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2008年03月24日

『螢・納屋を焼く・その他の短編』村上春樹(新潮文庫)

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「村上春樹の住んでいた場所」

 今回も口コミ読みである。  
 つい最近、深夜の飲み屋で、業界関係者数人と日本の英米文学状況について深刻に話し合う機会があったのだが(「○○は偉い」とか「××はダメだ」とかそういう話)、みんな眠くなってきたせいか、いつの間に「英米」はどうでもよくなって日本文学の話題に横滑りし、ふと気づくと親分格の人物が筆者に向かって、「お前、アホめ、ホタルを読め、ホタルを。すごいぞ」と言っている。「30分で読めるぞ。すぐ読め」とのこと。はて、「ホタル」とは宮本輝の「螢川」のことか?などと筆者が戸惑っていると、わきから子分格のひとりがへらへら笑いながら「俺なら5分で読めるね、へへへ、ば~か」などとちょっかいを出してきた。まるでこの「ホタル」とやらを読んでないのは世界中で筆者ひとりのような形勢になってきたので、すごすごと帰宅。翌朝、本棚をさぐると、ちゃんと新潮文庫版があった。

 頁を繰ると、鉛筆で書きこみがしてある。なんだ、読んだことあるじゃないか。筆者は読書の最中にいろいろ書きこむ癖があるのだが、あとで見てもどういう理由でやったのかがかわからない。「ところで」というようなところに線が引いてあって、たいへんミステリアスである。しかし、読み直してみると、筋書きは結構、覚えていた。

 「螢」の舞台は、「文京区の高台」にあるという学生寮である。怪しげな右翼の黒幕が経営するというこの寮で、主人公はちょっと変わった男と部屋を伴にしている。村上春樹は実際にこの寮に住んでいたらしいのだが、そうした自伝的な要素を臭わせるような、妙に怨念のこもった描写がつづいたあと、ストーリーの中心としては、この僕と、神経を病んでいるとおぼしき女性との儚い、どこか抽象的な付き合いが語られる。この女性の精神の不安定を引き起こしたのはおそらく、ふたりの共通の知り合いであった男の自殺である。というわけで、なぜか向こうから近づいてくる「神経を病む女性」といい、突然自殺する友人といい、村上春樹に繰り返し表れるモチーフが、この短編には結構ナマな形で出てくる。

 ところで、もうひとつ思い出した。
 この「螢」の舞台となっている学生寮、筆者も住んでいたのだ。目白の田中角栄邸の隣にある、和敬塾という寮である。小説では怪しげな右翼の財団法人による経営、とあるが、これは前川製作所という、冷蔵庫の部品などを作る実在の会社のことである。この会社の当主がお金を出して細川護立(総理大臣だった細川護煕の祖父)のお屋敷とその敷地を買い上げ、寮に転用したのである。広大な敷地に、幽霊が出そうなくらい立派な洋館がある。これに食堂や講堂のある本部棟。そして団地のような作りの学生用寄宿舎が三棟。小説の舞台は東棟ということになっているが、実際は西寮、南寮、北寮の三つがある。

 村上春樹の頃は知らないが、1980年代は寮長を務めていたのは創立者の息子の「前川さん」であった。その夫人が筆者の母親と小学校で同級生だったのが縁で、筆者はここに入寮したような気がする。「前川さん」は息子にすぎないから、創設者が右翼だったかどうかを判断する基準にはならないだろうが、お会いした限りはふつうの人だった。しかし、国旗掲揚などはもはや行われていなかったとはいえ、自民党右派の代議士が演説にきたり、妙な儀式があったりして、「右翼的」だったのは確かだ。そういえば、儀式のときはみんな、応援団みたいに高校時代の詰め襟の学生服を着る習慣で、高校のときの学生服が詰め襟ではなく軟弱なブレザーだった筆者は、たいそう困ったのを覚えている。

 儀式として何より目立ったのは、体育会などでありがちな「新入生締め」である。要するに「しごき」。上級生数人が待ち構える部屋にひとりずつ新入生が入っていき、およそ30分から1時間、言葉の暴力を浴び続けるというものであった。いかにも村上春樹の嫌がりそうな儀式である。筆者だってもちろん、嫌だった。

 歓迎会と称する大規模な飲み会もあったような気がする。吐くまで許してもらえない、という類のもので、夜中の1時頃になると大食堂にはすっぱい臭いが立ちこめた。上級生の方は、下級生にさんざん飲ませておいて、つぶれたらやさしく介抱する、というパタンである。これも体育会的。

