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2009年11月16日

『ニッポンの思想』佐々木敦(講談社)

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「で、それが何?」

 批評家は概して怒りっぽい。たぶん批評とは、苛々したり、激しく軽蔑したり、噛みついたり、憤りつつ励ましたりということをスタイルとして織りこんだものなのだ。少なくとも「ニッポンの批評」は。

 そういう批評家たちの中でも、とりわけ派手な切った張ったの多かった一群の批評家たちがいた。八〇年代に一世を風靡したニューアカデミズム、いわゆる「ニューアカ」である。この「ニューアカ」を、浅田彰の『構造と力』を出発点としたひとつの持続的な系譜ととらえ、80年代からゼロ年代にかけての批評の流れを整理してみせるのがこの『ニッポンの思想』である。

 しかし、そうした内容の本のわりに目につくのは、一見した毒気のなさである。乱闘現場に乗りこんでいくにしては、スルッとスマートでおとなしい。この著者は、すごくいい人なのではないかと錯覚しそうになるほどだ。

 だが、実はこういうスルッとスマートな出で立ちに佐々木敦が身をつつんだのは、難作業をやり抜くためのひとつの選択だった。そして、それは賢い選択であったと筆者は思う。浅田彰や中沢新一にはじまり、柄谷行人、蓮實重彦といったヘビー級を、その人物像や政治性(いろいろな意味での)から実際の著作内容にまで及んで紹介するなど、並大抵の力業では果たせないかと思える。

 そこで佐々木がとったのは、そもそも「力業」をやめちゃう、という選択だったのである。この本は思想入門という体裁にもかかわらず、「この辺はよくわかりません」という発言が所々にある。はっきりそう明記していない場合でも、右から左に話を流すかのようにして深入りを避けている箇所も少なくない。紹介しておいて「よくわかりません」はないだろう、という意見もあるかもしれないが、実際に本書を読んでみるとそこには違和感はほとんどない。というのも、「は?」とわからないでみせる、そんな「ふつうさ」の素振りをむしろ佐々木は難作業に挑むための武器としているからである。

 たとえば脱構築の方法に内在する行き詰まりを説明するくだりは以下のようである。

筆者の見るところ、ここには二つの問題があります。一つは、そもそも「人間」も「作品」も「意識していないがそう行う」のがごく自然な状態なのであって、そこに「内/外」という形式性や「建築=構築」という「隠喩」を(後から自壊することがわかっていながら)与えようとする方に無理があるのではないか、ということ。もうひとつは、たとえその「証明」に成功したとしても、で、それが何? ということです。

一つ目の問題は、おそらく80~90年代に英文科あたりでテクストをいじりながら脱構築の練習をした人には思い当たる節があるだろう。方法として脱構築の延長線上にある最近の新歴史主義その他にも、あきらかに似たようなマッチポンプぶりがあるわけだから、これはなかなか根深い問題だ。

しかし、よりおもしろいのは二つ目の問題、すなわち「で、それが何?」の方である。佐々木敦は年齢的には筆者の二年先輩のようだが、こういう殺し文句を聞くと、ああ、そうだよな、という思いがする。学校時代、口喧嘩の強い人はこうだった。一番大事なところで、「で、それが何?」。殺し文句である。でも、いつも使っていたら効力が失せる(というか、話が続かない)。満を持して、大事なところで出す。この本でも多少触れられているが、70年代~80年代のバックグランドとして忘れてはならないのは、「しらけ」の効力であろう。ニューアカがひとつの狂騒であったとしたら、その土台にあったのは「しらけ」とどう付き合うか、という問題意識だったのではないかとも思う。ニューアカの軽さや明るさは「しらけ」の反転でもあった。いうまでもなく「で、それが何?」は、しらけ世代のキーワードである。

 自分がわらからないということを堂々と明かすということと、しらけてみせることとはあきらかにつながっている。それは何より佐々木敦が身につけた柔らかい批評スタイルの一部でもあるのだろうが、本書ではそれが「ニューアカ」の輪郭を描くための理念的な枠組みにもからんでいる。

 佐々木が「ニューアカ」を持続的な系譜として描き出すために重視するのは、蓮實・柄谷から浅田・中沢という世代的移行の背後にある、知のスタイルの変化である。前者のスタイルについて佐々木は次のようにまとめてみせる。

