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2009年05月24日

『この風にトライ』上岡伸雄(集英社)

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「実利を求めて」

 球技としてそれほど根づいていないわりに、なぜか熱血ドラマとなると定番。日本のラグビーは、学校系スポーツの中でもちょっと変わった位置を占めてきた。おそらく競技としての注目度が高いのは大学レベルだが、高校までは格闘技や陸上の選手だった人が大学に入ってラグビーに転向などというパタンも相変わらずあるようで、英才教育や専門化の進んでいる野球やサッカーとはやや事情が違う。どこか手作りというか、文字通り、泥臭さがつきまとう。

 そんな中で上岡伸雄の『この風にトライ』は、タイトルにはひねりがないし、有名な熱血ラグビードラマが参考文献にあがったりしていて、これは手の込んだパロディなのではないか?とつい身構えたくもなるのだが、必ずしもそうではないようだ。

 かつて名ラグビー選手として活躍した巨漢の通称アッシーは、小学校の国語の先生。得意技は宮澤賢治の音読で、まわりくどい理屈よりも、まずは脳と身体の一体化をめざすという。このアッシーが、受験を前にしてぴりぴりしつつあるクラスで発生する陰湿ないぢめなどの問題を、ラグビー教育を通して一気に解決していくという筋書きである。そこに語り手の父親の単身赴任問題がからんだりして、まとまりのいい物語に仕上がっている。

 そういえば、こういう小説を読むのは久しぶりだなあ、と筆者は思った。この雑音のなさ。この真っ直ぐさ。真っ直ぐといっても、語り手の少年が真っ直ぐであるとか、熱血ラグビー先生が真っ直ぐとかそういうことではない(いや、彼らが真っ直ぐであるのは間違いはないのだが…)。真っ直ぐというのは、ラグビーの普及とか、いぢめの廃絶といったテーマと、小説の言葉との関わり合いがたいへん「そのまま」というか、照れも衒いもないということである。

 果たして日本文学の歴史の中で、本格的な「ハウツー小説の時代」が隆盛を迎えた時代というのはあったのだろうか。何回か前に村山由佳の『ダブル・ファンタジー』を〈性の作法書〉として取り上げたときにも触れたが、英国などヨーロッパでは出版が文化として定着したとき、その圧倒的中心にあったのは「やり方」を教えてくれる本だった。お辞儀の仕方。挨拶の仕方。手紙の書き方。結婚相手の選び方。誘惑されたときの退け方。家庭料理のつくり方。家族が病気になったときの看病の仕方…。その延長上に、ジェイン・オースティンみたいに「結婚の方法」ばかりを題材に作品を書く小説家が現れた。イギリス小説の起源のひとつが、子女教育のための喩え話だった、などと言われるのもそのためだ。

 もちろん『この風にトライ』は必ずしもラグビーの「やり方」に特化した小説ではない。さりげなく「ループ」などという高度なテクニックが紹介されたりするが(小学生のタッチラグビーなのに!)、ラグビーの方法や技術よりは「ラグビーを好きになりましょうね」といった作家の意思の方が露出している。でも、これまた、「やり方」のひとつではないだろうか。この小説の最大の鍵となるのは、「触れる」という行為なのだが、そういう意味でも本書が目指すのは、ラグビーに触れ、その世界に足を踏み入れるための、イントロダクションのような役割である。

 つまり、ほとんどフィクションを読んでいる気がしないのである。フィクションというよりは、何だか現物を取引している実感がある。よく小説について言われる「生々しい」とか「リアリティがある」といった褒め言葉ともこれはちょっと違う。そのまま、なのである。現金なほど、そのままなのである。だから、かえって小説としての不自然さがあっても、それほど気にならない。

 齋藤美奈子の書評に見られたように、本書は批評家の間では必ずしも高い得点は稼がないのかもしれない。しかし、文学が読まれない、と文句ばかり言う人が多い時代にあって、こういう作品は着々と書かれ、着々と読まれていく。こういうふうにして、とにかく「実利」をしっかりと念頭に置きながらエピソードを語ることが、たとえストーリーが紋切り型に陥りがちだとしても、人々が物語とかかわる、その原型となってきたのは間違いない。日本文学の歴史の中でも、何もプロレタリア文学などということを言わなくても、そういう機運はつねにあったし今もある。

