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2007年12月26日

『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』大江健三郎(新潮社)

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「大江と長嶋」

 さすが「文学界の長島茂雄」と言われるだけのことはある。今年になって二回ほど大江健三郎氏の講演を聴く機会があった。5月は勤務先の大学で「知識人となるために」という、どちらかというと学生を対象にしたテーマ。今月は紀伊國屋ホールで本書『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』の刊行記念。いずれの会でも氏には、芸というのか、存在感というのか、「そうだよ、これがあの大江さんだよな」と感慨にふけってしまうような、何とも言えない華があった。ちゃんと笑いもとるが、おなじみのテーマにもからんでいく。石原慎太郎の悪口も言うし、奥さんにやっつけられちゃったりもする。口ごもるところは口ごもる。とにかく楽しい会であった。

 それでふと思う。作家というのは、こんなに華やかでいいのだろうか、と。筆者は「純文学」という概念を信じてきた古い世代に属するので、作家たるもの、どこか照れくさいというか、「僕が僕で、ごめんナサイ」みたいな、逃げるような、隠れるような仕草に満ちているものではないかと漠然と信じてきた。

 純文学なんて古いと否定するのは簡単だが、筆者はまだこのレッテルには有効性があると考えている。純文学というのは、「書くその人」が行間から匂い立ってくるようなもの、ととりあえず言ってみよう。別に私小説である必要はない。暴露ものでなければならないとか、おもしろおかしいプロットがあってはいけないというわけでもない。でも、何かが丸裸になってしまうような身も蓋もない感じや、救いのなさ、あどけなさ、寄る辺なさといった、つまり書いている人のことが「マイナス」として実感されるようなある種の読書体験を指し示すのに、この言葉はちょうど良いのではないかと思っている。そして筆者にとっての純文学の代表選手は、ずっと古井由吉であった。

 それでは長嶋茂雄は、純文学の選手ではないのか。

 筆者は大江氏ご自身の講演を聴くのは5月の会がはじめてだったが、氏の作品はいろいろ読んできた。その目指すところが、明らかに主流というか、最高峰というか、どこかメジャーな世界に向かっていることはよくわかる。

 しかし、筆者が大江氏の作品の中でもとくに惹かれてきたのは、あんまりメジャーすぎないような、むしろちょっと小さめに構えたような短編連作風の作品であった。『河馬に噛まれる』とか。『静かな生活』とか。こうした作品には、大江氏の「マイナス」の部分がたいへん良い感じで出ているような気がしてきた。逆に言えば、筆者は大江健三郎という作家にもやはり「純」なものを求めていたのだろう。

 今回の『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』にもまた、筆者は「マイナス」の香りを感じた。映画を作るの作らないのといったストーリーはあまりに地味でかつ混沌とし、おそらくそれを要約してもこの小説の読後感はまったく伝わらないだろう。この作品をストーリーで語る人は、ちゃんと読んでない証拠だと思う。

 大江氏の人物たちには、見知らぬ他人に向かっていきなり自分の友達の名前を持ち出してもわかってもらえると信じている小学生のようなところがある。世界が自分と等身大だと信じるような無邪気さ、構えのなさ。その狭い世界の中では、すべての人が旧知の間柄のようにして振る舞うのである。典型例は本書の中心人物となる木守有(こもりたもつ)。冒頭部の木守の唐突な登場と、彼の語り手に対する妙ななれなれしさとは、この小説の距離感のなさを象徴するものだろう。

― What! Are you here?
 英国風に発音する日本人の英語で、そういって肩を寄せる相手を見直すと、思いがけない人物だった。それでいてしかも、ついこの間、私ら親子が、人前で困った情況にあるところを見守る群衆のなかにこの男がいた、確かめる暇はなく、そのままになったが、と思い当たった。あれは幻影を見たのだったかという気がするほど、きわめて様変わりしていながら特殊な感じに昔通りだった、と思い出しもしていた。
― なんだ、君はこんなところにいるのか、……ということかい?
― その通りの言葉を返すだろうと思ってね、仕掛けてみた。
― 相変わらずだね、様ざまな意味でさ。何年ぶりだろう?
― 三十年ぶりだ、と眉の間の白皙の皮膚に皺を寄せていって(それも昔通り)黙り込むと、こちらを測るようにしていた。

