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2007年09月28日

『石原吉郎詩文集』石原吉郎(講談社)

石原吉郎詩文集 →bookwebで購入

「失語者の発想」

 石原吉郎はもっと読まれるべき詩人である。
 石原といえばソ連での長期にわたる抑留体験が知られており、作品としても「位置」、「事実」、「馬と暴動」、「葬式列車」といった、囚人としての体験を多少なりとも雰囲気としてただよわせるものが取り上げられることが多い。どの詩も、帰国してから40歳になってはじめて詩を発表した詩人石原のエッセンスがこめられたもので、たしかに怖いような迫力がある。


そこにあるものは
そこにそうして
あるものだ
見ろ
手がある
足がある
うすらわらいさえしている
見たものは
見たといえ

「事実」

 しかし、こうした作品、ちゃんと読めば読むほど、よくわからないのである。詩と詩でないもの、もしくは言葉と言葉でないものの境を行き来するような壮絶さがあって、まるで出産の現場に立ち会うような緊張をこちらに強いる。果たしてそれを簡単に「詩」と呼んでしまっていいのか躊躇する。


われらのうちを
二頭の馬がはしるとき
二頭の間隙を
一頭の馬がはしる
われらが暴動におもむくとき
われらは その
一頭の馬とともにはしる
われらと暴動におもむくのは
その一頭の馬であって
その両側の
二頭の馬ではない

「馬と暴動」

動物が出てきて、暴力性とともにますらおぶりで語られるあたり、一見、高村光太郎や、同じ荒地派の田村隆一を思わせるのだが、やはり全然違う。もっとはるかに硬質というか、無機質なのだ。人間的ではないのだ。相手との温暖な交流を前提としたヒューマンな「了解」など問題にしていないように読める。だから、「わかるか」と言われて、簡単に「わかる」といっていいのか、迷う。わかられることを拒絶するような仕草が、読者に対する剥き出しの冷たさとしても感じられるような気がする。(筆者などには、この寒々しさがたまらなく良いのだが。)

 この講談社文芸文庫版の選集の冒頭には「詩の定義」という短文が載せられている。その中で石原は、「詩とは何か」と問われると返答に困るのだが、答えがないわけでもないと言う。

ただ私には、私なりの答えがある。詩は、「書くまい」とする衝動なのだと。このいいかたは唐突であるかもしれない。だが、この衝動が私を駆って、詩におもむかせたことは事実である。詩における言葉はいわば沈黙を語るためのことば、「沈黙するための」ことばであるといっていい。もっとも耐えがたいものを語ろうとする衝動が、このような不幸な機能を、ことばに課したと考えることができる。

「沈黙のことば」などというと、21世紀になった今となってはやや古めかしく響くかもしれない。ましてや石原吉郎に「詩って何ですかあ?よくわかりませ~ん」などというのびのびした問いを平気で発するような人にとっては、この返答はいたずらに勿体ぶって、でも、まあ、そこが詩人っぽいかなあ、という程度の響きしかもたないかもしれない。

 でも、石原の詩への入り口として、これほど的確な説明はない。この問題についてもっと具体的にわかりたいという人は、この選集に「ペシミストの勇気について」という何とも凄いエッセーが収められているので、是非のぞいてみて欲しい(立ち読みでもいいので!)。ソ連でともに収容された鹿野武一という友人のことを書いているのだが、ああした詩の背景にあるものを散文にするとこうなるのか、と思わせる。また、「失語と沈黙のあいだ」という文章には、失語症を自身で体験した石原ならではの、鋭い洞察がある。

失語そのもののなかに、失語の体験がなく、ことばを回復して行く過程のなかに、はじめて失語の体験があるということは、非常に重要なことだと思います。
私は、受刑直前の二ヶ月間、独房で自分自身と向きあうしか所在のなかったとき、ひっきりなしにひとりごとをいうくせがつきましたが、そのとき私は、とりもなおさず、自分自身を納得するためのことばに向きあっていたのだと思います。
私は、ひとりぼっちで混乱のただなかに立たされた人間の立場というものに、痛いほどの関心をもつわけですが、連帯をたち切ってくるのは、かならず向こう側からです。私たちの側からではありません。そして私たちは、向こう側から断ち切られた連帯を、もういちどこちら側からたち切りなおす、という念の入ったかたちで、はじめてひとりぼっちになるわけです。

こうした言葉の端々に、失語と発話の境目を漂うという石原の体験が反映されているのは明らかだろう。もちろん言葉を失うということは、共同体からの隔絶を意味する。それをいわば逆に辿り直す形で書かれる石原の詩の言葉を、我々が簡単にわかってしまうこと自体が、石原を読んでいないということの証拠となるのかもしれない。

