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2009年08月17日

『文学の器』坂本忠雄(扶桑社)

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「編集者の武器」

 編集者という存在は、実にあやしいものだ。しゃべらせれば饒舌かつ明晰。頭の回転は速いし、文章も書けるし、どこから聞きつけるのか人事にもやたらと詳しく、人の名前も漢字に至るまで正確におぼえているし、誰が誰の親だとか親戚だとかといったことも把握し、あたり前かもしれないが、本のこともよく知っている。酒も強い。野球もうまい。服は黒い。ところが、ある一点のことでは、ある刹那に、急に寡黙になったりもする。

 実はこの寡黙さこそが、編集者の武器なのだ。編集者の最大の役割は、黙ることだと言ってもいい。何しろ、編集者という職業の本質は、「見えないこと」なのである。

 本書の著者坂本忠雄は、『新潮』で14年間にわたって編集長を勤め、晩年の小林秀雄に『本居宣長』を書かせた人物である。もはや伝説と化したような作家たちと親しく付き合い、また畏怖されもした編集者である。しかし、本書はふつうの著書ではない。自らの交友関係をあれこれ述懐するというようなものではなく、あくまで「近・現代日本文学をめぐる語らい」の場を用意する、という設定なのだ。そこがいかにも「編集者」坂本忠雄らしい。

 取り上げられる作家は伊藤整、色川武大、小林秀雄、川端康成、深沢七郎、三島由紀夫、江藤淳、野口富士男…と昭和の代表的文学者18人。作家ごとに鼎談の形がとられ、坂本に加えて『エンタクシー』の編集同人である福田和也や坪内祐三が適宜参加しつつ、石原慎太郎、古井由吉、嵐山光三郎、黒井千次、車谷長吉、島田雅彦、佐伯一麦、江國香織、角田光代といった幅広い層の作家をゲストとして迎えて、作家について語るのである。

 この本は坂本が丸ごと書いたものではない。しかし、この本を生んだのは間違いなく坂本である。坂本はこの一連の座談会の中できわめてうまく姿を消すのだが、ときに不意に姿をあらわして、

高見順が文芸時評で自分がやっつけられて、その紙面を食べちゃったという伝説がありますね。そのくらいのものじゃないと、文芸時評はだめです。

などということを言ったりする。あるいは色川武大については、

ところで、僕はお父さんに会ったことがあります。中央公論新人賞をとったあとに、頼んでいる原稿を催促しに色川さんの生家に行って、玄関をガラッと開けると、親父さんが出てきたんですよ。「色川さん、いますか」と聞くと、「いません」と言われた。これはいるなと思い、脇から庭を通っていくと、猫と一緒に炬燵で寝てたんです。
などという出来事を語る。「これはいるな」というところはすごい。やはり編集者というのは、肝心のところで、おそろしく冷酷になれるものなのだ。

 おそらく坂本がそこにいるというだけで、作家たちは緊張もするのだろう。あるいは和んだり、張り切ったりもする。たとえば、坂本から「島田さんが小説家として、同業者としてご覧になると、後藤明生の文章についてはいかがでしょうか」と話を振られた島田雅彦が、「非常に読みやすい」としたうえで、

つまり、読みやすい文章、リズムのある文章の書き手っていうのは、案外運動神経がよいのではないかと思うんです。後藤さんは、実は野球がうまいのが自慢だったんです。

などと発言したりするのも(ほんとかよ?と思わなくもないが)、まんまと坂本の釣り球に誘い出されたような感がある。佐伯一麦も、「今の若い作家の人は、残酷の「酷」という字を使って、「酷(ひど)い」とよく書くんです。僕たちだと「惨(むご)い」という感覚ですが、でも「酷い」と書く」ということを指摘したうえで、