二人とも、その「思想」の基盤には、誰某の特定の「作品=テクスト」というものに対する敬意と愛情と拘泥が、つまり「文学的」と呼んでもいいような感覚があります。二人の仕事は、たとえ直接的に小説を取り上げていない場合でも、本質的な意味で「文芸批評」です。ドゥルーズであれマルクスであれ、彼らはまず書かれたものを、すなわち「作品」を「読む」ことから出発します。(中略)ふたりの書いたものには、その「読み」の痕跡が必ず刻印されています。そしてそれはそのまま、彼ら自身が書いた文章も「作品」として読まれることを含意しています。したがって、そこには「文体」的な意識が働いています。

これに対し、より若い浅田・中沢コンビにはそうした文体意識があまりない、という。

たとえば『構造と力』には、ドゥルーズ=ガタリの「思想」を「作品=テクスト」という次元で読むという意識や、それ自体が「読まれ得る作品」であろうとするような意思は、非常に希薄に思えます。むしろそこでは「読み」という行為が、意図的に抹消されているとさえ言えます。そこにあるのは、解説であり、エッセンスであり、要約です。

さらにつづけて佐々木は「実際の浅田彰がどれほど「文学的」「芸術的」なセンスを持っており、時に極めて詩的な文体を弄してみせるとしても、時代が彼を持ち上げたのは、どんなに高尚で難解な「作品」を与えても、たちどころに「つまりこれはですね~」と見事に解説出来てしまう、いうなれば生身の「要約機械」としてだったのです」と、もはや「いい人」とばかりも言ってられないようなコメントへと進んでいく。浅田や中沢があのように持ち上げられたのも、「わかる」ことをめぐって世間の要請があればこそ、だった。

「わかりたいあなた」たちにとっては、わかったかわからないかを真剣に問うことよりも、なるべくスピーディーかつコンビニエントに、わかったつもりになれて(わかったことに出来て)、それについて「語(れ)ること」の方がずっと重要なのです。「作品=テクスト」を「読む」行為(これも一種の「労働」です)の軽視という「ニューアカ」の特徴は、浅田彰や中沢新一の本当の気持ちは別として、彼らのブレイクにとっては重要な要素だったのだと思います。

そう、佐々木自身の「よくわかりません」のジェスチャーに込められていたのは、こうした説明に明瞭とまではいえなくとも、ある程度にじみ出していると見えるある苛立ち、ニューアカを経た世代ならではの、「わかったふり」に対する忸怩たる思いなのではないかという気がする(「忸怩たる思い」なんて、この本の雰囲気には合わないけど)。後の章で扱われるオタク的言説についての考察の中にもこうしたこだわりは見え隠れする。

 ただ、ひとつ疑問が湧かないでもない。「わかったふり」の問題は、それほど新しいものなのだろうか?という問いである。「わかったふり」はきっと古の昔から存在してきたのだろう。そもそも人文学というのは、わかったりわからなかったりすることをどう処理するかについてあれこれ考える、という分野なのではないか。人文学とは本質的に入門的なものなのだ。柄谷・蓮實コンビが本人たちのアンチ文学のジェスチャーにもかかわらず、あきらかに文芸批評よりだったというのはまさにその通りだと思うのだが、それならそれで、彼らの領域にもすぐれて文芸批評的な「わかったふり」の問題はあったのではないか。そのあたり、まあ、もっとスペースがあれば、本書でも扱えたのかもしれない。

 ニューアカの系譜をたどることを主眼とした本書のゴールは、「最強」のプレイヤーとしての東浩紀の偉大さを語ることにある。たしかに最後のふたつの章には熱意が感じられはするのだが、正直言って、上手に距離のとれていた柄谷行人についての章などでは短い中にも「おっ」という分析をいくつも隠し持っていたのに対し、最後の方の章はやや足りない感があった。今を語る、というのはやはり難しいことなのか、あるいは著者がちょっと「マジ」になりすぎたせいのなのか。

だが、おそらく東浩紀という「思想」家の行動原理は、「メタ」のふりをした「ネタ」のふりをした「ベタ」です。そう、彼は実のところ、そもそもの最初から現在に至るまで、ずっと「真摯(ベタ)=本気(マジ)」なのだと思います。

ちょっと意外な着地点とも見えるが、たぶんこれは「入門書」という形式にコミットすることを選択した著者の、自己言及的な決め台詞と見なすことができるのかもしれない。


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