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2008年06月26日

『漱石の思い出』夏目鏡子述・松岡譲筆録(文春文庫)

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「悪妻伝説」

 漱石の私生活を扱う本はいつも人気が高い。その多くがタネ本にしているのが本書である。語り手は未亡人の夏目鏡子。娘婿の松岡譲による筆録なのだが、鏡子の落語みたいな語り口が実に雄弁で、ほとんど芸の域に達している。

 鏡子夫人は悪妻伝説で有名だ。そもそも「悪妻」の定義が何なのか気になるところだが、本書を読んでいくと、ああ、そうか、と腑に落ちる。たとえば悪妻は、朝、起きられない。朝になると、頭が痛い。

私は昔から朝寝坊で、夜はいくらおそくてもいいのですが、朝早く起こされると、どうも頭が痛くて一日じゅうぼおっとしているという困った質でした。新婚早々ではあるし、夫は早く起きてきまった時刻に学校へ行くのですから、なんとか努力して早起きしようとつとめるのですが、なにしろ小さい時からの習慣か体質かで、それが並はずれてつらいのです。(中略)時々朝の御飯もたべさせないで学校へ出したような例も少なくありませんでした。
もちろん悪妻というのは褒め言葉である。いや、朝寝坊だったり、頭が痛かったりするのは仕方がないのだが、「なんとか努力して早起きしようとつとめるのですが、なにしろ小さい時からの習慣か体質かで、それが並はずれてつらいのです」という淡々とした述懐の、そのアッケラカンとした開き直りがいい。実に絵になる奥さんだなあ、と思う。

 鏡子夫人の悪妻ぶりはおそらく弟子や友人を介して喧伝されたのだろう。漱石が胃潰瘍で倒れて危篤状態になったときのこと。瀕死の漱石は、「少し手を動かしたりすると、すぐさま傷口から出血するものとみえて、顔の色が変わって目を白くする始末」だった。で、このとき鏡子夫人はどうしたか?

とても怖くて気が気でなくて見ておられたものではありません。そこで別の部屋に入ってなるべくこの物凄い場面から遠ざかろうとしておりますと、見舞いに来られた鈴木三重吉さんが、
「奥さん、なぜそばへ行かれんのか」
 と、私が不実でもあるかのようになじられます。しかし私はとてもとても気が気でなくて、どうなることかこんな惨(いた)ましいさまを見るにたえないのですから、
「気持ちが悪いから…」
 とか何とか返事をするのですが、それはいけないてなわけで、先方で深切(ママ)で言われるのはわかってるものの、私の気持ちが汲んでいただけないので、場合が場合なのでたいへん言い合いをして、とうとうしまいに間へ安倍さんが入って、つまらないこと言い合ったって始まらないじゃないかってわけで、鈴木さんをなだめられたりしたことがあります。
「それはいけないてなわけで」以降は何だかよくわからない書き方なのだが、そのせいでよけい、「言い合い」の様子がいろいろと想像される。この大雑把なまとめ方、「なにしろ小さい時からの習慣か体質かで…つらいのです」と、朝寝坊の言い訳をする「悪妻」の面目躍如だろう。しかし、何よりすごいのは「気持ちが悪いから…」とのセリフ。この一言を口にしたこと自体もちろんたいしたことなのだが、それを記憶し、こうして後生に言い伝えたところに鏡子夫人の並々ならぬ才能を感じる。

 とにかく鏡子夫人という人は、すべてにおいて何事もなかったかのように平然とした語り口を崩さない。が、そのくせ、今の箇所のように漱石だってちょっとやそっとでは書けなかったであろうような細部を、見事に拾っている。驚くべき言葉を記録している。

 その最たるものは、新聞にも掲載され、正宗白鳥なども引用している、漱石の臨終の一言だ。

 この暮れ方、非常に苦しがりまして、私がちょっと座をはずしましたうちに、胸をあけて、ここへ水をかけてくれと申しますので、看護婦が霧を吹きかけてやりますと、「死ぬと困るから」とか、何とか言ったかと思うと、そのまま目を白くしてしまって、全く意識を失ってしまいました。急を聞いて私もすぐにかけつけます。茶の間や離れに集まってられた方々もつづいてかけつけられます。もうまったく死の状態です。