こうした狭さや唐突さを、「他者が描けてない」と批判するのは野暮なことのように思える。木守の出現につづくいちいちの展開に、一貫して遠近法的な奥行きが欠け、まさにそのおかげで大江氏ならではの、小さな世界の心地よさのようなものがつくりあげられていく以上、そこには何か別の原理が働いていると見るべきだろう。

 ある時期からの大江氏の作品には、頻繁に英語の詩が登場する。本書でもモチーフになっているのは英詩である。中心となるのはタイトルにもとられている「アナベル・リイ」だが、先の引用部はT・S・エリオットの『四つの四重奏』からの一節を下敷きにしたものである(そのエリオットが下敷きにしているのはダンテだが)。大江氏の文章はどうも、こうした詩作品からの言葉を無事着地させるための滑走路のようなものを提供するべく練り上げられてきたのではないかという気がする。

 かつてJ・S・ミルが言った、詩についてのたいへん有名なコメントがある。「雄弁はしかと聞かれるものだが、詩はたまたま聞こえてくるものである」(Eloquence is heard; poetry is overheard)。「たまたま聞こえてくる」というのは、大江氏の作品を読むときの実感にたいへん近い。考えてみると、大江氏の描く小さな世界というのは、ほとんどの読者にとっては縁のないような「駒場」とか「四国の村」とか「母親」といった諸イメージを、何の手続きも、遠慮も、遠近法もなく、いきなりぬっとあの木守有のようにして出現させることで成り立ってきた。

 すべてがすでに始まっている。みんな知り合いらしい。そういう小説作法が昔からなかったわけではないのだが、ふつうは後からきちんと導入がある。しかし、大江的作品においては、読者たる我々はそういうぎゅうぎゅう詰めみたいな世界でかわされるやり取りを、ただ「たまたま聞く」ことを強いられる。みんな旧知で、身近で、訳知りで、また、わけあり。すべての固有名詞に「あの例の、」と「いわく」がついてしまうような世界。ちょっとファンタジックで、幻のようで、悪夢のようでもあるけど、何とも言えないやわらかさもある世界。そして語り手が異様に露出しているのだけど、どこか引っ込んでもいるような世界。ひょっとすると、紀伊國屋ホールで長嶋茂雄みたいにスポットライトを浴びていた大江氏にも、こんな風に見えないままにしてあった部分があったのかなとも思う。

 大江氏の英詩との付き合い方はおもしろい。エリオットがくるかと思うとポオ。かつてはブレイク。イエイツ。R・S・トマスにも関心があると聞く。これはたいへん渋い。でも、いずれはやっぱりワーズワスに辿りつくのではないか、と幾分の期待をこめて予想しておこう。


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2007年12月10日

『残光』小島信夫(新潮社)

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「小島信夫を読むためのコツ」

 昨年91歳で亡くなった小島信夫の最後の作品である。はっきり言ってものすごく小島信夫度が高い。濃い。「小島初体験!」という人は『うるわしき日々』とか『抱擁家族』あたりからはじめる方が安全だろう。でも、筆者の本心としてはそこで「いやいや、折角だから、小島さんの真髄を極めましょう」と頑張ってもらえるといいなとも思うので、やや押しつけがましいのを承知で、この機会に小島信夫作品を読むためのコツについて記しておきたい。
 箇条書きにすると以下のようになる。

①変なところで笑いそうになっても、我慢しないで素直に笑うこと。
②よくわからない部分は無理してわかろうとしないこと。作者の意図をとらえよう、などとは間違っても思わないこと。
③急に大事なことを言うので、油断しないこと。
④歩く場面、進み行く場面では感動すること。

以下、具体的に説明してみる。

①変なところで笑いそうになっても、我慢しないで素直に笑うこと。

小島信夫を読んでいると、「え、まさか、そんなところで笑わせるのか!」という箇所に直面することがある。そういうときは、たぶん隣にいる人に「ねえねえ、これ笑えるよね」と言っても共感してもらえそうにないし、だいたいそんなところで笑ってしまうことが、とてもいけないことに思えたりする。たとえば筆者はかつて『抱擁家族』を読んでいるときに、次のようなセリフを読んで思わず電車の中でニヤニヤしてしまった。アメリカ人との浮気を知った主人公が妻を責めると、逆にその妻が怒り出すといういわば「逆ギレ」の場面で、いちおう修羅場なのである。

