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2010年01月19日

『小林秀雄の恵み』橋本治(新潮社)

小林秀雄の恵み →bookwebで購入

「小林秀雄を語る方法」

 小林秀雄の『本居宣長』が最後まで読めなかったという人には、お薦めの本である。いや、小林秀雄などまるで興味がない、小林秀雄のどこが偉いのかさっぱりわからない、という人にもいい。もちろん、ニッポンの批評と言えば小林秀雄だ、という人も読むべきである。

 ある意味、残酷な本である。橋本治の批評は下からくる。あくまで低姿勢。それがかえって怖い。逃げ道がないのである。きちんと手順を踏んでいて、ちゃんと証拠もあげるし、引用も丁寧。文章もわかる。何より、読者の「そうだよな」という頷きを誘うような〝常識〟に話が落ちる。つまりあらゆる意味で非小林秀雄的なのだ。では、ほかならぬ小林秀雄がその橋本治の手にかかったら、いったいどうなるか。

 もっとも特筆すべきは、橋本が〝決して小林秀雄のことを悪く言わない〟ということだ。これはなかなか参考になる。橋本治と小林秀雄のふたりを並べてみれば、どう考えても前者が後者に心酔していたとは思えない。その橋本がこともあろうに第一回小林秀雄賞を受賞してしまった。それで否応なく宿題が突きつけられてしまったわけである。

 では〝決して小林秀雄の悪口を言わない〟橋本はどんな作戦をとるのだろう。「あとがき」に、この本を書くきっかけとなった一言が引用されている。小林秀雄賞授賞後の記者会見での発言である。

私は別に、小林秀雄がなにものであるかということへの関心はないんです。あるんだとしたら、〝小林秀雄を必要とした日本人〟とはなにものだったかということへの関心があるだけです。

やっぱり。怖そうなコメントだ。自分が小林秀雄だったら、こんなことを言われたら嫌だろうな、と思う。このコメントと考え合わせると、冒頭の発言もとてもいやだ。かつて橋本治が『本居宣長』をあらためて読み始めたときのこと。

「昔の自分はバカだから読めなかったろうが、今の自分ならなんとか読めるだろう――読めなかったら読めないで、バカにする手もあるさ」と思って、「『本居宣長』――書評」と題される一文を書くために、三十七歳の私は、小林秀雄の本を読み始めた。そして、感動してしまった。「小林秀雄はいい人だ」と思った。私は日本の知的社会に「いやなもの」を感じていたので、その日本の知的社会の中枢に「いい人」がいたことを感じて、幸福に思った。(中略)私は、小林秀雄がいて、小林秀雄が読まれた時代の、日本人の思考の形が知りたいのである。

小林秀雄をつかまえて「いい人だ」はないだろう、と多くの人が思う。そんなことを言われたら、思わず先が気になってしまうではないか。

 『小林秀雄の恵み』は分厚い本である。三ヶ月にいっぺん文芸誌に書いて、足かけ三年。この書き方を反映してか、しばしば話は脱線気味だが、橋本治という人は自分の言ったことにきちんと決着をつけないとどうしても気が済まないようで、言いっぱなしで放り出されるような議論がほとんどない。たとえば次のような引用がある。

私の文章は、ちょっと見ると、何か面白い事が書いてあるように見えるが、一度読んでもなかなか解らない。読者は、立止ったり、後を振り返ったりしなければならない。自然とそうなるように、私が工夫を凝らしているからです。

小林秀雄の文章である。こんなところを引用しておいて、橋本は微妙な言い方をする。

『本居宣長』を何度読んでも、私は本居宣長にまったく関心が湧かないのである。(中略)私にとって、本居宣長は「退屈な存在」なのである。そう思う理由は後に述べるが、その「退屈な存在」である本居宣長を書く小林秀雄には、一向に飽きないのである。それはもしかしたら、本居宣長の前に小林秀雄が立ちはだかっているだけなのかもしれないが、「なぜこう書くんだろう? こういう書き方をするんだろう?」と思い、小林秀雄と本居宣長の間にあるズレのようなものを感じながら、私の関心は、書かれる「本居宣長」より、「『本居宣長』を書いている小林秀雄」の方に向かってしまうのである。