かの有名な「死ぬと困るから」という言葉である。新聞では「死ぬと困るから注射をしてくれ」と言った、ということになっているのだが、つねづね漱石作品の人工性を批判していた正宗白鳥は、この言葉にだけはひどく打たれたらしく、ここにこそ漱石の人間としての究極の真実を見て取ることができる、といったことをエッセーに書いている。

 対して鏡子夫人はどうか。この大事な発言の場に居合わせなかったばかりか、その述懐も、「「死ぬと困るから」とか、何とか言ったかと思うと、そのまま目を白くして、全く意識を失ってしまいました」との、例によって大雑把なまとめっぷりである。でも、どうだろう。変に理念的な白鳥よりも、鏡子伝の方が迫力がありはしないか。

『漱石の思い出』は、まさに病気のオンパレードである。胃病あり、精神病あり、脱毛症あり、それから頭痛やら、朝寝坊やら、不機嫌やら、癇癪やら。鏡子夫人の病気を見つめる目は、自身のそれに対しても漱石のものに対しても、ほとんど酷薄と言えるほど淡々としたところがあって、では感情がまったくないかとういうとそうでもない、それなりにあたふたはしているし、傷ついたり、嘆いたりもしている形跡はあるのだが、本書の語り口から伝わってくるのは、何とも不思議な、絶妙とさえ言ってもいい、夏目鏡子ならではの距離感である。

いったいどういうものか胃を悪くする時には、きまってその前に喉を悪くいたしました。この時もそれでしたが、亡くなる前にもたいへん喉をいためましてしきりに咳をしますので、咳止め薬をのませますと、こんどは胃が苦しいといって、それきりでやめたことがあります。

鏡子夫人は病気というものを、関係の言葉で語る人なのだ。そこでは病気語り特有の怖ろしい闇はなく、精神病であろうと、内臓であろうと、あれがあって、こうなって、と整理されている。それぐらい主婦ならするんでしょうよ、というのは正しいのかもしれない。しかし、少なくとも次のような箇所には、ある程度漱石に親しんだ人なら、手を打たんばかりに感動するのではないか。いつもの「あたまの病気」の話である。

こうなって来ると、いつもの式で、またも別れ話です。しかし今お前に出て行けといっても行く家もないだろうから、別居をしろ、おまえが別居するのがいやなら、おれのほうから出て行くとこうです。で、別居なんかいやです、どこへでもあなたのいらしたところへついて行きますからと、てんで取り上げませんのでそれなりになるのですが、いつもきまって小うるさくこれをいうのでした。そうしてしまいに胃を悪くして床につくと、自然そんなこんなの黒雲も家から消えてしまうのでした。いわば胃の病気がこのあたまの病気の救いのようなものでございました。
最後の「いわば胃の病気がこのあたまの病気の救いのようなものでございました」というところ、鏡子夫人は例によって淡々とあっさり言うのだが、ここにあるのは、漱石文学の核心ではないだろうか。こんな大事なこと、そんなに簡単に言ってくれるなよ、と言いたくなる。が、それでいて、よくぞこんなにあっさり言ってくれた、と喝采もしたい。さすが、悪妻だ。

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2008年06月23日

『Sean Scully』David Carrier(Thames & Hudson)

Sean Scully
→“Sean Scully”
Sean Scully : A Retrospective
→“Sean Scully:
A Retrospective”
Sean Scully : Wall of Light
→“Sean Scully:
Wall of Light”

「ストライプの魔術」

 ただのストライプの組み合わせと見えるものから、驚くほどの表現力が生まれることがある。
 アイルランド出身の画家ショーン・スカリーの作品は、禁欲的なまでに線にこだわった、質素で、地味で、寡黙な画面ばかり。20世紀の抽象の多くは、こちらの視線を挑発するかのように単純であったり、意味なさげであったりするものだが、スカリーの作品は、その極地を行く。  
作品の見られるサイト
www.artnet.com
www.artcyclopedia.com

