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2008年12月17日

『白暗淵』古井由吉(講談社)

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「古井由吉を読んでみよう」

 古井由吉と言えば、かつての文学的青年にとっては神様のような存在であった。「杳子」、「妻隠」、「円陣を組む女たち」といった初期の傑作短篇にしてすでに、一行々々筆写しながら嘗めるように読みたくなるほどの香しさと、力強いリズムと、知的鋭敏さと、さらには物語的な誘惑感とに満ちていた。日本語散文のひとつの究極がそこにはあった。

 筆者も二十代には、「古井由吉の小説なら、すべて読んでる」と宣言できる時期があった。(瞬間的に、だが) 筆者がはじめて書いた、今では恥ずかしくて読み直すこともできない批評めいた作文も、古井作品を何とか組み伏せようとする努力の跡だった。

 しかし、今の文学的青年にとっては、どうやら古井氏の作品は「じじむさい」らしい。何と嘆かわしいことか・・・。「文学」の概念が決定的に変わってしまったのだ。

 古井氏が神様だった時代。
 それは散文で書くことが、「おとな」を目指すことを意味した時代だった。「おとな」の文章とは、すべてを知り、悟り、先回りし、場合によっては生を超脱して、死の世界にさえ踏みこむもの。小説であるということは、知的にも情的にも読者の一歩先を行き、「とても追いつけない」という憧れと嘆息とを誘発したものだった。

 だから、古井氏の作品にはどこか長男的というのか、つねに人より重い荷物を背負っているような重圧が感じられ、また、人より先んじて知り、先んじて諭すような渋面もあった。

 今でもほんとうにすぐれた小説は、「とても追いつけない」という感想を呼び起こすものだろう。でも、その意味はちがう。それがよくあらわれるのは「狂気」の扱いである。西村賢太にも、川上未映子にも(あるいは小島信夫にも)狂気はほの見えるが、その狂気は若々しく、まばゆく、どこか楽しげでさえあって、とにかくフレッシュなのだ。悟ることよりも、驚き、間違え、ジャンプしたり衝突したりする狂気とでも言ったらいいだろうか。

 対して古井作品の狂気は、今の人には変に聞こえるかもしれないが、研ぎ澄まされた「知」であり「智」。そこには老いや滅びの匂いがつきまとい、にもかかわらず、どこかに知恵が芽生えてもいる。古井的狂気は、カーンと出会い頭でぶつかるようなものではなく、饐えたような発酵臭の漂う、いわば成熟と紙一重の、大往生の愉悦につながるものだった。

 その後の古井氏は、むしろ「神様」であることをやめるために書いてきたようにも見える。ある時期からの古井作品は(90年代?)、ことさら「どっこいしょ」というような力感を前面に押し出すようになってきて、それが「私はふつうのひとですよ」というような囁きに、筆者には聞こえた。

 先を行くことよりも、等身大であること。
 古井氏の文章にもともとあった「寝技系」というのか、特有の粘着質はその後いよいよ洗練されてきた。昨年出版された『白暗淵』におさめられた「雨宿り」という短編から印象的な一節を引いてみよう。季節は梅雨。主人公の笹山は、病院に知人の見舞いに行った帰りに通り雨に遭う。相当な大降り。老人が雨宿りしているのが目に入り、つられるようにしてその軒下に身を寄せる。(読むときの注意だが、「誰が」「何を」の関係が途中からわからなくなってきても、かまわず定速度で最後まで一気に読んでみてほしい。)

隣に立つ老人はそこまでの年とは見うけられなかった。老齢の臭いも伝わって来ない。それではほかならぬ自分の身の内にいまだに染みついて抜けきらぬ病室の、病衰の臭いが、雨に打たれた後で生温く火照る肌から発散していたのを、嗅ぐまいとしていたか、と疑ううちに、背後にあった何かの気配がふっと落ちて、その静まりの妙な濃さから、いましがたまで窓の内で男女が交わっていたらしいことに後(おく)れて勘づいた。女の息がいま一度洩れて軒下にふくらんだ。老人を見れば、雨脚に目をあずけたきり、身じろぎもしない。背が張りつめていた。笹山も軒下に駆けこんで濡れた首を拭ってからは、足を踏み替えもせずにいた。老人の無言のうちの戒めに縛られていたようにも感じられた。軒先の滴の跳ね返りを避けて二人とも窓に背を寄せている。窓の磨硝子は夕立の冷気に触れて、内と外から露を結んで濡れ、軒下に立つ人の影を透かせているはずだ。稲妻の光る時には姿形まで浮き立たせる。女は窓へ目をやらなかっただろうか。
 ここまでがいわば助走である。主語が次第に曖昧になり、雨宿りとか梅雨とか見知らぬ老人といった設定とあいまって、雨にけぶるような湿気に満ちた雰囲気の中を、近代以前に文章が逆行しているような印象がある。句読点こそあるものの、句読点が輸入される前の日本語の、呼吸の加減だけで連なっていくような怪しい持続感が持ち味である。  そうして、段落のいわば「オチ」がやってくる。
それにしても閉めきった窓から男女の交わりの臭いが軒下まで伝わるはずもなく、背中に感じた気配に身の内から誘い出された嗅覚だったのだろうが、どうして穢れた魚の後味だったのか、どうして鳥の鳴き出す間際の空虚の緊迫だったのか、とつい物を問う目を向けると、老人はゆっくりと、深く眉をひそめた。