 これはなかなかたいへんである。たぶん石原吉郎という詩人は、いきなり原液で味わうのは難しいのだ。そこで最初に読むなら、石原の持ち味を出しつつも、幾分詩という制度に歩み寄ったとおぼしきものから始めるのもいいかもしれない。筆者のお薦めは「耳鳴りのうた」、「夜がやって来る」、「さびしいと いま」など。いずれもすでにあげた作品と同じく、第一詩集の『サンチョ・パンサの帰郷』に収録されたものである。

おれが忘れて来た男は
たとえば耳鳴りが好きだ
耳鳴りのなかの たとえば
小さな岬が好きだ
火縄のようにいぶる匂いが好きで
空はいつでも その男の
こちら側にある
風のように星がざわめく胸
勲章のようにおれを恥じる男
おれに耳鳴りがはじまるとき
そのとき不意に
その男がはじまる

「耳鳴りのうた」

石原の作品のいくつかには、ことさらエコーを響かせるようにして繰り返しが使われているものがある。ここでは「耳鳴り」という言葉がそれだ。石原の言葉は甘くもなく流麗でもないのだが、ずれながら繰り返される「耳鳴り」という言葉は、なんともごちごちした音楽性とともに、あれよあれよと不思議な形で言葉を連鎖させる。イメージが広がるわけでもないし、媚薬めいた雰囲気を嗅がされるわけでもないのだが、くっ、くっ、とたぐり寄せられる感がある。

 「さびしいと いま」という作品は切れ目のない、輪唱のような独り語りで進むのだが、ここでも「さびしい」という言葉が幻聴のように何度も繰り返されて、語り手の乾いた荒れた手で引きこまれる感じがする。

さびしいと いま
いったろう ひげだらけの
その土塀にぴったり
おしつけたその背の
その すぐうしろで
さびしいと いま
いったろう
そこだけが けものの
腹のようにあたたかく
手ばなしの影ばかりが
せつなくおりかさなって
いるあたりで
背なかあわせの 奇妙な
にくしみのあいだで
たしかに さびしいと
いったやつがいて
たしかに それを
聞いたやつがいるのだ
いった口と
聞いた耳とのあいだで
おもいもかけぬ
蓋がもちあがり
冗談のように あつい湯が
ふきこぼれる

「さびしいと いま」

これだって、すっきりわかるかどうか、といえば、わからないと答えるべきのような気がするが、最初にあげたような作品とくらべると、はるかに共同体的な「情」の影がある。そこから呪術的なものがにじみ出している。拒絶に走る一方で、拒絶に走るということ自体が共同体に対する忌避や怨恨やノスタルジアといった働きかけを含んでいるのかな、と思わせる。

 聞き手とのチャンネルを開いたようなこうした作品を、石原がエコーのような繰り返しを通して行ったというのはおもしろい。失語にはいろいろな段階があるのだろうが、失語をへた語り手が、一種預言者めいた高みに登ったように見えることもあるのだ。


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2007年09月18日

『風邪の効用』野口晴哉(筑摩書房)

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「40分で終わる風邪」

 たとえばチャレンジ精神に溢れた出版社があったとして、「人生前向きシリーズ」と称し以下のようなタイトルの本を次々に刊行したとしよう。

 『下痢の快楽』

 『歯痛は嬉しい』

 『実は儲かる失恋』

 『頭痛の晴れがましさ』

 『クビになってわかる人生のツボ』

 ・・・

こんなシリーズに紛れ込んでいそうなのがこの『風邪の効用』である。もちろん実在の書物。最初の刊行は1962年というから、40年以上前ということになる。

 頁をめくってみると、最近ではそれほど珍しくなくなった身体管理に関するセオリーがいろいろ出てくる。たとえば「下痢をしているときには無理にとめるな」、「風邪を引いたら水分をとれ」、「熱はさげるな」、「身体は洗いすぎるな」など。ま、これくらいならどこかで聞いたことがある。しかし、これらは序の口である。

 こういう本だと、まずは著者のことが気になる。紹介欄を見ると整体協会の設立者とあるが、最初に作ったのは「自然健康保持会」。ところが、驚くべきことにこれが17歳のときだという。その後治療を捨て、整体協会を整備して体育的教育的活動に専心するようになったそうである。

 それにしても17歳でデビューというのはすごい。同じ「身体」に関わる道でも、ピッチャーをやるとかダンサーになるといった実践系とは違い、治療系の探求というのは年をとって苦労して、自分の病と格闘したあげく開けるものかという素人考えがあるのだが、17歳という年齢で健康な活動の裏をみすかしたような、病・健共存の考えに至るものか、と感心する。

 で、さらに没年を確認すると、1976年とある。生年が1911年だから65歳。ん?なんだ、意外と長生きではないな、とも思う。しかし17歳のデビューといい、意外に長生きでない点といい、かえって興味が湧いてくる。健康法というのは、微妙にいかがわしい不明さのある方が、何だか魔術的な色合いがあって良い。常人には計り知れない神秘が隠されているのではないか、という気がしてくる。