「あんたは自分を台なしにしてしまったのよ。私はいつか折をみて話そうと思っていたのよ。それなのに、ほんとにあんたっていう人といっしょにいると、あんなことが起ったり、こんなことが起ったりするう!」

修羅場なのだが、妙におかしい。とくに最後の「あんなことが起ったり、こんなことが起ったりするう!」は、何か身体がもぞもぞするような気がした。ただ、笑いたいのに笑えない感じというのもいかにも小島信夫的ではある。

 『残光』にも次のような箇所がある。有名な(実在の)小島信夫邸にいろいろと欠陥があることが説明されている。

斎藤義重さんは思慮ぶかくて用心深い画家である。そのお人が、設計図を見た段階では、欠陥にお気づきにならなかったのだろう。私の家はラーメン工法で作ってある。耐震工事を思いついたのは、娘とその夫である。娘だけかもしれない。とくに直下型地震に危ないという。「ラーメン工法」とは、「筋交」が入っていないもので一九五二年か昭和五十二年かいずれかに、こういう工法は止めになったとか、専門家がうちへきていっている。たぶん一九五二年だと思う。五二年以前の家は「ラーメン」でよかったのだという。「ラーメン」「ラーメン」といわれる度に、「すみませんが、あまりラーメンというのはやめて下さるように」と私はいいたくなったが遠慮した。地震でなくとも、台風でも、壁が抜けてとんで行く危険性がある。何タイフウだったかのとき、私の近辺では百メートル先の屋根やカベが空中をとんできた。

ふつう大人の読者というものは「すみませんが、あまりラーメンというのはやめてくださるように」などというセリフにいちいちニヤついたりはせず、何事もなかったかのようにやりすごすものなのだが、その直前に「娘だけかもしれない」というような意味不明の言い直しがあったりして、そのあとでは「カベが空中をとんできた」とあったりもするし、筆者はここは、ついに我慢しきれずに笑ってもいいところじゃないかと思う。

②よくわからない部分は無理してわかろうとしないこと。

これは小島信夫を読むにあたって、もっとも重要な心構えである。明らかに日本語文章としてつじつまが合わない箇所があるし、後期のものになればなるほど主語と述部がふつうにつながっていなくて、「何じゃこりゃ?」と思うことが多い。次にあげるのは『残光』の中で妻のことが語られるくだりであるが、突然「佐藤春夫」が登場する。「彼女」とは妻の愛子のことである。

私が佐藤春夫の名を出すと、彼女はたいへんアドケない表情をして笑った。
「そう、そう、あの佐藤春夫くんというのは」
 よく原宿の駅前を通りかかると、突然大声で、
「愛子さん、愛子さん、佐藤です。ぼくあの佐藤春夫です。元気でやっています。いえ、いえ、ぼくのタクシーに乗らなくてもいいんです。お元気で今日一日暮らしましょう。ではさようなら」
 というタクシードライバーがいる。
「ああ、佐藤くん、分った、かせいで下さい。今度は乗るからね」
「なつかしいな、小学校のときの女の子が今は原宿に住んでいるんだもの!」
 というのである。
「ぼく、佐藤春夫って、ヘンな名前だが、くやんでも仕方がないからね」

どうやら身近な人々が勝手に文学史上の名前を背負って化けるというようなことを書いている部分なのだが、脈絡があるようでないような会話も変だし(「くやんでも仕方がないからね」は傑作)、何でタクシードライバーなのだろう?とか、何で「佐藤春夫」なのか?といった疑問は当然浮かぶ。どうも話のつながりが見えないのだが、しかし大事なのは、細かいことは気にしないで、ドンドン読むことである。小島信夫を読むためには、ときには読まないで済ますことさえ必要となる。ただ、ほんとに読まないのではなく、何というか、ハスに目をやっておくようにしなければならない。というのも、③のようなことがあるからだ。