 ながながと引用したが、ここまでくると、ぐいっとひねられて着地する感じがあるだろう。かつての古井氏はこうした「ひねり」をまばゆいばかりの知的聡明さとともおこなっていたが、このような箇所ではことさらそうしたまばゆさをかき消そうとしているとも見える。音をこもらせるようにして、沈黙すれすれのレベルで語るのである。

 前半の「老人の無言のうちの戒めに縛られていたようにも感じられた」という箇所にしても、最後の「老人はゆっくりと、深く眉をひそめた」といったあたりにしても、文章に肉感が露出している。まさに「どっこいしょ」。見ること、知ることよりも、そういう身体の感覚を際立たせることに眼目がありそうだ。

 古井作品の主要モチーフは、葬儀、病気、迷走、執着、分身・・・ほとんどエドガー・アラン・ポウ的ゴシック小説の意匠を思わせるのだが、じっさいにはぜんぜんゴシック小説という感じはしない。おそらくそれは、日本のものも含めてゴシック的な世界を成り立たせるのが、古井氏の作品に一貫してある「おとな」のベクトルとは正反対の何かだからだろう。

 今や「おとな」の小説を書くのは少数派。たしかに「おとな」になってしまったら、なかなか物語は語れない。しかし、そんなこととは別の衝動で語られる小説があるということを、古井由吉という存在は証明しつづけているのではないだろうか。


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2008年12月02日

『Joan Miro Painting and Anti-Painting / 1927-1937』Anne Umland(Museum of Modern Art)

Joan Miro  Painting and Anti-Painting / 1927-1937 →bookwebで購入

「背中で見る」

(ミロの作品については、展覧会のウェブサイトもご参照くださいhttp://media.moma.org/subsites/2008/miro/)

 絵にも第一印象というものがある。多くの人にとってミロの作品は、何よりもまず、その強烈な「何気なさ」が印象的だろう。ふわっと、暖簾のように舞い、捕まえようとすると向こう側に突き抜けてしまいそうなくらい、やわらかい。見れば見るほど、どこを見ていいのかわからなくなって呆然とする。騙されたような気分。

 もちろん、それは楽しい体験で、「へのへのもへじ」とも、「へにゃらもにゃら」とも、あるいは「鼻毛三本」とも呼べそうな、何とも気の抜けるような物体たちは、その曲がり具合といい、色調の素直さといい、くすぐったいような心地良さに満ちている。真正面から睨みつけても、ぬるっとこちらの視線をかいくぐる。そんなふうに翻弄されるだけで、まるで眼球に上質のマッサージを施されたような気持ちになるから不思議だ。

 しかし、そんな印象の向こう側には、実は秩序がある。どこをどう動かしてもいけないような精妙な釣り合い。その構成美。いかにも好青年風なミロの「何気なさ」も、そんな冷静な計算から生まれている。

 ミロの展覧会といえば、もちろん第一には楽しげで気まぐれな「さ迷い感」が期待されるだろう。でも、折角まとめて観るなら、どこかでロジックというか、根本の統一感をとらえて、ああ、そうだったか、と納得してもみたい。今回、ニューヨークの近代美術館(The Museum of Modern Art)で始まった特別展は、そうした狙いが前面に出たもので、1927年から37年というミロの生涯の中でもごく限られた時期をとりあげ、「アンチ絵画」というテーマを立てて、画家にとってのひとつの到達点を政治状況とのからみを含めてわかりやすく示している。

 1937年という年号から想起されるのは、何よりもスペイン内戦(1936~39年)。共和派だったミロも1937年にはパリに逃れることを決意する。27年頃の作品にあった、絵画というジャンルから軽々と飛び立っていこうとするような自由奔放な実験性が、最後の4~5ギャラリーの展示に至ると(1933~37)、次第に葛藤の芯のようなものを、さらには政治性を意識させるようになる、というのが企画者のいわば「議論」である。

