社会的機能にせまっていく。当然ながらそこには、当時の日本に特徴的な祭儀の感覚がからむのである。とりわけおもしろいのは「唱和」という概念である。声を合わせる、ということ。

 これはたしかに気になるところだ。和歌のレトリックに人が難しさを感じるのは、掛詞や縁語などにあらわれた声の複数性に戸惑うからである。ひとつの言葉や句が、同時に複数の声を担うという、その同時性・シンクロの感覚にいったいどう感動したらいいのか、そんなことをして何が嬉しいのか、どこが楽しいのか、それが現代人にはなかなか理解できない。

 従ってしばしば和歌語りでは(あるいは学校の授業では)そうしたレトリックについては淡々と語って済ませる。どう受け止めるかまでは踏み込まずに、単にその構造や機能を説明し「あとはご自由に」となる。ある意味では無難で賢明なやり方なのだが、渡部氏がおもしろいのは、そうした部分にさしかかると、椅子から腰を上げんばかりにして、いよいよ熱心に語りはじめるということである。次々に比喩や付加疑問文的・「でしょう?」的突っ込みを繰り出し、「えいや! どうだ! これでもわからないかぁっ!」とほとんどこちらの肘を引っ張らんばかりにして前に進んでいく。少し長くなるが、ぐいぐいとステップアップしていく氏の語り口の例として「掛詞のリアリティ」についての説明を見てみよう。

 掛詞のリアリティは、言葉の持つ意味に依拠しているというより、言葉が存在していることそのものの重みによっている、と私は思う。風景とわが身が偶然に出会う。それは一つの事件である。その事件が存在した重みを、言葉の出会いの中に置き換えようとするのが掛詞なのであろう。我々が生きているのは、突き詰めれば偶然の積み重ねの世界にすぎない。ただ、日常生活の中では、個々の出来事がある程度の必然性を持って連なっている、と何となく思い込んでいる。これが原因でこういう結果になったと思い込むことで、心の安定を得ている。しかし、強く何かに心動かされた時―― 美しいものにふれた、恋をした、人が亡くなった――、世界は新たな姿を見せる。個々の物事が面目を一新し、幸運にもたまたまそこに存在したのであったことに驚かされる。お定まりの因果関係など、どこかに吹き飛んでしまう。(75)

 掛詞って要するに駄洒落でしょ?などと思っていた人は、にわかに違う空気が流れ出してはっとするだろう。しかもそれはかび臭い学者的な説明ではない。渡部氏は勇敢にも「感動」そのものに切り込んでいくのである。

 それをどう表現するか。その時の自分の心に感じたあり様を詳しく語る、という手がある。これは我々にもなじみやすい。しかし、もう一つ、世界が偶然ならば、それを言葉の偶然性に移し取る方法もあったことを、掛詞は教えてくれるのである。掛詞は、偶然性をむしろ強調して、物と心、風景の文脈とわが身の文脈とを強引に重ね合わせ、風景との出会いの衝撃を再現してみせる。(75)

 何しろエッセンスの部分を語っているので、引用部だけですべてを理解するのは難しいかもしれないが、本書を具体例とともに順に読み進めていけば、こうした盛り上がりどころを十分に楽しむことができる。渡部氏によれば掛詞とは「声を合わせることを演じつつ、偶然を必然に変えてしまうようなレトリック」なのであり、「言葉の偶然の一致が、歌の秩序にぴったりと当てはめられ必然化していく姿は、人々の心を捉えて離さなかった」という。

 今も昔も、人は偶然に起こる出来事に弄ばれ、かつ孤独に苦しめられながら生きざるをえない。どうにかそこから脱したいというあえかな願いを、言葉の上で見事に実現しているのが掛詞なのだ。これこそ定型文学・和歌の神髄ともいうべき「力」である。その意味で掛詞は、和歌の中心的レトリックと呼ぶにまことにふさわしい。(78)

 和歌を理解するためには「偶然でありながら、そうでしかありえぬ、という感覚」に敏感になる必要がある。序詞の説明の中でも、渡部氏はこの感覚にこだわりつつ、それを人と人とが声を合わせる「唱和」、さらには「共生の感覚」や「共同の記憶」に結びつけてみせる。このあたりは本書の芯となる議論だろう。

つなぎ言葉に見られる偶然の音の一致は、和歌の定型に支えられて、必然的なものであるかのように感じられてくる。するとそこに、人と声を合わせているかのような感覚が発生する。声を合わせている時、人は他の人も同じものを見、同じことを感じているような確信に囚われる――決してそうとは限らないのだけれども――。この声の響く中で、序詞の風景は、体験に縛られない、純度の高い懐かしさをかもし出しながら、共同の記憶となって人々に受け入れられるのであった。(58)

 「唱和」という概念には、「いただきます」や「乾杯!」も含まれる。こうした部分からも察せられるとおり、本書で渡部氏が強調する「演技」は、「儀礼」という概念と密着しているのである。「演技」は単に「ふりをする」「ウソをつく」というような皮相な意味でとらえられているのではない。それは人と人とが社会の中で共生していく上で欠くことのできない祭儀的な装置なのであり、和歌を詠むという行為が、さまざまなイヴェントや習慣を通してそうした祭儀に組み込まれていたことは、「演技」というキーワードを助けにするとはっきりと見えてくる。本書の後半では、「贈答歌」「歌合」などの具体的な検証を通して、行為としての歌にいちいち微妙なニュアンスがこめられていたことが説明されるが、あらためて当時の社会の洗練と爛熟を感じさせるところである。

 本書で渡部氏がことさら「演技」というポイントに力を入れたのは、現代の読者にとって和歌がますます読みにくくなったことと関係しているだろう。自身の役者としての経験を踏まえ(氏はかつて野田秀樹氏らとともに「夢の遊眠社」で演劇活動を行っていた)、上演という枠にとどまらない「演技」の社会的な機能を自覚してきた氏は、そうして得た想像力を存分に駆使し、まるで我がことのように歌人たちの心境を推し量りながら、ときには力強く、ときにはさらに力強く、和歌語りを進めるのである。

 私たちは「詩が読めない時代」を生きている。和歌語りに限らず、批評という〝介添え者〟なくしてはもはや詩は読まれ得ないのかもしれない。しかし、本書を読むとわかるように、和歌はそれ自体の中に強力な批評性を内在させたジャンルでもある。縁語にしても、本歌取りにしても、先行テクストとの微妙な距離感をはらんだ批評的なレトリックだと言える。和歌とは自ら語り歌う形式であると同時に、他の歌を読み、読んだテクストを想起する形式でもあるのだ。その意味では、そこにはきわめて現代的な「詩」の可能性があると言えるのかもしれない。


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