③急に大事なことを言うので、油断しないこと。

『残光』には小島信夫の過去の作品からの引用がいろいろとちりばめられている。まさに遺作にふさわしい、集大成といった趣がある。たとえば次の箇所は『各務原・名古屋・国立』から取られている。

 その人が死んでも、その人の頭の中にある記憶に当るものは残り、ぼくはそうした記憶の中を渡り歩いている。その人の頭の中にあった記憶は、たとえばその人の住んでいた家の窓とかタタミとか家具に残っているというか、それらにひびきあっている。たとえば『嵐が丘』の作者の育った牧師館を見た人は、いかにも作者やその姉妹、兄貴などがそこにいたということが、「なるほど、なるほど」といったぐあいに分る。  だから無名作家のまま死んでしまうことを残念に思い「おれの人生は何であったか」なんてくやしがることはない。生前有名であったりそうでなかったりしたって、それはあとに残る。つまり、その人が生れてくる前から世界はあり、死んでからも世界はありつづける。こんなことは当り前のことだと、いう人はあるかもしれないが、このぼくがつい最近になって、そうだと思ったのだ。

今にも脈絡が失われてしまいそうな気配がありながら、最後まで読み着くとあんがい筋が通っていて、「あ、ちゃんとしたことを言った」とびっくりする箇所だ。こういう調子で、いつ読み飛ばしてやろうかと構えていると、不意にこちらの懐に飛び込むようなことを言うので、読み飛ばしているつもりでも結構こちらはハラハラすることになる。

 そういうわけで小島信夫の小説というのはなかなか読むのがたいへんだ。メタフィクションなどと誤って呼ばれるのも仕方ないのかもしれない。しかし、それでも人が小島信夫を読むのは、矛盾して聞こえるかもしれないが、その文章が実に明晰だからでもある。

 この点について、もう少し詳しく説明しよう。
 小説にはかならず「理」の部分と「情」の部分がある。「理」はシンタクスであり、構文であり、プロットであり、あるいは登場人物のコントラストとか、謎解きなども入ってくる。これに対し「情」の部分というのは、読み手の常識や読み手の属する共同体の土俗的な領域、つまりふだん言葉には出されないけれど、誰もが無意識のうちに「了解」しているような薄暗い所である。

 だから「情」の部分というのは、言葉ではちゃんと言われていないにもかかわらず「ね、みんなわかって」と共感が押しつけられるようにも感じられる。それをどのレベルでやるかは小説家によって違い、たとえば冒頭の風景描写からして、じわじわっと「こんな感じで家があったり、人がおったりして、それはそれは薄暗い路地でした・・・ドロドロドロ~♪」というような雰囲気過剰な作品というのもあるし、描写はそっけないが人物の心理に入りこんだ瞬間に、突如としてえげつないほどの切れ味を発揮する作家もいる。

 おそらく文学というのはこの「ね、わかって」のおかげで、1)選ばれた人たちが、2)稀なる素材と巡りあい、3)突如訪れた瞬間に、4)たいへん貴重な体験をしている、という幻想を与えてくれるのではないかとも思う。作家が「ね、」と無言で共感のシグナルを発しているそれを、ちゃんと読み取らせてくれるような秘密の共同体性が、文学というジャンルの背後にあるのだ。だから、私たちは「ね、」を見つけると、「あ、良かった。ちゃんとシグナルも発せられたし、自分もそれを読み取ることができた」という安心感にひたることができる。

 ところが小島の場合、この「わかって」の感覚がかぎりなく希薄なのである。ふつうならあるはずの無言の「ね、」のシグナルがどこまで行ってもなくて、それだけすべてがあけっぴろげで、語り手がおもわせぶりな科をつくったり、俯いて黙っちゃったりという瞬間がほとんどない。どこまでも明瞭。だからよけいに落ち着かない。何だか「文学的」ではないのだ。

