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2008年09月18日

『Giorgio Morandi 1890-1964: Nothing Is More Abstract Than Reality』Renato Miracco(Skira)

Giorgio Morandi 1890-1964: Nothing Is More Abstract Than Reality →bookwebで購入

「具象なのに抽象」

(また抽象です。)
 16日からニューヨーク・メトロポリタン美術館でジョルジョ・モランディ展がはじまった(12月14日まで)。モランディがすごいのか、特別展がすごいのかよくわからないが、作品を一同に集めることがこれほど大きな意味を持つ作家も珍しい。具象なのに限りなく抽象的、という不思議な画家である。

 1890年生まれ、1964年没のモランディはすでに生前から20世紀最大の画家のひとりとされていたが、美術館で他の作家のものとならべられると、まるきり地味で目立たない。なまじ「上手」とか「きれい」と誤解されてしまうところが、現代美術としては損である。前回とりあげたポロックの作品が、「醜悪」かと見まごうほどの強烈で破壊的なエゴのおかげで、どの美術館に置かれても「オレ、オレ、オレ、」と場を独占するような声高さを発散するのに対し、モランディの作品は「いやいや、私なんぞつまらんものですから」と引きこもりがちである。

 どうやら本人の人柄にもそういうところがあったらしい。3人の女兄弟とアパートを共有し、ごくたまにフィレンツェやローマに行く以外は、ほとんどボローニャを出ない。画家として確立した名声にもかかわらず、派手な交際もなし。わたしゃ、ただの美術の先生ですから、と謙遜し、インタビューも生前に二回受けたのみ。

 しかし、そういう中から「ほんとうに抽象的なのは、日常生活だ」というような感覚が生まれた。もともとモランディの作品は静物画中心。1910年代のモダニズム盛期には未来派に影響された時期もあったが、1940年代あたりから、後にモランディのトレードマークとして知られるようになる一連の作品が生まれてくる。つづけて見る価値があるのはそのあたりのものだ。

 たとえば 「静物」(1941)
 あるいは 「静物」(1949)
 あるいは 「静物」(1953)

こうした作品、まず目につくのは静謐さである。セザンヌの影響が大きかったことは画家本人が認めているが、尖った色を排除し、派手なコントラストや躍動感よりも、重なりずれるような渋い淡い色調でまとめた世界である。寡黙さと平安。秋の陽射しを連想する。

 と同時に、これもセザンヌと共通するのだが、モランディには形、それもかなりピュアな形への強い執着がある。目の前にあるのはごく日常的な瓶やコップやボトルに過ぎないのだが、モランディの目を通して私たちは、その向こうにある原型のようなもの、イデアのようなものを覗き見る。ふだんは見えないような、神々しくさえあるような何かが浮かび上がってくる。

 淡く、地味で、引きこもっているかと見えたモランディの寡黙さが、何とも言えない「まぶしさ」と二枚合わせになっているとわかるのはそういうときだ。モランディ作品のまぶしい不可視性は、薄い皮膜で覆われたような到達しがたさを感じさせ、これほどシンプルなのに、「まだ何か見ていないような気がする」とこちらに緊張を強いる。同じ静謐さでも、何でも許すような穏やかさや包容力にまとまるのではなく、むしろ、「しーーーっ」とぴりぴりしながら絶対的なものを探っている世界。

 一枚だけではわからない。モランディを見るとは、次また次と更新されていく「静物」に少しずつ慣らされてしまうことなのだ。そこでは幻惑されることと説得されることが、たいへん近い。私たちは何かを知るよりも、知ることを諦めるような境地に入っていく。見る者の、「なぜこうなのか?」という問いに対する答えは、2~7個くらいの物体がつくりあげる特有の空間リズムの中に確かにほの見えるのだが、それは確固とした揺るがない言葉として与えられるわけではなく、あくまで瞬間的なものとして提示され、すぐにまた流動的なプロセスに飲みこまれる。画家と画面との間に、あるいは私たちと画面との間に、絶えざる組み手の探り合いがある。