 こうしてみると健康本というのは、現代人が本気で神秘的になったり形而上学的になったりすることのできる、ほとんど最後の領域なのかもしれない。いきなり突拍子もないことを言われ、「そう言われてみると、そうかもしれない」「何となく正しいような気がする」といった気分になる快楽というのは、かつては文学作品に紛れ込まされた寸言や、哲学書や宗教書などの専売特許だったはずだが、今ではそうした書物に「そう言われてみると、そうかもしれない」という説得力を期待する人は少ないのではないだろうか。そのかわりに、そうか、風邪かあ、と思う。下痢、頭痛、鬱。そういえば、メディアでもよく話題になっている。

 さて、野口氏のセオリーはすでに冒頭に少し引いたが、実はその発言には濃淡があり、言葉が濃くなっていけばいくほど怪しさも増してくる。本書の肝となるのは、「風邪というのは身体のゆがみに対する自然な反応なのであり、上手に風邪を引くことで『硬さ』として現れつつあった身体の問題はほぐされ解消するのである」といった理論なのだが、こういう言葉に翻訳してしまっては「そう言われてみると・・・」の感覚は生まれない。

 野口氏なら、どう言うか。

風邪はそういうわけで、敏感な人が早く風邪を引く。だから細かく風邪をチョクチョク引く方が体は丈夫です。だから私などはよく風邪を引きます。ただし四十分から二時間くらいで経過してしまう。クシャミを二十回もするとたいてい風邪は出て行ってしまう。

ウソだろ~、という気持ちはもちろんあるのだが、何となく引きこまれる。騙されてみようかな、とお化け屋敷に踏みこむような。

 それで、じゃあ、どうすれば良いのですか、というと・・・

私自身の風邪に対する処理法は極めて簡単なのです。背骨で息をする、息をズーッと背骨に吸い込む。吸い込んでいくとだんだん背骨が伸びて、だんだん反ってくる、反りきる背骨に少し汗が出てくる。その間は二分か三分くらいです。汗が出たらちょっと体を捻ってそれで終える。

むむ。語り口は相変わらず怪しげだけど、何となく「わかるような気もする」。でもわかるような気がするのも、ひょっとすると語り口が怪しげなおかげか、とも思う。とにかく風邪は「治す」ものではなく、「経過させる」ものなのだそうだ。

 もうひとつ微妙な例。人はそれぞれ風邪の「型」というものを持っている。子供も母親か父親のどちらかの風邪にうつるのだというのである。

せいぜい自分の家族を見るだけなら、まず御自分と亭主の型を知らねばなりません。子供はそのどちらかです。多少の混じりはあってもどちらかですから、子供には亭主側の風邪がうつる、或は女房側の風邪がうつるという、奥さん型、亭主型の二つの系統であって、両方兼用なのはその中の何人かです。

これも、そういわれてみると、とも思う。でもここまですっぱり言われるとウソっぽいような気もする。ウソっぽいから余計にインパクトがあって、忘れないし、信じてしまう。不思議である。

 講演から起こした本らしく、だいたいですます調で書かれている。持ち出してくる比喩もですます的。「石鹸をつけて洗うというのは、大便が毎日出ているのに浣腸しているようなものです」というくらいならまだしも、「石鹸で体を洗ったなどということはここ40年一回もない」とまで言われると、どこまで本気かわからないなあ、とも思う(だから長生きしなかったのか!とも)。

 ちなみに筆者もこの八月に夏風邪を引いたが、ひどい鼻づまりになって全く匂いがわからないという期間が二週間くらい続いた。会う人ごとに「鼻声ですな」とコメントされた。野口氏の分類によると、筆者はどうやら前屈気味の、景気の悪そうで自信なさげな体型らしいのだが、そういう人は風邪を引くと「鼻」に来るそうだ。たしかにあたっているな、なんて思ったりする。で、対策としては背骨の何番目かを押すといいらしい。この「鼻」型人間というのは案外いるもので、筆者の周囲にも「鼻づまり自慢」みたいな人が何人かいる。今回、筆者が苦労していたときも、「そういう症状の次は~だ。覚悟せよ」とか「こっからが長いぞ」などと、山登りの道先案内人みたいなことを言われたりした。風邪の中でも「鼻」は王道なのかもしれない。

 野口氏の口調、ですます調だがとにかく歯切れの良い文章だ。風呂の入り方から、水の飲み方、布団への入り方まで、具体的に説明もしてあるので、実際に試してみることもできる。少なくとも、身体のどこかが歪んできたのを感じなくてなってきたらやばいですよ、というメッセージには、それが単に身体のことだけを言っているようにも思えなくて、安心して「そうかもなあ」とつぶやいていいような気がした。


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