 日本語で「物語」というとき、そこには「型にはまった展開」という含みがある。九回裏の逆転ホームランが「劇的」なのは、まさにそれが型どおりの「劇」を演じているからだろう。野球にも、サッカーにも、バレーにも、テニスにも、そうした「劇」の素因はあるはずで、ラグビーにももちろんそれがある。サッカーから分化して二百年にもならないラグビーは、その試合風景はまさに縄文人による球の奪い合いさながらで、野蛮かつ原始的に見えるのだが、実際には審判による巧みなコントロールによってこそ試合の「旨味」や「劇」が作り出されている。審判を中心に、双方のチームの共同作業によって、好ゲームが演出されるのである。他の球技に比べると、パフォーマンス的、劇場的な側面はずっと強い。そういうラグビーの人工性と、この小説や、あるいはラグビーを題材としてこれまで書かれてきた熱血モノにある約束事らしさとは合い通ずるものではないだろうか。背後にある「実」を意識しながらの対決であり、フィクションなのである。それを爛熟した文化の顕れとみるか、それとも、制度の未発達とみるか。いずれにしても、隠し球なんていう油断もすきもないことが、プロのレベルで本気で行われる野球とは大違いだ。

 著者はデ・リーロなどの翻訳で知られる英米文学者。訳文には定評がある。学者が書く小説だからこういう傾向なのかどうか、筆者には判断つかないが、案外、文学の行く末を占うには格好の素材かもしれない。


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2009年05月08日

『人を惚れさせる男 吉行淳之介伝』佐藤嘉尚(新潮社)

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「一本松の便意」

 帯を見て、ちょっとびっくりした。吉行淳之介の伝記は、これが「初」だという。吉行について語った本がなかったわけではない。母の吉行あぐりや妹で女優の吉行和子も出しているし、作家と関係のあった女たち――宮城まり子、吉行文枝、高山勝美、大塚英子――も。吉行が亡くなってそう年月が経っているわけではないから、伝記がないのはそれほど驚くべきことではなく、むしろこれだけ本が出ている方が珍しい。でも、本があるのに「伝記」とは銘打たれてこなかった。

 どうも吉行淳之介という作家は、伝記よりも「あたしのあの人」というタイプの本を書かせてしまう人だったようだ。吉行の弟子を自任する男性著書による本書も、タイトルに表れているように「オレのあの人」的な作家への愛にあふれており、微笑ましいほどである。秘密にしなければならないことについてはしらばっくれ、応援するところは徹底的に応援する。そんな書き方である。とくに吉行が最後まで籍を抜くことができなかった文枝との関係については、急に視点が変わったり、「ここからはフィクションということでよろしく」みたいな口上が入ったり、かと思うと、やけによそよそしく寡黙になって、かえって気を遣っているのかとも見える。

 しかし、「初の伝記」と銘打つだけの覚悟は随所に見える。冒頭から前半までの生い立ちの記述は、二次資料の利用も多いとはいえ、戦前の地方名家を取り巻く独特の雰囲気をしっかりと拾っていて、ちょっとした大河ドラマをのぞいた気分になる。超人気デカダン作家だった父エイスケの放蕩や、母あぐりの美容院ビジネスの成功、戦中戦後の混乱期の様子などは、そのまま日本の社会史と重なるし、エイスケが川端康成に「オレの女に手を出すな」と手紙で忠告されるあたりは文学史そのものだろう。

 著者の佐藤はこうした貴重なエピソードをシンプルな筆致で連ねつつも、ときに拍子抜けするほどの朗らかさで、「そういえば吉行はこんなこと言ってた」的な回想をひょっと挿入したりもする。大河ドラマを見渡しつつも、もうひとつの目で見ているものがある。編集者である佐藤が生々しく体験した、義理堅くまじめな仕事人としての、そして酒にはめっぽう強いけど病気がちで、貧乏つづきだったわりに金には鷹揚だった生活人としての吉行。私小説を連想させるスタイルも手伝って、吉行淳之介というとどうしても女性がらみの事件が想像されがちだが、性については意外に奥手で自慰体験も遅かった。女性との初行為も決して勇ましい武勇伝ではない。よく言われる娼婦通いにしても、ほんとうに頻繁だったのは二十代後半のほんの一、二年、結核で長期入院するまでのことだったという。

 多くの伝記と同じく本書でも、大河ドラマとしてはじまったストーリーが、こうして次第に人物の個性に照準を合わせるあたりから伝記としてのほんとうの個性を発揮する。何しろ吉行淳之介である。昭和の作家でこれほど文学臭がぷんぷんと漂う人もめずらしい。筆者は学生の頃、文学愛好者集団のようなところに出入りしていたのだが、そこでは「一枚上手」な感じを漂わせる人はたいがい吉行ファンだった。吉行的デカダンの匂いが強烈に漂うのである。文学とは人生だ、的な構え。文学とはどこか暗く、病いに満ち、恋愛的で、フランス的で、さらには喫煙的、飲酒的、かつ麻雀的。文学者がジョギングしたり、テニスしたり、スパゲティ茹でたりなんてありえないのである。吉行淳之介は明らかにウイルスめいた感染力のある作家だった。いつも一枚下手だった筆者には、そんなあまりに文学的な作家が、遠い存在に感じられることもあった。

