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2007年06月27日

『めぐらし屋』堀江敏幸(毎日新聞社)

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「ですます調の小説とは?」

 この小説、主人公の名が「蕗子(ふきこ)」という。相当な名前だ。加えて作中ではいつも、蕗子さん、と呼ばれている。こうなると作品そのものが名前と一体化して、言ってみれば「蕗子さん小説」というような相貌を呈してくる。


 「蕗子さん小説」とはどんな世界だろう。少なくとも人々が蕗をちゃんと「これは蕗だね」と認識しながら食べるような世界。年がら年中雨が降っていそうな世界。豆大福を井戸水で入れたお茶でいただくような世界。ひょうたん池とか、造り酒屋といった目印が点在し、日吉町なんていうどこにでもありそうな地名がひょいと出てくる世界。


 いや、背景だけではなく、プロットの上でも「蕗子さん小説」は持ち味を発揮する。蕗子さんは小学生の頃、学校に用意された古めかしい、大振りの黄色い置き傘を偏愛していたという。

蕗子さんは、置き傘を使わせてもらえるよう、朝のうちきれいに晴れていて、下校時にだけ、すぐにはやみそうにない適度な雨が降るのを心待ちにするようになったのだが、なんということか、卒業するまでついにそんな日は訪れなかった。昼から降りそうだと予報があったときには、心配性の母親がかならず自傘を持たせるようになったからだ。なにがうらやましいといって、備えつけの黄色い傘を差せる幸運に恵まれた女友だちほどうらやましかったことはない。

このもじもじするような、受け身で、いじらしくて、周りのみんなも心配性で、でも自分にはすごいことはぜんぜん起こらない、事件はいつもちょっと離れたところで静かに起きている、というのが「蕗子さん小説」の世界なのだ。


 何しろ蕗子さん、薄皮の和菓子を食べるといつも、拾ってきた仔猫のお腹に鼻先をあてたらちょっとだけ噛んでしまった幼い頃の感触を思い出し、躊躇するような人なのである。年がら年中体調は悪い。血行が悪くて、元気がなくて。よくこれで小説の主人公がつとまるな、というほどだ。傘を偏愛するのももっともで、全体に低気圧というか、雨が降っている感じの人なのだ。だから、雨が降って欲しい、と思ったりする。


 実は筆者はこういう主人公が嫌いではない。小説自体、蕗子さんの血行の悪さをなぞるようにして、ちょっとだけ噛んだ仔猫のお腹の感触を思い出すようにしながら、うっすらとつながりつつ展開していく。静かに耳を傾けないと話の行方を聞き逃してしまいそうになる。


 ストーリーの鍵は、タイトルにある通り「めぐらし屋」である。
 父と母はよく分からない理由で静かに「離別」した。父の死後、蕗子さんが父の住んでいたアパートを訪れると、小学生の蕗子さんが描いた傘の絵を表紙の裏に貼り付けた父のノートから、思わぬ過去が明らかになる。ノートには「めぐらし屋」とある。なんだろう?と思っていると、ちょうどそこへ電話がかかってくる。「めぐらし屋さん、ですか?」との声。


 ちょっとおとぎ話チックな展開だ。メルヘンの匂い。蕗子さんには、小学生とおばあさんとを足して二で割ったようなところがある。そういえば、子供とおばあさんはおとぎ話の常連だ。小説家はそんな蕗子さんに対して、やさしく丁寧で、礼儀正しい。どこかで児童文学のロジックが働いているのだ。主人公が言って欲しくなさそうなことは書かれない。書かれないけれど、こちらは読む。たとえば幼い頃の思い出の中で、父と母の関係は次のような絶妙の描かれ方をする(この小説のベスト描写の一つ!)。レストランで、蕗子さんが名前にひかれてロイヤルミルクティを頼み、その濃厚な味に感激。一方、母は「オレンジエード」を注文したのだが熱いオレンジジュースが出てきて、店員に抗議したところ「うちのエードはホットでございます」と言い返されるという下りだ。

ロイヤルミルクティをつくるたびに、蕗子さんはあのときの母の顔と、それをまったく意に介さず、たばこを二本、三本とつづけて吸いながらコーヒーを飲んでいた父の横顔が思い出される。あのころ、父と母はどんな会話をしていたのだろう。家族三人で出かけているのに、さほど楽しそうな雰囲気ではなかった。父はひとりで遠出をすると「ハイライト」の予備を何箱か持って行ったのだが、母がいっしょのときはハンドバッグに未開封のものをかならずひと箱入れさせていて、それが母の機嫌を損ねていた。まるでわたしがたばこを吸ってるみたいじゃないですか、と母は不平を言っていたけれど、蕗子さんはあの空色のパッケージが好きだったので、封を切らなければ飾りとして鞄に入れてもいいと思っていた。