 それにしても、なぜ「形」なのだろう。あるいはなぜ「位置」なのか。心の居場所を探るのは誰にとっても難しいのだろうが、まるで心に形があるかのように錯覚する、という能力を私たちは持っている。モノがそこにあるのと同じようにして、心がそこにある。あるいはモノがそこにあるかのように、私たちはいる。「モノ扱いするな!」という苦情も一方にはあるが、モノと化すことによって救われるということだってありうる、ということなのかもしれない。

 今回のような特別展でとりわけはっきりするのは、ラベルを剥がし、限りなく原型に還元されたかと見える瓶やボトルを、執念深くアレンジしなおしては、驚くべき新境地に辿りついてみせるモランディの、ほとんど病的な持続力である。これほど同じような素材を使って、これほど毎回斬新であってみせるのは神業に近い。

 マーク・ロスコは、自分の作品を展示するときはひと部屋ぜんぶを使ってまとめて見せて欲しいと注文をつけたことで知られるが、モランディの「音」を聞くためにも、そういう特別なアレンジが必要な気がする。モランディ鑑賞には、モランディ・モードを用意したい。

 モランディの残した数少ない言葉の中から浮かぶのは、地味な生活者という自意識である。引きこもり、そぎ落とす。語らないことによってこそ語る、という姿勢ともつながる意識。ほんとにイタリア人かね?と言いたくなるが、むしろ、だからこそ、なのかもしれない。

 なお、メトロポリタン美術館のサイトでは、今回の特別展からの抜粋が見られる。


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2008年09月07日

『Action/Abstraction: Pollock, De Kooning, and American Art, 1940-1976 (Jewish Museum)』Norman L. Kleeblatt(Yale University Press)

Action/Abstraction: Pollock, De Kooning, and American Art, 1940-1976 (Jewish Museum) →bookwebで購入

「ユダヤは抽象する?」

 ニューヨーク五番街のユダヤ博物館で、抽象画の特別展が開かれている(Action/Abstraction: Pollock, de Kooning, and American Art, 1940-1976.  9月21日まで)。

 ニューヨークで抽象表現派というと、今さら、という感じがするかもしれない。ジャクソン・ポロックやウイリアム・デ=クーニング、マーク・ロスコといったこの一派を代表する画家達は長らくNew York Schoolと呼ばれ、ニューヨークという街と抽象表現派の精神とは切り離せないものと考えられてきた。近代美術館やメトロポリタン美術館など市内の大手の展示スペースでも、ニューヨーク派の作品には大きな場所が与えられ、象徴的な位置を占めている。富と権力の中心がヨーロッパからアメリカに移った20世紀初頭に、美術の中心もまたパリからニューヨークに移り、その過程が、印象派→抽象派→抽象表現派というスタイル変遷と重なって見える。

 しかし、果たしてそれだけか。
 なぜニューヨークなのか、という問いの有力な答えとなってきたものがもうひとつある。「ユダヤ」である。ユダヤ博物館という場所柄もあるが、今回の特別展にははっきり「なぜ、ユダヤ系が抽象を担ったのか?」というテーマがあった。とくに焦点をあてられるのが、抽象表現派の力強い後見人を自任してきたクレメント・グリーンバーグとハロルド・ローゼンバーグという二人の美術評論家である。彼らが批評家として作った流れを参照しながら、ニューヨーク発の抽象表現派を見直すという趣向が、この企画の大きな特徴である。

 キュービズムや抽象派以降の美術では、交通整理というか、「絵画の見方」のようなものを指南する道先案内人のようなものが必要だった。画家自身もあれこれと理屈を意識し、マニフェストを公にする。それをさらにわかりやすく腑分けする「先生」がやっぱり欲しい。(そのあたりは同時代の文学も同じ) 印象派以降の受容をめぐってニューヨークの近代美術館が道先案内人の役を担ったことはよく知られているが、50年代の抽象表現派についてはローゼンバーグや、とくにグリーンバーグの存在が圧倒的に大きかった。