 また「ダンパ」とか「合ハイ」というのもあった。ダンパ、すなわちダンスパーティはわりに本格的で、大食堂の食卓をぜんぶどけて天井からミラーボールをさげ、大音量の音楽を流す、そしてみんなで踊る、というものである。実は年に一回のこのダンパのとき、筆者はちょっとした病気を患っていて、不在であった。なので、どういうものかはほんとはよく知らない(嘘ではない)。しかし、恥を忍んで白状すると、「合ハイ」には行った。

 合ハイとは、「合同ハイキング」の略である。和敬塾の近所には日本女子大だの何だのという女子学校がいくつかあり、塾生がネットワークを駆使して、こうした学校の女子学生をハントし5人ずつのグループをつくっておいて、和敬塾の一年生男5人組とセットにして近所にある豊島園などの遊戯施設に遠足に行かせるのである。何と行っても「合ハイ」なわけだから、遊園地に行けば、くるくる廻るコーヒーカップやジェットコースターに、何となく二人ずつペアになったりしながら乗るわけである。

 村上春樹も「ダンパ」とか「合ハイ」に参加したのだろうか?豊島園でくるくる廻るコーヒーカップに乗って目が回ったりしたのだろうか?などということを想像してみるのもいい。

 小説の中に、主人公がロビーで電話を待つ、というくだりがある。この寮のもっとも懐かしい光景はおそらくこの電話であろう。当時はもちろん携帯電話などなかったから、学生に用を伝える電話はすべて建物一階の事務室の電話器にかかってきた。学生棟には放送設備はなく、電話がかかるとたまたま通りかかった学生がそれに対応した上で、各部屋に直結しているボタンを押してブザーをならすという仕組みになっていた。自分の部屋のブザーがなったら、大声で「は~い」と叫んで駆け下りてこなければならない。しかし、実際には本人がちょうど部屋にいるとは限らないから、ブザーを鳴らして返答がないときは、電話をとった人間が寮の建物の外に出て「村上く~ん、電話~!」などと叫ぶ決まりになっていた。まず建物の表に出て叫び、次に裏に出て叫ぶ。だから、誰に電話がかかってきたのか、寮中の人間にわかってしまう。いつ連絡をしてくるのかもわからないミステリアスな彼女からの電話のときにこれじゃあ、感じ出ないよなあ、と思う。主人公がロビーで張りこんでいるのは、しごくもっともなのである。

 「螢」の主人公の最大の特徴は、本人に「動機」が欠落しているということだろう。こういう小説を、小説として成り立たせるのはたいへん難しい。村上春樹は、それをやった、ということだ。考えてみると村上の以降の作品は、いつも「動機があるかないか」という地点で書かれ続けてきたのかな、という気もする。


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2008年03月10日

『乳と卵』川上未映子(文藝春秋)

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「西村さんと似てる」

 これだけ話題になっている人だし、今さら宣伝しても意味ないし、書評なんか書かないぞ、と思って手に取ったのだが、読んでしまうとあっさり気が変わった。関西弁でしゃべる女は許せないと思っている関東のおじさん、若くて美人で芸があって過去がある女は得だなあ、なんていうありがちなオヤジ的偏見はただちに捨てねばなりません。

 とにかくすごい日本語である。こんなこともするし、あんなこともするし、ええ!まさかそんなことまでするのか、という必殺技が次々に出てきて、「あ、それやっていいんだったら、もっと早くやれば良かった、ずるい」という妙な嫉妬というか後悔みたいなものまで芽生えてきた。ちゃんと説明書を読んでおかなかったから、まだ知らない日本語の機能がいろいろあることに気がつかなかったのだ、何たる残念さ。

 とにかくすごい日本語である、みたいなことを最近もこの欄でも書いたような気がするなと考えてみたら、今回の芥川賞で川上さんに敗れ去った西村賢太である。そういえば、このふたりどこか似ている。

 まずは日本語のやわらかさ。方言だの、擬声語だの、会話だの、理屈だの、全部混ぜちゃったって意外と大丈夫なんですよ、という日本語の持っている闇鍋みたいな包容力を知り抜いて、でもダシの加減だけはしっかりコントロールしてある。中心軸は案外、ぶれない。

 それと、とにかく火を絶やさないのが肝心だ。こういう小説は、言葉が止まってしまったらおしまいである。だからふたりとも、センテンスが平坦で、長い。変にがちっと落としたりせず(つまり語り手が威張らない。辛抱強い)、いつまでも終わらないかのように見せる。センテンスが長い→息が長い→胸が暖まっている→血流が良い…何でもいいから、にょろにょろと言葉が動いていくことで、温度の保たれた世界に読者を引きづり込むという手口である。だからいったん読み始めると、やめられない。気持ちの良い風呂から出られないみたいな気分だ。