未開封のハイライトの行方が、この家族の有様を一気に照らし出し、思わずしみじみする場面だ。「めぐらし屋」と題されたノートの記録をもとに娘は、父の知られざる生涯を再構築していく。そういう探偵めいた作業がこの小説のメインストーリーなのだが、ミステリーの落ちよりも、元気がないわりに運と生命力とはあるらしい蕗子さんの、ひょいひょいと軽い鼓動を打つような心臓のリズムが心地よい。


 実に丁寧で、気遣いに溢れた小説だ。「蕗子さん小説」とは、別の言い方をすれば「ですます調の小説」である。だから、蕗子さん、なのだ。ですます調でないと表現されえない何かがここにはある。ふつうの小説を中華鍋に喩えるとすると、その強い火にあてたらこわれてしまいそうな人間の善意や弱さや切なさを、味が壊れないような、ささやかな火で燻るように料理する小説があってもいいのかもしれない。そこでは皮肉で風刺的な小説とは逆に、思わぬ出逢いや、嬉しい親切があっても、まあ、いいじゃないか、ということになる。


 この小説を読むのに向かないのは、落ちがないと気が済まない人、比喩が嫌いな人、小説は悪意だぜ、エグミだぜ、と確信している人、傘だの靴だの鞄だの、どーでもいいと思う人、とにかく雨が嫌いな人、蕗なんか食べたことも、見たこともない人、要するに蕗子さんがあまり好きではない人である。そういう人には勧めません。


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2007年06月15日

『表現したい人のためのマンガ入門』しりあがり寿(講談社)

表現したい人のためのマンガ入門 →bookwebで購入

「入門しないための入門書」

 簡単にやれそうで、意外と難しい。上手い下手が一目瞭然。ちょっとしたワザでそれっぽくなる・・・マンガは「入門」するのにぴったりの条件を備えている。日本では優に百冊を越えるマンガ技法入門の書がこれまで出版されてきたとも言われるが、たぶんどの本を読んでもそれなりに学び心は満たされるのだろう。

 実は筆者も最近、マンガ描きに凝ったことがある。ただし事情は逆で、故あってマンガ批評など読んでいたら自分で描きたくなってしまったのだ。主に四コマ漫画。布団に入ってからストーリーを思いつき、がばっと起きてメモする、などという場面さえあった。しかし、できたものを人に見せても誰も笑わないし、ほどなく「インスピレーションの季節」も去って、いつの間にやめてしまった。(読者の反応は大事ですよね、みたいな当たり前のことが本書にも書いてあるが、経験者としては妙に生々しく感じた)

 この本は、しかし、タイトルでちょっぴりウソをついていると思う。たしかに序章でも終章でも、「マンガを描こうじゃないか」、「売れることを考えよう」というメッセージは発せられるのだが、ほんとうにおもしろい部分や著者がほんとうに言いたいことは、そうした激励めいた箇所とは別のところにある。

 何よりはっとしたのは、「近代だかなんだかが始まって以来、小説とかはずーっと人間のこと書いてる」という一節だ。しりあがり寿は「ここらへんでいっぺん人間をほっといたほうがいいんじゃないか」と考えているらしい。「人間くささ」は漫画界でもひとつのルールになってきた。それに拘束されないような、もっとワケがわからないものを描きたい、というわけだ。

 どうやら著者は、いろいろと居心地が悪いのだ。そもそもマンガ業界に足を踏み入れるということは、1958年生まれの人にとってはそう簡単な選択ではなかっただろう。今とはちがって、マンガのジャンルとしての二流性がいちいち意識されてきた時代である。

 加えて著者は絵がうまくない(と自分では言っている)。絵を書くのが好きだったが、人に見せると「それじゃ、マンガだ」と言われた口。それに強烈に表現したいことがある、というわけでもない。「オリジナルであること」を強要されると、嫌な気分になる。要するに漫画界の中でも居心地が良かったわけではないのだ。

 それを救ってくれたのが、湯村輝彦と糸井重里の『情熱のペンギンごはん』。いわゆる「ヘタウマ」の登場だった。ヘタウマには、設計図通りにできない魅力がある、と著者は言う。そういえばこの人、「アートの発するよくわからないニオイ」にひかれたりする。「うすぼんやりとした何か」が発想の元だと言ったりする。ヘタウマから、さらに「汚れたもののリアリティ」、「負の日本文化」という話になると、もう「入門」どころじゃないよな、とも思う。