こうなると、「本居宣長」と「『本居宣長』を書いている小林秀雄」のズレだけではなくて、「『本居宣長』を書いている小林秀雄」と「《『本居宣長』を書いている小林秀雄》を読む橋本治」との間のズレも気になってくる。橋本治はいったい何をおもしろがっているのだろう。そのややひねりの効いたおもしろがり方を、この400頁におよぶ、難しいことも書いてあるわりにやさしい文章のこの本は、そのまま形にしている。

 橋本治は決して一体化しない。あらかじめわかったりしない。むしろ上手にズレることで、そしてときにはやっとのことでたどり着くことで、外の方から語る。何しろズレを起点とした本だから、筋肉もりもりの議論とは縁がない。それよりも引きこまれるのは、なぜ『源氏物語』を読んでいるときに思わず和歌を読み飛ばしたくなるのかとか、下手くそな和歌しか書けず、お師匠からこてんぱんにやっつけられた本居宣長は、それでも歌が好きで仕方がなかった、といった脇道の話である。

 ただ、そういう中に、〝痛点〟のようなものがある。是非読んで欲しいのは、第5章の終わり、本書のちょうど中程にある箇所だ。「『当麻』の問題点 ―― あるいは、《美しい「花」》と「美しい花」」という、ほんの数頁のごく短いセクションである。冒頭、小林秀雄の「美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない」という有名な断言をとりあげるところから話が始まっているのだが、この断言に対し橋本治は、そうではない、と異議を唱える。橋本治にとっては断言をするなら、「〝美しい花〟などない、花の美しさだけがある」こそが真実だという。なぜそうなのか。橋本は幼少の頃自分が、人が「美しい」と思わぬ花をみながら、「これを美しいと思うのは、これが花だからではないか?」という思いにふけったことを想起する。そしてあらためて「花とは、花であるだけで美しいからこその花である」という考えを示してみせる。その裏にあるのは次のような「実感」である。

私は、「花の美しさがある」を実感して、とほぼ同時に、「きれいな花」と言われているだけの花が、すべてきれいではないということも、実感していた。

話が小林秀雄にうつるのはこのあたりだ。ここで、この本の一大テーマであった「なぜ日本人は〝小林秀雄〟を必要したのか?」という問いへの答えが見えてくる。

「美しい花」だけが「ある」で、「花の美しさ」なんてものは「ない」と言うのなら、この人は、「花の美しさ」をとやかく言う人の言葉に悩まされていたのである。「そんないちいちチマチマした花なんか覗いたって、さっぱり分からない。いっそ、なにが〝美しい花〟かを決めてほしい。そうすれば、自分は花のいちいちに悩まされなくてすむ」――そういう嘆きと不満の声が、「美しい花がある、花の美しさという様なものはない」という言い切りになるのだろうとしか、私には思えない。(中略)
 私が思うことは、「日本の男って、そんなに花の名前を覚えるのが苦手なのか?」だけである。「美しい花」云々が、そんなにも有名だということは、それだけ広く日本中の男達に支持されたということで、そんな逆説にも価しないようなものが「名言」になるのだとしたら、「いかに日本中の男は花を苦手とするか」しか表さないからである。

とりようによっては「小林秀雄って、ちゃんとランボオとか読んでたわけ?」とも聞こえる箇所である。しかし、もちろん橋本治はそんなことは言わない。あくまでズレてみせる。「え?小林秀雄って、そういう人なの?」(原文ママ)と言うだけである。

実はこの章にはさらなる見事な〝落ち〟が隠されている(そこは是非、実際に読んで欲しい)。この〝落ち〟には橋本治なりの、「いい人」小林秀雄への思いやりが読めなくもないが、そのせいでかえって前半部がおっかなく見えるような気が筆者にはした。後半の「実は…」という新展開は今更あまり関係なくて、前半で十分、小林秀雄はノックダウンされているとも読める。

 橋本治の文章はたいへん読みやすいしわかりやすく思えるのだが、明晰というのともちょっと違う。今の「花の美しさ」をめぐるあれこれでも、ある一点でその文章は意固地になる。しこりのようなものが残る。書き手の痕跡のようなものである。でもそれは、この人が書いたからこそ、言葉になったとでもいう刻印なのである。筋は通っているのだがときにはけっこう強引。下手をすると、「あれ、だまされたか?」と思いたくなるような、嘘の香りの混じった書き方なのだ。ところが〝嘘の香り〟のおかげでかえって説得力が増すことがある。批評でこれをやれるのはすごいことだと思う。小林秀雄とはまるきり方法は違うが、漫遊めいた言葉の彷徨にも、「あ、」とこちらが息をのむような切っ先をつけ、最後はちゃんと目的地にたどり着くという批評なのである。