 ただ、西村の場合はそこからが意外と観念的で、藤澤清造への執着とか、女とか、人生だの目的だの愛だの恋だの金だのという話。川上未映子の方も、金だの女だのセックスだのを仄めかすのだが、観念に走るのを最後まで我慢して、替わりに、ゼリーとか、おっぱいの中身とか、生理の血とか、生卵とか、涙とか、ほんとに「じゅるじゅる」したものを次々に繰り出す。

 ふたりともコロコロと声色が変わるのだが、西村はそれとセットで、ほとんど嘘みたいにスーツやら、ジュラルミンの鞄やら、藤澤清造やらに執着する。川上は、読んでいてどうも感じるのだが、自分で自分に飽きちゃう、みたいな屈託のなさが感じられる。言葉離れがいい。感情のキレがいい。たとえば:

母の顔は、友達に自慢の出来る具合のわかりやすい美人で、しかしわたしらは母にはまったく似なかったので、よく行く近所の駄菓子屋のおばちゃんにはあんたらはお母さんだけで生まれてきたらお母さんのまんまの顔やったのにねえ、混ざったから、しゃあないわねえ、あんたらのお母さんはほんまにきれい、と笑いながらに云われたことなどを思い出して、肝心な母の顔は詳細を思い出せんのやった。

「お母さんだけで生まれてきたらお母さんのまんまの顔やったのに」とか「混ざったから」なんて、実にテキトーでいい。しかも、言ったそばから言葉が消えていくようなこういうテキトーな感じの中で、「父の不在」問題はしっかりとらえてあって、次にもつながる。

 筆者の最大お気に入りは風呂で語り手が巻子と女たちの乳を徹底的に吟味するところと、地震とジンクスの箇所である。前者から引用しよう。豊胸手術を目指す姉が、自分の乳首を妹に見せながら語る言葉である。

それから巻子は溜め息をついて、そやけどこれでもだいぶましになったほうやねん、と打ち明けるように云った。「あたしも子供を生むまえはゆうてもここまでじゃなかった。そんな変わらんと云われるかもしれんけど、そら滅茶苦茶にきれいではなかったけど、そやけど、これ見て。これはないよ。色も大きさも何でここにオレオがっていうこれはないよ。ま、オレオの今はまだましで、最強の時はアメチェ色、知ってる?アメリッカンチェリーな。あの色、すんごい色な。ただの黒じゃないな。赤が混じった黒っていうかな。大きさもな。なんていうの、乳首だけで、乳首部だけで余裕でペットボトルの口くらいになってさ、(後は省略)」
「オレオ」もすごいが、「アメチェ色」には感動した。「アメリッカンチェリー」の「ッ」もいい。さっきの引用にも増してテキトーで、どんどん飽きて捨てていく感じで、でも、しっかりこういう箇所も女の「卵」の話とつながるわけね、と思わされる。

 たぶんこういう細部をぜんぶ漂白して粗筋だけ取り出したら、この小説の枠組みは、昼メロそのものである。夫に捨てられ、声を出さない娘を連れた四十がらみの女。上京。失った若さへの思い。親族とのからみ。子供の頃のこと。助言。心配。子供の叫びによるクライマックス。(ちなみに本コーナーの大竹昭子さんによる書評に、たいへん丁寧なストーリー解説があるので、是非ご一読を)

 西村の場合、私小説という設定はそもそもの看板だが、川上も私小説ではないのにどことなく私小説は漂うような気がするのはなぜか、と考えてみると、こうした人情話に特有の、行っては戻ってくるようなどっぷりとした日常感覚が、アンダーを着ずに、直に上着をまとってしまうような、言葉との遠慮のない、馴れ馴れしいような付き合い方とつながるせいかと思えてくる。自分には自分しかない、とでもいう、失うとか失なわないとかを意識しない平然とした態度は、ぜんぜん貧相ではないし、たとえ、ひょっとしたらやせ我慢かもしれなくとも、実に粋なのだ。

 それにしても体力を使いそうな文章だ。そんな歌い方で十年つづけたら喉をつぶすよ、などと言われた有名歌手がかつていたが、こういう濃度の高い、気合いのこもった禁欲的なまでのテキトーさを維持していくのは、実にたいへんなことだ。散文と呼ぶだけでは足りないような、新しい呼び方があってもいいような種類の小説だと思う。


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