芸者屋で育った野口さんが感じていた、そして荷風の時代の売笑婦との関係などは、やはり階級社会以外の何ものでもないわけですよね。ですから、常に自分が存在していること自体に、「ひどい」とか「むごい」という感覚があったんだと思う。それが今はないので、あえて若い作家たちが人間関係で「酷い」とよく使うのは、表現を成り立たせるために、そういうものを何とか見つけだそうとしているのかもしれないと思った。

というような鋭いことを言う。これも坂本がそこにいればこそ、そして肝心のところで黙ればこそである。

 ゲストの中でも、とくに冴え渡りぱっなしなのは古井由吉である。古井は川端康成の回と江藤淳の回で、都合二度登場するのだが、たとえば川端についてのコメントなど、いちいちノートを取りたくなるほどの切れ味である。

川端はかなり遅い時期まで、文学として小説に信用を置いていなかったのではないだろうかと僕は思う。文学をやるなら小説ではないと思っていたのかもしれない。そして自分が小説を書くとしたらこうという形ができたのが、「雪国」だったと思うんですよ。それに比べると、近代の日本の小説家はあまりにも早く小説に乗り過ぎている。小説以前の迷いとか懐疑が薄い。小説にリアリティを持たせたいという欲求にひっぱられ、小説を書く自分の精神を検討しなかったところがある。なぜ世間が小説家にこうも甘かったか。たぶん口語文を使うパイロットとして見られたんでしょうね。

こうした発言は、下手な外国文学研究者相手だと、「小説への懐疑というのは、メタフィクションのやっているようなことですか?」といった的外れな反応を呼びそうな心配があるが、もちろん、そういうことではない。

「そういうことではない」という暗黙の空気を漂わせるのは、なかなか難しいことだ。しかし、そういう空気がなければ、作家も批評家も安心して語ることはできない。そこを、作家の顔を見ながらポイントを変え、議論の水準を操作し、くつろぎの香を焚いたり、ゲストと一緒に怒ったり、笑ったり、妙な想い出を投げ込んだり、作品を引用したり、姿を消したり不意に現れたり、と坂本が巧みに調節しているのである。つくづく編集者とはあやしいものだ。

 『文学の器』はサロンの世界である。文学エリートの世界である。「わからんやつには死ぬまでわからない」という冷酷さがその場に漂っていればこそ、古井の「作家を殺すのはたやすい。引用で殺せばいいんです。一番苦しいところを引用する意地の悪い人がいるんだよねえ(笑)」みたいな発言が本当に生きてくる。次のようなコメントも、特有のくつろぎの中でしか言えないことではないだろうか。

言葉の推敲と人は気安く言うけれど、本当は人の背後に審判(ジャッジ)がいないと推敲は恣意になるんです。あるいは、他者と本当に他人との関係というか、打算や計算のような関係で決まる。だけど、推敲に人が夢中になるのは、どこかに人間を超えるジャッジがいるからだと思う。それで、文章が成り立っているわけですよ。小島さんがそのジャッジを無限の遠くに遠ざけたのに、本当に作家としてよく書けたと思う。

「研究」の言葉には乗らないし、「批評」にするのも難しい。そういうすれすれの言葉を拾っていくのはまさに古井の得意とするところだが、それも、信頼に値する聞き手がいてはじめて可能になる離れ業だ。

 本書を読んでひとつだけ心配になるのは、世代間の隔絶である。作家たちが「昭和」という設定だから、ある程度は仕方ないのかもしれないが、ゲストたちの年齢層がかなり高い。柳美里(1968年生)、中島一夫(1968年生)、角田光代(1967年生)が最若。もちろん福田和也は弱冠(?)四十数歳で八面六臂の大活躍だが、それにしてもこれが「サロン」に参加できる年齢層の下限なのだろうか? 現在の40代半ば以下は、筆者を含め、批評理論がごくふつうに流通した世代で、それだけに文学を語るための言葉を、自分なりに苦労して探すという経験をしないですんでもきたのである。翻訳批評用語の醜さやトンチンカンさに何の違和感も感じないそういう世代の人々が、この「サロン」での会話に反発するはおろか、そもそも反応すらしないのだとしたら、ちょっと薄ら寒いなあ、と思ってしまう。今こそ、あやしい編集者の出番なのである。