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2010年01月08日

『小僧の神様 他十篇』志賀直哉(岩波書店)

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「待つということ」

 志賀直哉を読み返すのは20年ぶりくらいなのだが、あまりに圧倒的で参ってしまった。そういえばそうだった。こういうふうに「あまりに圧倒的だ」と思わせるのが志賀の得意技なのだ。

 この岩波文庫版は初期から中期にかけての作品を集めたもので、本文は200頁くらいのごく薄い短編集である。その真ん中あたりに「城の崎にて」が入っている。9ページ。原稿用紙で二〇枚くらいか。とにかくこれを読んだだけで、本を一冊読了したくらいの満腹感がある。もうほかの小説を読まなくていいという、「愛の頂点」のような気分にしてくれる。

 それにしても、これほど身勝手な人間はいない。エゴのかたまりみたいな文章である。これが小説かよ、と思わせる。私小説どうこうとか、主観がどうこうということではない。あるいは志賀自身がよく使う「ありのまま」とか写実といったことでも解決がつかない。

 同じ選集に「小僧の神様」という、うまさの極地をいくと言われる作品も入っているので「城の崎にて」と読み比べてみるといい。「小僧の神様」の方は、さあさあと手を引かれて中をのぞいてみると、よくできた落語みたいによどみなく話しが展開して、あれよあれよという間に結末にたどり着く。〝オチ〟の爽快感もばっちし。鮨まで食べた気になる。いや、思わず鮨が食べたくなる。そんな小説である。

 これに対して「城の崎にて」の無愛想なことときたら…。鮨も瓢箪も出てこないし、9ページしかないのに、出だしの一文はこんな具合なのである。

山の手線の電車にはね飛ばされてけがをした、そのあと養生に、一人で但馬の城の崎温泉へ出かけた。背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんな事はあるまいと医者に言われた。二三年ででなければあとは心配はいらない、とにかく用心は肝心だからといわれて、それで来た。三週間以上――がまんできたら五週間ぐらいいたいものだと考えて来た。

まちがえて他人にかかってきた電話に出てしまったようなものだ。いきなりプライベートな話をくりだされて、恋愛沙汰とかならともかく、よりによって怪我をした話かよ、と思う。事故現場のヴィヴィッドな描写があるわけでもなく、妙に生々しい病名が出てきてあとは養生のことばかり。三週間にするか、五週間にするかなどと、おもしろくもないことで勝手に悩んでいる。

知るか!という気になる――なりそうなものである。しかし、そうはならないところが志賀直哉の不思議。いつの間にかこっちを自分のペースに巻きこむのである。そういう文章なのだ。第二段落になっても、第一段落の無愛想さはいっこうにかわらない。

頭はまだなんだかはっきりしない。物忘れが激しくなった。しかし気分は近年になく静まって、落ちついたいい気持ちがしていた。稲のとり入れの始まるころで、気候もよかったのだ。

何なのだろう、このくつろぎぶりは。「私は」くらい言えよ、と言いたくなる。この短編、「私」とか「僕」といった主語がほとんど出てこない。「自分」という言葉はだんだんに増えてくるのだが、一般に使われる主語の「私」のように、「これは私が私のことについて語っているのだ!どうだ!」というライトアップの伴うような「屹立」のニュアンスはあまりない。あくまで必要があって事務的に関係を明示するだけに聞こえる。でも、だからといって、著者が慎み深いわけではない。

 オレが主語なのはあたりまえでしょ?というのが志賀直哉の世界なのである。いちいちライトアップして屹立する必要などない。実にあつかましいのだ。しかし、このあつかましさに、読者は参ってしまう。最後までしっかり立っていてくれるなら、どうぞ勝手にやってくれ、どうどんエゴで押してくれ、と思ってしまう。それで許されてしまう書き手がいるのだ。まれに。

 志賀直哉という作家が「小僧の神様」のような作品と「城の崎にて」のような作品の両方を書けてしまったこともすごいのだが、「お愛想」という意味では対照的なこの二作に、意外に共通したところがあるのもおもしろい。しかもそれは、志賀の強烈なエゴの神髄にあるものを示している。この作家は〝待つ〟のが実にうまいのだ。