 たしかに"Pastels on Flocked Paper/ 1934"のシリーズなどは、ピカソかと見まごうほどの求心性を持っていて、いつもの「暖簾に腕押しスタイル」とはちがって、何かを何とかしようとしているのかな?と思わせる。

 でも、ミロのおもしろさはピカソのような言葉の過剰とは逆の希薄さ、つまり、何となく言葉の足りない感じがつきまとうところでもある。たとえ"Pastels on Flocked Paper"のシリーズで、強烈な焦点の中心が現れ出たりしても、ミロは同時にそこから何かを差し引く術をこころえている。ピカソのように全部自分で言ってしまう、という画家ではないのだ。

 今回の特別展で何よりも「ああ、そうだったか」と知的な喜びを与えてくれるのは、"Paintings Based on Collage/ 1933"のシリーズだろう。(是非、ウエブサイトで確認してもらいたい。)この部屋に集められた油彩はこの画家のいわば看板作品群で、そのしっとりとやさしい幻想的な色調といい、線と面とが自由に交錯する不思議な物体感といい、いずれもミロのトレードマークとなってきた作風を示している。

 しかし、そんな画家の着想とバランスの「天才性」に打たれていると――そしてそれを取り消す必要は全くないのだが――そうした油彩の元となったのが、掃除機や手袋やおもちゃのピストルなどのイメージのコラージュであることを知らされる。ミロはこうした日常的で具体的な事物の像をカタログや雑誌から切りぬいてコラージュを構成したうえで日付を書き込み、コラージュを元に作成した油彩を完成させた日付をもそのわきに記録していた。画家にとっては、コラージュと油彩とは深いつながりを持っていたのである。

 これを単なる「種明かし」ととらえる必要はない。むしろ、コラージュから、あの豊かな油彩の表現世界へとさ迷い出していくことの方がよほどたいしたこと。どうしてこんなことできるの?というさらなるクエスチョンマークが浮かんでくる。

 コラージュに発想の原点を求めるのは同時代のシュールレアリストやキュービストにも通じる傾向である。もっと後のロバート・ラウシェンバーグ以降の抽象表現派×ポップアートの系譜にもそれはつながっていく。そんな中でミロがとりわけ際だっているのは、「地」の生かし方ではないかと思う。

 今回の特別展でも繰り返し強調されているように、ミロは素材との戯れを得意としていた。とくに"Small Paintings on Masonite and Copper/ 1935-1936"や"Paintings on Masonite/ 1936"のシリーズは圧巻で、住宅建設用の素材メーソナイト(発明した人が「メーソンさん」だったとのこと)や銅を実にたくみにミロ流の世界に取りこんでいる様がよくわかる。素材が色をはじいたり、あるいは吸収したりする、そのコンディションに抵抗するとこなく、むしろそうしたいちいちのやり取りを際だたせるかのように、「さあ、どうぞ」とばかりに門を開いている感じがする。組み伏せるのではなく、受け入れ、待つ。

 ミロの絵とは、どこかから聞こえてくる音に聞き耳を立て、どこかから漂ってくる香りを鼻で嗅ぎ取ってみせるようなものなのだ。特別展のキャッチフレーズである"Anti-Painting"はやや乱暴なほど単純に聞こえるかもしれないが(だって、近代の絵画はずっと「アンチ絵画」だったから)、たしかにミロは、目で見るという行為を、手や耳や鼻で行っている。素材のざらつきを感じ、イメージを引っ張ったり、切りぬいたり、遠くからのこだまにぼんやりと耳を傾けたり・・・という行為が、目の中で行われているのだ。

 地を際だたせるのは決して当たり前のことでもなければ、やさしいことでもない。それは言わば背中で思考するようなもので、目で見ることを手や耳や鼻で行うというちょっとひねった設定も、そのあたりの心地よい拘束感に由来するだろう。あえてやらないこと。黙っていること。書いて/描いてしまわないこと。語らないこと。

 ミロのコラージュにあるのは衝突や否定ではなく、あくまで浮遊である。それは肯定ですらなく、あ、いつの間に、という「察知」のようなものに近いのかなあと思う。それは一歩退くことによってこそ実現される、横目による「知」なのであり、画家本人にしたって網をかけるようにして語るしかないものなのだろう。

*ウェブサイトについての制作者のコメントは以下の通り。
「本ウェブサイトは、訪問者が各自の興味によって『経験』できるウェブアプリケーションです。
計107に及ぶ作品を、年代、サイズ、シリーズ別に並べ替えることができます(実際の展覧会はシリーズ別)。クローズアップも可。13の主作品については、ビデオとオーディオガイドもあります。又、フィルター機能を使用すると、キーワードや材料別にカテゴライズすることも可能です。」
(Studio Kudos)




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