 なぜ、抽象派はユダヤなのか?この問いに関してふたりが共通するのは、共同体との合一化をめぐって常に逡巡がある、というユダヤ系ならではの問題である。土地に根付いてしまわないこと。歴史の流れに自然と同化できないこと。共同体と自分を重ねることでアイデンティティを確信することのできないユダヤ系が、形あるレディメイドの遺物や風習に違和感を感じ「自分のためだけのスタイル」を模索せざる得ない、その境遇をひとつの極端な形で表現したのが、抽象表現派のラディカルな作風だった、というのである。

 しかし、実際にはふたりの判断は、しばしば対照的でもあった。ロジックと原理に重きを置くグリーンバーグがもっとも強力に推したのは、ジャクソン・ポロック。対して過程や、出遭いや、画家の暗部の表出に注目するローゼンバーグは、混沌の中から画面を浮揚させるデ・クーニングを評価する。
 
 もっと簡単に言い換えると、こういうことである。抽象表現派の作品群を、何でもいいからふたつに分けてみるとする。いろんなやり方があるかもしれないが、ひとつありそうなのは、「ばらけていく作品」と「絞っていく作品」という分け方である。たとえばポロックの有名な「収束」'convergence' (1952)のようなもの。 一見した「わけのわからなさ」や「めちゃくささ」が目につく作品なのだが、しばしその画面の動きにさらされていると、タイトルにも示されているように、そこに強力な原理があるのが感じられてくる。情念が一方向なのである。いや、一方向の感情だからこそ、それが「情念」と感じられるのかもしれない。求心的で、ほとんど禁欲的なほど「何か」を目指しているように見える。たとえばポロックのような暗さはないが、つねに揺るがぬ構成の際だつピカソのような画家でも、このような「絞っていく」求心性は目につく。

 これに対し、デ・クーニングの「阿呆村のニュース」'Gotham News' (1955)。 「阿呆村」と訳されるGothamはニューヨークの俗称でもある(自意識過剰な市民が好んで自分たちのことをcrazyと言いたがるのも、この街ならではかもしれない)。画面の何カ所かにデ・クーニングが絵の具を乾かすのに使った新聞紙の文字がうつっているが、「ニュース」とはこのことらしい。偶然を、画家が活用している。

 この作品も「わけのわからなさ」と「めちゃくささ」においてはポロックに引けを取らない。絵の具の過剰さ、重さも共通する。感情もたっぷり溢れている。でもポロックのように、どこかひとつの地点を目指している感じがしない。おそらく欲望の方向がひとつではないのだ。複数の中心が、奇跡的にバランスをとっている、という感じ、その絶妙さが、訴える。ポロックにもまた、「まさか」という奇跡らしさはあるのだが、それをひとつの意志が、あるいは力がやっているという風に感じさせる。デ・クーニングにあるのは、画面上でそういうことが起きてしまった、という感覚である。

 ところで今回の特別展で筆者にとってとりわけおもしろかったのは、ポロックの妻クラズナーの作品である。男尊女卑(?)で知られる抽象表現派の紅一点、大美術館ならたいていひとつくらいは置いているが、まとめて見る機会はあまりない。グリーンバーグとローゼンバーグはともに彼女の作品を正当に評価しなかったとされるが、妻としてポロックに献身的に尽くす傍ら、実はポロックの作風を批判的に継承した、という見方もされてきた画家である。

 代表作とされる「青と黒」'Blue and Black'(1951-53)のような作品には、ポロックとは対照的に「ばらけていく」傾向を持った作風が表れているのではなかろうか。 ポロックのように「自分、自分、」という感じがない分、クラズナーは実に軽やかにいろいろな実験を手がけるのだが、そこにはポロック的な激しさや重さをそれなりに受け継ぎつつ、それをぱらぱらぱらっと処理してしまう柔軟性がある。

 美しいスタイルにめぐまれたクラズナーは、若い頃はモデルとしても活躍したらしいが、顔については「濃すぎる」というのが周囲の評だった。写真で見ると、たいへん獰猛で、いい顔をしている。


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