 この本は自伝として読まれるべきものだ。世界は不完全でとらえどころがない。矛盾だらけ。そういう居心地の悪さをたっぷり味わいながら生き抜いてきた人としてのしりあがり寿の、自己語りが本書の芯なのだ。そこにはまた時代のニオイもある。『鉄腕アトム』や『ウルトラQ』で育ち、美大カルチャーに染まり、ビール会社の宣伝部に職を得るという人生は、四〇代後半の人なら「そうだよな」と思わずにはいない文化を感じさせるだろう。

 しりあがり寿のモットーは「敷居の低い人」だという。「ヘタウマ」ならでは、良い感じの人生とのつき合い方ではないか。デビュー後も会社勤めを続けたのは、著者にとっては当然のこと。ただ、このビール会社、「この注ぎ口はアポッアポッと音が出るから、『ジャイアント馬場樽』はどうだ?」というようなことを会議で話し合うところだったそうだから、まあ、それなりに楽しかったのでしょうね。


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2007年06月09日

『記憶する水』新川和江(思潮社)

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「根をはる語り」

 詩にはいくつかの書き方がある。
 日本の現代詩は、しばしば「詩なんか書いてませんよ~」とそっぽを向くようにして書かれてきた。こうなると読者の方も、「付き合いづらいなあ、」などとはじめから思う。付き合う前から、絶交しておくようなものである。


 「詩なんか書いてませんよ~」みたいな詩があってもいいと筆者は思う。詩人はどんどん、いじければいい。ひねくれ、ねじれればいい。でも、たまにはそうでもない詩も読んでみたいなと思うことがある。堂々と詩であることを引き受けるような詩。「私は、どうしたって私なのです」と宣言して、そのまま根をはってしまうような、照れや韜晦とは無縁の詩。


 新川和江は昔からそういう詩が書ける人だった。特に『土へのオード』、『火へのオード』、『水へのオード』といった一連の詩集は、ごく当たり前の日常を語りに巻き込んでも、まったく足腰のぐらつかないような、屈強な土台を感じさせた。しかも世界から、いつ何時旅立とうかという浮力なようなものがある。ちょっと、神秘への夢を感じさせてくれる。


 『記憶する水』は七〇代の後半に差しかかった新川の最新詩集である。冒頭の作品「遠く来て」の、出だし部分が素晴らしい。

一滴の水をもとめて

遙かなところからわたくしはやって来ました

ようやっと辿りついた大河には

多くの生命体がむらがり

両岸には大都市が繁栄していました

欲望に膨れた腹を剥き出しにした水死人が

浮きつ沈みつ流れてゆくのも目にしましたが

わたくしは尚 一滴の水にかわく者です

「私は~です」と宣言するのは、近代の詩の今ひとつの典型だろう。そんなこと、詩でないとなかなか言えない。でも、あらためてこうして言われると、もっと言って欲しかったのだなあ、と思わせる、そういう懐かしい響きがある詩だ。

 「ですます調」が効いているな、と思う。そういえばこの詩集、「ですます調」の部分は全体に饒舌だ。詩人は巫女のように、雄弁に天地を語る。地雷のことだって、語ることができる。

わたくしの踏むひと足ひと足を

土は鷹揚に受けとめてくれました

今 わたくしが立っているこの土がそうです

走ってゆく子供の脚を無惨に吹きとばす

悪魔の球根などではなく

柔らかな緑の芽をふく種子だけを蓄えている土

生ききってやがて地に崩折れるわたくし達を

そっくり抱きとってくれる あたたかな土です

揺るがないのだ。自分で自分の言ったことに酔ったりしない。長く書いてきた人ならではの、乾いた粘着力のようなものがある。

 「ですます調」の詩ばかりではない。たとえば、同じく水を語る表題作の「記憶する水」。

水には記憶する能力がある という

それはたしかなことだ

雨あがりの濡れた芝生に立ち

道のほうを見るともなしに眺めていると

庭下駄をつっかけた素足の

つま先や踵から這いのぼってきた湿気が

― おとどの牛車は

  今しがた こちらを気にしいしい

  素通りして行かれましたよ

などと言う

こちらはぐっと物静かで、ノスタルジック、内省的。でも目指すところは同じではないだろうか。「私は~」から出発して、水や土を媒介に、世界全体と交信するような飛躍をうかがっている。荒っぽいような野心。手際が良い悪いというより、どんどん語っていく勢いに押される。

 新川は2000年に全詩集を刊行した。その刈田に芽生えた蘖(ひこばえ)がこの詩集だという。哀悼の詩もいくつか。確かに「死」はずっと念頭にあるようだ。だからこそ、生まれ変わって土や水や骨になる、という幻想に生気がこもるのかもしれない。


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