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2009年08月08日

『牛を屠る』佐川光晴(解放出版社)

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「小説家が小説を書かない」

 なかなか果敢な実験、というのが最初の印象だった。というのも、そこで行われているのが「いかに小説家が、小説を書かないか」という試みであるように読めたからだ。

 もともと佐川は、牛の解体作業を描いたデビュー作「生活の設計」のイメージがたいへん強い。佐川が屠殺場を舞台とした小説を書いたのは実はこの一度だけなのだが、筆者なども、何となくこの作家が頻繁に屠殺の風景を描いているかのように錯覚していた。

 佐川自身にとってもこの「生活の設計」が重要な作品だったことはまちがいない。しかし、それだけに佐川は、自分が十年間働いた屠殺場の業務について書くことに、これまで禁欲的であった。西村賢太のような作家が、ほぼ同じ題材を扱うことで、その世界を変貌させ洗練させるのに対し、佐川は文体といい、語りの方法といい、題材といい、毎回たいへん慎重に書き分けている。屠殺小説も一回限りだった。

 本書は著者がいわばその禁をやぶって、ふたたび大宮と畜場での解体作業について書いたものである。「これから世の中に出てゆく若い人たちに向けて」その労働の体験を書いたものであり、フィクションではない。作業の様子は細かく描写され、作業場での人間関係にもかなりの説明が費やされる。言うまでもなく屠殺という職業は、長らく部落差別と結びつけられてきた。単なる労働体験の記録ではすまないのははじめからわかっている。それだけに、「小説」となってしまいやすい素材でもある。

 しかし、佐川は『牛を屠る』を小説にしたくはないのだ。そのプロセスを見ていると、なぜ、彼が小説の書き分けにこだわるのか、ということが多少なりとも見えてくるような気がする。本書がどう「小説ではない」かは、たとえば次のような箇所を読めばわかるだろう。

 タイカン[種付け用の牡豚と出産用の牝豚]は一発では悶絶しないので、長谷さんが何度もスタンガンをこめかみに押しつける。そのたびにうめき声を上げて、ようやく倒れると、竹内さんが喉を刺して絶命させるが、太い前脚が邪魔になって胸が割れない。そこで私がベルトコンベアの上に登り、両腕で右の前脚を持ち上げる。目の前でナイフが豚の胸に突き立てられて、裂かれた心臓から血液が溢れ出す。
牝豚のときには、腹に入っていた子豚がこぼれ出すこともあって、赤裸の生き物が息絶えていくさまに、せめて産ませてから連れて来るべきではないかと憤ったりもした。

 たいへん凄惨な場面であることは間違いない。センセーショナルともいえるし、強烈で、思わず息を呑む描写だ。まさに小説家ならではの巧みな筆致。しかし、佐川は本書に頻出するこうした描写を、注意深くコントロールしている。

 たとえばそこでは、「ムード」のようなものが差し引かれている。小説の場面であれば伴うのであろう、語り手や人物の感情の横溢のようなものは抑えられているし、戦慄が物語展開の方向を示唆することもない。小説特有の複雑にぶつかり合うニュアンスや心の声のようなものも聞かれない。

 そして何より印象的なのは、この凄惨な場面が実に論理的に描かれているということだ。タイカンを解体していく作業の様子は、「一発では悶絶しないので」、「…太い前脚が邪魔になって胸が割れない。そこで私がベルトコンベアに登り…」といったように、きわめてドライに、その手順の合理性を解き明かす形で描かれている。この論理的な因果関係の明瞭さこそが、「小説ではない」と思わせる最大の要因だろう。