 しかし、『人を惚れさせる男』というちょっとひねったタイトルの本の著者は、吉行の弟子のわりにはおよそ吉行的ではないらしい。肥満型の体型。60過ぎて狭心症になるまで、身体の失調といっても便秘ぐらい。腸チフスから気管支喘息、結核、そして最期は肝臓癌と次々に重病をわずらって、つねに自分の生理と向き合わざるを得なかった繊細な吉行とは似ても似つかない。

 だからこそ、いいのだ。どうやら佐藤嘉尚という人は、吉行病に対し一定の免疫があるらしい。編集業に見切りをつけ、房総半島でペンションをやったりする人である。吉行とともに吉行的世界につりこまれてしまう書き手であったら、おそらく女性関係にともなう情念のもつれなどを、小説作品ばりの文章で書ききらずにはおられなかったであろう。しかし、それでは吉行淳之介の再生産にすぎない。

 この本、文学者を扱った伝記のわりには作品への言及が少ない。いや、言及はあるが、文学伝記にありがちな、作品解釈と伝記記述とをなし崩し的にブレンドするような、悪い意味での文学趣味がほとんどない。著者は明らかに吉行という文学臭ぷんぷんの作家の、ちょっと外側に立とうとしている。ちょっと明るい場所で、ちょっと健康な視点からこの作家をいとおしんでいる。

 とくに印象的だったのは、次のような描写である。同じ「生理」の記述でも、文学的すぎないのだ。時は昭和二十年。市ヶ谷の家を空襲で失った吉行は、郊外の下宿から本郷の帝大に通っていた。

 郊外の駅を降りて下宿まで、歩いて三十分ほどかかった。その途中で便意を催し、こらえきれなくなって空地に潜り込み、大きな一本松の根本で野糞をしたことがある。その翌日から、帰り道にその一本松が視野に入ると、条件反射的に便意を催すようになった。
 淳之介は、自分自身の姿をいつも客観的に見ているタチなので、しゃがみこんでいる自分の姿勢に耐えがたい屈辱を覚え、それを知っている一本松を憎悪した。下宿の窓から遠くに見える一本松が、自尊心を傷つけた。目ざわりで仕方がなかった。

そしてある日、吉行は酔ったいきおいで、ノコギリを持って一本松のところに行き、それを切り倒そうとした。ところがあまりに幹が太くて文字通り歯が立たなかったという。

 この話は、これで終わるわけではない。戦況が悪化する中、この年の八月十一日、吉行は情報通の友人から、翌日アメリカ軍が東京に新型爆弾を落とすらしいという噂を伝え聞く。今からでは電車の切符は間に合わない。歩いて逃げるか。しかし、すでに文枝と付き合っていた吉行はそこで逡巡する。彼女を置いていくわけにはいかない。といって、電話はないし、彼女を連れ出すには都心の実家まで訪ねていかねばならない。そこには高慢な貿易商の父親がいる。顔を見るのも嫌だ。

郊外で電車を降り、歩きながら、淳之介はまだ迷っていた。
 夕焼けどきで、空にはさまざまな色調に染まった雲が重なっていた。
 例の一本松が見えたとたん、烈しい便意が襲った。こらえ切れず、一本松の根本にしゃがみ込んだ。屈辱的な姿勢をとっている淳之介の目の前の木の幹に、かつて自分が付けたノコギリの痕があった。それを見ているうちに、ふーっと虚脱した。もうどうなったっていいや、早く下宿に帰って畳の上に寝そべりたい。
 重い疲労感に包まれた。
 莫大なエネルギーをつかって東京を離れようとする気持ちは、すっかりなくなっていた。

本書の中でももっとも「文学的」な一節のひとつだろう。それを文学臭をただよわせずにやっているところがいい。

 こうしたエピソードと吉行の「性」とは、おそらく地続きである。生理的な事実と格闘しながら、そこに精神的なものを読み取ったり、あるいは精神的なものを生理的なものへと引き寄せたり。本書でも引用されている話だが、吉行は書くという行為を、生理的な化学変化のようなものに喩えている。

「ひとつの心象風景があるとするな、うん、自分の心の中に、だよ。朦朧として蒸気みたいなそいつを、長い時間かけて、じわじわ圧縮してゆくと、液体に変わってくる。どうしてといって、君、空気に大きな圧力をかけると、液体になるというじゃないか。その液体をだね、ペンの先にしたたらせて、原稿用紙に書きつけるのだよ」(「私の文学放浪」)

本書の後半でこうした引用に出くわす頃には、読者はすっかり吉行の生理には馴染んでいる。うんうん、ごもっともという気分である。排便と情交と執筆を重ねるなどもってのほかという人もいるかもしれないが、この本にはそういう気配がある。そうなのだ。ということは、冒頭で紹介される佐藤氏の便秘のエピソードには、大いに意味があったということなのである。


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