 何もないし、何も起きない。何も語っていないように見える。絵画だって文学と同じでそもそも語ることが大前提なのに、それが開店休業というのでは理に合わない。

 でもスカリーの場合は、そこがむしろ出発点なのだ。たとえば人に話を聞かせたいと思ったら、一番簡単なのは大きな声を出すことである。が、大きな声で語れば、大きな声で語れるようなことしか言えなくなる。「~だぞ!」とか。「するな!」とか。「行け!」とか。そうすると、ああ、また大きな声で言っちゃって、と思われる。かえって聞いてもらえないこともある。

 そこで、話を聞かせたいからこそ、思い切って声を絞る。何も言わない。無音寸前の、ゼロ地点ぎりぎりのところまで下りていく。スカリーの前にもそういう人はいて、モンドリアンにしてもマレービッチにしても、それぞれ「何も言わない」の地点を意識しながら、削ったり、消したり、隠したりした。画面がたいへん物静かになる。そうか、こんな世界があったのか、と思わせる。抑制された語りならではの、力が迫ってくる。

 これを突き進めると、どこまでいくのか。徹底的に静かになった画面というのは、どんなものだろう。何も描かなければいい、というのはたしかにひとつの答えだけれど、何かを描いて、なお物静かであるという際どさも魅力的だ。

 それと、何も描かれていないようなキャンバスでも、ほんとうは何もないのではなく、すでにいろいろなものがあったりする。たとえばそこには平面がある。あるいは表面。それから手触り。物質性。広がり。枠。上下。左右など。何も描かなければ何もない、というのは幻想だ。描く前から、すでに、画面には何かが住んでいる。

 だから、画面をほんとうに静かにしたければ、画面にあらかじめ住みついているこういう絵画の精霊(もしくは地霊?)のような要素を、何とかしなければならない。ナチスドイツのアウトバーンみたいに土地を強制的に差し押さえ、弾丸道路を通すというやり方ももちろんありだが、画面の潜在力にもぐりこむようにして身を潜ませ、語る、もしくは黙る、という方法もある。スカリーがやろうとしているのは、後者の方である。

 スカリーの画面を見て私たちが思い出すのはまず、線はただ線であるだけで気持ちいい、ということだ。松田行正の『眼の冒険』『はじまりの物語』でも言われているように、私たちは線と出遭うだけで無性に楽しくなる。さらに線が複数あれば、なんだ?なんだ?と迷ったり、数えてしまったり、興奮したりする。複数の線には眩暈の快楽がある。

 しかし、スカリーの場合は、単なる線ではない。幅のあるストライプである。算数の時間に習うように、線には本来幅がない。延長と、方向だけ。これに対し、スカリーの線には匂い立つような生々しい広がりがある。絵の具の塗り痕が露出していたりする。スカリーのストライプは線を模倣するのではなく、むしろ線であることから逸脱していこうとしているのだ。

 さらにスカリーには、縦と横の衝突がある。縦横は本来、もっと仲良くしてもいいはずのものだが、まるで異なる文化からやってきたよそ者同士のように、軋むような音をたてながらぶつかる。どうやらスカリーは、絵画面の基底に埋め込まれた縦/横という秩序に、つまり格子(グリッド)のシステムに抗っているのだ。縦はあくまで縦。横はあくまで横。四角い額縁を持った絵画で、そんなことが表現できるとは驚きである。ふつう私たちはまず、縦、横、奥行き、という空間秩序を見つけようとする。スカリーはまるでそんな約束事などなかったかのように、縦と横が相容れない様を緊張感とともに描き出す。こんなこと、できるんだあ、と感動してしまう。

 おかげで、線、縦横、広がり、延長、グリッドという、ふだんは絵画面の底の方に沈んでいてそれ自体としては注目を浴びることのない地霊たちが、あらためて動き出す。彼らの潜在力を引き出すことで、スカリーは独特の「静寂」を語っているのだ。その色彩は、決してきらびやかでもなければ、よそ行きでもない。むしろくすんで、日常的、艶もない。でも、そこには情念がある。線から逸脱したストライプの持つ情念。線的な勢いや発展感と、ストライプ的な広がりや停滞の混交した感情。それは決して雄弁ではないが、だからこそ、スカリー自身が「記念碑的」(monumental)と呼ぶような、こちらの気持ちを釘付けにするような執拗さを持っている。
 すでによく知られた画家だが、もっと、もっと、語られていいと思う。

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