 たとえば「小僧の神様」。この作品の安定した語りを支えているのは、決して登場人物や語り手が忙しく先走ったりしないということだ。だから、

彼はふと、先日京橋の屋台すし屋で恥をかいた事を思い出した。ようやくそれを思い出した。

というようなどうということのない一節が、すごく効いてくる。「ふと」が殺し文句になるのだ。じっと待ってきたその準備があったおかげで、「ふと」視界が開けてきたり、思いついたり、合点がいったりという地点が、小説の誘惑的な瞬間として、このうえなく小説的な色気をもってくる。あの有名な結末もまさにそうで、最後には語り手が出来事を悠々と見送る。じたばたとは動かない。後ろから、遅れて、出来事をながめる感じこそが、作品世界を立ち上がらせるのである。決して結末だけが奇抜なわけではない。語り手はいつだって、辛抱強く待っている。

 〝待つ〟ということは、志賀直哉のあの徹底したマイペースとも連動している。「城の崎にて」にはそれがよりはっきり出ている。「ありのまま」を書いたというこの小説、出来事や言葉は先に進んでいくが、芯にある意識のカタマリのようなものが悠然と動かない。いろいろ悩んでいるらしいのだが、何だかんだ言って、どてんと居座っている――圧倒的な存在感とともに。のろまさゆえの存在感と言ってもいい。意識が言葉から取り残されてしまったような、妙な乖離の感覚さえある。芯にあるこののろまさと、身の回りで起きることや言葉で語られることとのずれ具合が壮絶なのだ。

 「城の崎にて」の終わり近くに印象的な一節がある。あらためて事故のことを思い出す箇所で、作品のおそらく急所だ。ここを通過するおかげでこそ最後の、これも有名な「いもり殺害」の場面が、不思議な輝きを帯びてくる。結末への助走になっているということだ。

「フェタールなものか、どうか? 医者はなんといっていた?」こうそばにいた友にきいた。「フェタールな傷じゃないそうだ」こう言われた。こう言われると自分はしかし急に元気づいた。興奮から自分は非常に快活になった。フェタールなものだともし聞いたら自分はどうだったろう。その自分はちょっと想像できない。自分は弱ったろう。しかしふだん考えているほど、死の恐怖に自分は襲われていなかったろうという気がする。

この辺まではまだいい。あいかわらず自己中心的なことこのうえない。相手のことなどおかまいなしに、どうでもいい私事に拘泥している。だが、言っていることはわかる。それが、だんだん何を言っているのかわからなくなってくる。

そしてそういわれてもなお、自分は助かろうと思い、何かしら努力をしたろうという気がする。それはねずみの場合と、そう変わらないものだったに相違ない。で、またそれが今来たらどうかと思ってみて、なおかつ、あまり変わらない自分であろうと思うと「あるがまま」で、気分で願うところが、そう実際にすぐは影響はしないものに相違ない、しかも両方がほんとうで、影響した場合は、それでよく、しない場合でも、それでいいのだと思った。それはしかたのない事だ。

それまでと同じペースで読んでしまったら、あれ?と思う箇所だ。本人の中では思考がつながっているようだが、読んでいる方としては、文章がこんがらかって見える。でも、頑張って解析して、いったいどれほどの内容が出てくるだろう。むしろこだわりの芯がぐずって、その場に座りついてしまっている感じが大事なのだ。鈍重な悩みが、文章の流れそのものから置いてけぼりを食っているように見える。

 しかし、つくづく不思議なのは、悩みにも自意識にも共感できないのに、なぜか読者は引っ張りこまれてしまうということだ。「それでいいのだと思った。それはしかたのない事だ」なんて平然と言っていて、そう言われると、そういうもんですかねえ、と思ってしまう。こだわりのカタマリが悠然とふんぞり返っている、このふてぶてしいエゴに、読者は負けてしまう。読書というものの、あるいは文章というものの、根源的な魔力が垣間見えるような気がする。動こうとしないものの魔力である。

 この選集は末尾に、いかにも志賀らしい愛想のない「あとがき」がひらっとくっついている。「城の崎にて」については、三行ほどで「事実ありのまま」だとか、「心境小説」だとかあって、イモリの死にしても何にしても全部ほんとに「目撃」したのだといった説明がある。ぜんぜん役に立たない解説である。さすが、と言うほかない。平気で読者に待ちぼうけを食わせる態度、まさにそのまんまではないか。やっぱり小説は〝人〟が書くのだなあ、などと、ほとんどため息のような感慨を抱かせる作家である。


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