 そういう意味では、引用部の最後にある「牝豚のときには、腹に入っていた子豚がこぼれ出すこともあって、赤裸の生き物が息絶えていくさまに、せめて産ませてから連れて来るべきではないかと憤ったりもした」という一節も、「小説ではない」箇所の典型だと言える。「憤ったりもした」とは一見、感情的な語りだが、その「感情」は実に論理的に構築されたものである。未熟のまま放り出された赤裸の子豚のいたいけな姿そのものの悲痛さよりも、産まれるべきものが産まれていないことが許せないのである。産まれるべきものが産まれたあとで母豚を殺すならば、まだ問題はない。つまり、この憤りはやり方が「筋」から外れていることからくるのだ。きわめて理路整然とした憤りだと言ってもいい。説明可能な怒りなのである。

 おそらく多くの人にとって小説とは、「説明可能でない感情」を書いたり読んだりするための、言葉の避難所のようなものだろう。もし合理的な言葉ですべてが説明され、それで納得でき、それで解決がつくなら、小説という野蛮で、いい加減で、ゆがんだ言葉の世界は不要なのだ。しかし、佐川光晴という作家は、小説の言葉と「小説ではない」言葉の間でたえず揺れているように思える。たえず揺れることに堪えることで作家となった人なのではないか。小説の言葉は佐川にとって安住の地ではない。寝返りを打つようにして、いろいろ居場所をさぐる必要があるのではないか。『牛を屠る』を最後まで読んでつくづく思うのは、このように理路整然と自分の人生を語れる人が、よくぞ小説を書いたものだ、ということである。小説と小説の間で寝返るだけではなく、小説と「小説ではないもの」との間でも寝返る必要があるのはそのためだろう。

 だからこそかもしれないが、本書でも、ときに文章が「小説寸前」にまでなるところがないではない。とくにナイフの使い方をめぐる描写には、この作家の「腕」がおのずとあらわれる。

 

…どれほど切れるナイフでも、牛一頭を剥けば切れ味は落ちる。そのたびにヤスリをかけて、新たに切れ味を生み出してやらなければならない。目は邪魔なので、そっぽを向き、ナイフを握る右手と、ヤスリを持つ左手から伝わる感触に向けて全身を開く。
 牛の皮を剥いているのは私であり、ナイフの切れ味の全てを感じ取ってはいるが、事実として牛と接しているのはナイフであって、私ではない。ナイフと一体化するのではなく、決して埋めきれないかすかな隔絶感を意識しながら、私は牛の皮を剥き続けた。

手先が不器用なせいか、筆者は折り紙の教本だの、料理のつくり方だの、靴箱の組み立て説明書だのといったものがうまく理解できたためしがない。本書でせっかく開陳されるナイフ使いの技術についても、合理的に説明されればされるほど、何だかよくわからなくなってしまうのだが、「ナイフと一体化」のような書かれ方をすると、わかったような気になるところが嬉しい。それこそ、著者自身が解体の合理性からちょっと離れて、ナイフの快楽に淫している刹那なのだろう。

 牛や豚の「熱さ」が語られるところも印象に残る。

「死」には「冷たい」というイメージが付きまとう。しかし牛も豚もどこまでも熱い生き物である。ことに屠殺されていく牛と豚は、生きているときの温かさとは桁違いの「熱さ」を放出する。(中略)  喉を裂いたときに流れ出る血液は火傷をするのではないかと思わせるほど熱い。真冬でも、十頭も牛を吊せば、放出される熱で作業所は温まってくる。切り取られ、床に放り投げられたオッパイからは、いつまでたっても温かい乳がにじみ出る。

我々にとってたいへん身近でありながら、巧みに隠蔽されている「屠殺」という作業について、社会とのそのほんとうの関係を明晰な言葉で説明する、それが本書の眼目と言っていいだろう。しかし、解体される牛や豚の「熱」についてこうして語る著者の姿には、少し身を乗り出すような、暗い興奮が垣間見えなくもない。薄いのに情報のぎっしり詰まった本書だが、そうして漏れ出る部分にまでこちらの目を誘うような、関節のやわらかさがあるのだ。読みやめることの難しい本である。
 



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