 その最大の証拠と言えるのが固有名詞の問題である。『残光』には大庭みな子とか保坂和志といった実在の小説家が登場する。こういう風に実名で出されると、よほど「善意」で粉飾しない限りどことなく「悪意」が漂ってしまう。小説という舞台におびきだされた瞬間に、人物は語りの「情」的な視線の餌食となり、どこかでニュアンスをこめられてしまう。どこかでひねられ、つねられ、つまり意地悪されてしまうのだ。ところが『残光』の人物には不思議とそういう「いじめられた感」がなく、やけに伸び伸びしている。とても小説中の人物とは思えないくらいだ。

 これはたぶん、語り手が人物描写に伴いがちな、「情」的な「ね、」をひたすら抑圧し、やけに明晰で「理」のまさった言葉で語りつづけるからだ。それは実に不思議な明晰さでもある。シンタクスそのものは崩壊寸前なのに、言葉はなおシンタクス的であろうとするような、そういう傾向なのだ。そしてこの明晰さのおかげで小島の作品には、ねちっと科をつくる類の語り手にはとても実現できないような、勢いというか、エネルギーというか、推進力のようなものが生み出される。言葉がかっかっかっと滑走していくような、「ええい、もうどうでもいいから言っちゃえ、やっちゃえ」というなし崩しの快楽が生ずるのだ。決して滞留したり、籠もったりはしない。前進あるのみ。そういうわけで④となる。

④歩く場面、進み行く場面では感動すること。

キーワードは「前のめり」である。小島信夫の小説は「前のめり」に始まって「前のめり」に終わる。『残光』の出だしで重要なのは、主人公が負傷するところ。

翌日昼すぎに気分がよくないので活を入れようとしていつものコースへ出かけた。途中から自由がきかず前のめりになりはじめた。これは危ないと思って階段の真中にとおっている手すりにつかまりながら依然として前のめりになるがこのまま最上段まで何とか辿りつこうとして足をのばしては手すりを前より強くこすっていたが、進んだかただ前のめりになっているのか分らなくなって、それでも最後の一段までやってきて歩き出そうとしたとき、いよいよ前のめりは強くなり、そのまま身体全体が走り出し、前倒しになり、こうなったら頭というか顔というか、停め易いところをコンクリートの地面にぶつけてやっととまった。手を使おうとしても力が出ないのでそのままの姿であえいでいた。

何という明晰な文章だろう。だらっと自分で自分に共感したり、相手を共感に巻き込もうとしたり、という甘えめいたしなだれかかりが一切ない。最後まで自分の足で立とうとする文章。「進んだかただ前のめりになっているのか分らなくなって」とは、小島の文章のスタイルそのものではないか。おそらくは現実に発生したのであろうこの負傷の場面で書かれているのは、小島自身の文章のあり方や、そしてそれと切り離すことのできない人生のあり方なのである。文章がこうして人生の出来事までをも呼び寄せ引き起こしてしまうという状況こそ、「才能」と呼ぶべき何かなのではないかと筆者は思う。

 最後にもう一カ所だけ、結末近くの一節を引用する。小島信夫を読むとは、こういう場面に感動するということなのだ。

その武尊の施設を出て駐車場に向って歩き出したとき、出入口のところで声がしたような気がした。ムスメとムコとぼくの三人は、同時に立止ってふりむくと、ヘルパーなのか受付にいた事務の人かもしれない女の人が、三本の大根を抱えていた。ムスメは何か口の中で呟いていた。
「ああ、これは、菜園でとれたものを土産に持って行くように、といっているのだな」と思った。
 そこでぼくは小走りに走り出した。何か行動に移るとき、ぼくは以前から、こうして走る、と友だちにいわれていた。
 たぶんその大根は、ただの大根ではなく、心のつながりのダイコンだというつもりかもしれない。お宅の患者さんはこうなってしまったからには、こうするより仕方ないのだから、というのであろう、とぼくは思っていた。われら日本人というものは、こうしたとき、セナカを倒して小走りに走ることになっているのだ。

「われら日本人というものは、こうしたとき、セナカを倒して小走りに走ることになっている」という部分、つい小島信夫がこだわり続けてきた「日本」というテーマと結びつけてみたくもなるが、でもそんなことは小島自身にとってはどうでもよくて、どこまでがギャグなのかわからないこの変に感動的な場面とともに、『残光』は軽やかに終わるのである。


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